第5話 悪役令嬢は二人いる?

「ショウエル様ー!朝ごはんの時間ですよー!

 あれあれ、またこんなにお召し物を汚して。

 まったく、今朝はどこに行かれていたんです?」


「森!」


 そう言ってショウエルと呼ばれた少女はニッカリと笑った。


 彼女は王都に存在するショウエル姫とそっくり、いや、同じ顔をしていた。

典雅な金髪、輝く青い瞳、つんとした唇。

 ただ、表情だけが違っていた。ショウエルのそれがいつもどこか未来に対する憂いを秘めていたのに対して、こちらのショウエルは心から笑っていた。


「きれいな花の咲く季節だから押し花にして母様に送るんだ!」


「そうですか。それはお母様もお喜びでしょう。

 ……だからといってなぜお召し物の裾を破かねばならないのです!」


 ばあやに叱られて、ショウエルは必死に抗弁する。


「それは!その!つたに絡まって!」


「お顔に傷でもついたらどうするおつもりですか!お母様はショウエル様をことのほか愛しておられるんですよ。あなたさまはショウエル・スプリングス・デ・ターリア・ハイレッジ姫。この国を代表する大貴族の御後嗣なのですからね!」


 ばあやの口から洩れたのは意外すぎる言葉だった。


 ここにいる無邪気な少女、ショウエルがハイレッジ家の跡継ぎだとばあやは言う。


 ではあの城で悪女を演じさせてられているショウエルは何者なのだ?

 いや、ショウエルと同じ顔をしたこの少女こそいったい何者なのだ?


「あたしは別にそんなに偉くなくていい」


 ぷい、ともう一人のショウエルが顔をあさっての方向に向ける。


「何をおっしゃいます!お母様がどれだけあなた様のためにご苦労されているか……」


「母様……会いたいな」


 それまで元気いっぱいだったショウエルの顔が曇った。


「大丈夫です。またすぐに都から会いに来てくださいますよ。

それに、時が来ればショウエル様はずっとお母様と暮らせます」


「時はいつ来る?」


「それはばあやにはわかりませぬ。けれどお母様は大変に賢い方。もう何もかも決めておられましょう。

 ショウエル様をお幸せにするために、お母様は都でそれはそれは骨を折ってらっしゃるのですよ」


「あたしのために……」


「そうです。ですからショウエル様はハイレッジ家令嬢の名にふさわしい姫君にならなければいけません。朝食が終わったら舞踊のお稽古……あ、ショウエル様!なぜお逃げになるんです!」


「あたしはそういうのが嫌いなんだ!」


「朝ごはん抜きですよ!」

「いーらない!」


 叫ぶばあやにあっかんべーをひとつして、もう一人のショウエルは廊下を走っていく。


「誰か!誰か!ショウエル様を捕まえて!……ああ、もう……あの方はご自身のことを何もご存じないから仕方ないけれど……あの方をひとかどの淑女に育てるのが、長年ハイレッジ様にお仕えさせていただいたわたしの最後の恩返しなのに……」


 ばあやがため息をついた。


 もう一人のショウエル姫。

 存在するはずのない令嬢。


 けれどそれは確かにここにおり、ばあやの言葉を信じるならば彼女こそがハイレッジ家の跡継ぎらしい。


 何故?


 一体何が起こっている?


 けれど。


 それに答えられるものは、この場には誰もいなかった。

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