第18話 彼女の決意、彼の想い

「はい、姫。ただ申し訳ありませんが、姫が俺の対であるということは永遠に変えようがない……」


 イザナルが申し訳なさげにショウエルへと頭を下げる。


「それでもいいのです!

 わたしがわたしの未来を選べるなら……この文様が必要なときはいつでもご協力しますから……」


 イザナルの手が離れたことで、ショウエルの手の光も薄れていく。

 それを抱きしめるようにてのひらを抱え込み、一瞬だけうつむいたショウエルが、キッと顔を上げた。


「もう運命に恨み言は申しません。選ばれたことを呪わしくも思いません」


 それを聞いてイザナルも顔を上げる。

 まっすぐなショウエルのまなざしと、次期国王の強い視線がぶつかりあった。


「ずっと……ずっと願っていました。わたしはわたしの人生を生きることを。お母様の言いなりでなく。

 ……きっとこれがその道を選べる最後の機会だと思います。

 だからわたしは……わたしは……あなたを選びます!」


「姫、ありがとうございます。ならば我ら傭兵団は命を懸けて姫をお守りし、王国に真の平和をもたらすことを誓います」


 イザナルがもう一度頭を下げた。


「だとしても、あなた方が負けた場合は?そちらのカードは弱すぎる。

 勝ったとしても、ただの王権簒奪だと思われたらどうするのです?そのときはあの女の計画のようにショウエル様を祀り上げ、自分たちは黒子になるとでも?」


 腕組みしたエルリックに皮肉気に問われ、隊長を侮辱されたと感じた副官が一歩前に出る。

 それを手で制して、ひざまずいたまま、イザナルはエルリックの問いに答えた。


「負けることなど億が一も考えていない。敗北を意識した瞬間には人はもう負けているからだ。

 だが、もし、俺たちに何事かあれば、今でも気脈を通じている貴族連中に姫を任せられるようにしてある」


 そして、イザナルはもう一度ショウエルへと視線を戻し微笑んだ。


「ご安心ください、姫。あなたの求める自由は俺たちの勝ち負けにかかわらず与えられます。

 ___安心しろ、姫の騎士。何があろうとあの女とだけは差し違える覚悟だ。

 あの女さえいなければ、おまえも安心していられるだろう?」


「まあ、それはそうですが……しかし、あの女はある種の化物ですよ。本物の化物の私が言うのだから間違いない。

 天賦の才能の上に狂気が乗ればどうなるか、という進化の実験の結果のような女です」


 エルリックもショウエルを気遣い、ここではあくまでフレンジーヌの名前は出さなかった。

 まだ、フレンジーヌを『お母様』と呼び、あくまで母としての彼女を慕うショウエルには、イ・サが知る以上の真実は残酷すぎるものだと思ったからだ。


「進化の実験の結果ならここにも二人いる。つまり、勝率は二倍だな」


 イザナルがまだ淡く光る手を革手袋に仕舞いながら立ち上がると、エルリックはその喉元に佩剣を突き付けた。


「くだらない確率論などどうでもいいのです。こうなってしまったらショウエル様をいかに無事に過ごさせるか、それが従僕としての私の務めなのですから」


「ブロォゾ一族の復権は望まないのか?」


「望まないと言えば嘘になります。

 しかし、私はブロォゾ一族である前にショウエル様の従僕なのです」


「素晴らしい騎士だな。

 いや、皮肉でも何でもないから気を悪くしないでくれ。

 ここまでおまえ1人で姫を守ってきたのだろう?

 大丈夫だ。これからはそれを二人で引き受けよう。敵の敵は味方だ」


「あの女が倒れる前までですよ、それは。

 それが終わったら……ショウエル様が自由になったら……きっと私の考えも変わるでしょう」


「いいさ。下手に忠誠を誓われるより、そうやって正直に言われた方がいい。

 そのときは俺もおまえに敬意を表して剣を取ろう」


「ブロォゾ一族が王家の人間から『敬意』などという言葉を引き出せる日が来るとは思いませんでしたよ」


 そう言いながらエルリックは佩剣を鞘に納めた。


「王室の人間など皆、自分たちとは違う人外を貶めるものだと思っていましたからね。

 ショウエル様も今の話をお聞きになりましたね?」


「ええ……」


「あなたは本当に白い絹だ。

 ほかのどんな色に染められてもいけない」


 エルリックも、イザナルと対峙していた体の向きを変え、ショウエルと目を合わせた。

 そして、目を伏せた。

 ショウエルとよく似た白い肌、金の髪。いや、似せた白い肌と金の髪。

 彼女のようになりたいと、彼女にだけは本当の姿を見せたくないと___。


「私が本当はあんな姿の化物だとしても……これまで通り、従僕として傍に置いてもらえますか?」


「もちろん!もちろんよエルリック!あなたがどんな姿でも変わりはいないわ。

 魂の純潔に体は必要ないのよ!」


 思いがけないほど力いっぱいの肯定を敬愛する主人から受け、エルリックの目にかすかに涙がにじむ。

 外見が違うというだけで迫害されてきたエルリック___ブロォゾ一族___にとって、それは何よりも嬉しい言葉だった。

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