第17話 ショウエルとスプーン一杯の真実

「今の話は本当ですか……?」

 ショウエルが聞く。

 それは、おびえと、自分と同じ文様を持つ者への押さえられない好奇心が入り混じった口調だった。


「はい。このような傭兵姿の男の言葉など信じてはもらえないかもしれませんが、さきほど宣言したとおり、俺はイザナル・イ・リ・ヴィーゲルです。ヴィーゲル王家の第一位正当王位継承者であり……」


 そこでイザナルが後ろを振り返る。


「現在はむさくるしい者どもを束ねております」


 ひでえ、隊長だって十分むさくるしい、俺は毎日ひげを剃ってる!などと抗議の声を傭兵たちが上げる。

 けれどそれは笑い交じりで、イザナルが傭兵たちからどれだけの信頼を受けているがよくわかる声だった。


「ほら、俺の一言でこの有様です」


 そこではじめて固い表情をしていたショウエルの顔に笑みが戻った。

 この人なら信用してもいい、なんとなくそう思えたのだ。


「皆さんのお話は聞こえていました。カームラ陛下ではなく、あなたが本物の王だと?」

「そうです。

 証を見せましょう。

 姫、お手を借ります___いいな?エルリック」


「目覚めてしまったのならもうどうしようもないでしょう。ならばあなたの対でいたほうがショウエル様はまだ安全だ」


「あなたの騎士のお許しもいただけた。では、その手を」


 イザナルがショウエルの手をとり、文様のある方のてのひら同士を合わせた。


「わ、なんなの、これは…!」


 先程よりも青い光が二人を彩る。

 それは、ショウエル一人だけ、イザナル一人だけ、の時をはるかに凌ぐ光の嵐だった。

 まるで、二人の体全体が発光しているような。 

 世界中の様々なものを見聞きしてきた傭兵たちでさえ、そんなものは見たことがなかった。

 

 そしてその場の誰もが確信した。奇蹟は存在する、と。


「これで信じてもらえたでしょうか?姫が俺の対であること。

 姫がいれば、俺の剣も銃も奇蹟のような力を発揮することができます。

 それから姫、この文様は対でいなくても所持者にある程度の力を与えます。ですからもちろん、姫一人だけの時でも、です。

 信じられないのなら俺の銃を貸しますから、空に向かって撃ってください」


「いやです……そんなの……。

 わたしは普通に生きていきたいだけなのに、なぜ、皆、わたしに運命などというものを与えようとするのですか?」


 ショウエルの悲しげな問いを聞いて、しん、と部屋が静まり返った。

 傭兵たちには娘のいる者もいる。

 それを考えれば、刺々しいだけの運命に振り回されている今のショウエルは痛々しくてたまらなかった。


「申し訳ありません……姫。俺もあなたを平穏な世界に返したい。あの女があんなことをたくらまなければ、それもできたはずです。

 しかし___」


 イザナルが言葉を切った。そして、合わせていた手を放す。

 おそらく、あの女というのはフレンジーヌのことだろうが、ショウエルを慮ってイザナルはその名前を口にしなかったのだろう。


「この国を守りためには、対の力が必要なのです。どうかご協力を、姫___」


 イザナルが深く頭を下げた。


 ショウエルがそこから困ったように目をそらす。


 きっとこの男についていったら、血や硝煙の匂いのする世界から逃げられない。

 だからと言って、残酷王カームラの妃にはなりたくない。


 ならば___。


「全部終わったら、わたしを自由にしてくれますか……?」


 ショウエルは、頭を下げたままのイザナルへ、おずおずと尋ねた。

 それは、父が逝去して以来、ショウエルのはじめてに近い自己主張だった。

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