第27話 戦乙女、銃を取る

「こいつはひどい」


 百戦錬磨の傭兵がそう口に出すほど、廊下には無惨に殺された王宮護衛兵たちの死体が散らばっていた。


「やはり我々に先んじているものがいるようですね」


 溢れる血だまりを避けながら、かがみこんだ副官が死体を検分する。

 どれも見事なほどに急所を狙われていた。それも、完全に死ぬように何回も。


「ああ。やったのは腕の立つ兵士たちだな。それも昨日今日前線に駆り出されたものではない。きちんと訓練されている」


 その傷痕を見ながら、イザナルも応じた。


「しかし、何故?」


「理由を考えるより、自分たちがこうならないことを考えろ。王宮に入るという同じ目的があっても味方だとは限らない」


 副官とイザナルが立ち上がり、違う傭兵が、見開いたままだった死体の目を閉じてやった。


「確かに。それに我々は……こんな風に鏖殺することは考えておりませんでした。

 おそらく、先行者は我々とは相容れない相手です」


「しかも王宮護衛兵をこれほどに扱える相手だ。____各自、武装を再確認。けして油断するな」


「了解!!」


 傭兵たちが一斉に応える。

 彼らたちにもよくわかっていた。

 この先に待ち受ける者がそれほど簡単に倒せる相手ではないと。


「ダナ、鏡で曲がり角の先に敵兵がいないか見てこい。文様は反応していないから誰もいないかとは思うが……先手を取られると面倒だ」

「了解しました」


 ダナと呼ばれた傭兵が、小走りで廊下の角まで行く。

 そして、小さな鏡を動かしながら敵影の確認を始めた。


「……イザナル様」

 死体のそばにうずくまっていたショウエルが小さな声で呼ぶ。


「どうされましたか?このような光景を見て、ご気分でも悪くなりましたか?」

「いいえ……この中にはハイレッジの紋章の入った武装をした者がいます」


 イザナルを見上げるショウエルの青い瞳。

 ただ、本来なら血を見るだけでも悲鳴をあげるショウエルだというのに、もう、そこに恐れはまったくなかった。


「いま、なんと、姫」


「この紋章はハイレッジ家のものです。ですから……ここで王宮護衛兵と交戦したのは……王宮を襲ったのは……ハイレッジ家の私兵です……」


「大貴族ハイレッジ家がなぜ王宮を?」


 副官がショウエルに聞く。

 言葉に詰まったショウエルの代わりに、イザナルがその質問に答えた。


「ハイレッジ家にはフレンジーヌがいる。俺が山でおまえたちに文様のことを話した時に言った、この国を狙う力と狂気をもった者は……フレンジーヌ・デ・ターリア・ハイレッジだ。姫の手前、そうでなければいいと思い口には出さなかったが、やはり……」


「お母様が……」


 よろりとショウエルが立ち上がった。

 エルリックがそれを支え、そして、ショウエルから顔を背けた。

 これから起こるであろう、ショウエルの表情の変化は、見たくなかった。


「ショウエル様、これからお母様のことを悪しざまに言いますが、どうぞお怒りにならないでください」


 エルリックにすまなそうに言われ、ショウエルは小さく首を横に振る。


「いいの……いいのよ。本当のことを話して」


「それでは申し訳ありませんが……」


 ショウエルに軽く一礼をしてからエルリックがイザナルの方を向く。


「対の文様が揃ったことを知ったフレンジーヌは最後の手に打って出たのでしょう」


「武力による王権簒奪……か」


「そうです。王に力づくで譲位を迫り、王妃ショウエル様と母后フレンジーヌが治める国を作る。ショウエル様が王と婚姻の約束をしたことは貴族たちは皆知っておりますから。

 それに___もしそのことに異を唱える者がいたとしても、フレンジーヌはすべてを消去していくでしょう」


「けれど、なんのために?」

 イザナルの隣に立つ副官は、エルリックの言うことが全く理解できないといった面持ちだった。

「自身が大貴族である上に、娘が王の妃になれば、もうそれで充分ではないのですか?」


「そう思わない人間もいる。自分の上に誰かがいることを許せない人間が。フレンジーヌが男であれば、もっと早くこの国相手に戦争を仕掛けたろうよ」


 イザナルは顔色一つ変えなかった。

 すでに、そのような男によって存在を消された見本である自分がここにいたからだ。


「ショウエル様、銃は私がお預かりいたします」


 エルリックがショウエルへと手を差し出す。


「……どうして?」

「この先にいらっしゃるのはお母様かもしれません。そのような酷なことはショウエル様には……」

「ありがとう。……でも、大丈夫よ。ねえ、エルリック『誰かを信じたら、もう鬼姫ではいられませんことよ』」


 ショウエルの言葉の意味も、こんな場で微笑める意味も分からず、エルリックは手を宙に浮かせたまま、彼女の顔をただ見つめた。

 いつも通りの、海より青い双眸がまたたく美しい姿。

 けれどそこには、かつてのような憂いはもうなかった。

 決意というきらめきがショウエルの姿を強く強く見せていた。


「ああ、あなたはあのときあの場にはいなかったわね。でも、そういうことなのよ。だからこの銃は渡せないわ。ごめんなさい。

 イザナル様もお許しくださいますか?わたしはこれ以上、運命などという言葉に負けたくないのです」


 返事の代わりに、イザナルが無言で予備の弾倉をショウエルに手渡す。


「装填の仕方は知っておられますか、姫」

「ええ」


「ショウエル様、なぜそのようなことをご存知なのですか?!」


「だって、わたしはお母様の娘ですもの」


 ショウエルにきっぱりと言い切られ、エルリックは言葉を無くす。


 これまで忠実に仕え、守り続けた主人。

 それが今ではまるきり別人のように見えた。

 花と音楽を愛し、いさかいを嫌う弱い少女。自分なしでは城から逃げることもできなかったであろう優しいけれど無力な少女。


 それが今では____。


 エルリックは茫然としながら、ショウエルの顔を見つめ続けていた。

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