第20話 王都奪還計画
「副官、王都に入るまでの手筈を姫に伝えて差し上げろ」
「はい。姫と隊長は王に目通りを願う新婚の貴族夫婦ということにいたします。
現在では婚礼の目通りの慣習も型だけの物になり、王の代理の役人が祝福を与えるだけですが……王都に入るだけならば十分な理由です。大きな馬車も大荷物も、地方からの旅だといえば不審には思われないでしょう。
姫と隊長には前の馬車に乗っていただき、我々は荷物とともに王都に入ります。他に、町人の姿をさせた斥候をすでに出しております」
「武器は」
「存分に」
「布陣は」
「都市戦を想定しております。散開して四方から王宮を包囲する予定です。
ある程度制圧できたら、隊長と姫の神聖文様のお披露目とまいりましょう。王国の正統な王が帰還したと」
「勝率は」
「お聞きになるまでもない。勝ちますよ。我々はそのように隊長に教育されております」
「だ、そうです、姫。よろしいでしょうか?」
「わたしにはいくさ事はわかりませんから……お任せいたします」
「姫の騎士は」
「異存はありません。ここまできたらそれしかない。唯一の救いは、王都の門番風情には姫の顔が知られていないことです」
「そうだな。ついでに言えば、俺の顔も」
「私はいつも通り従僕として下座に控えておきましょう。いざとなれば姫を抱いて逃げます」
「頼もしい騎士だ。いつかその空間転移の仕方を教えてくれ」
「ブロォゾ一族にしか使えない技ですよ。たったそれだけのためにあなたは異形になることをお望みか?」
「おまえたちを異形などと思ったことはない。ならばヒト以外の生き物はみな異形になってしまう。だが、そうではない。外見など、実力で戦う分では必要ない。違うか?」
イザナルにきっぱりと言い放たれ、エルリックがなんとも言えない表情を浮かべる。
確かにイザナルの口から出る言葉はいつも王らしい寛容さを秘めている。
けれどそれは傭兵たちの間だけで通じるものだけだと思っていた。
だがそれはどうやら本物の寛容さだと感じるにつれ、一族の名にこだわり、ショウエル以外の人間にじりじりと焼け付くような憎悪を醸成してきた自分がとても恥ずかしいものに思えた。
「どうしたの?エルリック」
ショウエルに問われ、エルリックは無理やり笑顔を作る。
「いや……生きてさえいれば、様々な人間に会えるのだと……そう思っただけです。どうぞ、ご心配なさらずに」
※※※
それからしばらくして、王都の門が見えた。
このままなら副官の計画通り、何事もなく市中に入り、イザナル傭兵団は展開されるはずだった。
だが、いつもならうまく行くはずの副官の策が、今回はうまくいかなかった。
「門より中に入らないでください。あなた方が言うとおり、それは若奥様の荷物かどうかだけ確認させていただきます」
「何故ですか?ご主人様方は婚姻の祝福を受けに参られた方々です。そのような言葉を平民が口にするだけで不敬ですよ」
分厚い鎧を着こんだ門番にそう問われ、エルリックが眉ひとつ動かさず答える。
「申し訳ございません。これも職務ゆえ……」
「職務?ご主人方を侮辱した罪で首を落とされたいのですか?」
「普段ならばこのようなことはしないのですが、カームラ王陛下とハイレッジ公代理より命が下されているのです。ショウエル姫という方が王都に入られたら必ず報告しろと。申し訳ないのですが、そこにいらっしゃる若奥様は教えられたショウエル姫の特徴にそっくりなのです。
ショウエル姫様はお一人で出奔されたはずですから、そちらの若奥様は違う方だとは思いますが……申し訳ありません。形式的なものなので後ろの馬車の荷を改めさせてください」
「……ならば仕方ないでしょう」
これ以上の押し問答は門番の疑念を大きくするだけだと思ったエルリックが、諦めたようにため息をつく。
それと同時に荷馬車に満載になっていた傭兵たちが、それぞれの武器に手をかけた。
そのとき。
「そーれーは俺の友達!疑ったりするんじゃねえよ。招いた俺が馬鹿みたいじゃねえか」
「イ・サ伯!」
門番たちが最敬礼する。
イ・サの名前はいい意味でも悪い意味でも、王国中に響き渡っていたのだ。
「結婚するって言うから、俺のとこに泊まれって言ったんだよ。____いいか、これ以上俺に恥をかかせるな」
真顔になったイ・サに詰め寄られ、門番は荷馬車から慌てて離れる。
「そう。それでよーし。_____もちろんここを通ってもいいんだよな?俺の友人なんだから」
イ・サの口は笑っていたが、目は笑っていなかった。
獰猛な猛禽の目。それを見て、慌てて門番がうなずく。
そして、エルリックへと伝えた。
「どうぞ。王都の中へ。イ・サ伯のご友人とも知らず、無礼をいたしました」
「ご理解いただければいいのです」
エルリックが相変わらず冷たい表情のままで言う。
イ・サがそれを見て愉快そうに笑った。
「おまえら、貸し一つな!言ったろ、俺はジョーカーだって!」
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