第35話 母と娘~ある壁の向こう側~

 玉座の間、因果律遮断壁の中、母と娘は向かい合って立っていた。


「まあ、剣を持ってきたのね。残念だわ。おまえの武器が銃ならば、一刀のもとに首を刎ねられたのに」


 フレンジーヌが大剣に寄りかかるようにして微笑む。

 ショウエルが強い文様の力を使ったため、フレンジーヌの片眼は劫火のような赤さに染まっていた。


「因果律遮断壁のことならよく存じ上げておりますもの。お母様と戦うならばこれでなければ」

「わざわざ援軍の手を絶つなんて気でも狂ったのかしら?」

「いいえ。誰ももう巻き込まないためです。お母様のしたことは娘の私が止めなければ」

「娘……?」


 ショウエルの口から出たその言葉を聞いて、フレンジーヌは心から愉快そうに

笑った。


「おまえなぞ娘でないわ。おまえは影。本物の、私の可愛いショウエルには、むごいものなど何も見せず、戴冠の喜びだけを味あわせたいから遠くへやっていたのよ。おまえはただのカームラを釣るための餌なの」

 

 にっこりとフレンジーヌが微笑んだ。


 「この国を手に入れるためにはまずはカームラの懐に入らなければいけない。そして文様も持っていなければカームラを思い通りにはできない。だから、国中から文様の娘を探し出し、私の可愛いショウエルの顔もつけてあげたの。ハイレッジほどの家格がなければ王家の正妃にはなれないもの。そしてカームラを狂わせ……おまえを殺して本物のショウエルを王都に戻す予定だったのよ」


 話し続けている間、フレンジーヌは絶対に笑顔を絶やさなかった。

 優雅な、優雅すぎる貴族の微笑み。

 それは裏返せば目の前のショウエルを下層民として蔑んでいる証拠だった。


「それならば、ずっと前から知っておりましたわ、お母様」


 衝撃的なことを告げられたはずのショウエルは、なぜか顔色一つ答えずにフレンジーヌに答えた。


「わたしは苗床。お母様の思うとおりの花を咲かせるための娘。開ききったからこそ、お母様はこんなことをはじめたのでしょう?」


「まあ、誰から聞いたのかしら。ナンセ?エルリック?」


「いいえ。誰からも聞いてはおりません。ただ、ここまでお母様がされてきたことを結んでいけばそこにたどりつきます。その素養をくださったのはお母様も良くご存知の方。わたしが勝ったらお教えします」


「『わたしが勝ったら』!私の好きな傲慢さよ。イザナルなどに与しなければ召し使ってやってもよかったのに」

 

 フレンジーヌの笑みが深くなる。

 そしてちらりと因果律遮断壁の向こうに取り残されたエルリックとイザナルに目を向けた。

 

「でも、味方を使い捨てにするような娘は恐ろしくて雇えないわね。さあ、さっさとおまえを殺してしまいましょう。

 可愛いショウエルが、私の帰りを待っているのよ」




                ※※※※




「どうしてだ!どうして壁が壊せない!私にできることはこれしかないのに!」


 キリキリと歯噛みするエルリックの手に、イザナルの手のひらが載せられる。

「俺の力をわけてやる。姫を助けたいのは俺も同じだ」


 ぽっと青い焔が燃え立ったように、イザナルの文様が光った。


「おまえは壁を壊すことだけに集中すればいい。遠慮せず俺の力を抜き取れ」

「それではあなたの命も危険になる!」

 イザナルの手を振り払おうとしたエルリックの手を、イザナルがきつく壁に押し付ける。


「王の文様を舐めるなよ」

 そして、イザナルはてのひらを重ねたまま、エルリックに説いた。


「俺の中は力の泉があり、それは絶対に枯れない。文様とはそういういうものだ。魔術とも魔法とも違う。だから、大丈夫だ」


 エルリックが深く息をついた。


「それしか方法はないのでしょうね」


「ああ。俺はどうやっても壁は壊せない。だから壊すのに必要な『力』を供給する。おまえはそれを存分に使え。文様と戦えるのがブロォゾ一族しかいないのだとしたら……俺にできるのはこれだけだ。すまない」


「……わかりました。では私はこの壁を必ず壊してみせます。私はショウエル様の従僕。ショウエル様がいなければ、私の一生に意味などないのですから」


「……姫は良い騎士を選んだな」

 イザナルの言葉には少し苦いものが混じっていた。 

 イザナルは、文様があっても壁を壊せないのが悔しいのか、ショウエルを助けられないのが苦しいのか、自分でもわからなくなってきていた。


 そのとき、玉座の間の扉が薄く開いた。

 まずは銃口が姿を現し、そしてそれを持つ鉄鋼兵の姿が見えた。


「伝令!ラキア隊長代理よりの伝言です!6対4でこちらが有利!負傷者三名!死亡者一名!」


 扉の隙間から、鉄鋼兵が半ば叫ぶように告げる。

 玉座の間には入るなという命令を忠実に守っているのだ。


「死亡者だと!誰だ!」

「ゼーファックです!」


 一瞬、イザナルの瞳に陰りがよぎる。

 イザナルは、『勝ったら公爵様にしてくれるんで?』と嬉しそうに話していたゼーファックの言葉を思い出していた。


 そしてそんな感傷を打ち破るように首を振り、伝令を買って出た鉄鋼兵に告げる。

「了解した。そのままで行けとラキアに伝えろ!撤退の潮時を間違えるなと念を押せ!」

「は!」

 鉄鋼兵は去り、再び扉は閉まる。

 そして、イザナルが言った。


「悪いがこの壁は絶対に破ってくれ。姫の安全はもちろんだが、俺はゼーファックの墓を作らないといけなくなった」


「もとより絶対に破るつもりですよ。遠慮なく申し上げると、もっと力を供給していただきたいくらいです。我々が文様を持つ人間と戦ったのははるか昔で、思っていたよりもずっと、対文様の力は退化しているようですから」


「わかった。すべての力をおまえに預ける」


 その言葉ともに、イザナルの手からは光の奔流が生まれた。

 それは本当に眩く輝き、もう一つの太陽が現れたようだった。

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