第11話 献身と裏切りと

「ルカお嬢様、ひとまずここへ」


 足置きを馬車の下に置き、エルリックが一礼をする。


 粗末な馬車に揺られることに慣れないショウエルを気遣い、持参した食料で軽い食事を摂りましょう、草原の上で、とエルリックが提案し、ショウエルも喜んでそれに応じたのだ。


「ありがとう、エ、ではなくて、ザレック」


「いいえ、礼など。食べ物を胃に入れてすこし休みましょう。もうすこし進めば私の知る町に出ます。そこまで行けば地理もよくわかっておりますので……」

 なにかあれば、すぐに逃げることができます。と小さな声でエルリックが付け加えた。


「あなたは本当に賢いわ。ありがとう。わたしだけではこんなことできなかったもの」

 馬車から降り、エルリックの引いた布へと腰を下ろしたショウエルがはにかんだように微笑う。

 それを見て、エルリックは冗談めかして肩をすくめた。

「そうでしょうか。私に何か力があるとしても、それを奮う勇気をくれたのはルカ様です。生涯忘れません」


「大げさね。助けてもらったのはわたしなのに」


「なるほど。ルカ様もお母様に似て来られましたね」


「もう!わたしはお母様とは違うんだから!」


 ぷん、と唇をとがらせるショウエルを見て、エリルックも笑った。

 そして、ショウエルの前に一輪の白い花を差しだす。


「女性のお気持ちを和らげるには花が一番だとか。このような森にはえている花ですが、どうかご機嫌を直しては下さいませんか?」


「わあ……きれいね。なんと言う花?」


「さあ。私たちの一族の中では名前は伝わっておりません。しかし、花言葉なら伝わっておりますよ。清い心、祝福」

「まあ……」


 ショウエルが花びらが散らないようにそっと花を抱きしめる。

 そして、エルリックを見てにこっと笑った。

 年相応の、少女らしい、愛らしい笑顔だった。


「いいわ。今度だけは許して差し上げる。こんなものをもらったら怒ってなんかいられないわ」


「それならよかった。……ああ、もうひとつ花言葉がありました。救済___」


「そして、安楽な死。おまえは何を企んでるんだ、ブロォゾの末裔!」


 エルリックの言葉にかぶせるように、高台から凛、としたイザナルの声が響いた。


 ざざっと音がして、ショウエルたちは草の中に潜んでいた完全武装した男たちに囲まれていることに気付く。


「イザナル……!!」


 エルリックがショウエルの肩を抱いて後退した。

 そこへ、また一歩、イザナルが近づく。


「おまえのせいで姫をなかなか助けられなかった。

 だが、城を離れたのは失敗だったな。城に張られた結界の中にいれば、おまえの力とあわせて、姫の力を隠し通すこともできたろうに」


「わが一族復興のため、この方の力が必要だったものでね。

 カームラと妻合わされてからでは間に合わなくなる。

 それから、人間のようにエルリックと呼んでほしいんだがね、王子様」


「てことはおまえも知ってるんだな」


「知ってるも何も、私はそのために雇われた」


「対の力を隠すために」


「そう。こんな屑にでもそのくらいの力はまだはある。『王の血』などなくてもね」


「姫が何者か本当は知っていても?」


「ああ」


 こともなげにエルリックが言い放つ。


「対も王国もこちらはそんなことはどうでもいい。ただ私は、蔑まれてきた私たち一族を再度歴史に呼び戻したいだけだ。

 この作戦さえ成功すれば、私たちはまた隠れずに生きることができる」


「それはどうせあのフレンジーヌの言葉だろう?あの女が真実を語ると思うか?」


 ぐっと、はじめてエルリックの表情にためらいが現れた。

 いま、彼の中ではいくつもの天秤が動いているのだろう。


「____語らないかもしれないな」


 血を吐き出すような言葉。


 それを聞いたイザナルは何かを言いかけようとする。

 だが、エルリックは叫ぶようにその後を続けた。


「けれどもうこれしか方法はない!!!!」


「まだ方法はある。とりあえず姫から手を離せ。俺が王に戻ればお前たち一族の復権を約束する。

 ___もともと俺は、なにかを区別するのは好きではない」


「隊長の言葉は信じた方が得策ですよ」


 副官が、銃の照準を合わせたまま歩を進めた。


「私は死刑執行官の息子だ。蔑まれる血筋です。それでも隊長はそんなことは気にはされなかった。それどころか私に能力があるとわかったら、副官に取り立ててくださった」


「おれんちは乞食だったぜ!食うや食わずでその辺の食い物を漁ってるところの逃げ足の速さを買われて入隊したんだ」


「俺は政争で消された一族の息子だ。本来なら俺も殺されるはずだったが___隊長が新しい名前と役目をくれた」


「隊長はけして嘘をつきません。我々を裏切りません。さあ、姫をこちらへ。少なくとも、あのフレンジーヌよりは信用が置けますよ」


 副官が微笑む。それと同時に、ほかの隊員たちからも賛成の声が上がった。


「あんたがなんだかは知らねえが、こっちにしたがっといた方がいいぜ」

「隊長が王になればおれたちみんなお貴族様だ!」


 エルリックの決断をうながすように副官が首をかしげた。

 けれど、イザナルは相変わらず険しい顔で二人を見つめていた。


「確かにフレンジーヌは信頼できないな」


 エルリックがショウエルの肩を抱いたまま後ずさる。


「だからといって貴様らのどこが信用できる?!」


 ショウエルを盾のようにしたエルリックに向かって副官が命令を唱えた。


「おまえたち、構えろ!」


「やめろ、副官」


「しかし……」


「姫に当たったらどうする。いま、なにより大切なのは姫だ。

 ___姫、少しだけ待ってください。必ずあなたを助け出す」


「それはどうかな!その前に何が起こるかわからないおまえじゃあるまい!」


 エルリックはショウエルを盾にし、さらにじりじりと後退した。


「エルリック?どういうことなの?あなたはわたしの味方ではなかったの?」


「味方ですよ、ショウエル様」


「じゃあどうしてこんなことに?!」


「それはね」


 エルリックが悲しそうに微笑んだ。


「こういうことだからです」


 そこにあったのは髑髏の顔。


 ヒッと一声悲鳴を漏らし、ショウエルはエルリックの体にくたりと倒れこむ。


「___あなたには……見られたくなかった……」


 エルリックがうつむく。


 そのとき、ガチャリと遊底を引く音がした。


「それでどうする?感傷的になってる暇はない。この辺は全部俺たち傭兵団が囲んでる」


「なるほど。それでもね、化物には化物なりのやり方があるんですよ」


 無数の照準を突き付けられ、それでもエルリックは笑っていた。


「それではみなさん、ごきげんよう。姫は私がいただきます」


 髑髏の歯をカチカチと鳴らしたと思ったら、エルリックの姿は消えていた。

 抱きしめていた、ショウエルごと。


「チクショウ、あの化物!」


 傭兵の一人が罵り声を上げた。


 副官がイザナルに深く頭を下げる。

「まさか、あんなことができるとは……私の調査不足でした。申し訳ありません」

「いい。行く場所には心当たりがある。それに奴のこれまでの態度なら___姫を傷つけることもあるまい」


 イザナルが銃剣を鞘に納めた。


「姫さえ無事なら、俺は、それで___」

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