第14話 宿命の赤い糸、初めての協調戦Ⅱ


 二人を校舎に置き去りにし、急ぎ足の僕とうさぎは正門前にたどり着く。幸運な事に周りに人影は無い。

 あと数歩で正門を超えるというそんな時、今更になって置いて来た仲間の事が気になる。実際、僕なんか魔砲じゃあ二人に比べて戦力外かもしれない。それでも、頭数が増えるだけで大きく戦況は変わる。数は強さだ。

 うさぎを学園から脱出させた後、僕一人だけでも戻るべきだろうか。


 「なぁうさぎ、やっぱり僕……」


 「……駄目です」


 うさぎは僕の言葉を最後まで聞く事もせず、速聴で却下する。

 彼女は未だ僕の腕にしがみ付き、ずっと小刻みに震え続けていた。


 「怖いんです……。暮人も、あの人にやられて私の前から消えちゃうんじゃないかと思うと。勿論、暮人を信じて居ないわけじゃありません。でも、怖いんです。だから、今日だけは、ずっと傍に居て下さい……」


 「うさぎ……」


 僕は空いた方の手で、震えるうさぎの頭を軽く撫でる。

 しばらくして落ち着くと、グイグイと僕の腕を引っ張りながら外に出ようとするうさぎ。残してきた仲間は気になるが、今は信じて待つしかない。何より、今のうさぎを一人にすることが出来ない。僕は祈るように仲間の勝利を信じ、うさぎと二人正門から西砲の外に出た。




 廊下を横断する真っ赤な一本の光。廊下の突き当りと魔砲を結ぶように一直線に伸びた赤い線は、ピンと張った赤い糸のようにも見えた。


 「あぁもう、ほんっとウザいー!」


 「東雲さん、あんまり騒ぐと見つかるって」


 「わかってるけどー! でも、だってあの魔砲ウザいんだもん!」


 ボクと東雲さんは、校舎A棟一階の廊下にて、赤羽先輩と交戦状態にあった。敵の魔砲から伸びるレーザーサイトの牽制にボクたち二人は想像以上に手を焼き、戦況はやや劣勢。

 倉島さんの話によれば、赤羽先輩の能力。それはどれだけの距離があっても、引き金を引いたその瞬間に照準器に捕捉されている、たったそれだけの事で弾は標的に当たるまで追尾する。まさに必中の魔砲、しかし、それは撃つ前に射線が見えるという弱点でもある。

 頭ではわかってはいても、なかなか相手の弱点を突くことが出来ない。必中という言葉の抑止力。射線が見えるとはいえ、発砲せずともレーザーサイトそのものが牽制となる。

ボクと東雲さんの二人は、遮蔽物や廊下の曲がり角を駆使し、射線を切りながら立ち回るが、なかなか反撃のチャンスを作れずにいた。


 「はぁ、はぁ……。このまま追いかけっこしてもジリ貧になるだけだよ。何とかしなきゃ」


 「そんなことわかってるよぉー、でもどうするのー?」


 くそっ。こっちの方が弾数的にも人数的にも有利を取っているにも関わらず、恐怖が先に立って攻めきれない。思い返せば、これまで暮人の指揮していたアンノウンでの戦闘は常に主導権を握った戦術。対して、ボクは今、敵の行動に対処する一方になっている。敵の行動を予測する事が、敵を誘導する事がこんなにも難しい事なのか。改めてボクはリーダーに恵まれた良いチームに入ったと思う。

 しかし、今回の戦闘、そのリーダーは居ない。ボクは彼に任せろと言ったんだ。ボクが暮人や倉島さんに恩を返すため、反対を押し切って始めた戦い。ボクは自分を信じてくれた暮人の期待に応えたい。

落ちかけた自分の気持ちに改めて喝を入れる。


 「とにかく、正面戦闘は不利だよ。暮人がいつもやっているように、待ち伏せして打ち取る作戦にしよう」


 「おっけー、ならこの調子でちょうどいいポイントまで引きつけなきゃだね」


 自分にない物を羨んでも仕方がない。ボクはボクの戦い方をするしか無いんだ。

 ボクらは、逃げ回りながらも自分たちに有利な地形に相手を誘導する。幸いなことに、敵の魔砲から伸びるレーザーサイトのおかげで、敵の位置は直接視認しなくても曲がり角から安全に確認することが出来る。


 しばらく廊下をあちこち走り回った頃。そろそろ頃合いだろうか。いや、何よりそれ以前にボクの体力がそろそろ怪しい。さっきからずっと走り続けて、息も切らしっぱなしだ。足を止める度に呼吸を整えても、次第に休憩にかかる時間が増えてきた。

 ボクの足が完全に止まる前に勝負を仕掛けるしかない。廊下の曲がり角からレーザーサイトが伸びてきていない事を確認する。こちらは顔を出さずとも、相手の位置が分かるのに対して、相手からはボクらがどこに居るのかはわからない。


 「東雲さん、今ならまだこの通路まで敵は来ていない。ここにボクの地雷を仕掛けて待ち伏せしよう」


 東雲さんは無言で頷き了承する。ボクらは廊下の曲がり角の床に地雷を仕掛け、脇の階段から様子を伺う。地雷を仕掛けてから少しして、向こう側からこちらに側の突き当りに赤い光の線がまっすぐに伸びてくる。ちょうどボクらの前をレーザーサイトが横切ってから、ゆっくりと足音が迫ってきて、ボクと東雲さんは息を殺して近づいてくるのを待つ。


 敵の射線に対して垂直に陣取ったこの状況なら、敵がボクたちを攻撃するためには絶対にあの曲がり角に足を踏み入れる必要がある。そして、そこには既に地雷が仕掛けてある。

 つまり、ボクらは気配を殺してここで待っていれば、赤羽先輩の方からのこのことやってきて地雷にかかる。これでボクらの勝ちだ。位置取りからして、地雷が起動する前にあのレーザーサイトがボクらをとらえる事も絶対にない。


 そう考えていると、不意に迫って来る足音が止まる。

 もしや気付かれたか。いや、レーザーサイトは伸びたままだ。それが直ぐそこに赤羽先輩が居るという証拠。そして、ボクが地雷を仕掛けた時はまだ先輩はこの通りまで来ていなかったはず。銃声は鳴っても誰が発砲したかもわからなければ、赤羽先輩がボクの魔砲について知っている訳もないんだ。

 自分に言い聞かせるように心の中で一つずつ不安を握りつぶしながら、曲がり角から敵が姿を現すのをじっと待つ。


 そして次の瞬間、じっと凝視していた壁から何かが顔を出す。なんと、それはボクの予想とは打って変わって、赤羽先輩に投げ込まれた上履きだった。上履きはくるくると宙を舞い、コトンと床に落下すると、ちょうどそこに仕掛けてあった地雷を起動させる。バンっと爆発音が鳴り響き、飛び散った榴弾の破片が上履きをズタズタにする。


 「ちょっと、だめじゃん!」


 「なんで……」


 東雲さんはボクよりも先に思わす声を上げる。勿論ボク自身も驚きを隠せずにいる。

 爆発が止み、打ち上げられた上履きが再び床に落ちパタパタと音を立てると、壁の向こう側から声が飛び込んでくる。


 「浅いですね、実に浅い。こんな見え見えの罠に掛かると本当に思って居たのですか? まさか、レーザーが見えないからそこに居ないとでも? しっかり見ていましたよ。床に何かを仕掛けたのをね。そちらの魔砲を知らなくともソレが何らかの罠であることは丸わかりですよ」


 再び足音はこちらに向かって近づき始める。


 「マズイ、東雲さん! 一旦退いて立て直そう!」


 「何やってんのさー! もう!」


 急いで会談を駆け下りるボクら二人。またしても一旦距離を取って、改めて何処かで待ち伏せをするために、廊下を全力で走り抜ける。

 迂闊だった。しっかり目視で敵の位置を確認しておけば。いや、そもそも壁に仕掛けるという手だって、考えれば考える程後悔が残る。相手に言われた通り、今になって自分の浅さに気付く。単純に考えて、相手が自分の位置をバラしてしまうレーザーサイトを、常に垂れ流しているなんて事がある訳ないじゃないか。


 再び、先ほどとは違う場所の階段に陣取り、作戦を練る。この、上にも下にも退路があり、廊下に対して垂直な地形が、校舎内で最も赤羽先輩の射線が通り辛いという事は間違いない。地雷で仕留めるのには失敗したが、位置取りとしては悪くなかった。それだけに自分の詰めの甘さが悔しい。


 「はぁ、はぁ、ごめん……。東雲さん、次こそ何とか……」


 我ながら情けない。自分から勝手を言いだして、任せろなんて言ってもこの有様だ。ボクは結局一人じゃ何もできない。今も昔も変わっちゃいない、ボクは昔から弱虫だった。だから、憧れたんだ。他人を守れるような強い男に、そんな砲術士に。

 でも、今のこの状況はなんだよ。ボクはもう弾切れで丸腰だ。頼りは東雲さんの弾だけ。これじゃあ実質一対一、ボクは戦力外だ。

 最近はアンノウンである程度だけど他の生徒たちを倒せていた。自惚れていたんだ、錯覚していた。まるで自分が強くなったように思いこんでいた。でも、凄いのはボクなんかじゃなくて周りの仲間たちだ。たった今ボクは、自分の無力さをこれ以上ない程に思い知った。

 しかし、今は戦闘中。反省はあとだ。ボクは頭の中の雑念を振り払う。今度こそ失敗しないようにと、壁から顔を覗かせ追手が来ているかを確認する。


 「ねぇ、加賀見くん」


 突然、後ろから東雲さんに声を掛けられる。


 「なに? 東雲さ……」


 彼女の呼びかけに反応して振り向こうとした途端、背中に硬い物を押し当てられた感触を感じ、ピタッと動けなくなる。それが何かは見るまでもなくわかる。


 「東雲さん、どうして……」


 「加賀見くんがいけないんだよ? あの人の事、仕留めそこなっちゃうんだもん」


 確かに、今のボクは完全に戦犯だ。弾を無駄遣いし、有利を無くした上に体力が無いせいで足まで引っ張っている。


 「最初からこのつもりだったの?」


 「そういうわけじゃないけどー、でも、考えてみてよ。誰を撃っても同じ十単位なの。なら、まだ弾を持ってるあの人と目の前で丸腰の加賀見くん、どっちを倒すのが簡単かなんて一目瞭然でしょ?」


 「言いたいことは分かるよ」


 「ごめんね。別に恨んでくれても良いよ」


 ボクは彼女と背中越しに言葉を交わす。そうか、結局のところボクは何も成し遂げずに退学になってしまうのか。でも、悪い事ばかりじゃない。


 「恨んだりしないよ。元はと言えばボクのミスがいけないんだ」


 「命乞い、しないんだね」


 「……そうだね。最後に暮人達にありがとうって言いたかったなぁ。東雲さんから伝えといてよ」


 「うん、わかった」


 彼女の魔砲がいっそう強く押し付けられる。


 「撃つからね」


 「ああ、ボクを撃つのが東雲さんで良かったよ」


 「どうして?」


 彼女は不可解そうにボクに問いかける。ボクにとってはなんら変な事を言ったつもりは無かった。だって……


 「せめて仲間の弾でやられるなら、最後にその人の卒業の糧になれるんだから」


 「…………そっか」




 日も落ち始め、西日が校舎内を緋色に染める。燃えるような真っ赤な日が差し込む廊下に向かい合う生徒が二人。


 「とうとう追いかけっこは終わりですか? こちらもいい加減、うんざりしていたので助かります」


 「もう逃げる意味も無くなっちゃったんですよねー」


 「もう一人の膨よかな彼はどうしたのですか? まさか一人で逃げてしまったとか?」


 赤羽は東雲に、相方の所在を問いかける。


 「あー、あんまり無能だったからあたしが始末しちゃったー。そんで先輩、あたしと手を組みませんか?」


 「ワタクシと手を? ……ならばあなたは今、丸腰という事ですか」


 「そういう事になりまーす!」


 笑顔で言い放つ東雲靜華。しかし、赤羽も警戒を緩めることは無い。


 「そんな言葉をワタクシが信じるとでも? 大方、始末したなどと言って置きながらその辺に匿(かくま)っているのでしょう? 丸腰の仲間を守る為の使い古された嘘ですね」


 赤羽はそういうと自分の魔砲を構え、静華に向ける。


 「そんな事ないよぉー。信じられないならその証拠にあたしの魔砲、そっちに投げてあげますよー」


 靜華は宣言した通り、ゆっくりと自分の腰に付けた魔砲に手を伸ばす。対して、赤羽は魔砲を構え、彼女が怪しい動きをした途端に発砲することが出来る状態である。

 彼女は二本指で魔砲を摘み、ひょいっと赤羽の足元に魔砲を投げる。


 「どうやら、本当に丸腰のようですね。しかし、ワタクシとあなたが組む? こちらにどんなメリットが?」


 「決まってるじゃないですか。あたしがスパイとして、うさぎちゃんを手に入れる手助けをしてあげます」


 「なら、あなたにはどんなメリットが?」


 赤羽の問いに対し、突然、彼女の表情が変わる。不気味な笑みはこれまでの快活な明るい笑顔とは打って変わり、人間のドス黒い部分を彷彿とさせる。


 「アイツら、揃いも揃って甘いんだもん。どうせ同じ十単位なら、バカを騙して取る方が楽でいいでしょー?」


 「ふんっ、意外と見かけによらず悪い方ですね」


 「そうかなー? 合理的でしょ?」


 赤羽は魔砲を構えたまま静華の話を聞き続ける。レーザーサイトは常に、静華の体に当たっていて、引き金を引けば今にも銃弾が彼女を襲う。そんな状況でも彼女が臆する様子は一ミリもない。


 「ねぇ、先輩。あたしが信じられないー? 当然だよね? でも、うさぎちゃんを手に入れるまでの一時的な共闘だったら? それならお互いに目的を果たせると思うの」


 「あなたという人間は……」


 赤羽は靜華に向けていた魔砲をゆっくりと下ろし、徐に口を開く。


 「良いでしょう。貴女のような人間は信用に値しませんが、倉島さんを手に入れるまでの共闘、承諾しましょう!」


 「そうこなくっちゃ! 魔砲、取りに行っても良いですかー?」


 赤羽は、静華の放った魔砲を拾い上げ、引き金を引いても弾が出ない事を確認すると、彼女が接近するのを許す。

 オレンジの夕日が差し込む廊下をゆっくりと歩く靜華。コトンっコトンっと床と靴底が衝突する音だけが虚しく響き渡る。

 静華が目の前まで来ると、赤羽は弾切れの魔砲を差し出す。ゆっくりと静華が腕を上げ、魔砲に手を伸ばす。

 その時だった。窓から差し込む、沈んでいく西日が一瞬だけ赤羽の視界を真っ白に染める。


 「はい、捕まえた」


 赤羽の視界が一瞬奪われたその隙に、靜華が飛びついたのは差し出された魔砲ではなく赤羽が構えていた方の魔砲だった。

 静華は魔砲の銃身をがっちりと掴み、銃口を下に向けさせる。


 「な、なんのつもりですか?」


 力づくで銃口を向けようとする赤羽に抵抗する靜華。


 「そんな事をしたところで、あなたにはもう弾が無い。無駄な足掻きは見苦しいですよ」


 「んー、いくら足に自信が無くたって、そろそろ来てもいい頃なんだけどなぁ」


 静華が不満を漏らした直後だった。廊下のはるか遠くから足音が迫って来る。静華が時間を稼ぎ、会話で注意を逸らしている内に耕平が裏手側に回り込んでいたのだ。そして、耕平の手には東雲靜華の魔砲、サイレントデリンジャー。透かさず赤羽の背後を取り、魔砲を構える耕平。


 「ごめんよ。遅くなって」


 「遅すぎー、ホントしっかりしてよぉ」


 「くっ! やはり、まだ生き残っていましたか。それどころか自分の魔砲を他人に渡すなんて、何が合理的だ!」


 「あたしだって、その人の価値くらい自分の物差しで測れるんだから」


 赤羽は焦りつつも必死に抵抗し、魔砲を構えようとするが靜華が魔砲を押さえつけているせいで狙いが定まらない。


 「クソっ! 離せ!」


 赤羽は、もう片方の腕で弾切れの魔砲を握ったまま手を振り上げ、勢いよく静華の額に向かって振り下ろす。

 思わず歯を食いしばり目を瞑る靜華。


 ゴンっと鈍い音が廊下に響く。静華が目を開けると、振り下ろされた魔砲が打ち付けられたのは、靜華を庇うように前に出た耕平の頭だった。

 耕平の額から血が滴り落ちる。ポタポタと地面に赤い点が打たれていく。


 「ボクの魔砲で……、ボクの仲間を傷つけるな」


 「なっ!」


 耕平は手に持った静華の魔砲を赤羽に突きつけ、そして引き金を引く。無音で発砲された魔砲は赤羽に直撃し、その衝撃は彼の意識を奪う。


 「ほら……どうせ十単位なら、バカを騙して取る方が楽でしょ?」


 静華が倒れ込む赤羽に吐き捨てる。


 「だ、大丈夫? 東雲さん、怪我はない? 危ないところだった」


 頭から血を垂らしながらも、先に仲間の心配をする耕平を見て、静華は少し呆れたように口を開く。


 「か、加賀見くんが遅いのがいけないんだから。そんな傷、自業自得だよ!」

  

 「あはは、ご、ごめん」


 「でも、ちょっとだけ……助かったかも」


 「それなら良かったよ」


 静華は赤羽が握り占めていた耕平の魔砲を回収し、お互いの魔砲が持ち主の手元に戻る。


 「さっ、帰ろっか! 加賀見くん」


 「そうだね。二人が心配しているかもしれない。早く外に出てボクらの勝利を報告しよう」


 その後、耕平と静華の二人は、無事に他の生徒と接触することなく学園の敷地から出る事に成功した。

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