第10話 罪の重み、金縛り攻略戦Ⅱ


 静まり返り全く人気の無い、放課後の体育館裏。僕は左手で魔砲を構えたまま神代と向かい合う。東門まですぐの位置にある体育館裏で、アンノウンと神代祟の戦闘は静かに繰り広げられていた。


 「神代、僕と勝負をしよう」


 そもそもこの戦い、十中八九僕らアンノウンに負けは無い、当然だ。この人目が無い体育館裏に誘き出した時点で勝負はついている。だいたい弾数が差があり過ぎる。こちらは四人、うさぎの再装填も含めればまだ四発分の弾がある。対して相手は一発。それを分かった上で神代が誘いに乗ってきたのは、自分の力に自信があるからだろう。だが、たとえ魔砲の能力で、敵の発砲を抑止できるとしてもこの差は埋められない。


 「勝負? 急になにを」


 神代は僕の提案に疑問を呈し、僕は左手で魔砲を構えたまま話を続ける。


 「簡単な話だ。僕はこれから引き金を引いてあんたを撃つ。それを阻止出来たらあんたの勝ちだ」


 「一対一の勝負で決着をつけようというのかい?」


 「ただの真剣勝負だ。もしそっちが勝ったら、俺を撃ってすぐそこの東門から逃げればいい。勿論僕の仲間は追撃しない」


 「面白い、良いだろう」


 神代が乗って来る確信はある。あっちから見ればこんなにおいしい話は無い。おそらくだが神代はこちらのチーム編成だけじゃなく、アンノウンメンバーの魔砲の能力すら知っている可能性がある。

敵を確実に狩る為には、どんな優位な状況でも万全を期すべきだ。


 「時にこの勝負、君にメリットがあるようには思えないが?」


 神代が僕に対して、再び問いかける。相手が警戒するのも想定内だ。もしも、僕があっち側ならこんなおいしい条件、裏があると考える。ましてや自分には引き金を拘束する力があるとなれば、引き金を引かせないことが勝利条件の勝負なんて負けるはずも無い。それを相手から仕掛けてくるのだから、何かを企んでいると勘繰るのは当然の成り行きだろう。


 「あんたには悪いが、僕は無神論者なんだ。あんたの言う神とやらが存在しないという事を証明できればそれで十分さ」


 「ふっ惜しいな、これから信仰に目覚める人間を倒すのは。だが仕方ない、経験しなければ信用できないというのであれば見せてあげよう。神の御力を」


 神代は遂に魔砲に手を掛ける。しかし、まだ引き抜きはしない。


 「じゃあ……見せてもらおうか。3カウントで始める、良いな?」


 「良いだろう。ワタシが断罪してやる」


 一瞬の静寂が訪れ、地表の土を風がさらう。茂みの葉が風にあおられる音だけがその場に響いていた。


 「3……、2……」


 一から一拍置いて、すぐに両者が動き出す。僕は構えた魔砲の引き金を引き、神代は腰の魔砲を引き抜きながら、確実に命中させるために距離を詰めようとする。

 予想はしていたが、僕が引き金を引こうとしてもトリガーはピクリとも動かない。だが、僕の本命はこれじゃない。空いている右手で腰に付けたもう一つの魔砲を背後から引き抜き、すぐに構える。


 「もう一丁!?」


 神代は不測の事態に動揺し、足が一瞬止まる。僕は右手で構えた二つ目の魔砲で、僕と神代の間の地面に向かって引き金を引く。

 パァンという発砲音に続いて、前もって地面に仕掛けていた榴弾地雷に誘爆し、爆発と同時に砂埃巻き上げる。


 「くっ、ゴホッゴホッ。戦う前から細工を施すとは小賢しいぞ!」


 「騒いじゃうと、視界が悪くても居場所がすぐわかっちゃうよー?」


 東雲さんが完全に神代の背後を取り、低い姿勢で神代の腰の位置に銃口を密着させる。神代側からは低姿勢な上に巻き上がった砂埃で東雲さんの姿は見えない。


 「やっぱり見えてなきゃ能力使えないんだー?」


 「卑怯な! 一対一と言ったではないか!」


 意図しない東雲さんの乱入に、神代は猛抗議するが、彼女は気にも介さない。


 「一角くんそんなこと言ったかなー? 真剣勝負とは言ってたけど?」


 「屁理屈を!」


 「はーい。いただきまーす!」


 砂埃の中、静かに引き金は引かれ、次第に視界が晴れると目前には倒れた神代と魔砲を握った東雲さんの姿。

 神代の撃破を確認すると、近くの木陰に隠れていた耕平とうさぎも僕たちの元に歩み寄って来る。


 「お疲れ様です。暮人」


 「東雲ちゃんもお疲れ様!」


 「ありがとー!」


 正直、ここまでしなくても僕らアンノウンの勝利は揺るがなかった。包囲した時点で相手の負けは確定していたのだから、多少強引にでも打ち取る方法はあった。結果だけ見れば、四発の銃弾を使って取得した単位は東雲さんの十単位のみ。お世辞にも効率が良いとは言えない。それでもこの作戦を取ったのは、今回の戦闘ではこれ以上ない程慎重にならざるを得なかったからだ。

 今回の敵はこれまでと違い、どこまでなのかはわからないものの、僕らアンノウンの情報を持っていた。チーム編成だけでなく、もしかすると今日襲撃されるというのも、予めわかっていたのかもしれない。奴の言っていた天啓とやらが本当にあるならば何の問題もないが、そうでないなら、僕らの情報を神代に流した奴がいると考えるのが自然だろう。それが誰かなんて事は言われるまでも無くわかっている。アイツしかいない。だからこそ、この戦闘はいつも以上に慎重になる必要があった。


 「暮人、どうして最後、自分で彼を撃たなかったのですか? 私の貸した魔砲なら地面の地雷ではなく直接敵を打てたと思うのですが」


 うさぎが僕に不思議そうに小首をかしげて問いかけてくる。僕が戦闘中に抜いた二つ目の魔砲、それはうさぎの物だった。うさぎは一時的に非武装になるというのに、この作戦の為に僕を信じて自分の生命線である魔砲を貸してくれたのだ。普通は自分の魔砲を誰かに委ねることなど出来ない。だが、それ故に神代の虚を衝いた作戦だった。


 「いや、あれはただ、その……」


 「その?」


 「うさぎの魔砲で誰かを撃ちたくないなって思ったんだ」


 僕は頭を掻きながらうさぎに言う。今更人を撃つことへの抵抗なんてほとんどない癖にこんな事を言うのは少し気恥ずかしかった。でも、うさぎの魔砲を借りて、それで他人を撃つのはなんだか少し気が引けた。他人を撃たないという、うさぎの矜持を捻じ曲げる気がして僕の頭がそれを許さなかった。だから、保険として仕掛けておいた地雷の方を撃った。結果として、東雲さんは単位を手に入れ喜んでいるし何ら後悔は無い。

 僕の言葉を受けて、微かに微笑んだうさぎが澄んだ瞳で僕を見つめる。


 「……あなたの罪なら、一緒に背負っても良いです」


 それから間もなくして、地雷の爆音が数人の生徒を引き寄せ、僕らは急いで東門まで走り抜けた。効率的とは言えないまでも、今日もアンノウンは全員無事に西砲の敷地内を脱出した。この調子で安全に、確実に単位を溜めていくのが僕らの基本方針だ。しかし、どんどん浮いた駒は減っていく。いずれは危険な橋を渡らなくてはいけない時が来るのも、僕ら全員が分かっていた。


 これは後になって阿水先生から聞いた話だが、今回のように他人の魔砲を使って撃った場合、手を下した者、つまり魔砲の所有者ではなく引き金を引いた生徒が単位を取得する仕組みになっているようだ。加えて退学が確定した生徒の魔砲は、仮に回収しても使用不能になるらしい。

 翌日の昼休み、僕は再び情報屋である飛鳥先輩の元を訪れていた。相変わらずいつものピロティでローブを被り、一人佇む飛鳥先輩。深々と被ったローブ越しでは表情が見えづらいため、いつも口元までしか見えない。


 「おやおや暮の氏、今日は一体何の用だい?」


 飛鳥先輩は僕の存在に気付くと、いつものように声を掛けてくる。今日は初めてうさぎとではなく一人で来ていた。不意に、ちらりとニヤつく飛鳥先輩の口元が顔を覗かせる。


 「今日も情報提供かい? それとも……報復か?」


 ピロティに緊張感が走る。飛鳥先輩と二人きりになるのはこれが初めてだ。普段とは違い仲間が居ないこの状況では、お互いの動き次第でいつ戦闘が始まってもおかしくは無い。勿論僕にはここで飛鳥先輩と一戦交えるつもりは無い。


 「ち、違いますよ。そういう商売なのは分かっています」


 「……ほう。理解が良くて助かるねぇ。オイラも別に嵌めようとしたわけじゃないんだぜぇ?」


 今回の事で改めて実感する。これまで僕らは情報屋に頼り過ぎていた。当然、西砲学園で生き残っていくには、敵の情報集めは必要だ。そして、飛鳥先輩の情報網は心強い。だが、その恩恵を受けるのは僕ら、アンノウンだけじゃない。飛鳥先輩は自分が得をするならば他の生徒にも迷わず情報提供をするだろう。


 「オイラはあくまで中立だ。オイラの仲間はこの学園には居ねぇ」


 「はい。わかっています。今日は一つ聞きたいことがあって来ただけです」


 飛鳥先輩は、「ほう?」と小さく呟くと、ローブの中の胸元からいつもの手帳を取り出す。男子高校生では珍しいパステルピンクのその手帳には、多くの生徒の情報が詰まっている。

 別に他人の趣味にとやかく言うつもりは無いが、飛鳥先輩には少し似合っていないと感じてしまう。


 「で? 何が知りたいんだぁ?」


 手元でペンを回し、ペラペラと手帳のページを捲りながら僕に問いかける飛鳥先輩。


 「いえ、ただどうして僕にヒントをくれたのかと思って」


 飛鳥先輩は予想外の質問に、ペラペラとページを捲る手を止めパタンと手帳を閉じる。


 「そんな事をわざわざ聞きに来たのか?」


 「はい。目線に気を付けろって、神代の能力の事ですよね?」


 軽く肩を落とし、呆れたような飛鳥先輩。


 「……ただの気まぐれだな」


 「そうですか」


 僕は飛鳥先輩の答えに納得し、「ありがとうございました」と一言添えると、先輩に背を向ける。これは最終確認だ。そして、僕の中で飛鳥先輩の位置づけが決まる。


 「なぁ、暮の氏」


 飛鳥先輩が僕を引き留める。向きは変えずに足を止め、耳だけを傾ける。


 「自惚れんなよなぁ。オイラはお前の仲間じゃねぇ」


 「……また来ます」


 僕の言葉を聞くと先輩は軽く鼻で笑い、教室へ帰ろうとする僕の背中にいつも通りの常套句、「またオイラをご贔屓に」とだけ言い残す。



現在の取得単位数。

一角暮人、三十単位

倉島うさぎ、二十四単位

加賀見耕平、十二単位

東雲靜華、三十二単位

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