第9話 罪の重み、金縛り攻略戦Ⅰ


 入学から二ヶ月が経過しただろうか。やけに長く感じる。僕らは次の標的に定めた神代の対策を立てる為、数日間に及ぶ情報収集を行っている。神代と同じクラスの耕平は普段から監視の目を光らせ、隠密性に優れている東雲さんが尾行を買って出てくれたこともあり、魔砲以外の情報はある程度揃った。とうとう本日、強襲を仕掛ける算段である。

 強襲に伴い、この昼休み僕らは最後の情報収集にあたっていた。


 「やぁ暮の氏。今日は一体なに用だい?」


 やはり少しでも懸念材料は無くしておきたい。僕らは最終手段として情報屋、三年の飛鳥先輩にから有益な情報を得られないかと尋ねてきたのだ。


 「へぇー、今日の放課後、一年の神代祟を襲撃ねぇ。それで、オイラなら神代の魔砲について何か知っているかもって訳か」


 「どんな些細な事でも構いません」


 僕とうさぎは、二人で飛鳥先輩の元に会いに来ていた。というのも、そもそも飛鳥先輩は三人以上で訪問すると警戒態勢に入ってしまうとの事だからだ。耕平や東雲さんも飛鳥先輩と面識はあるが、無用な反感を買わないに越したことは無いという理由から、残りの二人には教室で待機してもらっている。


 「……残念ながら知らねぇなー、一年生の魔砲情報は目撃証言も少ねぇ貴重な情報だからなぁ」


 「やっぱりそうですよね。ありがとうございました」


 僕は飛鳥先輩に一言お礼を言って、その場を去ろうとする。


 「待ちな、暮の氏」


 背を向けた僕を引き留める飛鳥先輩。先輩の声に反応し、僕とうさぎは一体何かと振り返る。


 「暮の氏、最近調子良いみたいだなぁ。前々から聞こうと思っていたんだが」


 「何ですか?」


 飛鳥先輩はローブを羽織ったまま、胸元からピンク色のメモ帳を取り出しペラペラと捲る。


 「チーム名とかは決まってねぇのか?」


 チーム名。考えても居なかったが、大抵二年生以上のチームは団結力を上げる為にも、自分たちにチーム名を付けているようだ。というのも、これまで一年生の中ではメンバーの入れ替えが多く、チーム名を決めていないグループも多かった。


 「そんなものありませんよ」


 うさぎが僕に代わって、まっすぐ目で飛鳥先輩に向かって言い放つ。


 「ならunknownとでもしておくしかねぇなー」


 飛鳥先輩は片手でボールペンをくるくると回し、数回転の後人差し指と親指でキャッチして、メモ帳に文字を書こうとする。

 その時、うさぎが不意に言葉を続ける。


 「ならそれで良いですよ」


 「んー?」


 「私たちのチーム名です。アンノウンにします」


 うさぎは勝手にチーム名を決め飛鳥先輩に伝える。僕としてはチーム名なんて何でもよかった。おそらくだが残りの二人も何ら異論は無いだろう。

 飛鳥先輩は「ほう」と小さくつぶやきながらメモ帳にメモを取り、書き終えるとパタンと音を立てて閉じた。


 「毎度、情報提供に感謝するぜぇ。代わりと言っちゃーなんだがオイラから一つ。暮の氏、視線に気を付けるんだなぁ」


 「視線? どういうことですか?」



 僕は飛鳥先輩に聞き返すが、先輩は「これ以上は守秘事項だ」とだけ言い残しそれ以上は答えてはくれない。


 「じゃあ、オイラはこの後も人と会う約束があるんだ。もう行かせてもらう」


 「先輩、ありがとうございました」


 「毎度―、またオイラをご贔屓に」


 僕とうさぎの二人は、飛鳥先輩がピロティから去っていくのを見届けたあと教室に戻った。結局、神代の魔砲については何も分らなかった。こちらの下調べで、行動パターンくらいは掴めている為、魔砲の能力については噂を元に憶測を立てて作戦に臨むしかない。

 午後の授業も全て消化し放課後になると、とにかくまずは耕平を迎えに行き四人で合流する。

 耕平と東雲さん調べの情報を元に、神代を待ち伏せする事にした。この学園の校門は四つ。B棟から出る事になるが、最も校舎と距離の近い西門。校舎からは少し遠いが、道に植えられた樹木を遮蔽物に出来る最も大きい正門。A棟のわきから出て体育館の横を抜けたところにある東門は、遠くからの射線が通り辛く門までの距離はあるが比較的安全だ。最後はグラウンド、屋外演習場を超えた向こう側にある北門だが、こちらは校舎からは遠すぎてあまり使われていない。そして、これから僕らが待ち伏せするのは、校舎A棟の一階、東門に一番近い出口に向かう途中の廊下だ。


 廊下の曲がり角で待機する僕とうさぎ。耕平、東雲さんもそれぞれ所定の地点にスタンバイし、標的が現れるのを待つ。

 固唾を呑んでその瞬間を待つアンノウンメンバーは、不意に遠くから聞こえてきた足音に耳を澄ます。廊下の向こう側から少しずつ、少しずつ近づいてくる足音。僕はゆっくりと廊下の角から顔を覗かせ、こちらに向かってくる人物を確認する。

 そして、ターゲット、神代祟を視認した。同時に携帯で他のアンノウンメンバーに作戦開始の合図を送り、すぐ隣のうさぎとアイコンタクトを取る。

 幸い周囲に他の生徒はいない。もちろん神代自身も一人で仲間も無し。仕掛けるには絶好のタイミング、そう考えていた時だった。突然足を止め、廊下の途中で止まる神代。

 一体どうしたんだ。そう思い少し様子を見ていると、神代がおもむろに口を開く。


 「出てきなよ。隠れているんだろう?」


 一人廊下に声を響かせる神代。

 まさかバレている、いやそんなはずは無い。さっき僕から敵を視認した時も気付かれた様子はなかった。なら、あれはハッタリか。僕の中でいろんな可能性が考慮される。


 「敵は……、四人か。女子が二人、男子が二人」


 人数やチーム編成までもピタリと言い当てる神代に、流石に僕も焦りを隠せずにいた。まさか何処からか見られて居るのか。だとすれば何処から、今敵の立っている位置からでは確実に僕らを視認する事は出来ないはず。ならば残るは魔砲の能力という事にだろうか。しかし、それだと出回っていた噂とは大きく異なる。

 正体不明の能力を前に、僕には幾つも存在する可能性の内どれが正しいのか判断しかねていた。

こうなったら仕方ない。もはや奇襲にすらならないなら身を隠す利点も無い。


 「一体どうして、僕達が隠れて居るのがわかった?」


 僕とうさぎは魔砲を構え、神代の前に姿を現す。


 「そんなの簡単。天啓さ! ワタシには神の御声が聞こえる。神の御加護を受けているのさ」


 「ず、随分と敬虔な信徒なんだな」


 僕とうさぎは一方的に魔砲を突き付けたまま話しかけるが、神代は魔砲を手に取ろうとしない。仮に魔砲を抜くような素振りがあればすぐにでも引き金を引くつもりで居るが、彼にはその素振りすら無い。単に先手を取られて迂闊に動けないのか、それとも他に何かあるのだろうか。


 「まずはその物騒な物を下ろしたらどうだい? それは人に向けてはいけない物だ」


 「今更何を言ってるんだ。それでこっちが魔砲を下ろすとでも?」


 「ならば致し方ない」


 神代は遂に腰の魔砲手を伸ばす。しかし、僕もそれをみすみす見逃すつもりは無い。神代が魔砲を手にする前に狙いを定めて引き金を絞ろうとする。


 「……え? なんだ?! 引き金が引けない!」


 まさに噂の通り、引き金を引こうとするがびくともしない。何が起こっているのか分からず焦っている僕を横目に、神代は隙をついて魔砲を引き抜き、僕に銃口を向ける。


 「それが罪の重さだよ。君の手は罪の重さに耐えられないらしい」


 「くっ、そんな物騒なもん、人に向けちゃいけないんじゃないのか?」


 「これは断罪さ。そう、神の代行者たるワタシが罪を犯そうとした君を断罪するだけ、これは正義の行いさ」


 パァンっと高らかな銃声が廊下に鳴り響く。それから落下した魔砲がスルスルと滑り、壁に当たった衝撃でゴンと低い音を立てた。


 「させると思いますか?」


 発砲したのはうさぎの魔砲で、神代の魔砲はうさぎの発砲によって彼の手から弾き飛ばされ床に打ち捨てられる。


 「ほう、素晴らしい。敵ながら素晴らしい技術だ。魔砲だけを狙って弾くとは、神も君の戦い方を賞賛していますよ」


 「何を言っているんですか」


 うさぎの牽制射撃で神代は魔砲を手元から無くし、うさぎは透かさず再装填で再び自分の魔砲に銃弾を込める。平然と引き金を引いたうさぎを見て、僕はさらに混乱した状況を整理する。

 どうしてうさぎには引き金が引けるのか。まさか、あいつの言う通り本当に神の加護が働いているとでも言うのか。いや、そんな事あるはずが無い、残念ながら僕は無神論者だ。もしも仮に、この世界に神が居るのであれば、うさぎや僕の妹のようにか弱い女の子に過酷な運命を押し付けるだろうか。

 そんな神が居るなら、どんな手を使ってでも僕がこの銃で撃ち殺してやる。とにかく引き金を引けなくなったのには何かカラクリがあるはずだ。


 「暮人、大丈夫ですか?」


 「うん、悪い。大丈夫だ」


 神代に銃口を向けたままのうさぎと僕。神代はうさぎが魔砲を構えているからか、魔砲を拾いに行こうとはしない。


 「そこの女子、君が件のマガジンガールだね? 悪に組するには惜しい、ワタシと手を組まないか?」


 「ふざけないで下さい」


 当然、うさぎは神代の提案を即答で拒否する。神代はうさぎの返答を聞くと軽く鼻で笑い、呆れたように言葉を続ける。


 「それは実に残念だ。その不殺精神に免じて、君にも神の恩恵を授けようと言うのに」


 「余計なお世話です」


 「ならば仕方ない。君もワタシが断罪するしかない様だ」


 神代は僕らと向き合いながら、ゆっくりと後ろ歩きで床に落ちた魔砲を拾いに歩み寄る。


 「それ以上動かないで下さい。撃ちますよ」


 「君にそれが出来るのかい?」


 うさぎの警告にも全く耳を貸さず、動きを止めない神代。まさか、うさぎが人を撃てない事を知っているのか。どちらにせよ僕もただ見ている訳にはいかない。僕は神代に魔砲を向け引き金を引く。しかし、やはりびくともしない。ある程度想定はしていたものの、これじゃあ戦い様がない。


 「ちっ! 駄目だ、やっぱり撃てない! うさぎ、一旦退くぞ」


 「わかりました」


 うさぎを連れてその場を離れる。元々、あのまま倒せるとは思って居なかった。その為、予め残りの二人を待機させていた体育館裏に合流する。


 「えー、そんな能力反則じゃん!」


 「噂通りの能力みたいだね。ボクの魔砲の場合はどうなるんだろう。既に仕掛けてある榴弾は止められないのかな」


 耕平と東雲さんにも情報を共有する。わかっていた事だが、神代の能力は何らかの方法で引き金を引けなくするものであるという確証は得た。敵の魔砲能力の詳細は分からないが、うさぎは普通に発砲出来ていたところを見るに何かしらの発動条件やカラクリがあるはずだ。

 直に神代も追ってくるはず、僕らは手短に作戦を確認して散開する。それぞれが物陰に隠れ息を殺して身を潜めていると、ゆっくりと歩いて神代が現れる。


 「アンノウンの諸君。居るのは分かっている。出てきなよ、今更隠れても無意味だろう」


 神代はひとりでに言う。ここ、体育館裏には神代と身を潜めている僕らしか居ない。敵からしても僕らが隠れているのは想定済みなのか。それとも奴の言うところの神の啓示とやらだろうか。冗談はさておき、ここで神代を仕留められなければ逃げられてしまう。東門までは目と鼻の距離だ。特別な能力や第六感なんて無くたって、仕掛けてくるならこの体育館裏になると考えるのは想像に難くない。

 完全闇討ちで仕留められるならそれが理想だったが、そうもいかないようだ。ならばと、敵の注意を引き付ける為に僕は単身で神代の前に姿を晒す。


 「今日は随分と看破されるな。またしても天啓ってやつか?」


 「そうとも。神の代行者たるワタシの前で隠し事など出来ないという事さ」


 両手を大きく広げ雄弁に語る神代。僕は明らかに隙だらけの神代に魔砲を構えるも、あちらは今度も魔砲を構えない。


 「無駄さ。君の指は罪の重さに耐えられない」


 「それはどうかな?」


 銃口を突き付けられてもこの態度。おそらく自分の能力で、こちらが発砲出来ない事から来る余裕なのだろう。しかし、こちらには潜伏している仲間が三人。もっと言うならば手札はそれだけじゃない。


 「神代、僕と勝負をしよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る