第11話 風と噂とプレゼント、世間知らずの雪辱戦Ⅰ
来る日も来る日も同じ場所。特段ここが好きな訳じゃねぇ。ただ、気づくと足が勝手にオイラをここに運ぶんだ。オイラは自分が思って居るよりずっと、未練がましいのかもしれねぇ。中庭とグラウンドを結ぶピロティには、風が一か所に集まり強い風が吹き渡る。
いつだったろうか。昔ここで話した奴が言っていたな。心地いい風が吹くこの場所が涼しくてお気に入りだって。一体誰だったろうか、如何せんここに来てオイラと会話した奴なんざ数えきれねぇ程居る。でも、いつの事かは思い出せる。そう、あれは確か、オイラが入学した一昨年の事だ。
オイラは入学後、しばらくの間一人で行動していた。他人の事を全く信じて居なかったわけじゃねぇが、常に疑っていたのは確かだ。自分で言うのもなんだが、魔砲の能力にはそれなりに自信があったオイラは新入生狩りも難なく生き残った。向かってくる上級生も、同級生も返り討ちにしてきた。
五月も半ば、新入生狩りも落ち着いて、新入生が最初に組んだ即興のチームがボロボロになった頃、失った人員の補充やらで多くの一年生は再び仲間集めを始める。
四月からずっと単独で行動していたオイラには、この第二次チーム編成期すらどうでもよかった。オイラは一人でも十分に戦える力がある。はっきり言って周りの有象無象には然程興味が無かった。このままずっと一人でやっていくんだ、そう考えていた。しかし、ついこの前から、一人だけやたらとしつこくオイラに話しかけてくるクラスメイトが居る。オイラを狙っているのか、それともオイラとチームを組みたいのか。どちらにせよオイラにその気は無い。背中を預ける気もなければ、足を引っ張られるのも御免だ。
「ねぇねぇ、飛鳥君」
後ろの席に座った女子が、ツンツンとオイラの背中を突いてくる。まただ、本当にしつこい。オイラが何度拒絶しても、懲りずに直ぐに話しかけてくる。
「ねぇねぇ、無視しないでってば」
「なんだよー、うぜぇなー」
「あぁー! ひどい!」
振り向くと、不満そうに頬を膨らませて拗ねる、艶やかな黒髪ポニーテールの彼女。
一体こいつは何がしたいんだ。オイラにはさっぱりわからない。
「いい加減にしろよなぁ。なんでそんなにオイラに付きまとうんだ」
彼女は自分の机に頬杖をついてオイラの目をじっと見つめる。
「なんでそんなに一人で居たがるの? 皆で居たほうが楽しいし安全だよ?」
彼女は不思議そうにオイラに疑問を投げかける。
「オイラは一人で十分戦える。お荷物は要らねぇ」
彼女はオイラの言葉を聞くと「ふーん」と声を漏らし、目線を斜め上に向け考え込む。
これでようやく諦めたか、オイラはそう考えて黒板がある教壇側にくるりと向き直り、彼女に背を向ける。
「じゃあさ、わたしとチームを組もうよ!」
彼女が不意に後ろからオイラの両肩に手を掛けて、背中越しに話しかけてくる。こいつは何も分かっていない。オイラの話を一ミリも聞いていなかったのか。オイラは呆れながらも再び振り返り彼女と顔を合わせた。
「話聞いてなかったのかぁ? お荷物は要らねぇって言って……」
「もし邪魔になったら見捨てても良いからさ! ね? わたし一人くらい良いじゃーん」
オイラの言葉に割って入るかのようにグイグイと詰め寄って来る。本当に何を考えているのかわからない。元々、オイラは周りのクラスメイトなんかに興味なんてなかった。こいつがどんな奴かなんて事は話していれば大体わかるが、それ以前にオイラはこいつの名前すら知らない。
その後も結局、数日間に及んでオイラに付きまとうソイツをあしらうも、最後はオイラの根負けでチームを組んでやる事にした。元々戦力はオイラ一人で足りている。足を引っ張るようなら、そこで容赦なく置き去りにすればいいだけの話。オイラに取っちゃチームなんて言っても、有って無いようなもんだ。
とある昼休みオイラが購買にパンを買いに行くと言うと彼女はやはり付いて来た。もうこいつとチームを組んで数日が経っていた。その間オイラ達は、難なく順調に単位を取得していった。だんだん二人で居る事にも慣れ始め、以前ほど邪魔には思わなくなった。とはいえ別にオイラが気を許した訳じゃない。いくらかマシになったという話だ。
購買がある校舎C棟とオイラ達の教室がある校舎A棟、その間を結ぶピロティに差し掛かった時、彼女の足が止まった。
「ねぇ飛鳥君」
「何だよ」
「ここは風が気持ちいいね。わたしこの場所、好きかも。飛鳥君は?」
彼女そういうと耳元の髪をかき上げ、中庭の方を眺める。ピロティには中庭側から集まった春風が一気に吹き抜けて、彼女の制服のスカートと艶やかな黒い髪をなびかせていた。
「オイラは別に……、こんな所ただの通路だろ」
「そっか……。そうだね」
彼女は風が止むと、制服の胸ポケットから薄いパステルピンクの手帳を取り出して、ペンで何かを書き始めた。
「何やってるんだよ?」
「いつもね、何気なく感じたことや思った事をメモっておくようにしてるの」
「なんの為に」
彼女はペンを止め手帳を閉じると、再び制服の胸ポケットにしまう。
「この瞬間のわたしを、ずっと忘れずに居る為にかな」
「……変わってんなぁ」
「そうかなぁ?」
気付けば話し込んでしまった。当初の目的を思い出し、オイラは彼女に「休みが終わる、早く行くぞ」と言って再び購買に向かう。
それから数週間が経ち、オイラ達は基本学園内では二人で過ごす事が多くなっていった。彼女は日頃から手帳を持ち歩き、オイラの前でも何かある度に彼女はその時の感情を書き残していた。何気ない幸せを忘れない為、と彼女は言うがオイラにはイマイチ分からない感覚だ。普通の人がそれを当然と思う事ですら、こいつにとっては忘れたくない事なのだ。気持ちの良い春風や小鳥のさえずり、茶柱なんかで一喜一憂しているこいつの感性は、オイラには到底理解できない。
数ヵ月後のとある昼休み。屋上でパンを食らうオイラと自分のパンをちぎり、スズメに分け与える彼女。屋上で昼食をとるのはもはや日課となりつつあり、それはこいつが風に吹かれるのが好きだからだ。オイラとしては飯なんて何処で食っても変わらないが、仕方なく付き合っている。
「なぁ」
「なーに? 飛鳥君」
オイラはふと、ずっと疑問に思って居たことを口にする。
「どうしてオイラなんだ」
「どうしてって?」
彼女は入学したばかりの頃は他の生徒達とチームを組んでいたのだろう。しかし、その仲間たちも新入生狩りで倒れていき彼女だけが生き残った。それは分かるが、どうしてあそこまで拒絶されながらもオイラと組むことに拘ったのか。それがオイラにはずっと不思議でならなかった。
「それはね」
彼女はスズメにちぎったパンを与えながら続ける。
「飛鳥君だけが一人で戦っていたからだよ」
彼女の言葉が、思わず胸に引っ掛かる。
「同情か?」
「ううん、違うよ。飛鳥君だけがあの教室で一人、まっすぐに強さを求めていると思ったの。他の皆は自分が生き残る事ばかり考えていた」
「生き残ろうとするのは当然だろ?」
彼女がスズメに餌を与え終わると、スズメたちは満足して青空へと羽ばたいていく。彼女はそれを見送った後、オイラの方を向いて首を横に振った。
「生き残るだけじゃダメなんだよ。だってここは通過点なんだもん」
いつになく真剣な顔だった。こいつのこんな真面目な顔は初めて見る。まっすぐにオイラを見つめる彼女の瞳は一点の濁りもなく、自分の将来を見据えていた。
「ここは通過点……、へへっ、それもそうだなぁ。ならなおさら、とっとと卒業しねぇとなぁ!」
「うん! そうだよ!」
その日を境にオイラ達は積極的に単位を取りに行った。彼女の魔砲能力は、テレパスと戦闘向きじゃなかったが、そっちはオイラの領分だ。彼女が敵の位置や動き観察し、能力でオイラの頭に直接語り掛ける。発信しか出来ない一方通行のテレパスだが、オイラ達はその作戦で幾度となく多くの生徒に奇襲をかけて単位をもぎ取ってきた。
オイラの魔砲能力、無限連射(フルオート)は一対多でもお構いなしに敵を薙ぎ倒す。他の生徒が銃弾を一発しか撃てないのに比べて、オイラのサブマシンガン型の魔砲は最初の発砲から一分間の間なら撃ち放題。魔砲における有効射程は実銃と違い、ハンドガンとサブマシンガンでも大差はないが、毎分六百発のオイラのUZI(あいぼう)は見る見るうちにオイラ達に勝利をもたらした。
オイラ達は順調に単位を伸ばし、このまま昇級審査まで行けばオイラ達はお互い二年生になるというところまできた。そして、百選練磨のオイラ達の仲間になりたいという生徒も現れ、最初は断っていたものの、来るものを拒まない彼女の精神がそいつらを仲間に引き入れた。
加わったのは三人組の男子生徒、もともとは三人でチームを組んでいたらしいが、だんだん単位の取得が難しくなってきた為、オイラ達のチームに入って戦力を強化したかったと言うのが理由の様だ。昇級審査が近づくにつれて、強い生徒だけが学園内に残り、さらには進級に向けて他の生徒たちのガードは硬くなる。オイラ達としても単位取得の効率が上がるのは悪くない。
しかし、完全に信用するほどオイラも平和ボケしちゃいない。彼女は当然オイラの魔砲を知って居るが、新しく加わった三人にはまだ明かさない。オイラの魔砲の噂くらいは聞いたことがあるかもしれねぇが、オイラが戦えるのが一分間だけだという事は信頼できる奴にしか絶対に知られてはいけない情報だ。
オイラは、可能な限り自分の弱点を悟られぬように仲間たちに隠しながら、その後も五人で何度も戦いに明け暮れた。
そして、遂に年が明け、昇級審査まで三か月を切った。
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