第12話 風と噂とプレゼント、世間知らずの雪辱戦Ⅱ
年が明けた休み明け最初の登校日。オイラはいつも通り一直線に自分の席に着く。すると、これまたいつも通り後ろの席から、あいつがオイラの背中を突いてくる。
「飛鳥君、あけおめー!」
「ああ、あけおめ」
オイラは後ろを振り向き挨拶を返す。彼女は学校が再び始まっても明るく快活で、オイラとしちゃ見ているだけで疲れてくる。普通、休み明けの学校ってのは億劫なもんだ。こいつは何がそんなに楽しいんだ。彼女はニコニコとしながら組んだ両手で顎を支え、オイラの方を見つめる。
「ねぇねぇ、飛鳥君はさー、誕生日いつ?」
「なんでそんな事」
「良いから良いから」
強引に問い詰めてくるコイツは一度こうなったら、なかなか引き下がらないのをオイラは良く知っている。これ以上は誤魔化してもかえって面倒になるだけだ。
「……明日」
「え? 明日!? ホントに?」
「そんなしょうもねぇ嘘オイラが吐くと思うか?」
「それもそうだね。じゃあ、何かプレゼント用意しておくよ!」
「いらねぇって」
本当に要らなかった。別にオイラは誕生日にいちいち物を貰う習慣は無い。ただ生まれた日というだけの日がなんだっていうんだ。そんな事よりもオイラにはこいつに聞きたいことがあった。
「なぁ」
「んー? 何? 飛鳥君」
「お前のさ……」
「うん?」
オイラの唇が言葉を遮る。そう、オイラは未だにコイツの名前を知らない。もう半年以上ずっと一緒に過ごしてきたというのにだ。きっとコイツはオイラと初めて会った時、しっかり名乗ったのだろう。オイラが聞いて居なかっただけだ。もし、今更になって名前を聞いたら彼女は悲しむだろうか。名前すら覚えられていなかったのかと。そんな不安がオイラに次に出そうとした言葉を飲み込ませた。
「……なんでもねぇ」
「そう?」
彼女は小首をかしげて聞き返すが、オイラは気にせず教室の前方、黒板がある方に向き返る。間もなくして教師が教室に入ってきて、しばらく振りの授業が始まった。
言うまでもないがオイラは授業なんかまともに聞いちゃいねぇ。授業を全て消化すると、オイラ達は普段通りに五人で合流する。
「今日はどうしますか?」
仲間がオイラに話しかけてくる。もちろん、オイラはこいつの名前も知らねぇ。大抵オイラが誰かを呼ぶときは、「お前」とか「なぁ」とか、そんなもんだ。それでも意思の疎通が図れれば十分だろう。オイラ達は放課後、集まって作戦会議を行った後、戦闘に入る。今日オイラ達が狙っているのは四人組のグループ。オイラ達は五人居る事もあり、それなりに人数が近い奴らと戦わないと単位の分配に不公平が出る。いつも通り相手が主に使っている通路と普段下校している出口などの情報を五人で共有し、作戦に移る。
「敵の四人を確認、廊下に一人、そこからすぐの階段に三人いる」
彼女からオイラの脳に直接声が響いてくる。オイラ達は残りの四人で一番敵の守備が薄いところから奇襲をかける。
「動くな。動かなければ楽に終わらせてやる」
オイラがそう言うと、相手のグループの内の一人が高笑いをはじめ、背後から大きな魔砲を取り出してこちらに向ける。
「随分と粋がってるじゃねーの。一年坊主」
ソイツの取り出した魔砲を見るや、逃げ腰になるオイラのチームメイトたち。
「あ、あれって、トレンチガンじゃないか……。ハンドガンで勝てる訳……」
次々と腰が抜けて尻もちをつくこいつらに見かねてオイラが動く。
「強さは学年じゃ測れねぇだろ」
とはいえ実際相手の魔砲、有象無象のハンドガンじゃ相手にもならねぇトレンチガン型。頭数でどうにかなるって話じゃねぇ。はっきり言って狙う相手を間違えたか。オイラならまだしも他の奴は瞬殺されるのがオチだろう。別にここで無理をする必要はない。今日のところは一旦退いて、また違う奴を狙うか、立て直してからもう一度仕掛ければいいだけの話だ。
「殿(しんがり)はオイラがやる。お前らはさっさと撤退しなぁ」
「す、すまねぇ。頼んだ」
「飛鳥君!? 一人じゃトレンチガンの相手なんて危ないよ!」
アイツの声が頭の中に直接響く。
「オイラはお前より優秀だから大丈夫だってんだよ」
思わず独り言が出る。勿論アイツには届かない、アイツは送信専門だ。
別に仲間を守りたいなんていうつもりはねぇが、こいつらには荷が重すぎる、背中を預けるには、信用出来ないってだけの事だ。オイラはUZI(相棒)にマガジンをセットして、臨戦態勢に入る。
「はっはっは、結局おめおめと帰るんじゃねーか。一年」
「お前らなんざ、オイラ一人で十分だって事だ」
「ちっ、生意気な後輩が」
オイラはあいつら四人が学園から脱出する時間を稼ぐため、一人でトレンチガン使いを含む四人と戦った。別に珍しい事じゃねぇ。オイラに取っちゃ一対多なんて日常茶飯事だ。何ら変わりないいつもの戦況。目の前のこいつらを全員片付けて、オイラも後から脱出すれば良いだけの話。そんな風に考えていた。
実際、思いのほか苦戦しつつも戦況としては優勢で、タイムリミットギリギリではあったものの敵を四人とも撃滅することが出来た。
オイラも早く脱出してあいつらと合流しよう。此処からだと西門が一番近いか。オイラは階段を下り、まっすぐ西門へと向かう。西門に向かう途中、校舎を出るとピロティに倒れている女子生徒を発見した。最初はオイラには関係ないと無視しようとしたが、遠目から見ても見覚えのある髪型にオイラは、まさかと思い近づく。
そんなはずは無い。首を横に振り、頭に浮かぶ不安を振り払う。相手の四人グループは全員オイラが始末した。撃ち漏らしは無い。他のチームに襲われる可能性もあるが、それでもこっちは四人、戦力としては十分な人数だ。
近くまで歩み寄るとオイラは目を疑った。それは紛れもなく、半年間ずっとオイラと戦い抜いて来たあいつの姿だったからだ。固まるオイラを前に倒れ込んだ彼女の体がピクリと、ほんの少しだけ動く。
「お、おい! 大丈夫かよ! しっかりしろ!」
オイラは必死に呼びかけた。後になって思えば少しダサかった。何をそんなに必死になっている。状況から見て、コイツが被弾してしまったのはすぐに分かった。学園の制服を着ているのだから撃たれても死なない事くらい少し考えればわかる。しかし、この時オイラは冷静さを欠いていた。いくら死なないとはいえ被弾すれば、魔砲の衝撃は制服越しにでも来る。大抵の生徒はその衝撃のあまりの激痛で気絶してしまうが、その時の彼女は奇跡的に意識を保っていた。
「あ……すか……くん」
「何だ! なんだよ!」
彼女は倒れた状態のまま、ごろっと仰向けに体制を変える。
「ごめんね、やられ……ちゃった」
「おい! 何やってんだよ! こんなとこ、さっさと卒業するんだろ!?」
オイラは必死に彼女に呼びかける。
「へへっ、大丈夫……。飛鳥君なら卒業出来るよ」
「たりめぇだ。そんな事じゃなくて!」
彼女は最後の力を振り絞って片腕を動かし、胸ポケットからお気に入りのピンクの手帳を取り出す。
「そうだ……、少し早い……けど、誕生日のプレゼント……あげなくちゃ」
「オイラはそんなもん要らねぇ! もういい喋るな!」
「この手帳……、使いかけだけど……わたしのお気に入り……なの。飛鳥君にあげる」
「て、手帳……。オイラ書くことなんて何も」
「飛鳥君……わたしの分も……。ここは、まだ通過点だよ……」
「おい! おいってば! お……」
彼女は微かにオイラ微笑んだまま、意識を失った。彼女の手からスルスルと落ちた手帳を地面から拾い上げ、胸ポケットにしまう。
その後、オイラはグッと拳を握りこんで、西門から学園の外に出た。
翌日の昼休み、オイラは一人で屋上に行った。誰一人居ないオイラだけの屋上。まるで貸し切りだ。オイラは片手に持ったパンを食らいながら、あいつに貰った手帳をペラペラと捲る。人の手帳を覗くのは良い趣味じゃねぇとわかってはいるが、この手帳はプレゼント、もうこいつはオイラのもんだ。最初のページから、一枚ずつページを捲り中身を読んでいく。
中身は本当に他愛のない事ばかりが書いてあった。初めてオイラから先に「おはよう」を言ってもらったとか、屋上で見たスズメが凄く可愛かったとかそんな事ばかり。どのページにも日々の何気ない一コマが綴(つづ)ってあった。
そして、どのページを見ても、決まって必ずオイラの名前が出てくる。何枚ページを捲っても、何処かに必ずオイラの名前が出てきやがる。
オイラは、こんなにアイツと一緒の時を過ごしてきたのか。オイラがすっかり忘れていたような小さな出来事も、この手帳には記されている。言われてみれば確かにこんな事もあったと、手帳を記されたソレを読みながらオイラは思い出にふける。何度も何度も読み直しているとオイラはある事に気付く。この手帳、悲しい事にオイラの名前はいくらでも書いてあるのに、アイツの名前は出てこない。オイラが一番思い出したいことが書いていない。
「ちっ、名前くらい……、書いとけってんだよ……」
オイラとしたことが、いつの間に情が沸いちまったらしい。手帳は半分より先は白紙のページになっていた。これから埋まるはずだった白紙のページ。まだオイラ達は入学してから一年も経っちゃいない。
手帳のメモを全て読み終えたオイラはパタンと手帳を閉じ、制服の胸ポケットにしまう。もうすぐ授業が始まっちまう。オイラは昼休みの終わるギリギリに教室に戻り、上の空のまま授業を受ける。せめてアイツの仇を取ってやりたい。そんな事ばかり考えていた。しかし、オイラはあいつが誰にやられたのかを知らねぇ。まずはそこから調べなきゃならねぇ。
最初に頼ったのは、残りの三人のチームメイト達だった。そいつらが言うには、オイラが敵を引き付けた後、四人で西門から脱出しようと走っていたらしい。そん時に運悪くあいつだけが狙撃されちまったとの事だった。距離があった為、敵の姿までは見てないらしい。唯一の目撃証言も犯人を特定するまでには至らなかった。
それからというもの、オイラは数日に及んで学園内の生徒に片っ端から目撃情報を聞いて回った。どんな小さな事でも言い、何か知って居れば教えて欲しいと、頭を下げて学園中を走り回った。
結局のところ、狙撃手の情報はほとんど集まりゃしなかった。その代わりにオイラは興味深い情報を得る。
いつものように学園中の生徒に、手当たり次第に話を聞いて回っていた時の事だ。とあるオイラと同じ一年生男子からの情報提供だった。そいつはチームメンバーに裏切られて仲間を全員失ったんだとか。その裏切った奴らは三人組で、他のチームに合併しては交戦中に裏切って、また他のチームに入るというのを繰り返しているらしい。まさかと思い特徴を聞くと、オイラのチームメイト、アイツが招き入れた男子三人と完全に特徴が一致する。
オイラは思わず笑いが止まらなくなった。やっと見つけた。結局、敵は懐に居たって事だ。オイラも他人の事は言えないが、アイツは本当に他人を疑う事を知らない。自分が引き入れた奴に裏切られて撃たれるんじゃ世話が無い。
そもそもアイツは他人と関わる時、見る目が無いんだ。オイラを最初の仲間にしたのがその証拠さ。言ったじゃないか、お荷物は要らねぇって、オイラは守ってなんかやらねぇって。本当にバカだ、本当に。
放課後、オイラが魔砲を突き付けて、チームメイト達を問い詰めるとすぐに自白しやがった。
「し、仕方なかったんだ。もうすぐの昇級審査で俺達だって二年生になりたかったんだよ……。裏切ったり裏切られたりなんて、この学校じゃ当然の事だろ? 飛鳥も俺達と一緒にやっていこうぜ。お前の事は、強いから裏切ったりなんか……」
コイツのいう事はもっともだ。裏切ったり裏切られたりなんて、ここじゃ普段通り。騙した方より信じたほうが悪い。だからオイラはこいつらを恨んじゃ居ねぇ。
「お前の言いたい事は分かるさ。だからそいつを咎める気はオイラにはねぇ」
「じゃ、じゃあ……」
オイラは迷いなく引き金を引く。バリバリとこだまする連射音が短い間だけ鳴り響き、そいつらの内の一人に数十発の銃弾が突き刺さる。
「お、おい!」
魔砲を構え、オイラに銃口を向ける残りの二人。
「オイラが恨んでるのはよぉ、無能な自分の方さ」
「な、なにを言って」
「だからこいつは八つ当たりなんだ。悪いがオイラの糧になってくれ」
「くそっ!」
その後は結局、二対一でも当然オイラが勝った。相手にもならない程に圧倒的な差があった。最後の一人は命乞いをしたが、無視して魔砲を叩き込んだ。ほんの一発、銃弾を当てれば良いだけなのに、オイラは能力の時間が切れるまで数百発の銃弾を撃ち込み続けた。彼は声にならない呻き声を上げ、次第に意識を飛ばしたが、オイラはこれっぽっちもスッキリしなかった。
別にオイラは、裁いたつもりも恨みを晴らしたつもりもない。さっきも言ったが、裏切られる方が悪い。悪いのは世間知らずだったアイツと、オイラの方だ。こんな事になるとわかって居たら仲間なんて増やさなかったかもしれない。あの三人がそういう奴らだとわかって居たら未然に防げたかもしれない。何も知らなかったからアイツはやられた。知らない事は罪だ。力があっても、何も知らなかったオイラもまた無能だった。
その日もオイラは、最後にアイツを見たあのピロティを抜け、西門から学園を後にした。
あれ以来、オイラは情報屋になって学内の情報を集めまくるようになった。知らないという事が怖いんだ。今となっちゃ敵を倒すために情報を集めるんじゃなく、敵を倒して情報を集める始末。なんの為にかも、もうわからない。
突然強い風が吹き抜けて、オイラのローブがバサバサと音を立てる。風がローブにまとわりつく感覚がする。うぜぇなぁ、そう思いながらオイラは胸ポケットから薄いパステルピンクの手帳を取り出す。
ペラペラとページを捲ると、学園内の多くの生徒の情報がまとめられた名簿が載っている。あれからオイラは他人の名前を覚えるようになった。ほとんど全校生徒の名前が載っているこの手帳にも、オイラが一番知りたい奴の名前は載っちゃいない。手帳を見る度、ここに来るたびアイツを思い出しちまう。
誰だったろうか。やはり名前は思い出せない。あの頃からオイラの心も、随分と風通しが良くなっちまった。
「……へっ、名前も聞けねぇなんて、情けねぇなぁ……」
つい遠き日の思い出に浸ってしまった。もう二年も前の事だ。
「オイラはお前より優秀だからよぉ、メモなんか書かなくても思い出せるんだぜ。あの頃の事、昨日の事のようになぁ」
そう、オイラは優秀。もう三年だ。気づけば、いつの間に学内ランキング四位まで上り詰めてきちまった。あと少し、あと少しだ。卒業まではあと少し。
そう考えていると、ふと頭の中に、あの声が聞こえた気がした。
「……そうだったなぁ。オイラとした事が。此処はまだ、通過点だ」
誰も居ないピロティで、オイラはまたしても独り言を吐いた。
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