第13話 宿命の赤い糸、初めての協調戦Ⅰ


 先日、神代を撃破した僕らは今日も四人、ラウンジで昼食を取りながら作戦会議をしていた。


 「暮人、次にアンノウンが標的とするターゲットの話ですが、どうしますか?」


 「そうだな。早く決めないと、どんどん単位が稼ぎ辛くなるし。でも、何を基準に考えれば……」


 アンノウンは今、次にターゲットとする生徒に悩んでいた。というのも、もう随分と浮いた駒が減ってきた。現在は七月上旬、もうこの時期になると単独行動の生徒はかなり少ない。


 「あたしは誰でも良いよー。誰を撃っても同じだもん」


 「ちゃんと考えてください」


 東雲さんは興味なさげに残りの三人に丸投げしようとする。正直、もう僕にもあてはないし、一から情報を集めるなら誰でも良いというのはあながち間違っていない。


 「戦闘経験の差を考慮するなら、やはり一年生が良いのでしょうか?」


 「いや、そうとも言えない。一年生の方が魔砲の情報を集めるのも難しくなる」


 「確かにそうですね。でも、なら本当に誰でもあまり変わらないという事になっちゃいますよ」


 僕とうさぎが堂々巡りの議論を繰り広げていると、ずっと何か言いたそうにしていた耕平が僕らの間に入って来る。


 「その、ボクが思うにまだ一人だけ、いつも単独行動している生徒が居ると思うんだ」


 「ん? コウヘイ、神代の他にも誰か居たのか?」


 「そうじゃなくて。情報屋の先輩だよ。皆知ってるだろ? あの先輩ならいつも一人だし、何よりボクや東雲さん、倉島さんの魔砲の事まで知ってるんだ。口封じなら早い方が良いよ」


 耕平は僕とうさぎに自分の意見を語る。確かに耕平の意見も一理ある。しかし、飛鳥先輩は謎が多い。いつもローブを被っているせいで魔砲の外見すら未確認な上、確か飛鳥先輩は三年生。それだけでも並みの実力じゃないのが予想できる。


 「三年生の先輩はボク達より全然強いかもしれない。でも、こっちは四人であっちは一人。可能性は十分あると思うんだ」


 「確かに先輩がいくら強くても、四対一なら……」


 僕が耕平の意見に同調し、甘い期待を思い描いたその時だった。


 「甘いですよ、加賀見さん」


 うさぎが耕平の意見を否定する。


 「飛鳥 虎太郎はただの三年というだけでなく学内ランク四位の攻撃手(アサルト)ですよ。あの人の魔砲は私も知りませんが、私達が四人居るからと言って敵を軽視するのは危険です」


 「ご、ごめん。倉島さん、ボクなんにも知らないくせに」


 「別に怒ってはいません。何も意見を落とさない人よりはよっぽどマシです」


 「えー、うさぎちゃんこわーい」


 結局、耕平の案はうさぎに却下され、うさぎは東雲さんを睨みつける。そして、僕にはまた新たに一つ、疑問が生まれた


 「なぁうさぎ、学内ランクってなんだ? あと攻撃手(アサルト)って?」


 「え? 暮人知らないの?! 何処のクラスでもその程度の説明されるんじゃ?」


 「コウヘイは知ってるのか」


 「当たり前だよ!」


 「どうやら暮人は、本当に先生の話を聞いて居ない様ですね」


 うさぎは少し呆れつつも僕の疑問に丁寧に答えてくれた。西砲では三月の昇級審査で学年が決まる。学内ランキングとはその時の取得単位数の多い順で発表されるランキングらしい。ちなみに僕らは一度も昇級審査を通過していない為、ランキングは圏外だ。

 さらに、二年生以上の生徒は、自分の適性に合わせて専門的な演習をする三つのコースの内、自分で何処か一つを選んで進むという。コースは敵の殲滅を主に行う攻撃手(アサルト)。司令塔として指揮を取ったり、戦略の立案をする指揮官(コマンダー)。そして最後はそれら両方の補助をし、どちらとしても行動する事となる補助役(サポーター)の三つ。

 つまり、飛鳥先輩は僕らが入学する少し前の審査の時点で、全校生徒中四番目に単位を所得している攻撃手(アサルト)だという事である。

 そう聞くと、さっきうさぎが耕平に言っていた事にも頷ける。僕らが四人居るからと言って、学内ランク四位の飛鳥先輩を相手に無事に済むとは言いきれない。


 結局、またしても議論が振り出しに戻ってしまう。もうすぐ休み時間も終わりを迎えるという頃、不意に僕らアンノウンの元に一人の男子生徒が歩み寄って来る。


 「やぁ倉島さん、久方ぶりですね。お元気でしたか?」


 「……またあなたですか。もういい加減にしてください」


 うさぎは、話しかけてきた男子生徒と目を合わせようとすらせずに拒否反応を示す。隣に座っていた僕がうさぎの方に目をやると、彼女の手は制服のスカートをグッと握りこみ小刻みに震えていた。

 明らかに普段とは違う。僕はうさぎの異変に気付き、彼女の手に自分の手を上から重ね、うさぎに微笑みかける。うさぎと僕の目が合い、うさぎの震えが止まるのを確認した後、僕は男子生徒の方に視線を向けた。


 「えーっと、どなたですか?」


 うさぎに話しかけてきた男子生徒に尋ねる。出来る限り敵意は表に出さない。必要以上に敵を作る事は無い。精一杯の平静を装って話しかけた僕だが、内心は警戒心で一杯だった。


 「おっと、これは失礼。お邪魔だったかな? 誰という程でもありませんが、二年の赤羽(あかばね)という者です。去年は倉島さんと同じクラスだったので少し声を掛けさせていただいたまでです」


 男子生徒は気さくに返してくる。見るからに社交的で、紳士的な印象を受ける。

 だが、僕に言わせればむしろそっちの方が胡散臭い。さっきのうさぎの反応を見るに、ただの好青年なんてことは絶対無いだろう。他人の事は言えないが、嘘と建前が染み付いたような笑顔をしている。僕も同族としては、そういう事には少し敏感だ。


 「それで、倉島さん。まだわたくしと組む気にはなりませんか?」


 「そ、それは何度もお断りしたはずです」


 赤羽はうさぎに拒絶されると、僕の方にちらっと視線を向け、その後何事もなかったかのようにうさぎに視線を戻す。

 一瞬だったが、睨みつけられたことを僕は見逃さない。人の視線には敏感なんだ。自慢じゃないが、いつだって自分がどう見られて居るのかを気にしている。それ故にくだらない見栄を張ってしまうというわけだ。


 「あのー赤羽先輩。うさぎは今、僕らとチームを組んでいるので申し訳ありませんが……」


 「なるほど。ならば仕方ないですね、失礼致しました。それでは倉島さん、もしフリーになりましたらいつでもお待ちしておりますので」


 赤羽先輩は笑顔でそう返すと、軽く一礼し、その場を去っていった。

その後すぐに予鈴が鳴り、昼休みの終わりを告げる。僕らもラウンジを後にして、教室に戻る。


 「うさぎ、大丈夫か?」


 僕は教室に戻る途中、廊下を歩きながら隣に居るうさぎに話しかける。


 「……はい、大丈夫です。暮人、今日は授業が終わったらすぐにでもここを出ましょう」


 うさぎは僕の制服の袖をつかみながら言う。またしても手は少し震えていた。


 「それにしても、なんだか怪しい先輩だったね」


 「うさぎちゃんは、あの先輩となんかあったのー?」


 どうやら耕平と東雲さんもうさぎの異変には気づいていたらしく、話題は赤羽先輩に代わる。


 「い、いえ別に……」


 東雲さんの問いに対して、何か言いづらそうに言葉を濁すうさぎ。明らかに何かを隠している。


 「本当に何でもないのか?」


 うさぎが言いたくないのなら、あまり深くは聞かない方が良いのかもしれない。しかし、僕はもう一度確認せずにはいられなかった。これでもやはり、うさぎが話したくない様ならもうこれ以上は詮索しない。そう思ってした質問だったが、うさぎが徐に口を開く。


 「その、実はあの人、去年私に付き纏っていた人の一人なんです。それはもう随分としつこい方で……。私が誰かと一緒に居ると、決まってその人に狙いを定めて襲ってくるんです。どうしても私の力を欲しいみたいで……」


 うさぎは自分と赤羽先輩の関係を僕らに打ち明けると、「巻き込んでごめんなさい」と申し訳なさそうに、ペコリと頭を下げて謝る。

 しかし、僕を含め、アンノウンの皆が、それを迷惑だなんて思って居なかった。


 「あちゃー、変な人に目つけられちゃったねー」


 「それはひどい……、何とかやめてもらえる方法を考えないとね」


 東雲さんと耕平もうさぎを心配する。チームメイト達の温かみが、僕の袖をつかむうさぎの手の震えを和らげる。中々僕以外に心を開かないうさぎも、最近ほんの少しずつではあるが、耕平や東雲さんとも話すようになってきている。これはアンノウンにとっていい傾向だ。


 「うさぎ、大丈夫。今は僕らが居る。とにかく今日はうさぎの言う通り、出来るだけ早く外に出よう」


 震えるうさぎの頭を撫でながら、僕は優しくうさぎに声を掛ける。


 「暮人……、はい。そうですね」


 教室に戻り、再び授業が始まる。阿水先生の授業はとても分かりやすいが、一年生の授業は座学ばかりではっきり言ってつまらない。二年生以上にならないと、実践を意識した実習は行わないのだそうだ。

 今日も今日とて窓から空を眺め、青空を流れる雲を目で追っていると、いつの間に全ての授業が終わっていた。


 「うさぎ、帰ろうか」


 僕はそういうと、うさぎと東雲さんを連れて耕平と合流に向かう。


 「ねぇうさぎちゃん。赤羽先輩の魔砲はどんなのか知ってるのー?」


 耕平のクラスに向かっている途中、東雲さんがうさぎに話しかける。


 「はい。あの人の魔砲は確か追尾弾だったはずです。レーザーサイトが付いている魔砲で、引き金を引いたときにレーザーが指している相手をロックして、当たるまで追い続けるといった物だったと思います」


 「うわぁ! 魔砲までしつこいんだねー」


 「全くです」


 耕平のクラスに着くと、既に教室の前で待っていた耕平。僕はさっそく、うさぎいう通り四人で学園から出ようと言うと、耕平が腰に付けた魔砲を引き抜いて僕に向かって言う。


 「ごめん暮人、今日はちょっと寄るところがあるんだ」


 「あれー? 加賀見くん、奇遇だねー? 実はあたしもー!」


 急に方針を変えようとする二人。僕とうさぎは困惑を隠せずにいた。


 「お、おい! もしかして、赤羽先輩と戦うつもりなのか? ならもっと準備してからでも」


 「そうです。それに、私が招いた種なんですから他の人は……」


 僕とうさぎがそういうが、どうやら二人共退く気はないらしい。


 「それにー、もうあの先輩には目つけられちゃったみたいだし。早めに片付けとかないと面倒になっちゃうよー?」


 「ならせめて、僕も一緒に」


 僕も食い下がる、当然だ。僕らはチームなんだから、二人を残して先に逃げるなんて出来ない。


 「暮人は、倉島さんを連れて先に外に出ててよ」


 「そうだよー、一角くんがうさぎちゃんを守ってあげなくちゃなんだよー? 一角くんがうさぎちゃんについて居れば、あたし達も、うさぎちゃんも安心だしー、ね?」


 「でも……」


 「暮人、ボクを信じてくれ」


 何度説得しても二人は全く譲らない。次第にうさぎが少しずつ焦り出してくる。「早くしないとあの人が来ます」とうさぎは僕の腕に抱き着き、急ごうと必死に訴えかけてくる。

 このままじゃ拉致が空かない。結局は二つに一つ、四人で戦うか二人で逃げるかの二択だ。やはり四人で戦うべきか、相手の能力は分かっている。しかし、少なからずうさぎは赤羽先輩を苦手意識をもっている。今日のうさぎを見ていれば、うさぎが赤羽先輩を怖がっているのは一目瞭然だ。ならせめてうさぎだけでも安全な場所に避難させるべきか。

 僕が答えを出しあぐねて居るのに見かね、耕平が口を開く。


 「暮人、倉島さん。ボクがチームに入るとき、二人はボクの仲間の仇討ちで、一緒にシーカーと戦ってくれた。だから今度はボクが恩を返したいんだ。倉島さんの敵はボクたちの敵さ」


 「コウヘイ……」


 「大丈夫だよ。絶対に勝って来るさ。暮人は倉島さんを安全なところに」


 「ストーカーは女の子の敵だよー? うさぎちゃん、あたしがしっかり片付けてくるからね!」


 僕は二人の言葉を聞くと、傍らで震えるうさぎを連れて外に出る事を決意した。今は二人を信じるしかない。きっと、信じて託すのも仲間の役目だ。そして僕もまた、うさぎを無事に避難させるという役目を託された。

 僕はうさぎを連れて学園の外を目指す。必死に隠そうとしているが、僕の腕にがっちりと組みついたうさぎの震えは、微かにではあったが確実に伝わってきていた。




 「おやおや、まさかそちらから出向いて下さるとは」


 廊下で向かい合う赤羽と東雲、それに耕平の三人。


 「倉島さんが迷惑してるんです。先輩には悪いですがここで倒させてもらいます」


 「か弱い女の子を追っかけまわすなんてサイテーだね。先輩みたいなクズを撃っても単位が貰えるんだから罪悪感が無くて嬉しいー。まっもともと無いけどねー」


 距離を置き、お互いに魔砲に手を掛ける。


 「随分な言われ様ですね。まぁ良いです。どちらにせよ貴方達は始末するつもりでしたし、もしよろしければ、倉島さんが今どこに居るのか、わたくしに教えていただけますか? お二人を倒せば倉島さんも気が変わるかもしれませんし」


 余裕を見せる赤羽。赤羽は未だ、うさぎに対して異常な執着を見せ、東雲はそれに嫌悪感を示す。


 「あたし達を倒したらうさぎちゃんの気が変わるかもって? そんな事は無いと思うけどー。ただ……」


 「ただ?」


 東雲の言葉の続きを聞き返す赤羽。東雲と耕平は、互いにアイコンタクトを取り、二人同時に魔砲を引き抜き、そしてそのまま構える。


 「「出来るもんならやってみな!」」


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