第32話 刹那の見切り、各個撃破の電撃戦Ⅱ


 ざわめく木々が生い茂る森の中。他のメンバーと離れ孤立した僕は、今も一人獣道を突き進んでいた。

 敵の位置と残り人数、仲間の生存さえ不確かな現状で、今の僕に取れる選択肢は大きく分けて二つある。まず一つ目は、仲間と合流する事。これは接敵した時のリスクを少しでも下げる為だ。そして二つ目、見つかるよりも先に敵を見つけて、孤立した敵を後ろから獲る。これは危ない橋にはなるが、最も勝ちに近づく一手だ。


 「全く、なんでこんなことに」


 結構な距離を走ってきた。そろそろ白河の生徒と接触しても可笑しくない。

木陰に隠れて周囲をクリアリングする。可能なら明日明後日の試合の事も考えて、空砲は温存したかったが この状況じゃそうもいかないだろう。

 そのまましばらくして、周囲の様子を伺っていると、はるか遠く彼方からけたたましく銃声が響いて来た。


 「この連射音、飛鳥先輩か」


 とうとう戦闘が始まったか。発砲音の連続性からおそらくはフルオート型の魔砲、飛鳥先輩の可能性が高い。敵の魔砲が断定できない以上、敵の発砲音という事もゼロではないが、どちらにせよ交戦中なら西砲(こっち)のメンバーもそこに居るはず。


 「とにかく、行ってみるか」


 そう思い立ち上がろうとした瞬間、僕は背後から殺気を感じ取り急いで振り向く。サッと振り向いた僕の頬をかすめるように何かが通過し、僕の後ろにある木に命中する。


 「これは、鉄の球?」


 木に当たり地面に転がり落ちたソレに目を向けると、ソレの正体は鉄の球体だった。見た目としては、通常の銃弾じゃない。


 「良く躱しましたね。でも次はそうはいきませんよ」


 目線を上げるとそこには白河の制服を着た生徒が一人。

 しまった。まさか本当に一人の時に接敵してしまうなんて。ともかく、今のはたまたま外れただけだ。とにかくまずは回避しないと。


 「チューニング……」


 敵が二射目を構え、僕に狙いを定めてくる。

 僕は近くの木に素早く隠れ、遮蔽物の裏から敵を視界に収めた。銃声の聞こえた方に向かいたいところだが、ここで敵に背中を向けるわけには行かない。仕方ない、僕一人でどうにかするしかない。

 さっきの攻撃が敵の魔砲の攻撃とするなら、不自然なのは銃弾の形だけじゃない。それは、銃声が鳴らなかったところだ。


 「あの魔砲……あの形って」


 僕は木陰から、二射目を構える敵の手元、魔砲の形を確認する。あんな独特な形状、見間違えるはずも無い。あれは間違いなくスリングショット、言うなればパチンコだ。敵は小さな鉄の球体を摘みゴムと一緒にグッと引き絞る。


 「チューニング、弾速最大、弾道標準、貫通力……」


 まさか、弾の性能を自在に調整出来るのか。だとしたら後手に回るのは不利だ。どんな地形、どんな遮蔽物もそれほど役には立たない。敵の初段が当たらなかったのは本当に運が良かった。

 とはいえ、このまま指をくわえて待って居たらすぐにやられてしまう。一か八か仕掛けるしかない。

 

 パァン! 一発の銃声が鳴る。


 僕は唐突に木陰から身を乗り出し、魔砲を敵に向けて発砲する。


 「くっ!」


 それに咄嗟に反応し躱そうとした敵は、指が鉄球から離れてしまう。放たれた鉄球は空を切り見当違いの方向へ消えていく。


 「く、空砲?! なら今度こそ」


 再び魔砲を構えようとする敵に狙いを定めてもう一発。バァンっと、今度は実弾を打ち出す。


 「うわ!」


 ギリギリ回避した敵は近くの木に身を隠し、僕も再び木陰に入り射線を切る。


 「く、今度は実弾っ! 小賢しい」


 初弾の空砲は少し賭けだったが上手くいって良かった。そして二発目の実弾、外れたのはもったいないが、それでも十分。これで十分な牽制にはなったはずだ。

こちらの手札を見せた事で、相手は銃口を向けられる度、空砲のブラフにすら警戒しなければならない。さらにさっきのであっちは残り一発。迂闊な射撃はもう出来ない。

 不幸中の幸いか、反射誘発(クロスカウンター)が決まりやすい相手とぶつかることが出来たのはラッキーだ。と言うのもあの魔砲、弾の性能を自在に調整できるのはかなり強力な能力だが、それ故に高い演算能力が必要になるのは想像に難くない。例え空砲とはいえ、弾の調整中に発砲されれば反応してしまうのは仕方ない。


 「とにかく、自由にあのパチンコを撃たせちゃ駄目だ」


 遠くの木陰から、敵が少しだけ顔を出す。


 「チューニング……」


 「させるかっ!」


 「っ!」


 再び空砲が森の中に鳴り響く。音に驚いた鳥たちはバタバタと慌てたように飛び去って行く。


 「くそっ、鬱陶しいなぁもう!」


 しばらく膠着状態のまま、僕は敵の一人を釘付けし続ける。

 可能ならコイツを早く倒して二人を探したいところではあるが、こっちも牽制で精一杯だ。そう考えていると、僕は不意にある事に気付く。

 銃声がしない。さっきまで度々聞こえていた遠くの戦闘音が止んでいる。

 もう戦闘は終わったのか。だとしたら勝ったのはどっちなんだ。そもそも敵はあとなん人居る。敵は当然、仲間のパチンコが発砲音がしないのをわかっているはずだ。だとしたら、もし勝ったのが白河の方なら、僕の銃声を聞いてこっちに向かってくるのかもしれない。

 いろんなことが頭を駆け巡る。


 「今だっ!」


 当然動こうとした敵に反応して、咄嗟に指先に力が入る。


「おっと!」


 「っ! くっ!」


 再び一発の銃声が鳴り、不意に身を乗り出した敵に対して、思わず実弾を発砲してしまった。

 完全に誘われた。こっちが焦っているのを悟られてしまったのか。ともあれ、これでこっちも残り一発。もうこれ以上気は抜けない。外すことも撃たされることも最大限注意しなければならない。心配は後だ、今は目の前の敵に集中しないと。


 どれくらいの時間たっただろう。敵が弾の調整を始める度、空砲で牽制してそれを阻害する。それを何度も繰り返し、しばらくの時間が経過した。森の中に幾度となく銃声が響き渡り、もう他の奴らにも僕たちの居場所は割れているだろう。

 そろそろ敵の援軍が来ても何ら可笑しくない頃だ。その前に何としても目の前のパチンコ使いを仕留めておきたいが、僕の魔砲じゃイマイチ最後の詰めが足りない。

 少し僕の焦りが表に出て来た時、突然相手の後ろ辺りからゴソゴソと茂みがざわめき出す。やはり来てしまった、とうとう万事休すか。僕の脳内に諦めがよぎる。


 「誘ってるようにしか聞こえねぇんだよなぁ、暮の氏!」


 その時、突然敵の背後から現れたのは、白河のメンバーではなく飛鳥先輩だった。今になって思えばさっきの戦闘音はやはり飛鳥先輩だったのか。


 「なっ!」


 パチンコ使いは不意の敵の襲来に驚き、全力で走ってひとまず逃げようと試みる。だが、飛鳥先輩はサブマシンガン型の魔砲で無数の銃弾を放ち、周囲の樹木ごと敵を横に薙ぎ払う。

 数発の銃弾がヒットした敵は地面に倒れ込み戦闘不能になる。周囲に他の敵がいない事を確認して、飛鳥先輩の元に駆け寄る。


「飛鳥先輩、助かりました。そっちも無事でよかったです」


飛鳥先輩も僕の言葉に反応してこちらに向き直る。


「無事だぁ? オイラが負けるわけねぇだろうが。それよりも自分の心配をしなぁ、あんまりパンパンうるせぇから来ちまったじゃねぇか」


 「そ、そうですね。直ぐに新手も来るかもしれません。とにかく、ここから離れますか」


 僕がそう言うと、先輩は少し呆れたように鼻で笑う。


「新手なんざもう来ねぇだろうなぁ。コイツで撃破は二人目、残りはあの留学生だけだ。しかし、こっちに来てねぇって事は……」


「紫銅と戦闘中って事ですかね。それにしても先輩、単独で二人も打ち取るなんて凄いですね」


 「へっ、相手が弱いだけだろ。まぁさっきのオイラが倒した奴と言いコイツと言い、特殊な魔砲ではあったけどなぁ」


 先輩はそういって倒れた敵の魔砲に視線を向ける。確かに、オーソドックスなハンドガン型とは大きく異なる形状、見たことも無いような魔砲だった。


 「残るはあの留学生ただ一人。ならすぐにでも紫銅の元に合流して、援護しに行きましょう」


 僕は状況を整理して、これからの方針を飛鳥先輩に提案する。

 僕らの中で最も高い戦力の紫銅なら大丈夫だとは思うが、相手は先輩が警戒していた奴だ、万全を期すに越したことは無い。


 「悪いが、行きたいなら一人で来なぁ」


 「先輩、またそんな事!」


 「勘違いすんな、オイラは今ので弾切れだぁ。お前はまだ弾が残ってんだろ? 行くなら早く行くんだなぁ」


 先輩はそう言うと、その場に座り込む。

 そうだ。先輩は既に二回戦闘をしている。既に弾切れという事なら、紫銅の支援には僕一人で向かうしかない。


 「わかりました!」


 僕は先輩を残してその場を走り去る。まだ試合終了のアナウンスが流れないという事は、少なくともあの留学生の娘はまだ生き残っているはず。最悪の場合を考えるなら、紫銅がやられる前に合流しないと、僕と彼女のタイマンになってしまう。

 一直線にまっすぐ走り続けて、しばらくすると開けた場所に出た。


 「ここは……」


 周囲は更地。森の中でこの周辺だけが不自然に木々が無い。周囲を見渡すと、焼け焦げたような枯れ木の残骸もある。

 そうか。此処はついさっきの試合、伊沢の魔砲で焼け飛んだところだ。だからこのあたり一帯だけはこんな荒れ地になっていて、木々が全くない。それにしても改めてこの惨状を見ると、規格外の魔砲の威力を思い知る。見た目こそシンプルなハンドガン型だが、伊沢に限っては噂通りの壊れ性能。さぞかし手持ちの魔力が多いのだろう。


 「はっ、あれは……見つけた!」


 木々が消し飛んだ一帯の中心、焼け野原の中央部に人影が二つ。紫銅とあの留学生、ミシェル=クロニクルだ。

 近くまで駆け寄ろうと足を前に進めるが、途中で足が止まる。何故だろう、本能が言っている。これ以上は進むべきじゃない。二人を見ると、紫銅とミシェルは向かい合ったままピクリとも動かない。

 いや、これは……。お互いに動けないで居るのか。一瞬の、ほんの一瞬の勝負をしている。迂闊に一歩踏み出すことも出来ない程に両方とも感覚を研ぎ澄ましている。刹那の見切り。

 紫銅は自分の前にサバイバルナイフと銃剣付きの魔砲を構え、ミシェルは腰に付けた魔砲に手を掛けている。しかし、驚くべきはその不自然な構え。ミシェルは左の腰に付けた魔砲を右手、しかも逆手で握り引き金に小指をかける。そこに左手を添え腰を落とす。その構えはまるで、鞘に納めた獲物を抜刀しようとする、さながら居合いのような構えだ。


 「あら、お仲間さんが来てしまいましたのね。ならもう出し惜しみは無しですわ」


 「……」


 紫銅は魔砲とナイフを構えたまま動かない。僕もそれを遠くから眺めたまま動けないで居る。あの空間に、僕の居場所は無い。


 「いきますわ!」


 遂に静止していた二人が動きだす。ミシェルは魔砲に小指をかけた右手勢いよく引き抜き、まさに居合い切りのように横に振りぬく。


 「神速撃(ソニック・ドロウ)ちっ!!」


 その振りのあまりの速さに、僕は彼女の魔砲が静止するまで抜いたことすら気付かなかった。そして銃身から置き去りにされた銃声が遅ればせながら、ダンッと周囲に響く。

 直後、聞きなれた金属音が二つ。銃弾と刃物が接触する音、紫銅の方からだ。

 まさか、あれすらも切り落としたというのか。僕からすれば、もはや引き金を引いた瞬間すら見えなかった。それどころか、あんな速度で振りぬきながら撃ったんじゃ、銃口から弾道を予測する事なんて出来ない。何より、なぜ彼女はアレで狙ったところに撃てるんだ。両者とも僕なんかとは格が違う。全く異次元の強さだ。

 でも、銃弾を弾いた音が聞こえたという事は紫銅の勝ち。そう思った瞬間、ふと紫銅の方を向くと、紫銅はバタッと地面に倒れ伏す。


 「紫銅!」


 なんで、なんで紫銅が。銃弾は確かに弾いたはず。


 「二つも……。二つも落とすなんて、油断しなくて正解でしたわ。もしも二回で止めていたら……、負けて居たのはワタクシだった」


 僕が視線を向けると、彼女は徐に口を開く。


 「な、なにを……したんだ」


 聞いておきながらも、内心、彼女の言葉から状況は察していた。ただ、その常人離れした二人の戦いを見て、目を疑うというよりも信じたくないという気持ちがあった。

 僕とコイツらには……、これ程に差があるのか、


 「あの一瞬で、三回……引き金を引いて居たのか……」


 「そうですわ。待って居て頂いたのに申し訳ありませんが、貴方とは次の機会にでも」


 彼女はニコッと余裕そうな笑顔を僕に向け、試合終了のアナウンスが響き渡る。今の射撃で彼女は弾切れになり、僕が残っている為、一日目第二回戦は西砲学園が勝利した。

 紫銅ですら迎撃できない程の速打ちと、あの短い時間で三度もの発砲。その圧倒的な力の差を前に、僕は勝利アナウンスの後も勝利を実感できずにいた。

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