第33話 vs東専、煙と炎の砲撃戦Ⅰ


 「やりましたね! 流石です暮人」


 西砲、白河の試合が終わると、うさぎは足取り軽く嬉しそうに僕の元に駆け寄ってきた。しかし、当の僕はと言えばそれほど喜べていない。理由は試合の内容を見れば言うまでもない。

 敵チームのエース、ミシェル=クロニクルには完敗な上、僕に限っては一人も倒せていない。飛鳥先輩が敵を二人倒して、紫銅がミシェルの銃弾を削った。僕は言ってみればただ生き残っていただけ。ただそこに居ただけだ。


 「暮人? どうしたのですか?」


 「いや今回、僕は何も出来なかったなって」


 相変わらずうさぎは僕の表情の変化に敏感な気がする。そんなに顔に出ていただろうか。


 「何言ってるんですか。敵を足止めして、仲間に場所を伝えながら応援が来るまでの間耐えきった。十分じゃないですか。敵を倒す事だけが戦果じゃありません」


 いつも僕は、うさぎに励まされてばかりだ。以前注意されたばかりなのに。気づけばまた一人で勝つことに固執してしまっていた。

 今はチームとして勝利したことお素直に喜ぶとしよう。反省は次に生かせばいい。

 とはいえ今日の戦闘でわかったのは、西砲の最大戦力たる紫銅でも、一対一で勝てない相手が敵チームに存在するという可能性だ。もちろん頭では理解していたが、実際こうなって来るといよいよ連携が重要になって来る。

 といっても、紫銅が僕なんかと協力するとは思えないし、飛鳥先輩も今日の様子じゃ基本的に勝手にやるんだろう。まったくもって先が思いやられる。


 「今日はもう戻ってゆっくり休みましょう」


 「ああ」


 まだ試合は明日以降もある。今日の疲れを明日にまで持ち越す訳にはいかない為、僕らはそれからすぐ、ホテルに戻ることにした。

 もう今日はヘトヘトだ。既に日は沈みかけていた。ベッドに飛び込んだ途端に瞼が一気に重くなり、次第に世界が閉じていく。気づいたころにはもう、僕の意識は宙に浮くように何処かに消えていた。




 「……んぅ」


 ふと、なんも前触れも無く僕の意識は覚醒する。天井を見上げると、照明が煌々と室内を照らしていた。

寝ぼけ眼に光が差し込んで、僕のどっちつかずの意識は無理やり現実に引き戻された。ちょっと横になるつもりが、どうやら電気をつけたまま寝てしまったらしい。窓から外を眺めると辺りはすっかり暗く、時計を見れば短針と長針がちょうど真上を向いて重なっていた。


 「寝落ち……してたのか」


 頭が事態を整理するのには、それほど時間は掛からなかった。それよりも、なんだか少し腹が減った。完全に夕食のタイミングを逃してしまった。こんな時間に何か食べるのは体に良くないだろうけど、このままじゃもう一度眠る事は叶いそうにない。

 重い体を起こし、ゆっくりと深呼吸。体を伸ばして全身の筋肉と脳を叩き起こし、何か食料を探そうとしていた時、唐突に部屋のドアからコンコンっとノックする音が響いてくる。


 「ん?」


 こんな時間に一体誰が、とは思いつつも答えは何となくわかっていた。というか僕の部屋に来るような人間は消去法で割り出せる。

 ガチャッと扉押して開く。扉の前に居たのは言うまでも無くうさぎだった。ただ一つ予想外だったのは、飛鳥先輩も一緒だったという事くらいだ。


 「こんばんは暮人。もしかしてお休みでしたか?」


 「いや、ちょうどさっき起きたところだよ」


 「そりゃあ丁度良い。ならちょっと上げてもらうぜぇ。話がある」


 飛鳥先輩はそう言うと、ズケズケと僕の部屋に入って来る。仕方が無いのでうさぎもそのまま部屋に入れて扉を閉め、僕も部屋に戻った。


 「うさぎと先輩が一緒に僕の部屋に来るなんて、何かあったんですか?」


 僕は部屋に戻り一息つくと、さっそく話とやらが何なのか尋ねていく。


 「いやいや、倉の氏と会ったのは部屋の前での話だ。だがまぁオイラとしちゃあ手間が省けたなぁ」


 「私はただ、暮人が夕食に来なかったので具合でも悪いのかと思って食べやすい物を買ってきました」


 うさぎはそう言うと、手にぶら下げたコンビニの袋を差し出してくる。有難い事この上ない。


 「それで、話ってのはなぁ。結論から言えば明日の相手が分かった。まだ未公開の情報だが、おそらく明日の相手は東専だ」


 「一体何処からそんな情報を……」


 「おっとそれは言えねぇなぁ。足がついちまう」


 先輩は必要な事を言うと、それ以上は何も口には出さない。


 「東専ですか。今日の試合は圧巻でしたね」


 うさぎの言葉で、全員の脳裏に午前の試合風景が投影された。それほどに印象的な試合だった。


 「伊沢翔威の魔砲。ありゃ、ナパーム弾だなぁ。焼夷弾の一種で周囲を焼き尽くすための砲弾だ。ハンドガンで打ち出すには過ぎた代物だなぁ」


 「あの炎、試合中はずっと激しく燃えていたのに、試合が終わると不自然に鎮火しました。おそらく、一度燃え出したら本人以外には消せないのではないでしょうか」


 消せない炎。これ以上なくシンプルに驚異的な能力だ。通常、実際のナパーム弾であっても充填物の親油性故に、普通に水で消火することは出来ない。それが魔砲で打ち出すとなれば、油ではなく魔力を含んだ炎は能力を使った本人しか消せないと考えるのが妥当だろう。そもそも、あの不自然な鎮火がその良い証拠だ。


 「それでだ。あの魔砲、焼夷弾なんだから当然だが、炎そのものだけに注意すれば良いってもんじゃねぇ」


 「酸素ですね」


 「やっぱりそうなりますか」


 東専との試合で戦闘不能になった天王寺の生徒は、接敵はおろか発砲すらせずに倒れている。その理由は空気中の酸素だ。

 焼夷弾は大気中の酸素を急激に燃焼する為、着弾地点周辺を局所的に酸欠状態にする。そして、不完全燃焼で発生した一酸化炭素によって中毒、もしくは単に窒息させてしまう。

 つまり着弾地点、炎から離れていても安全ではないという事だ。一応威力は抑えて居るらしいし、運営側も念のため幾人も配備していることも考えれば、流石に死ぬ事は無いと思う。というか、敵を殺してしまったりしたら厳罰ものだ。とは言っても、気を抜けば一瞬で勝負が着くのは確かだ。


 「先輩は明日の試合、どうすれば良いと思いますか?」


 「さぁな。勝手にするんだなぁ」


 「またそんなこと言って」


 先輩は相変わらず能天気、と言うか非協力的。情報共有をしてくれるのはありがたいが、戦闘面においては本当に自由な人だ。まぁ実際、一番戦闘力の低い僕が、偉そうに指示を出すのも可笑しいのか。


 「じゃ、オイラはもう寝る。明日はせいぜい頑張るんだなぁ」


 「頑張るんだなぁって……他人事みたいに」


 「ん? あぁ、言ってなかったなぁ。オイラはもう対抗戦は出ねぇ。代わりに倉の氏でも入れるんだなぁ」


 先輩の予想外の発言に、僕とうさぎは驚いたようにお互いの顔を見合わせる。

 

 「なんでですか?!」


 「あなたは何を言っているんですか?」


 「だってよぉ。オイラは三年だぜぇ? 今日の一勝で少なくとも百単位は保証された。なら、もうオイラに戦う理由はねぇ」


 確かに理屈で言えばそうかもしれないけど。でもまさか、勝手に、しかもそんなにあっさり降りるなんて。

 飛鳥先輩は言いたいことだけ言い残すと、風のように去って行く。気づいたころにはもう、呆気にとられたうさぎと僕だけが部屋に取り残されていた。


 「はぁ……、本当に勝手な人ですね」


 「そ、そうだね」


 「仕方ありません。明日は私と暮人で協力しましょう」


 「ま、そうなるね。いつも通りよろしく頼むよ」


 飛鳥先輩が抜けたのは想定外だったが、代わりにうさぎが入るなら僕としては普段通りに戦う事が出来て、むしろやりやすいのかもしれない。

 今日の試合、敵を二人も倒した飛鳥先輩が居なくなったことで、チームとしての攻撃力は落ちるだろう。それでも明日は、今日みたく飛鳥先輩には頼れないんだ。僕だって勝ち星取りに行かなきゃ弾が足りないかもしれない。おそらく、重要になるのは積極性と連携だ。


 「あの、暮人」


 「ん? なに?」


 部屋には僕とうさぎの二人きりになって間もなく、うさぎが徐に口を開く。


 「その……早く、手、治してくださいね」


 「ん、あぁ、そうだね」


 「じゃないと、手も繫げないです……」


 うさぎの顔が心なしかほんのり赤くなっていた。


 「では、私も今日は部屋に戻ります。おやすみなさい暮人」


 「えっ? ああ、うん」


 気まずくなったのか、うさぎもそそくさと僕の部屋を去って行く。というか、怪我をしていなくても、普段から手など繋いでいない。一体、突然どうしたのだろうか。

 急に部屋が静かになり、なんだか少しだけ寂しくなった気がする。そんな事をぼんやりと一人考えながら、僕はうさぎが持ってきてくれた仕入れをサッと胃に流し込む。そして、まだ目は冴えているものの明日に備えてベッドに着いた。





 一人、夜更けに非常階段で夜風に当たる。ちょうど自分の部屋に戻る途中だった。眠るには少しばかし目が冴えていやがる。オイラはただ、何も考えずに月を眺めていた。


 「へっ、もう戦う理由はねぇ……か」


 ふと、自分の発した言葉が脳裏をよぎる。我ながら反吐が出そうだ。

 一体いつから、戦うのに理由を求め始めたんだ。オイラはこれまで、ただ自分が強くなる為に、自分の強さを誇示する為だけに戦ってきた。それは西砲に入ってからもずっと変わっちゃいない。人の為に戦った事なんざ一度も無い。

 アイツだって、オイラが直向きに上を目指して突っ走ってきたから、そんなオイラだからついて来たんだ。


 「なのに今のオイラときたら……」


 高ぶった感情が硬く拳を作り、思わず横に振った腕がガンっと手すりの側面に叩きつけられる。腕から伝わる痛みが、ほんの少しだけオイラの気を落ち着かせた。


 「何をビビってやがるんだ……」


 音と痛みが消えていく。怒りが夜に溶けていく。オイラはそれから間もなくして、自分の部屋に戻った。

 





 翌朝、飛鳥先輩の言う通り、僕たちの対戦相手は東専と発表があった。

 昨日とは違い、試合は午前の部。起床してから作戦を練る暇などほとんどない。とはいえ仮に時間があっても、今ある情報で立てられる作戦なんてたかが知れている。結局のところは普段と同じ、戦いながら組み立てていくしかない。

 まずは、最低でも僕らの射程が届くとこまでは接近するのが最優先となる。つまり、弾着観測対策だ。それが出来なきゃ話にならない。敵を見つける前にレンジの差で蹂躙(じゅうりん)されて即終わりだ。


 「暮人、準備は良いですか」


 「うん、行こう!!」


 そして、対抗戦二日目、開戦の幕が上がる。

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