第34話 vs東専、煙と炎の砲撃戦Ⅱ


 「コウ。今日の相手はどう見る?」


 東専の制服に身を包んだ三人の男子生徒。東専は今回の対抗戦において、唯一の補欠も含め全員男子で構成されたチームだ。

 背中に二人を引き連れて、先頭を行く育ちの良さそうな黒髪少年がチームメイトに声を掛ける。


 「どうもこうも、ショウが居るのに負けるわけが無いだろう?」


 同じく、育ちの良さそうな美形の金髪男子が、リーダーと思しき生徒の問いに対して何の迷いも無く答える。


 「おいおい、俺のワンマンチームみたいに言うのは寄せよ。コウやミサキが居るから、俺も全力で戦えるんだろ」


 「またショウは……、そんな謙遜すんなってー」


 ゆっくりと森の中を進みながら、今度は後ろのもう一人、垢抜けた茶髪の男子が前を歩く黒髪少年を小突く。

 既に試合は始まっているというのにも関わらず、和気藹々と余裕の様子で談笑しながら前進する一向は、まだしばらくは接敵しないと踏んで戦況を見定めていた。


 「ま、こっちにはあの天下の伊沢(いざわ)翔威(しょうい)と、これまた名門の竜胆(りんどう)浩次(こうじ)が居るんだからさ。今日も頼むぜー二人とも!」


 茶髪の少し毛先の跳ねた男子、鏑木(かぶらぎ)岬(みさき)は無邪気な笑顔で二人の肩をポンっと軽く叩く。


 「ミサキこそ、今日も観測手は任せたよ? ショウを中心とした、ぼくたちの攻撃には欠かせない役割なんだから」


 「わかってるってー。じゃあそろそろ、いっちょ見に行ってくるわ」


 そういって鏑木は、自前の魔砲を握りしめて上空に飛び上がる。飛翔する瞬間、鏑木の足元には風が巻き起こり、地表にあった葉っぱがカサカサと音を立てた。


 「なぁコウ」


 彼が飛び去ってすぐ、伊沢は竜胆に話を振る。


 「今日の相手、多分俺の相手は紫銅って奴になると思うんだ」


 「あー分家なんだっけ? ま、昨日の試合を見る限り、彼があっちのエースなんだろうね。もう一人多少は出来そうな人も居たけど、なんか今日は補欠と代わったみたいだ」


 「相手が誰でも俺たちのやる事は変わらないさ。いつも通りにやるだけだ。それで、コウには今回、あっちの空砲使いを止めておいてくれ」


 「どうして? あの空砲使いがぼくらの脅威になるとは思えないけど?」


 竜胆は想像以上に空砲使いを警戒する伊沢に対して、当然のように疑問を呈す。竜胆の目線から言えば、西砲の空砲使いの警戒レベルはそれほど高くは無かった。


 「コウにはそう見えたか? あれは……、きっかけさえあれば化けるかもしれないな」


 「へぇー、あれがねぇ。ショウがそこまで言うなんてね」


 「でも、この流石にこの試合中にって事は無いさ。今はまだコウの足元にも及ばないだろう」


 伊沢はそう言ってどんどんと歩みを進めながら、観測手からの連絡を待つ。敵の位置さえ割り出せれば、伊沢はすぐにでも魔砲を放つ準備が出来ていた。

 

 「今はまだ……ね」


一瞬足を止め、伊沢から少し後ろを歩く竜胆が、誰にも届かないくらいの小さな声を漏らした。






 ジジジっと無線機から通信の予兆が起こり、サッと耳元に意識を集中させる。


 「こちら、うさぎです。こっちは何時でも準備出来て居ます」


 僕は木陰に身を潜め、うさぎの通信を聞き作戦をさらに一段階先に進める。今日も変わらず、僕らは全員が散ってそれぞれ一人で行動していた。といっても、紫銅に関してはまたしても独断専行に変わりは無い。昨日と唯一違うのは、僕の通信に対して返してくれる仲間が居ることくらいだ。

 今回、全員が散らばって別々に行動しているのは、一発で一掃されない為と言うのの他に敵に観測され辛くする意図も兼ねている。

 天王寺戦のようにチームで固まっていては、敵の観測手に直ぐに目視されてしまう。この木が犇めく森の中であれば、三手に分かれて隠れながら移動する方がはるかに安全である。


 「うさぎ、観測者が飛び上がった。南南西の方だ」


 上空に飛翔し、空中でピタリと静止した敵の観測手を視界に収めた僕は、うさぎに芭蕉を教えるべく無線機で通信を送る。すると、透かさず「了解」と返してきたうさぎの声を聞いて、僕には内心少し喜びが込み上げてきていた。と言うのも、普通に送った通信がこうも普通に返ってくることが、こんなにも有難い事なのかと噛み締めていたからだ。うさぎに合図を送った後、僕は再び木陰から観測手を目視する。

 すると、遠くの方から銃声が響き渡ってきた。発砲された銃弾は上空の敵に向かって一直線に伸びていく。とはいえ対空射撃ではそう簡単には当たらない。敵の観測者は飛んできた弾を躱して、逆にこちらの位置を弾道から逆算してくる。続いてもう一発、さらに一発と銃声が響き、うさぎは弾を使い切るまで観測者を牽制し続ける。


 「よしっ、その調子だ」

 

 敵の観測者は上空に陣取り視野を確保している代わりに、標的を見つける為にスコープを用いている。当然と言えば当然だが、上空から地を這う人間を目視するのには無理がある、とは言わないが限界がある。 

 敵の観測者は、三発の銃弾を回避した後にうさぎが撃った方にスコープを向ける。


 「油断したな……、うさぎ!」


 「はい!」


 そして鳴り響く四発目の発砲音。相手から見れば想定外の四発目。それでもギリギリで旋回して回避したのは流石強豪校の選抜と言ったところか、完全に意表を突いたように見えてもそう上手くは行かない。

 だが、これでいい。最初からうさぎは観測者自体を打ち落とすつもりなどない。咄嗟の対応で体勢を崩した、それだけでうさぎには十分だ。うさぎの放つ五発目の銃弾が敵のスコープを貫く。


 「よし、まずは敵の目を潰した。うさぎ、伊沢にナパームを撃ち込まれる前に直ぐに退避だ」


 「了解です」


 うさぎの精密射撃とリロードによる弾数があってこそ成功したこの策は、さしあたって僕らの最大の懸念材料である敵の目を封じた。

 普段、学園内ではうさぎのリロードでは一発しか装填する事は出来ない。しかし、本来うさぎの能力が行っているのは『一発』のリロードではなく『一度』のリロードである。つまり、最初から弾倉に三発の銃弾がある、今回のような状況下では三発全てが再装填される。

 改めて考えると、やはり凄い能力だ。ましてや、リロードの存在を知らない敵からすれば、想定外の連続射撃で体勢を崩してしまうのも仕方がない。

 ともあれ、上空の敵の観測手が撤退していく。その方向を目で追いながら、僕は無線機を再び手にする。敵の返っていく方向には敵の主戦力が居るはずだ。


 「うさぎ、敵は南東方向に移動中。おそらくそっちに敵が集まっている」


 「一旦合流しますか?」


 「その方が安全かもしれない。一旦合流を……」


 無線越しにうさぎに指示を出している最中、再び遠くで発砲音が轟く。しかし、今度はうさぎの魔砲じゃない。誰の魔砲なのかは、その直後の爆発音と、遠くまで伝わってきた強風で直ぐに察しが付いた。


 「これは、ナパームか! でもなんで、観測手は潰したのに……」


 そしてふと、頭によぎった考えが、現状が思いのほか悪いという事を僕に訴えていた。


 「まずい! 伊沢の発砲音がしたって事は、おそらく伊沢は戦闘中。ならば相手は間違いなく紫銅だ。もしかしたら三対一、合流してる暇はない」


 「わかりました。各々で援護に向かうという事ですね」


 「あぁ、勝つためには紫銅をここで失うわけにはいかない。うさぎ、先に言ってくれ。僕もすぐに向かう」


 通信を送り、お互いに別の場所から爆心地に走り出す僕とうさぎ。しかし、走り出してすぐに、予想外にもそれは早く、僕の前に立ち塞がる一人の敵生徒の姿。白に近い金髪の髪が森の木々に映えて、異様に存在感を主張していた。

 未だ、こんなところに一人残っていたのか。なら紫銅の方は二対一。最悪よりはいくらかマシになった。瞬殺、という事でも無ければ、ギリギリうさぎも間に合って二対二に持ち込めるだろうか。


 「やっと、見つけたよ。一角暮人君」


 目の前の敵が僕に話しかけてくる。彼は飛鳥先輩の話に出てきた竜胆と言う男子生徒か。伊沢に次ぐ名門のエリートらしい。


 「なんで単独でこんなところに?」


 僕も相手に反応を返す。此処で引いてはいけない。噂通りのエリートなら、一対一では勝てないかもしれない。おまけに昨日とは違ってこっちの魔砲もバレている。だとしても、弱気な姿勢を見せるのは、相手に心理的余裕を与える。あくまで堂々と、まだ隠し玉があるように振舞うんだ。


 「ぼくも不本意なんだけどね。ショウが君を抑えておけって言うんだ。一体君の何がそんなに気に入ったのかな」


 ショウ……。伊沢翔威の事か。理由は皆目見当もつかないが、何故か僕なんかを意識してくれているらしい。こちらとしては好都合ではある。


 「うさぎ、こっちで一人会敵した。そっちは任せるよ」


 「暮人! なら私もそっちに」


 「いや、二対一になっているであろう紫銅が優先だ。こっちは何とかして時間を稼ぐ」


 言うだけ言って、僕は通信を終えた。

 時間を稼ぐ……か。我ながら、倒して向かうとは言えないところが僕らしくて情け無い。でも今はそんな事は良い。これはチーム戦、僕には僕の役目がある。此処で出来る限り竜胆を釘づけにして、少しでも二人の負担を減らすんだ。


 「仲間とのお話は終わりかい?」


 「余裕だな。わざわざ待っててくれたのかよ」


 戦う時は少し強めの口調になってしまう時がある。言うまでも無く、舐められない為、要は虚勢。

 意味があるのかないのかは別として、もうこの癖は如何ともし難い。言ってみれば、小動物が体を大きく見せて威嚇しているのにも似て、あまり見栄えが良い物ではない自覚はある。

 しかし、僕のチンケなプライドが一番嫌うもの、それは他人に見下されることだ。自分から敵より劣っていると認めるのと、敵がこちらを見下してくるのとでは根本的に違う。少なくとも僕の中では。

 相手が名門のエリートという事もあり、今の僕はいつも以上にその節が出てしまって居るかもしれない。自分の優秀さを自覚している優等生ほど癇に障るものもそう多く無い。


 「はっきり言って、ぼくは君なんて全く脅威に思って居ないからね」


 「やってみればわかる事だろ」


 「それもそうだ」


 幾つか言葉を交わすと、お互いにサッと魔砲を構える。一瞬時が止まったようにお互いが静止して、僕はタイミングを見計らい遮蔽物になる木の裏に隠れた。

 言わずもがな銃撃戦は被弾を避ける為、遮蔽物の裏に隠れながら行うのが定石だろう。しかしながら、何故か竜胆はその場から動かず、何の遮蔽物にも隠れずにただこちらに銃口を向けている。

 余裕の表れか、もしくは侮られているのか、その両方なのかもしれない。単に相手にされて居ないというのもシャクだが、時間稼ぎの観点から言っても、僕の事をもっと視界に入れてくれなければ困る。


 「そういや、あんたも良いとこの出なのに、伊沢の陰に隠れて地味だな」


 「……」


 ほんの少し、敵の表情が曇った気がする。冷静なように見えて意外にも挑発に乗りやすいのかもしれない。


 「案外、伊沢さえ対処出来れば、東専もそんなでも無い……」


 「調子に乗るなよ。劣等種のくせに」


 ちょっとくらいはヘイトを買えただろうか。


 「君は自覚が無いのかい? 自分の能力の弱さも、その小さな魔力量も。どっちも最底辺クラスじゃないか」


 「魔砲は使い方次第だろ? 威力だけが全てじゃ……」


 「いや、全てだよ」


 勘に障ったのか、僕の言葉を最後まで聞くことも無く遮って入って来る。


 「魔砲は威力、性能、つまり事象に与える干渉力が全てだ。この世界、才能に勝るものは無い。天才と凡人とじゃ、最初から何もかもが違うんだよ」


 正直なところ、奴の言って居る事は分かる。能力の弱さがコンプレックスの僕にとっては、他の能力だったらどんなに良いかと考えたことは数えきれない。


 「魔砲の性能が、そのまま砲術士としての価値になるんだ。君みたいに、弱い能力でもこの場に居るなんてのは場違いなわけだ」


 「随分、好き放題言うな」


 「どう足掻いたって、埋まらない差って言うのはあるのさ。絶対的な力の前には、工夫なんてものは意味を成さない。そう、誰もショウには勝てないんだよ」


 竜胆の表情に、微かに切なさが宿った気がした。それが何を意味するのかは分からない。工夫は意味を成さないか。確かに、僕も選抜戦の時、策を尽くしても紫銅には勝てなかった。 

 でも、だからって、僕には僕の目的が、意地が、積み上げて来たものがある。それをそんな諦めたような一言で終わらせやしない。


 「なら、僕がこれから証明して見せるさ。君はこれから僕に負ける。底辺と言った僕にだ」


 「これはまた、大きく出たね劣等(インフェリオリティー)。ショウ程じゃないが、ぼくだって腕に自信はある。まして、君とは魔砲の性能も桁が違う。でも良いさ、そこまで言うなら見せて貰うよ」


 「負けた時の保険はそれ十分かぁ? 余裕なふりして舌が回るなエリートさんは」


 最後にさらに挑発をする。遮蔽物がある分位置取りはこっちがリードしている。弾は未だすべて残っている。準備は万端、闘志も十分だ。

 今の煽りで竜胆の表情がいっそう険しくなり、僕に対して抱いた苛立ちを隠しきれて居ない。


 「今すぐに終わらせてやる! 白燐弾(はくりんだん)っ!」


 竜胆は遮蔽物越しでも構わずに構えた魔砲の引き金を引く。放たれた銃弾は僕が隠れた木に着弾し、周囲に欠片を飛散させて、ここら一帯を包み込むように真っ白で濃い大規模な煙を立てる。

 僕は全方位を眩しい程の白い煙で満たされる中、とっさに口を塞ぎ煙を吸わないようにする。


 「ちょっと煽り過ぎたか? 発煙筒……いや、これは!」 

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