第22話 弱さの証明、二対の刃と総力戦Ⅱ
「何度だって言うさ。紫銅閃、勝つのは僕だ」
向かい合って立つ僕と紫銅の二人。校舎では、各所に設置されたモニターに勝負の様子が生中継されていた。
「もう二発も使っちゃってんじゃん」
「どっちが勝つか賭けようぜ! 俺は紫銅って奴の方にメロンパン一個で」
「あっ! きたねー! こんなの紫銅が勝つに決まってんじゃねーか。予選もそうだし、今だって一角って奴は防戦一方だし。こんな逃げ腰のヘタレで勝てるかよ」
今日は特別に授業が休講となり、多くの生徒がラウンジで選抜戦の試合中継を見ていたモニター越しに好き勝手に言う観戦者達。単純に興味本位で観戦する者、試合結果を予想して賭け事をする者も居れば、敵の能力を研究するために目を凝らす者。数多くの生徒の視線がモニターに映っている試合に集中していた。
「ほんっと、どいつもこいつも好き勝手言うよねー」
「でも実際、今回ばかりは暮人でも厳しいと思う」
「あー! 加賀見くんまでー」
言うまでもなく、観戦している生徒の中には、耕平や靜華それにうさぎの姿もあった。
「暮人には悪いけど……あの紫銅って奴相手に一対一じゃやっぱり厳しいよ。逆に靜華ちゃんは暮人が勝つと思っているのかい?」
「まさかぁ? 確かにこれまであたし達が戦って勝ってきたのには、一角くんの貢献がある程度あったかもねー。でも、一角くん自身が単体でそんなに強いとは思わないなー。ましてあの魔砲だしー」
静華と耕平もまた、中継を見ながら言葉を交わす。思ったことを思うがままに、何の遠慮も無く言葉にする。
そこら中を飛び交う言葉は、どれをとっても一角暮人の勝利を否定するモノ。悪意のある罵声も悪意の無い観測も、誰も彼もが漠然と同じ憶測を立てている。おそらく、いや、どうせ紫銅が勝つだろうと。予選の様子、魔砲の能力、そして現在の試合中継。それらすべての要素を使って多くの生徒が判断する。一角暮人の方が負けると。
しかしそんな中、祈るように指を絡め、静かにモニターを見守る一人の女子生徒。誰もが信じぬその奇跡を信じる生徒が一人。
「暮人……、待っています。きっと……あなたが勝って帰って来るのを」
彼女は小さな声でつぶやく。誰にも届かないような小さな声。それは、近くで話している二人の仲間にも聞こえない独り言。心の底から信じた言葉じゃなく、自分に言い聞かせるように飛び出たその言葉。たとえ信じ切れずとも、信じたいという気持ちがこもったその言葉。彼女はただひたすらに、自分の脳が下した判断よりも、彼の言葉を信じようとする。勝ってくると。任せろと。そう言った彼のその一言を。
物音ひとつない、薄暗い演習場の中。魔砲を握り込む手に、大量の汗が滲む。緊張が全身に伝わっているのが分かる。弾は残り一発、だが問題は無い、ここまでは計算通りだ。元々、先制攻撃の一発目で仕留められるとは思って居なかった。二発目に関しても、多少の情報は得られた。どちらの発砲も無駄撃ちではない。むしろこれで良い。二発くらいくれてやる、最初の二発は意思表示だ。これで相手にも多少は伝わっただろう。僕の引き金は軽いぞ、と。
端から出し惜しみするつもりは無い。長引いてもこちらにメリットは無い。勝負を決めるなら早いに越したことは無いだろう。少しでも隙があったらすぐにでも打ち込んでやる。
「…………無駄な時間だ。次で終わらせる」
「奇遇だな。僕としても早く終わらせたかったところだ」
ここからが勝負。一瞬たりとも気は抜けないし、相手にも抜かせない。僕の全部を使って、どこまでも食い下がってやる。
無力を自覚していても、どんな虚勢を張ってでも、背中で任せろというのが男の生き様。今回ばかりは見栄を張り過ぎたかって、別に良いじゃないか。その虚言癖で自分すら騙してしまえ。錯覚させろ。警戒させろ。僕がどんなに弱くても、相手に強敵だと思わせれば良い。強者ってのは誰かが認めて初めて強者となる。僕の強さを決めるのは僕じゃない、アイツの方だ。
銃剣付きの魔砲を握った紫銅が、肘を曲げて魔砲を自分の前に構える。そして次の瞬間、グッと足に力を込めた紫銅が動き出す。強く地面を踏み込み、低い姿勢で距離を詰めて来る。僕もそれに対抗し魔砲を構える。引き金に指をかけ、高速で走り込んで来る紫銅に銃口を向けて一発。
パァン!!
演習場内に響く空砲の発砲音。紫銅はその発砲音にも全く反応せず、まっすぐにこちらに向かってくる。
やっぱりだ。大体予想はしていたが、最初の二発と今の空砲ではっきりした。でも、次の一発はそうはいかない。
今度こそはと、再び魔砲を構え狙いを定める。しかし、紫銅は恐るべき速度で接近し、既に僕の目前まで迫ってきていた。斜め下方向から切り上げるように振り上げられた刃に、僕のかすめた頬がほんの少し切り付けられる。
だがやはり、銃剣に触れても被弾の判定にはならないらしい。最悪銃弾にさえ被弾しなければ、多少の切り傷は仕方がない。
「くそっ!」
かすり傷は負ったものの精一杯の反応で、間一髪攻撃を回避する事に成功した僕は構えた魔砲の引き金を引く。これだけの至近距離、照準器を介して狙いを定める必要なんてない程の超近距離射撃。これなら流石の僕も予選の時のように外したりはしない。
薄暗い演習場に、パァンと再び大きな発砲音が響き渡る。
しかし、これもまた空砲。だが、今度の発砲は至近距離だった事もあり、紫銅は斜め後方に飛び退いて緊急回避する。紫銅は魔砲を飛んでくる銃弾に備えて自分の前に構え、着地と同時に片方の膝を地面に着いて低姿勢に身構える。視線はまっすぐと標的をとらえ、一切の隙が無い。飛んでくる銃弾の一切を切り落とす事に意識を集中する、そんな構えだ。
紫銅の緊急回避によって、再び僕と紫銅の間に、多少だが距離が出来た。だが、ちんたら思考を巡らせている余裕はない。紫銅の間髪入れない再突進で、また距離を詰められる。
「くっ、ならもう一度っ!」
僕は再び引き金を引く。勿論これも空砲。僕は残り一発の銃弾をここぞというチャンスまでは撃つ訳にはいかない。
今度もピクリともしない紫銅は再び僕に切りかかる。先ほどと同じように振り払う刃を、ギリギリの距離で後ろ向きに頭を引いて躱す。あとほんの数ミリで刃先が鼻の先に当たるほどの距離。だが、それだけでは紫銅の猛攻は終わらない。刃が僕の顔の前を通過する瞬間、僕は紫銅の引き金に掛かった指が僅かに動いたのに気づく。
僕はとっさに今一度発砲音を鳴らし、それと同時に首を横に逸らした。逆に、紫銅は発砲音に反応し、反射的に指に力が入ってしまい引き金を引いてしまう。銃弾は僕の頭のすぐ横を通過し、背後の壁に着弾した。
一瞬の攻防の後、僕はさらに行動に出る。相手に思考する余裕を与えてはならない。三度(みたび)銃口を紫銅に突きつけて引き金を引く。が、紫銅もやはり銃剣を手前に構え、緊急回避し僕との距離を取る。しかし、これまた当然ながら空砲。
「……小賢しい」
床に膝を着き、低い姿勢で構えたままの紫銅がぼそりと漏らす。だが、対する僕は言葉を返さない。その代わりに、にやりと不敵な笑みを返し、頬から垂れる血をピシャっと振り払う。
特定の条件、敵の警戒心が高まっている時にしか使えないが、これが僕の唯一の武器、反撃誘発(クロスカウンター)。自分の発砲音で相手の反射を引き起こし、発砲するタイミングを誘発する技術。入学式の日、天城と戦った時は、明かしていない能力を警戒させる事で焦りを誘う事に成功したが今回のは少し違う。紫銅は僕なんかの事を警戒なんかしちゃいない。それでも、紫銅には反撃誘発(クロスカウンタ―)が有効な理由がある。
そう僕に気付かせたのは、開幕に撃った二発の銃弾と最初の空砲。それで僕は確信した。
……アイツには、銃弾が見えている。
あの圧倒的な戦闘技能は体術、すなわち身のこなしだけで成り立っている訳じゃない。いかに運動神経がずば抜けていても、飛んでくる銃弾を刃一つで両断するのは無理がある。紫銅閃の技能を支えているのは、あの身のこなしと脅威的な反応速度、それに加えて神がかり的な動体視力。
敵の魔砲から発砲された銃弾を正確に目で捕え、さらにそれに反応出来るだけの反射神経と運動能力があってこそ、今の紫銅閃は成り立っている。
だからこそ、ただの空砲では紫銅はピクリとも反応しない。銃弾が魔砲から発射されていないのを、その圧倒的な動体視力で確認しているからだ。だがそれは常に可能なわけではない。一定の距離、間合いにおいて、敵との距離が近すぎれば発砲された銃弾を目で捕えても、体は銃弾よりも早くは動かない。逆に、圧倒的な反応速度でもって、発砲された銃弾に反応出来る体があったとしても、発砲されるとほぼ同時に発射炎の中から銃弾を目視するのは容易ではない。
つまり、紫銅閃の人間離れした技能、才能を持ってしても、発砲された銃弾を目で捕えて、振った刃で弾き落とすには一定の時間が掛かる。その所要時間は常人に比べれば圧倒的に短い時間。それでもそれは確実に存在する。発砲を認識できても防御不可能な距離。そんな時に、紫銅は自分の体に染みついたある癖が出るんだ。咄嗟に距離を取り、防御の体勢に入る癖が。おそらくは弾道を目で追いきれないから大きく躱す。もしくは、迎撃が間に合わないから後方に飛んで距離を取る。あるいはその両方か。どちらにせよ、回避行動を見るにその距離では空砲か実弾かの判断すら間に合わないのだろう。
これまでの戦闘で、大体ではあるが、その間合いは分かった。紫銅にとって防御不可能な間合い。僕にとって、空砲が実弾とほぼ同じ牽制力を持つ間合い。この僕を中心とした半径数メートルの円。これが唯一、僕が紫銅と対等に戦える空間だ。
「オレは銃弾を制服に当てずとも、敵を重症にさせて戦闘不能にする事も辞さない」
紫銅がゆっくりと立ち上がりながら口を開く。そう、予選で紫銅にやられた多くの生徒は、被弾ではなく重症による戦闘不能。うさぎや二人が僕に棄権を促したのもその為だ。漂う殺気は時間とともに増し、ヒリヒリと空気を痺れさせる。
「……これが最後の警告だ」
「余計な心配はしなくていいさ。お互い温まって来た頃だろ? なぁ?」
強気に振るまう僕に、終始無表情の紫銅。紫銅はあれだけ動いていても、息一つ切らしていない。かくいう、僕は少し呼吸が乱れ始めていた。
動いたことによるものというよりも、極度の緊張感による面が大きい。一回の読み違いが運命を分ける。相手の動きを見てから反応出来る紫銅違い、僕にはそんな超反応も運動能力も無い。次に敵がどう動くか、それを読み外した時点で僕の負けだ。まして、間合いは近距離戦。
僕に唯一、可能性があるとすればそれはやはり……
「強すぎるのも不便だな。紫銅」
「…………」
紫銅は何も返してこない。もう話す事も無いという意思表示だろうか。それでも僕は構わず続ける。
「反応速度が高すぎて、反射的に発砲音に反応してしまう。普通の人間なら反応出来ないところを、反応出来てしまうから回避してしまう。最後の一歩が強引に踏み込めない」
紫銅閃、こいつに僕が勝てる可能性があるとすれば、それはやはり反撃誘発(クロスカウンター)次第。
他の人間には反応出来ない事にさえ、反射的に反応出来てしまう超反射があるからこそ、僕を警戒していない、精神状態が乱れていない紫銅にも反撃誘発(クロスカウンター)が有効になる。
強者故に、どんな相手にも油断は無く、無理な追撃はしない。紫銅の最大の長所にして僅かな弱点。
逆に僕はと言えば、一手のミスも許されない。だが、ミスなどする筈が無い。僕とて弱者故に、どんな相手にも油断は無く、無理な追撃はしない。度が過ぎる程に臆病で、慎重な僕は一手たりとも読み違えはしない。人間誰しもミスはする。だからこそ、頭の中で入念なシミュレーションを、何度も何度も何度も何度も繰り返すんだ。綿密な対策によって弱者が強者を上回る事を許されるほんの一瞬の刹那、その瞬間のシミュレーションを。
僕は早くなる鼓動を紛らわすように、不安を握りつぶすように魔砲を強く握り込む。
「ハァ、ハァ……。先に、教えといてやる。紫銅、お前の敗因は、強すぎた事だ」
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