第21話 紫電一閃、二対の刃と総力戦Ⅰ
つい数分前までのけたたましい戦闘音が、全くの嘘のように静まり返った演習場内。僕は試合の疲れから後ろ向きに倒れ込み仰向けに天を仰ぐ。
結局、予選通過はしたものの、正直なところ運が良かっただけ。ふと思いついた奇策が機能したのはラッキーだったが、元はと言えば僕が魔砲を外さなければ良かったというだけの話だ。本来勝てるはずの優位な状況を生かせずに余計なピンチを作り、それを引き分けまで戻したと言ったところか。
「よぉ暮の氏。まさか本当に生き残るとはなぁ」
仰向けに倒れ込んだ僕の元に、飛鳥先輩が歩み寄り声を掛ける。
「ええ。ギリギリですけどね」
「へっ、撃破数ゼロで通過ねぇ。他が勝手に脱落しただけって感じだなぁ」
飛鳥先輩が軽く鼻で笑いながら、僕を見下ろす。わかっている。この前のはアンノウン四人対一人での引き分け。これが今の僕と先輩との差だ。
「逆に先輩は流石ですね。最後、ほぼ同時に何人もの生徒をやるなんて」
「いんや、オイラがやったのはたったの三人ぽっち。残りは大体アイツだなぁ」
そう言った先輩の視線の先には一人の男子生徒。紫銅閃の姿があった。
「なるほどなぁ。ああいうカラクリだったか、こいつは良いもん見せて貰ったなぁ」
普段、紫銅閃が身に着けている大きなコートは激しい大乱戦の最中、彼の元を離れ地についていた。そして、彼が日頃から袖に隠してきた秘密が、全校生徒を含め僕ら残りの参加者にも露呈していた。当然、僕と先輩の目線も同じ場所に集中する。
「銃剣……ですか」
「そうみたいだなぁ。あの銃剣、どうやら魔砲の銃弾を切り裂けるらしいなぁ。とはいえ、射出された弾丸を弾くなんて事、誰もが出来る訳じゃねぇ.多くの奴は銃弾を弾かれて失格になってやがる」
「警戒すべきは魔砲よりも、使い手の方って事ですね」
雑談交じりに先輩は考察する。魔砲に着剣された銃剣、それが紫銅閃の謎の力の秘密。以前に僕らが西門前で遭遇した時も、あの銃剣を使って銃弾を弾いたという事か。
しかし、最大の問題はそこじゃない。あの銃剣が魔砲の能力だとわかっていても、問題は何の対策のしようがないところだ。警戒すべきは使い手の方、あの銃剣はアイツだからこそ脅威になり得る。銃剣の存在を知って居たからと言って、単純な戦闘力で勝らなければ、結局のところアイツに勝つことは出来ない。
飛鳥先輩は、しばし世間話に興じると「そろそろオイラは行く」とだけ言い残し、演習場に倒れ込んだ僕の前から去って行く。
僕もそろそろ教室に戻るとしようか。次の選抜戦は二日後、とにかく今は疲れを癒して、出来る限り他の参加者の対策を練るのが先決だ。
「さ、戻るか」
予選終了の後、僕は教室に戻ると、普段通り適当に授業を流して放課後を迎える。そして帰り道、校内にて中継を見ていたうさぎや靜華、耕平の三人は僕の予選通過を喜んでくれた。
だが、僕はその賞賛を素直には受け取れない。理由は簡単だ、結論から言えば僕は予選を通過するために魔砲の能力を使った。これは僕一人の問題じゃない。僕の魔砲の露呈はアンノウン全員に危険をもたらす可能性があるからだ。
可能ならば魔砲を使わずして予選を通過、あわよくば選抜選手になりたかった。だが、当然の事ながら物事はそう上手くはいかない。僕の魔砲は他生徒の物に比べて、ネタが割れればほとんど無意味な代物だ。だからこそ温存したかった。
「どうしたのですか暮人、何か思うところがあるのですか?」
「いや、その……ごめん。能力、晒しちゃって」
学園を後にして駅までの通学路。並んで歩きながら、うさぎは浮かない顔の僕を心配する。せっかく予選を通過しても、こんな様じゃむしろ皆を心配させてしまう。
そう考えていると、うさぎが口を開く。
「そんな事ですか。暮人、そんな事はあなた以外、誰も気にしていませんよ」
「で、でも……」
僕が言い淀んでいると、他の二人も横から会話に入って来る。
「なーんだ。一角くんそんな事気にしてたのー?」
「そうだよ暮人! 能力がバレたからってなんだって言うんだ」
「でも、これで他の奴らが攻めてくるかもしれない。僕のせいで皆に迷惑を……」
「「「そん時はそん時に、四人で考えれば良い!」」」
三人が僕に向かって、同時に声を荒げる。そうか。その通りかもしれない。皆の言葉を聞いて、頭の中の何かが吹っ切れた気がした。人間は選択を迫られた時、大抵の場合はどちらを取っても後悔は残る。どちらにせよ後悔が残るなら、思うように行動して後悔した自分を許す事にしよう。
終わったことをうだうだ言っても仕方がない。今は選抜に入るのが最優先。その先の学園生活の事は、その時に皆で考えれば良い。
翌日、選抜戦のトーナメント表が公開された。とはいえ、僕以外の予選通過者にとってはこんなトーナメント表、なんの意味もないだろう。それもそうだ。予選通過時に撃破数がゼロだったのは僕一人。その為、他の奴らは僕と違い審査落ちの可能性は限りなく低い。実力で勝ち取った通過者三人に身を潜めて生き残った生徒一人。審査に差が出るのも致し方ない。
だが、僕とてまだ可能性は手の中にある。これをモノにできれば、結果オーライ。したがって、僕にとってトーナメントの組み合わせは中々大きな意味を持つ。
次の相手に備えて計画を立てる事で、次の試合の勝利を盤石にする。審査は勝敗を重視しないとは言っても、他の参加者達に勝てばおそらく、予選の撃破数ゼロを帳消しにするだけの評価は得られるだろう。
「暮人、明日の選抜試合の話ですが」
教室で席に座り、考え込む僕にうさぎが声を掛けてくる。多分だが、話は僕の次の相手についてだ。
「どうしたの? うさぎ」
とは言いつつも、本当はうさぎが何を考えているのか、僕には少しだけ察しが付いていた。
「次の試合、棄権してはくれませんか?」
うさぎは真剣な顔つきで僕に言い放つ。
「はっきり言って、あなた以外の通過者たちは明らかに暮人よりも強いです。それに加えて次の対戦相手……、予選を見ていましたがあの人だけは本当に危険です。暮人の勝ち目は……無いと言っても過言ではないでしょう。今回ばかりは加賀見さんやあの女だって、降りるべきだと……」
うさぎの言い分は僕にもわからなくは無い。正直、トーナメントの組み合わせがどうあっても他の三人の中に僕より格下なんて居ない。飛鳥先輩はもちろんの事、もう一人の三年生、皇刻成(すめらぎときなり)もまた、圧倒的な格上。予選後に知った話だが、皇先輩はどうやら例の学内ランクで第一位の指揮官(コマンダー)らしい。
かくいう僕の次の相手は……紫銅閃。
予選最多撃破数の通過者。一度に複数の生徒を戦闘不能にした優れた戦闘技能。どう考えても僕よりも強いのは明らか。うさぎが僕を心配するのも無理はない。
だが、僕としてもここまで来たら退く気は無い。何より……
「確かに、紫銅を相手に僕じゃ勝ち目はないかもしれない。でも、僕にだって戦う理由がある」
「だから言ってるじゃないですか! 私は単位なんていらないと! そんな事よりも暮人が心配です。次の試合、絶対に怪我をします。あの人の銃剣にやられた生徒。全員傷を負っていました」
そう、紫銅の銃剣はおそらく魔力をすら切り裂く刃。本来魔砲が貫通しないはずの制服すら貫通し、相手を容赦なく切りつける。
「お願いです。暮人、降りて下さい」
必死に懇願するうさぎを前に、僕はうさぎの頭をそっと撫でる。だが、僕の決意はあの時からずっと変わらない。
「なぁうさぎ……」
翌日の昼下がり。場所は予選と変わらず演習場の中、僕ら予選通過者の四人が集められ、とうとう選抜補欠決定トーナメントが行われようとしていた。第一試合は僕と紫銅。第二試合は飛鳥先輩と皇先輩。予選と変わらず校内中継もあり、違うのは敵との一騎打ちという部分だけだ。
審査役の教員の仕切りの元、飛鳥先輩と皇先輩は控室に、僕と紫銅は向かい合うように初期位置に着く。今日は普段のコートを着ていない。もう予選で見られた為、不要という事か。実際あんな格好では動き辛さはあるだろう。しかし、逆に言えば、今日の紫銅はこの前よりもさらに身軽になっているという事だ。
「ではこれより、トーナメント第一試合。一年一角暮人対一年紫銅閃の試合を始めます。対抗戦(ヴァリアント)本線の規定に乗っ取り、レギュレーションは告知通り三点バースト方式を採用します。したがって、発砲制限は特別に三発とします」
アナウンスにてルール説明がなされ、間もなく試合を開始するべくアナウンスから合図がされる。
「3、2、1……、試合開始!」
アナウンスのスリーカウントの後、試合が開幕する。
初期位置は予選の時とは違い、お互いに視界内に相手をとらえた状態から開始する。つまり、一騎打ちな上に身を隠して戦う事も難しい。しかし、三発の発砲制限、これは僕にとっては好都合だ。銃弾を弾ける紫銅に対して、銃弾が一発しかないというのはかなりやり辛い。
相手も発砲制限は三発と条件は変わらないが、相手から見てこれだけの戦力差があれば、一発あれば十分。要は一も三も変わらない。
試合が開始してもまだ動き出さない僕と紫銅の二人。僕はともかく、紫銅はいつ動き出してもおかしくは無い。そう考えていると、紫銅が徐に口を開く。
「キサマ、何故ここに居る」
「な、何故って」
紫銅は僕に奇異の目を向ける。
「まさか、キサマ程度が勝てるつもりで居るのか?」
「勝てるつもり……か」
勿論、自覚はある。力の差は感情論じゃあ埋まらない。それでも、今回だけは譲れない。
「勿論、勝つ気で居るさ。その為に、僕は此処に居るんだから」
「……やはり期待外れだ。戦力差すら認識出来ないとはな」
紫銅の目つきが変わる。遂に奴が動き出すと僕の本能が訴えかけてくる。正直なところやはり怖くないと言えば噓になる。敵と向かい合っている今この瞬間も手足の震えを必死に抑えている。
「なぁ紫銅、悪いけどお前には、僕の踏み台になってもらう」
僕は魔砲を引き抜き敵に向けて構える。それと同時に紫銅もこちらに走り込んでくる。距離を詰められたらおしまい。銃剣持ちを懐に入らせるわけにはいかない。
急速に接近する紫銅に向けて僕は引き金を引く。パンっと発砲音が鳴り、そのほぼ直後紫銅の振り払った銃剣によって、カンっという金属音とともに銃弾が薙ぎ払われる。わかってはいたがこの距離じゃ銃弾は通用しない。相手が反応出来ない距離、発砲に気付けても回避も防御も間に合わない至近距離から銃弾を撃ち込むしかない。だが、接近戦はこちらが不利なのは明らか。
とにかくまずは、相手の間合いを図るところからだ。足を止めずに距離を詰める紫銅に、今度はかなり引き付けてから引き金を引く。が、紫銅は大きく後方にジャンプし銃弾を躱す。銃弾を弾くだけあって、基本的な反応速度が段違いに良い。
後方に向けて飛び退いた紫銅はゆっくりと立ち上がる。
「早くも残りは一発、全く、こんなものか。やはりキサマはオレの相手に相応しくない」
紫銅から伝わる殺気はどんどんと膨れ上がる。わかっているさ。奴は未だ全然本気を出していない。今のはほんのウォーミングアップ。本番はここからだ。
「相応しいかなんて関係ないさ。僕が勝つ、それだけだ」
「まだそんな事を」
「言うさ何度だって」
そうだ。もう僕の決意は曲がらない。一人居ればいい。一人で十分だ。全学年の生徒が、全クラスの生徒が、全教員が、学園内全ての人間が誰一人、僕が勝つなんて思って居なくても。僕を信じてくれる人がたった一人居ればいい。
『なぁうさぎ、全校生徒が無理だと言っても……、うさぎだけは、僕の勝利を信じてくれないか?』
彼女は僕の眼を見ると、心配する気持ちを押し殺して「はい」と言ってくれた。潤んだ瞳を閉じて、涙がこぼれないように、祈るように僕を送り出してくれた。だから僕は言ったんだ。彼女の「信じています」に精一杯。
『任せろ』と。
自分でも自覚がある。本当は怖いさ。試合開始から、ビビっているくせに大口をばかり叩きっぱなしだ。それでも曲げない覚悟はしてきた。心の刃は研いできた。
所詮は強がり、ただの虚勢。でも、心配そうな、不安そうな女の子を前に、お前が暗くてどうする。
虚勢は張って張り通せ。血反吐(ちへど)を吐いても弱音は吐くな。ただ、任せろという一言だけで安心させろ。信じさせろ。嘘をつき通して本当にすればいいだけの話。ただそれだけの話だ。
「言うさ何度だって……、紫銅閃、勝つのは僕だ」
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