第3話 静かな殺意、放課後隠密戦
とうとう今日から授業が始まる。阿水先生は生徒の半数が居なくなっていても全く反応しない。例年こうなのだろう。初日で半数というのは今後が危ぶまれる。とはいえ、初日を生き残った生徒たちだけが校内に残っているため、昨日のような露骨な新入生狩りも減る事だろう。
阿水先生の魔砲基礎学の授業は驚くほど解り易かった。本当に頭の良い人というものは説明するのも上手いものだ。
「では、この問題を一角君。答えてください」
少しぼーっと考え事をしながら窓の外を眺めていると阿水先生がすかさず指名してくる。
「え、あっえーっと、魔砲には弾丸系と異能系があり、異能系の方が事象干渉力が高いとされています」
「あらー聞いていないように見えて意外と聞いているのね」
阿水先生は少し残念そうに授業を続ける。この辺はまだ入試で勉強した範囲だし、聞いて居なくたってわかる。永遠に続くかに思える程長く感じた午前の授業も終わり、学生にとっては至福の時間。そう、昼休みがやって来る。僕とうさぎは僕の机を挟み向かい合わせで昼食を食べながら今後の方針について話合っていた。
「そういえば、チームを組むって言っても何をするんだ?」
「ん? 何もしませんけど?」
うさぎは首をかしげながらきょとんとした顔で僕の顔を見つめる。
「ただ一緒に帰ったり、学校の敷地内では基本的に一緒に行動するだけです。集団で居ることが他の生徒への牽制にもなりますし、狙われるリスクも減ります」
「なるほど。それで結託してる奴が結構いるのか」
教室を見回すと、昨日までは無かった三から四人のグループがいくつも形成されていて、単独で居る生徒は全くいないわけではないが少なかった。かくいう彼、彼女らも近いうちに何処かのグループに属することは想像に難くない。
「じゃあ、頭数は多い方がいいんじゃ?」
「確かに、頭数は大切です。多勢に無勢、銃弾の数が勝敗を分かつといっても過言ではないでしょう」
うさぎはさらに続ける。
「しかし、信頼できない仲間は敵以上に危険です。人数は増えすぎれば裏切りが起こり余計なリスクを負う事にもなります」
うさぎの話を真剣に耳を傾ける。確かにうさぎの言う通り裏切られるリスクを計算に入れるなら迂闊に人数は増やせない。例えば、二対一の状況を作れても片方が魔砲を外し、丸腰になってしまった場合、その仲間が次に狙うのはどっちだろうか。
残弾のある相手と丸腰ですぐそばに居る仲間。そんな状況で仲間を撃って逃げるという裏切りが絶対無いとは言いきれない。ならば仲間はお互いを抑止し合える人数。つまり三人、もしくは四人までが適当だろう。
うさぎもその意見には賛成のようで、これからは三人目の仲間を探す方針で行くことを定めた。
「時に一角さん、どうしてあなたの昼食は野菜ジュース一本だけなのですか?」
机を挟んで向かいに座るうさぎが問いかけてくる。
「あー、健康志向なんだ」
笑顔で返す。嘘をついた。本当は別に健康に気を使っているわけじゃない。単純に節約している、要は貧しいだけだ。僕はまたこうしてくだらない見栄を張る、チンケなプライドの為に。悪い癖だとわかっていても治らないのが癖というものだ。
「その、もし良かったら……明日から私、あなたの分もお弁当を作ってきましょうか?」
思わぬチャンス到来。これぞ怪我の功名。いや、それとは少し違うかもしれないが結果良ければ全て良し。
「いかがでしょうか?」
うつむき気味の上目遣いでチラチラとこちらを見ながら問いかけてくるうさぎ。もちろん答えはYESだ。断る理由がどこにある。しかし、ここで即答するようではさっきの嘘の意味がない。それではまるで健康志向といったのが適当な嘘だったと自白するようなものではないか。僕の中でくだらない、意味のない葛藤が人知れず繰り広げられていた。そして一つの答えを出す。
「うさぎの手料理なら是非とも食べてみたいな」
「わ、わかりました」
僕の知る限りあまり感情を表情に出さないうさぎの頬がポッと赤く染まる。それを見て僕は歓喜する。よし! 怪しまれていない、至って自然だ。これなら僕が経済的な事情で昼食を軽くしていることはバレていない。僕のチンケなプライドは守られた。
「どうもー! こんにちは、二人とも仲いいんだねー」
一人の女子が僕たちに話しかけてくる。彼女が動く度、黒髪のツインテールがゆらゆらと僅かに揺れる。
「あなたは誰ですか」
うさぎはさっきと打って変わって警戒モード。目線すら合わせようとしない。
「あっ突然ゴメンねー。あたしは東雲 静華(しののめ しずか)よろしくー」
「勝手によろしくしないで下さい」
一応せっかく話かけてきてくれたクラスメイトだ。うさぎのように無下に扱うのも申し訳ない。いつかは敵になるかもしれないが、とりあえずはこちらも挨拶を返す。
「僕は一角 暮人、よろしく。そんでこっちは……」
「知ってるよー、倉島さんでしょー? 彼女有名人だもん。とっても強い能力なんだってねー」
「何か用ですか」
うさぎの警戒心はさらに上がる。もはや隠す気すらないらしい。
「あのね、クラスのみんな何人かでチーム組んで連んでるでしょー? あたし昨日凄い怖い目にあって、だからあたしも何処かに入れてもらおうと思って!」
「なんで私達なんですか」
「だってーもう人数揃ってるところじゃ仲間割れが心配だしー、一角君たちならまだ二人みたいだし入れてくれないかなって!」
うさぎが面倒そうに僕の眼を見つめてくる。無言でもアイコンタクトで「この女子を追っ払ってくれ」と訴えかけてくる。
「ねぇ良いでしょー? 一人じゃ不安で帰れないよー。お願いだよー。ね? 一角君?」
くっ、まっすぐ僕を見つめる東雲の視線。極めつけに僕の手を取り彼女の両手で包むように握って頼み込んでくる。さらに、目線を向けなくてもわかる。うさぎの視線が横からバチバチと突き刺すように僕に送られてくる。もはやどちらに転んでもアウトだ。
「えーっと、まぁ僕は構わないけど……」
「ほんとぉ? ありがとう一角君!」
「ちょっと! 一角さん?!」
「まぁまぁ、どうせ三人目は探してたんだし、良いじゃないか」
うさぎはむっと機嫌が悪そうにしていたが渋々「あなたがそういうなら」と受け入れてくれた。なんだかんだと言ってうさぎは意外と、僕の事を信頼してくれているのかもしれない。かくいう僕も不思議とうさぎの事は信用している。
昼休みが終わり、午後の授業も流し気味に受ける。何せまだ最初の方は入試でやった範囲と大差ない。真面目に授業を受けている生徒はざっと見回しても、うさぎを含め片手の指で数えられる程の人数しかいない。
全ての授業とホームルームが終わり、とうとう放課後。これからが本番、いきなり表立っての銃撃戦にはならないが、学園の敷地内に居る全ての生徒が虎視眈々とチャンスをうかがっている。特に卒業間近の上級生は入学したての一年生を狙い、得点稼ぎに躍起になっているようだ。
教室を出た僕とうさぎ、それに東雲さんの三人はまっすぐ、校舎の脇にある南門に向かう。正門は見晴らしが良く待ち伏せが多い為包囲網が厳しい。対して南門は校舎の裏口から近く、走り抜ければ発砲される前に脱出できる可能性がある。もちろん待ち伏せされる可能性もあるがこちらは校舎を遮蔽物にして応戦出来る為、比較的安全に戦えるとうさぎは言う。
「やはり、待ち伏せしているグループが居ますね。でも、幸い一組だけです」
うさぎは陰からこっそり南門に陣取っている集団を視認する人数は五人、いくら物陰から攻撃できるといっても普通に撃ち合ったら弾数で不利になる。
「少し、様子を見ましょう」
うさぎが提案し、僕と東雲さんは了承する。校舎の中から窓越しに待ち伏せグループの隙を伺い、チャンスを待つ。好機が来れば三人で一気に走り抜けて脱出する算段だ。
しかし、物事はそうは上手くいかなかった。ふいに背後に気配を感じ振り向くと、階段の物陰から銃口が顔を覗かせていた。
「危ない! 伏せろうさぎ!」
とっさにうさぎに飛びつき押し倒す。直後、バーンという銃声が鳴り響き、僕が顔を上げると銃弾はハズレ僕とうさぎには間一髪当たらなかった。
「た、助かりました」
うさぎが少し頬を赤く染めながらお礼を言ってくる。発砲した生徒は「チッ」と舌打ちをして足早に姿を消した。南門から出ようと考えるのは当然僕たちだけではない、門の前で待機しているグループに気を取られ裏を取られていることに気が付かなかった。敵の魔砲の能力次第ではやられていた可能性もある。
「誰だっ!」
今の銃声で完全に待ち伏せ組からもこちらが潜んでいたのがバレた。
「どうしよう。一旦退く?」
東雲さんが不安そうに聞いてくる。実際形勢は悪い。相手は全部で五人、こっちは三発の魔砲とうさぎの再装填を使っても最大で四発しかない。僕の能力はといえば、言うまでもなく役に立たない。昨日はたまたま上手くいったが、あんな事いつでも出来るわけじゃない。カタカタと震える東雲さんは、僕の制服の裾を親指と人差し指でつまむように掴んでいた。
「仕方ない。僕が囮になる。そのうちに東雲さんはうさぎと一緒に門まで走り抜けて」
「ちょっと、一角さん! 何を言って!」
うさぎが猛反対で抗議する。しかし、こう言われるのは分かっていた。
「僕なら大丈夫。作戦があるんだ、勝算はある。終わったら僕もすぐ脱出する」
うさぎは少し不満そうにしながらも「約束ですよ」とだけ言い何とか了承してくれた。
しかし、言うまでもなく僕はまた嘘をついた。作戦なんてない。ただ、他に何も思いつかなかっただけだ。一旦退くのが最も正しい判断なのかもしれない。だが、震える東雲さんを見て、早く彼女を安全な場所に逃がしてあげたいという感情が僕の中にはあった。
勢いよく校舎から飛び出して敵が密集している所に魔砲を撃つ。運良く五人のうち一人に命中し、注意を引き付ける。僕の射撃技術もそれほど酷くはないが、うさぎのように敵の魔砲にピンポイントに当てる程の命中率は無い。ちなみに西砲の入試での射撃試験では五段階評価のうち、ちょうど中間のB評価だった。
「よっしゃ! ざまぁみろ!」
「この野郎っ! あいつはもう弾切れだ! 絶対逃がすな!」
相手を煽って全力で逃げる。南門から敵を引き離すように校舎の外周を回りながら射線を切る。
中庭まで逃げてきたところで茂みに身を隠し、相手の視界から完全に姿を消す。
「くそっ! 見失った! まだ近くに居るはずだ。探し出せ」
ほとぼりが冷めるまでは身を隠すしかない。さてこれからどうしようか。またしても弾切れだ。昨日あれほど弾の使い方は慎重になろうと反省したばかりなのに、頭でわかっていても実際行動に移すことはなかなか出来ない。
身を隠してからしばらく経ち、ひとまず相手をまくことには成功した。そろそろ動こうか、そう考えていた時だった。突然後ろから足音がして、驚きながらも振り向くとそこに居たのは東雲さんだった。
「助けにきたよ」
彼女は小声で言う。
「東雲さん!? どうして、うさぎは?」
「大丈夫だよー うさぎちゃんならしっかり南門から外に出たよ」
僕は少し安心しそっと胸を撫でおろす。
「どうして東雲さんだけ戻ってきたんだよ」
周囲を警戒しながら、後ろに居る東雲さんに問いかける。
「だって置いていける筈ないじゃん」
彼女の声のトーンが一段下がる。
「一角君ってば、丸腰のカモなんだもん」
背中に硬い物が押し付けられる感触がする。見なくてもわかる、彼女の魔砲だ。
「東雲さん……?」
「ホント甘いよ一角君。全然疑わないんだもん」
彼女は軽く笑いながら話を続ける。さっきまで震えていた彼女とはまるで別人のようだ。
「大丈夫、心配しなくても、うさぎちゃんはあたしが貰ってあげるから。新しいパートナーとして」
「うさぎの能力が目的か。ならどうして、わざわざリスクを背負ってまで僕を?」
「一角君わかってないなー。卒業するためには生き残るだけじゃなくて単位を取らないといけないの。それにうさぎちゃんを手に入れるためには君は邪魔だし、一石二鳥ってことだよ」
非常にまずい状況になった。弾はもう使ってしまったし、逃げる事も出来ない。こんな状況じゃ僕の空砲もなんの役にも立ちやしない。とにかく彼女を説得するしかない。しかし、下手をすれば成す術がない事を悟られてしまう。出来る限り主導権を握られないようにしないと。
「こんなところで発砲したら、また人が集まって来ると思うけど?」
「ふふっ、大丈夫なんだって。私の魔砲は発砲音がしない、それどころか魔砲探知にも引っ掛からない。それがあたしの魔砲、サイレントデリンジャーの能力なの」
いよいよもって絶体絶命だ。手も足も出ない、そう感じていた時、視界の端に何かが動いたのが見えた。
「へぇー、良い能力だ。でも、迂闊だったね。相手の魔砲能力も知らないのに仕掛けるなんて」
「弾切れのくせに何強がってるのかなぁ?」
いいさ、仕方ない。こうなったらせいぜい足掻いてやる。駄目で元々ならやるに越したことは無い。
「言ってなかったね。僕の能力は防弾チョッキ。だから、一発だけ魔砲を防げるのさ。第一こんな能力でもなきゃ囮なんて引き受けないだろ?」
彼女の額に疑念が宿る。
「どうせハッタリでしょ。見苦しいよ一角君」
「撃ってみればわかるさ、その代わり君も丸腰になるけど」
彼女は僕に銃を突き付けたまま少しだけ考え込み、そして答えを出す。
「いいよ。ならそうさせてもらう」
とうとうこれで終わりだ、そう思ったその瞬間、一発の銃声が鳴り響き東雲さんの手から魔砲が弾き飛ばされる。
「本当にあなたは、どうしてそんなに死にたがりなんですか?」
発砲したのはうさぎだった。こっそりと忍び寄って僕たちの側面まで回り込んでいたのだ。
「うさぎちゃん!? どうして戻って……」
「仲間だからに決まってるじゃないですか。……それにまだ私のお弁当、食べてもらってませんから」
うさぎがジト目で僕を見つめてくる。彼女はじりじりと僕に詰め寄り、僕の手に持った魔砲に手を添えて「再装填」と唱える。すると魔砲の上部が音を立ててスライドし、僕の魔砲に再び弾が装填される。
「さぁ、その人を撃って早く逃げましょう」
うさぎが僕に提案し、僕は失意の東雲さんを前に魔砲を構え、銃口を向ける。もはや彼女は、弾き飛ばされた自分の魔砲を拾いに行くことすら諦め、僕に撃たれることを受け入れている。
「ま、最初に裏切ったのはあたしだし、仕方ないよね……」
彼女が最後に小さく漏らした言葉だった。彼女の言う通り先に裏切ったのは彼女で、僕は今ここで彼女を撃つのは自然な事だ。だが、何故だろう。ほんの少しだけ迷っていた。先ほどの震えていた彼女が脳裏をよぎる。一体本当の彼女はどっちなんだろう。恐怖が先にたって解放されたい一心でこんな事をしたんじゃないだろうか。
人間は弱い生き物だ。自分が助かる為に他人を犠牲にする、そう考える心は誰の心にも少なからずある。それを咎めることは誰にも出来ない。
僕は彼女に銃口を向けたまま少し考え込み、そして自分なりの答えを出す。
「僕はこれから君を撃つ。だから君はここで僕に倒されるんだ」
「……そうだよね」
彼女が虚ろな目で言った。その後、僕は引き金を引き一発の銃声が鳴り響く。先ほどのうさぎの銃声と併せて銃声を聞きつけた数グループが中庭に集まって来る。
「一角さん、早く逃げますよ」
「逃がすなー、近くに女が倒れてる! おそらく二人とも丸腰だ!」
僕とうさぎは全力で逃げる。追ってくる生徒は全員、僕らを一目散に追いかけて、誰一人倒れている東雲さんには見向きもしなかった。
「ホント甘いよ、一角君は……」
彼女がぼそりと言った。
「一角さんは女の子に甘いと思います。どうして、弾を使わずに空砲の方にしたんですか?」
何人かの生徒に追われ、全力で走りながらうさぎは僕に問いかけてくる。
「えーっと、それは……もし撃っちゃったら、うさぎを守れなくなるだろ?」
うさぎは僕から予想外の返答を聞くと、顔を真っ赤にして「ならそういう事にしておいてあげます」とだけ言い、それ以上は追及してこなかった。
そしてこれは、あながち嘘でもなかった。
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