第4話 乱反射する弾丸、屋内索敵戦Ⅰ
入学からひと月が経とうとしていた頃、僕らは未だにツーマンセルで行動していた。この一ヶ月で新入生のうち、実に六割が退学となった。新入生に返り討ちにされ退学となった上級生も含めれば、おおよそ全校生徒の半数がこの学園から去っていった事になる。
一年生のクラスは今年全部で四クラスあり、僕たちのクラスは一年三組である。教室を見渡せば、同じクラスのクラスメイト達の中には、全くとは言えないがほとんど孤立している生徒は居ない。となれば必然的に他のクラスから生徒を引き抜くしかない。
「もう二人だけで良いじゃないですか」
うさぎが自分の弁当を突きながら僕に向かって訪ねて来る。ここ最近は僕もうさぎが作ってきてくれる弁当のおかげでまともな昼食を取れている。
「私以外に誰が必要だって言うんですか? 私が居れば弾数的にもそれほど不足しているとは思いませんし」
グイグイと詰め寄って来るうさぎを軽く手のひらで押し戻す。気のせいだろうか、近頃うさぎがこれまで以上に距離を詰めてくる。もちろん嫌ではないが、これは信頼されているという事で良いのだろうか。
「そうは言うけど、実際僕たちの魔砲の能力だけだと、いざという時に心もとないだろ?」
「ここは、お前さえ居れば何もいらない。って言うところですよ暮人」
「そういう話をしているんじゃない」
というか、いつの間にうさぎが僕の事を下の名前で呼ぶようになっていた。かくいう僕もうさぎの事を名前で呼んでいるのだからそこは別に良いのだが、僕が三人目の仲間を探そうと話に出すと彼女はなぜかいつも決まって反対する。去年ずっと狙われ続けた事もあり、あまり他人を信頼していないのだろうか。無理もない。まだひと月しか通っていない僕ですら他人への不信感は大きい。とはいえ、やはり戦力強化はこれからの生存率を上げる為にも重要な要素である。
「なぁどうしても駄目か? 最近は新入生狙いの点数稼ぎも落ち着いてきたし、チャンスだろ?」
うさぎは僕の必死の説得をいつも通り聞き流す。彼女はお弁当を食べ終えると、呆れたようにため息を一つ着きジト目で僕を見つめてくる。
「もうわかりました。そこまで言うなら探しましょう。ただし条件があります」
「条件?」
一体どんな条件だろうか、皆目見当もつかない。彼女は俯き気味に頬を真っ赤に染めて口を開く。
「私が一番ですから……」
「ん? どういう事?」
うさぎの顔がさらに赤くなる。
「だっかっらっ! 私が一番だって言うなら良いって言ってるんです!」
「わ、わかった! う、うさぎが一番だ!」
一体何のことかは良く分からなかったが、勢いに負けて流される。うさぎはパァッと笑顔を輝かせて満足そうに頷いていた。
「うんうん、良いでしょう良いでしょう。では暮人の為にも、私も仲間探しを手伝います」
「あてはあるのか?」
うさぎは軽くドヤ顔をすると「私に任せてください」と自信を露わにし、間もなくして昼休みが終わったため話の続きは放課後へと持ち越された。
チャイムが鳴り、授業を一通り終えると、うさぎと僕はすぐに教室を後にして彼女の案内である場所へと向かっていた。
「で、どこに向かっているんだ?」
前を歩くうさぎが茶色の髪を揺らしながらくるっと向き直る。
「情報屋ですよ?」
どうやらうさぎの話を聞くと、西砲には情報屋と呼ばれる情報通な生徒が居るらしい。
その男子生徒は現在三年生で、うさぎも去年は多くの刺客から逃れる為、彼の情報には世話なったのだという。
うさぎに連れられ歩くこと数分。彼の定位置だというピロティにたどり着き、周囲を見渡すと校舎の支柱にもたれ掛かり一人佇む人物を見つける。制服の上からローブを羽織りフード深々と被っているせいで遠目からでは顔を視認出来ない。僕たちが近づくと彼もこちらの存在に気づいた様で、不気味にニヤついた口元だけが顔を覗かせていた。
「お久し振りです」
「よぉ、倉の氏。またオイラの金ヅルになりに来たのかぁ? なんて常連さんにはちと失礼か」
「お気になさらず」
うさぎは普段通り聞き流す。
「それで、今回も相手の魔砲情報かぁ?」
「いえ、今回はフリーの生徒で、仲間を探している人が居ないかと思いまして」
情報屋はクスクスと笑いながらもうさぎの言葉を聞き、胸元からピンク色の手帳を取り出してペラペラと捲る。
「いやぁ、チームを組み始めたって言うのは本当らしいねぇ。すると、そっちの彼が倉の氏を初めて引き込んだ暮の氏だな」
「僕の事まで……」
「まだ名前だけさ、今はまだ、ね」
「暮人は私が誘ったんです」
「そりゃ驚いた。随分お気に入りみたいだねぇ」
情報屋は軽く雑談を交えながら、手帳の中から条件に合いそうな生徒を探し、ふとページを捲る指が止まる。
「一年生になっちまうけど、直近で一人仲間を募集している奴がいたなぁ。会ってみるか?」
情報屋はうさぎから情報代を受け取ると、その生徒との接触をセッティングしてくれるとの事で、今日のところはここまでとなった。
「毎度ありー。またオイラご贔屓に」
「はい。こちらこそ」
「暮の氏もなぁ。オイラは飛鳥 虎太郎。オイラの勘が言ってるぜぇ、あんたとは長い付き合いになりそうだ、ってなぁ」
「ど、どうも。こちらこそ」
翌日、情報屋から連絡を受けた僕たちは昼休みに屋上へと来るように言われ、新メンバー候補との顔合わせに向かう。
「ただの顔合わせと言っても油断しないで下さい。まだ信頼できる方かはわかりませんから」
「わ、わかってるさ」
言われるまでもなく警戒心はMaxだった。鼓動がどんどん早くなるのを感じ、緊張で手汗が滲む。そんな僕を察してか、隣を歩くうさぎが横から僕の顔を覗き込み微かに微笑む。彼女の笑みを見ると、いつも不思議と心が落ち着く。そのせいか、無意識に伸ばした手がうさぎのふんわりと柔らかな茶色の髪を撫でていた。
「わわっ! きゅ、急にはビックリしちゃいます」
顔を真っ赤にしながら、慌ててあたふたするうさぎを見てふと我に返る。
「え、わっ! ご、ごめん。僕ってば、何やってるんだ」
「いえ、もう心の準備は出来ました。どうぞ!」
「えーっと……まぁそれはまたの機会に」
「むぅー……」
不満そうに膨れて拗ねるうさぎをなだめながらも歩みを進め、ついに屋上に着く。屋外に出てすぐに辺りを見渡すと、男子生徒が一人こちらに背を向けて立っていた。後ろ姿は、身長は並みより小柄だが、ふくよかな体型でどっしりとしている。僕らはゆっくりと男子生徒に歩み寄る。
「そこのあなた。誰ですか、名乗りなさい」
うさぎが後ろ姿の男子生徒に突然声をかける。こちらから呼び出しておいて随分な言い草だが、よく見るとうさぎの指先がほんの少し震えていた。おそらくナメられないようにとあえて口調を強くしたのが、行き過ぎてしまったようだ。
「っはい! ボクは一年四組の加賀見 耕平(かがみ こうへい)って言います! えっと今日はメンバー募集の件で……」
「お、おいうさぎ! いきなり失礼だろ。ごめん加賀見君こっちから呼び出しておいて」
「い、いや。だ、大丈夫」
うさぎに注意しながら、彼女の頭に手刀を落とす。勿論本気ではなく軽くコンっと叩いただけだったが、うさぎはイテっと可愛らしい声を漏らした。
「えっとそれで、二人が情報屋さんの紹介の方々で良いのかな?」
「はい。僕は一年三組の一角暮人 それでこっちが倉島うさぎです。よろしく、加賀見君」
「コウヘイで大丈夫です。よろしくお願いします一角君」
「なら僕も暮人で良いよコウヘイ」
出会い頭の非礼をお詫びしつつ挨拶を交わす。耕平は見た目から受けた印象よりも物腰が柔らかく気さくで人柄の良さが滲み出ていた。耕平の話によるとこれまでチームを組んでいたメンバーが全員、新入生狩りの影響で退学となってしまい、一人生き延びた彼は新たな仲間を探しているのだという。
「それで、加賀見さん。あなたの魔砲はなんですか? それを開示出来ないというのであれば仲間に加えることはできません」
うさぎがついに本題に入る。魔砲の能力は気密性が高く、絶対に他人に言うべきではない。しかし、仲間として助け合っていくにはお互いに力を把握しておくことが不可欠だ。
「うん、勿論教えるよ。ボクの魔砲は地雷榴弾(クラスターマイン)。魔砲が着弾した場所に対して、一定範囲内に物が接近すると自動で爆発するセンサー式の爆弾を仕掛ける能力だよ」
「あなたの魔砲の能力が本当にそれだという証拠はありますか?」
「それは流石に……。今ここで見せることも出来るけど、そうしたら今日ボクはお荷物になっちゃうし」
「……良いでしょう。ですが、あなたの魔砲が本当に地雷を仕掛けるものだと確証を得るまでは私たちは魔砲の能力を教えません。それでも良ければひとまず、私もあなたを信じ新たな仲間として認めましょう」
耕平は明らかに警戒心をむき出しのうさぎの要求を嫌な顔一つせず「わかった、それでいい」と飲み込んでくれた。はっきり言ってこの条件はこちらに有利すぎる。耕平が嘘を言っている可能性が無いとは言い切れないが、それでも彼にだけ魔砲の能力を開示させるのは少し心が痛んだ。
「ごめんコウヘイ。うさぎに悪気はないんだけど、あいつ慎重なんだ」
「いいんだ、気にしてないよ。それにこれくらい慎重な方が、ボクも仲間として安心できるよ。改めてよろしく。暮人」
僕らは三人でお互いに握手を交わし、今一度仲間同士であることを確認する。この不信感で満ちた学園の中で、それでも必死に各々が信頼を築こうとしていた。青空の下、屋上を吹き抜けた風が、新たな未来への一歩を予感させた。
一通り顔合わせを終え解散にしようとしたその時、耕平が言い出しづらそうに口を開いた。
「それでその、実は……仲間を探していたのにはもう一つ理由があるんだ」
「何ですか? もうこの際はっきり言って下さい」
うさぎが再び警戒モードになり、耕平は言われた通り話を続ける。
「実はボク、他のグループに狙われているんだ。ボクの仲間をヤった奴らで、シーカーっていうチーム名らしい。情報屋の人に聞いたんだけど、索敵系の魔砲能力を得意とした四人組のチームらしいんだ。いきなり迷惑を掛けるけど奴らと戦うのに力を貸して欲しいんだ」
耕平は僕とうさぎに頭を下げ、何度も何度も懇願する。自分が標的にされているというのもあるだろうが、それ以上に仲間の仇を撃ちたいという気持ちがあるのだろう。うさぎが僕の方に「どうしますか?」と視線を送って来る。勿論答えは決まっている。もう耕平は立派な僕たちの仲間だ。
「もちろんだよコウヘイ。お前の敵は僕たちの敵だ。一緒にそいつらを倒そう!」
「いきなり厄介事ですか。仕方ありません。暮人がやるというのなら私も当然協力します」
耕平は深々と下げた頭を上げ「ありがとう」と僕らに礼を言うと、今度こそ解散する流れとなり、放課後に再び合流することにしてお互いに教室に戻る。教室に戻ってきたのとほぼ同時に昼休みが終わり、午後の授業が始まる。
正直午後の授業はほとんど頭に入って来なかった。というのもさっきは勢いで言ってしまったが、僕ら全員の魔砲の能力は明らかに戦闘向きじゃない。おまけに相手は索敵能力に特化したチームだという。単純な遭遇戦では索敵能力で劣る分こちらが不利になる為、現状僕たちが取れる作戦といえば耕平の地雷を頼りに待ち伏せをすることぐらいだ。もしも、それすら探知されてしまうのだとすればいよいよもって成す術がない。とにかく考えうる奇策、妙策をひたすら考え一つでも勝機を見出そうと僕は精一杯頭を回転させた。
気づけばあっという間に授業も全て消化し放課後。ひとまず隣のクラスの耕平と合流することにする。
耕平曰く、シーカーに襲われるのはいつも決まって校舎B棟らしい。おそらくそこが奴らの狩場だといううさぎの推測を元に僕たちはB棟に向かう。
西砲学園は広大な敷地の中に三つの校舎を持ち、各学年の教室があるA棟、演習室や各種トレーニング設備が整っているB棟、図書室や食堂などの共有スペースがあるC棟、そしてそれらを渡り廊下で繫いで出来る三角形の内側に中庭がある。屋外には特殊な演習場も設置されており、都会の敷地の一画を切り取って贅沢に使っている。
渡り廊下を渡りB棟に入ると、姿勢を低くしお互いに顔を見合わせてアイコンタクトを取る。
「ここからは多分、相手の索敵範囲だと思われます。気を抜かないで下さい」
「「了解」」
小声でコミュニケーションを取り周囲を警戒しながら、ジリジリとB棟の奥の方へ進んでいく。一向に敵と接触する気配はない。やはりすぐに見つけられるようなところには居ないようだ。
B棟に突入してから数十分が経ち、僕たちはまだ敵を発見できずにいた。辺りには緊張感が張り詰め、僕の手と額には汗が滲む。そんな時、ふいに遠くから音が聞こえてくる。カンカンカンカンと何度も繰り返す金属音。
「なんの音ですか?」
音に反応したうさぎの問いに対して、耕平は焦りからか大声で返す。
「マズイ! 奴らの魔砲、跳弾だ。早く逃げないと!」
金属音の出どころは僕らの背後からだった。後ろを振り向くと壁や天井、窓に跳弾が反射しながら迫って来る。とにかく三人とも物影に身を隠し、伏せて被弾を回避する。
「残念ながら暮人の予想通り、先に見つかってしまいましたね。でも、ここから反撃開始です!」
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