第5話 乱反射する弾丸、屋内索敵戦Ⅱ


 「シーカー1からサードアイへ、標的の作戦区画への侵入を確認」


 「シーカー2からサードアイへ、跳弾(リフレクション)を開始します」


 戦場から離れた一室の隅、無線から次々と入る報告一つ一つに傾聴し、随時指示を送る一人の男がいた。その男こそシーカーをまとめるリーダー。二年二組、通称サードアイこと遠山 雅(とうやま みやび)。

 索敵特化のチームを築き上げ、情報を何より重んじる遠山は、如何なる戦いにおいても情報を頼りに戦場を俯瞰し、自らは離れた位置から指揮をとる。その行動は単に遠山自身の魔砲が近距離線に向かないという理由だけでなく、彼のポリシーによるところが大きい。曰く、指揮官は盤上に居るべからず。指揮官が自らの身を安じていては、勝てる勝負も勝てないという事らしい。


 「シーカー1からサードアイへ、標的集団は跳弾を回避しつつ、空き教室に退避。予定通り所定のポイントに押し込めました。一人は先日逃したデブと思われます」


 「シーカー3からサードアイへ、未だ、魔砲反応の検知出来ず。どうされますか」


 無線越しに指示を仰ぐシーカーメンバー。遠山は慎重に、かつ冷静に策を練っていた。時間的制約もなく、危機感から来る焦りとは無縁の場所で、自らの指揮官としての最大のポテンシャルを発揮していた。


 「サードアイからシーカー各員、敵はもう籠の中の鳥だ。跳弾がある限り目立った動きは出来ない。標的は三人、数的有利も取れている。確実に戦力を削いでいく為、私の魔砲、リモートを起動する。引き続き探知を怠るな」


 「「「了解」」」


 遠山は通信を切ると、掛けていた自分の眼鏡のレンズを磨く。文字通り曇りの無くなった遠山の眼は、早くもこの戦いの勝利を見据えていた。


 「さて、最善手で詰めていこう」


 遠山は人知れず静かに魔砲を起動した。遠山の魔砲が宙に浮き、ひとりでに戦場へと向かう。




 電気もつけず、窓から照らす自然光だけの薄暗い教室。僕らは不意に後方から迫る跳弾から逃げ回り、とっさに近くの教室に逃げ込んだ。数十分経った今でも部屋の外、廊下ではカンカンと跳弾が縦横無尽に飛び交い跳ねる音が鳴り響いていた。


 「厄介ですね。暮人、どうしますか?」


 「んー、跳弾のせいで動き辛くてしょうがない。とにかくこの部屋に居れば跳弾の脅威からは逃れられる」


 「はぁっはぁっ、ここで少し休憩できそう。ボク体力が無くて走るのは苦手なんだ」


 三人で固まり作戦会議を始める。まずは何より当面の問題は廊下を飛び回る跳弾だ。僕はドアに付いている窓から廊下を覗き込み、跳弾をしばらく観察する。弾は壁や天井だけでなく、廊下の窓ガラスに当たってもガラスを粉砕せずに反射し続けている。


 「あの跳弾、ずっとここら一帯を飛び交っている。もしかして特定の区画から出ない様に反射まで計算して撃っているのか?」


 うさぎも僕にすり寄り、同じ窓から廊下を観察する。彼女のふんわりと柔らかい茶色の髪からは、ほのかに良い匂いがして、内心少しドキッとした。


 「確かに毎回同じところに当たっているように見えますね。おそらく廊下の向こう側、突き当りまで行くとこっち側の突き当りまで跳ね返ってくるといった感じですね」


 「ずっとこの廊下を往復し続けているって事?」


 耕平が息を吹き返し、座り込んだまま話に参加してくる。


 「弾の軌道が変わらないなら、弾の当たらない場所を探して渡り歩いて行けば、跳弾の範囲から抜け出せるんじゃないかな?」


 「加賀見さんの言う通りかもしれません。暮人はどう思いますか?」


 うさぎが僕を見つめ、意見を求めてくる。僕には何か嫌な予感がしていた。あの跳弾はこの廊下を往復するように狙って撃たれたものであれば、確実に相手は無差別ではなく、僕ら三人を狙っていることになる。にも関わらず、この跳弾で僕たち三人を仕留めるには隙がありすぎる。おそらくこの跳弾は僕たちをこの部屋に誘導し閉じ込める為のものだろう。

 もしそうなら、この部屋に留まるべきではない。でも何故だろうこの跳弾の意味はそれだけではないような気がする。そもそも敵は四人、そのうち一人の魔砲が跳弾でも、残り三人の魔砲はまだわからない。


 「待ってください。暮人、向こうから何か来ます」


 廊下を見張るうさぎが何かを発見する。


 「何だ? この角度からじゃ良く見えないな」


 「あれは……拳銃? っ! 敵の魔砲です! 推測ですが遠隔砲撃用の魔砲能力だと思います」


 廊下では跳弾が飛び交う中、敵の魔砲と思われる拳銃がふわふわと浮遊しながら迫って来る。まっすぐにこの部屋の方へ向かってくる所を見るに、僕たちがここに立て籠っているのは相手にバレている。いや、やはり計画通りと言ったところなのだろうか。


 「とにかく、この教室に留まるのは危険です。暮人、あの魔砲がこちらに接近する前に一刻も早く脱出するべきです」


 「仕方ない。二人とも、跳弾の軌道に気を付けながら逃げるぞ」


 「はい」


 「わかったよ」


 僕たちは部屋を飛び出し、射線に注意を払いながら校舎内を移動する。やっとの思いで廊下わきにある階段までたどり着き、僕たちは今居るB棟二階から三階に移動しようとしていた。その時、キンッという先ほどまでとは少し違う金属音が鳴り、跳弾のリズムが変わる。


 「ま、まさか……」


 思わず声が出る。僕の嫌な予想は残念ながら的中し、跳弾は軌道を変え僕たちの上がった三階の廊下に飛び込んでくる。


 「そんな! どうしよう!」


 「いちいち慌てないでください!」


 「二人とも、とにかくもう一度近くの部屋に飛び込んで凌ぐしかない」


 僕は再び近場の部屋に滑り込み、二人を呼び込んだ後、跳弾が部屋に入って来ないよう急いでドアを閉める。跳弾は先ほどと変わらず、再び三階の廊下を縦横無尽に飛び交ってはカンカンと音を立て往復を繰り返す。


 「これじゃ、やっぱり跳弾を何とかしない事には外には出られない」


 「なんで急に弾道が変わったの?」


 「音、聞いてなかったんですか? 多分さっきの浮遊している魔砲に跳弾を当てて、無理やり軌道を変えたのだと思います。相手は相当チームプレイに慣れていますね」


 僕もうさぎと全く同じことを考えていた。連携の練度では、組んで間もない僕たち三人は相手の足元にも及ばない事を痛感する。間もなくして、再びふわふわと浮遊する魔砲がこちらに接近し、僕たちは避難を余儀なくされる。部屋を変え階層を変え、B棟中を場所を変えながら逃げ回るが、どこに行っても相手の魔砲が追ってくる上に跳弾の射線で逃げ道が制限される。


 「あの魔砲、どこに隠れても追ってくる。一体何処から見てやがるんだ。」


 「加賀見さんに発信機でも付いているんじゃないですか」


 「そ、そんな! あり得ないって」


 そろそろ耕平の体力が怪しい。どんどん休憩までの感覚が短くなっている。いい加減に状況を打開しないとこちらの足が止まる方が先だ。とはいえ僕たちは相手の姿を一度も視認する事すら出来ていない。それに引き換え相手は常にこちらの位置を把握しているように思える。


 「加賀見さん、以前狙われた時はどうやってあの跳弾を回避していたんですか?」


 「ボク一人で逃げていた時は屋外に逃げていたんだ。でも、それから何日も奴らに狙われるようになって……、だから奴らを倒さないと逃げ続けるだけで何も解決しないと思ったんだ」


 屋外ならば確かに跳弾を回避して逃げ切れるかもしれないが、それは耕平の言う通り単にこちらが撤退しただけで根本的な解決になっていない。とはいえこのままやられる訳にもいかず、僕は精一杯頭を回転させる。

 まずはどうやって僕たちの位置を把握しているのかだ。跳弾で退路を塞ぎ、遠隔操作の魔砲で追い詰める戦術は、常に敵の位置を把握出来るからこそ可能な戦い方で、やはり敵の残りメンバーの中に優秀な索敵能力の生徒が居るに違いない。ならばその能力は何をしているのだろうか。見たところ僕らの周囲には怪しいカメラもなければ、何かに見張られているという事もなさそうだ。

 となれば残る可能性は一つ、何かしらの情報を「探知」して僕らの居場所を割り出していると予想できる。


 「レーダー? それとも熱源探知、いや……」


 僕があれこれ考え込んでいると、耕平が呼吸を整え終えて立ち上がる。額にはまだ大粒の汗が伝っていた。


 「よし、待たせてごめんよ。それにしてもこうもガンガンうるさいとおかしくなりそうだよ」


 その時、不意の耕平の発言から、ずっと僕の中に引っかかっていた疑問に一つの仮説が立つ。


 「この跳弾……やっぱり行動を制限させる為だけじゃない……っ! まさか」


 僕の脳裏にあった一つの仮説が、自分の中でどんどんと信憑性を帯びていく。もしも僕の考えが正しければ、まだまだ事態は好転させられる。しかし、これはある種の賭けだ。僕には自分の考えが正しい、僕の作戦に二人の生死まで賭けろという程の自信や勇気はない。読み違えれば全員まとめて退学も十分にあり得る。

 葛藤する僕を察してか、うさぎが僕の手を握りまっすぐに僕の瞳を覗き込んでくる。


 「暮人。私はこの学校で唯一、あなただけを信頼しています。あなたと初めて会った時、私はこの学園で初めて他人の為に銃弾を使う人を見ました。だから、私はどこまでもあなたについて行きます」


 「うさぎ……」


 僕の手を握っているうさぎの手に、さらに力が入る。


 「私は最後まであなたを信じます。暮人も、私を信じて下さい」


 僕はうさぎの問いかけに静かに頷いて答える。耕平の方に視線を向けると、耕平もまた、握った拳の親指を立てて笑いかけてくる。僕は正直少し感動していた。うさぎに声を出して答えなかったのは声が裏返ってしまいそうだったから。僕はまたしても下らない見栄を張った。でも、うさぎはそんな僕に付いてきてくれる。

 自分の作戦に自信があるかじゃない。僕に賭けてくれる仲間がいるなら、僕は僕を信じてくれる誰よりも、自分を信じて居るべきなんだ。自分を信じないのは、仲間からの信頼を無下にするのと同じだ。

 僕はただビビっていたんだ。僕に賭けろと言って、それを断られるのを。信頼されない、期待されない事を恐れていただけ。でも、今の僕には僕に全てを賭けてくれる仲間がいる、僕にも全てを賭けるに値する仲間が居る。


 「うさぎ、コウヘイ。僕に作戦がある。危ない橋を渡ることにけど、それでも勝算はある。今度こそ本当に反撃開始だ!」


 「「了解リーダー!」」


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