第6話 乱反射する弾丸、屋内索敵戦Ⅲ


 僕にうさぎ、耕平の三人は廊下の角、上下に伸びる階段の踊り場で跳弾から身を隠しながら作戦会議をしていた。


 「振動検知だって?」


 「そうだ。おそらくだけど、敵は振動、もしくは音を頼りに僕たちの位置を割り出している」


 驚く耕平とうさぎに一から自分の仮説を説明する。


 「敵はまず、跳弾を特定の区画に留まるように放った」


 「私達の行動を制限する為ですね」


 「そう、でもそれだけじゃない」


 「他にも理由があるの?」


 二人はまっすぐ僕の方を見て、僕の言葉を待っていた。


 「この跳弾にはもう一つ大きな意味がある。それは音だ。常に僕たちはこの跳弾と同じ区画に居続け、そして後からそこに遠隔操作の魔砲が追ってくる」


 「当たり前じゃないか。ボクらが逃げても、相手が跳弾の軌道を修正してくるんだから同じ階に居るのは当然だよ」


 「そうじゃない。敵がいつまで経っても表立った行動に出ず、跳弾の軌道修正をし続けるのは、それが無いと敵の戦略が狂うからだ。あの跳弾は退路を制限するのと同時に周囲に反射して大きな音を立てている。敵は多分その音の跳ね返り、つまり振動を検知して僕たちの位置を把握しているんだと思う」


 「なるほど。通りで跳弾の軌道修正の後、敵の魔砲が追ってくるまでに不自然な時間があると思いました。実際跳弾だけで動きを完全に封じる事は出来ていません。にも関わらず、敵が跳弾に固執するのは索敵機能を兼ねているから」


 「僕の推測が正しければそうだ。つまり敵の能力は跳弾、遠隔操作、振動検知。そして……」


 「待ってよ! 最後の一つもわかるの!?」


 耕平の声が思わず大きくなる。うさぎも不思議そうに首をかしげる。


 「……僕の読みが正しければ、きっと魔砲探知だ」


 「どうしてそう思うのですか?」


 「うさぎは覚えているだろうけど、僕らは入学してすぐの頃、サイレンサーの魔砲使いの娘と戦ったんだ」


 「それとどんな関係があるのさ」


 「その娘が言ったんだ。自分の魔砲は発砲音もなければ、魔砲探知もされないって」


 そもそも軍事兵器としての魔砲研究が進んだ現代でも、呪砲のように強力な事象干渉力を待つ物でない限り、魔砲を探知する技術はない。それ故に魔砲は奇襲性、隠密性に優れ軍隊でも使用されるほど兵器としてポピュラーになっている。


 「つまりさ、そいつは魔砲を探知する能力がある事を知って居たんだ。索敵能力に特化したチームがそんな魔砲を仲間に引き込まないはずが無い」


 二人は少し渋い顔をする。当たり前だ、所詮これは僕の憶測に過ぎない。もし僕の読みが外れていたら全員が危険に晒される。それでも、この二人ならきっと信じてくれる。そんな確信が今の僕にはあった。


 「魔砲探知の方はまだ分かりませんが、振動検知の信憑性は高いですね」


 「これでもし当たっていたらすごいなー。勿論ボクも暮人に付いて行くよ。仲間だろ?」


 話している途中で敵の遠隔魔砲が僕らの現在いる区画に姿を見せる。


 「よし、じゃあこれから手短に作戦を話す」




 部屋の外、遥か遠くで爆発音が鳴り響き、壁越しでも何かが起こったとすぐに認識できた。そしてその直後、通信が入る。


 「シーカー1からサードアイへ、標的が窓に爆発物を仕掛けて窓ガラスを破壊。作戦区域から跳弾がロストしました」


 「シーカー3からサードアイ、三度の魔砲発動を探知しました」


 二つの報告を受けて動く遠山。


 「こちらサードアイ。シーカー各員、敵が跳弾のカラクリに気づき手を打ってきた。しかし、奴らの弾はゼロ。ここからは各個撃破で行く。丸腰のシーカー2は速やかに撤退せよ」


 「……」


 応答がない。無線機の故障か、もしくは他の生徒に見つかってしまいヤられてしまったという可能性もある。シーカー2、彼は早々に跳弾を放ち弾切れの状態だった為、比較的人目に付かない場所に隠れていたはずだが、他の生徒に見つかってしまえば成す術もない。


 「……惜しいな。各員、気を引き締めてかかれ」


 「「了解」」


 一人戦場から離れた部屋で無線越しに戦況を見る男。遠山雅、今や跳弾は空の彼方、索敵能力も低下し、情報量は先ほどまでに比べ圧倒的に少ない、しかし、遠山は焦っては居なかった。

 それもそうだこれは掃討戦。相手は三人とも弾切れの丸腰状態、万に一つも負けは無い。強いての懸念材料と言えば、標的駆逐後の他生徒との遭遇くらいのものだろう。一人、ゆっくりと缶コーヒーを口に流し込み、優雅に勝利の報告を待つ遠山。彼の元には今この瞬間も戦場を駆ける同胞の声が届く。


 「シーカー1、敵女子生徒一名、男子生徒一名捕捉。追撃します」


 「シーカー3、敵男子生徒の魔砲発動を探知」


 遠山は通信から自分の計算の狂いに気づく。たった今シーカー3から入った情報、四度目の魔砲発動。遠山は可能性をじっくり考慮する。自分の計算のどこに綻びがあったか、見落としている情報はないか。遠山にとって、戦いとは所詮ゲームに過ぎない。

 しばらく考えると、遠山は結論にたどり着く。再装填、リロードの存在。勿論情報としては持っていた。弾を再び装填できる能力を持った生徒が居るという事、その生徒が多くの生徒から狙われているという事。

 しかし、今まさにその生徒を敵にしているとは想定していなかった。遠山は、まだまだだと自分の未熟さを実感する。とはいえ四度の魔砲発動、今度こそ弾は尽きた。もう勝負は決している。優越感に浸りながら遠山は口を開く。


 「こちらサードアイ、現状はどうなっている。報告せよ」


 聞くまでもない。そろそろ標的の掃討は終わっているだろう、遠山はそう考えていた。もっと言えば、同胞の戦勝報告に対して、労うための言葉すら既に用意していた。ほぼ丸腰の標的三人を相手にこちらはシーカー1、シーカー3がそれぞれ弾を温存している。全員は仕留められなくとも十分な大勝だ。

ジジジッという微かなノイズ音の後、遠山の元に無線通信が飛んでくる。


 「えーっと、サードアイさん? あなたがシーカーのリーダーですか?」


 予想外の通信、初めて聞く声に遠山は同胞の敗北を悟る。発信源はシーカー1の無線機だが、シーカー3からも通信は無い。通信を送ってきたのは声から察するに、男子生徒の様だ。遠山はひとまず冷静に、状況を把握しようとした。


 「お前は誰だ」


 「こちら一年の一角と申します」


 「何故通信を送ってきた」


 敵から情報を聞き出そうと試みる。


 「いやー、ちょっと先輩にアドバイスをと思いまして」


 「アドバイスだと?」


 「隠れて情報とばかりにらめっこしているから、こういう事になるんですよ」


 「随分と上からだな、下級生」


 遠山は正直頭に来ていた。仲間をやられた事以上に、自分より格下の一年生が勝ち誇った態度で、自分に対して説教をしてくるこの状況に遠山の我慢は耐えかねていた。


 「魔砲を探知する能力者が居たみたいですけど、実際に発砲したかもわからないのに丸腰と決めつけるから、全員まとめて返り討ちに合うんですよ。でも、こちらとしては助かりました」


 「小賢しい……。だが、勝ち誇るのはまだ早いぞ下級生」


 遠山の中の復讐心がどんどんと膨れ上がっていた。無線越しの一角の挑発的な態度が遠山の怒りに火をつけた。


 「下級生、まだ私が発砲していないのを忘れていないか?」


 「あー、遠隔操作の魔砲ですか。でも、魔砲自体にカメラや目がついている訳じゃない。索敵能力の援護無しじゃ使い物にならないでしょう」


 たかを括って勝ち誇る一角に対して、遠山は高笑いするように機嫌良く言い返す。


 「これから魔砲を手元に回収して手動で打てばいいだけの話だ。通信なんてせず黙って逃げておけば良かったと後悔させてやる。どんな小細工を使って探知を欺いたかは知らないが、私の仲間を倒した以上今度こそ弾切れのはずだ」


 遠山は自分が完全に優位である事を自覚し、無線越しに一角にまくし立てる。感情を逆なでされた遠山に、もはやポリシーなど関係ない。自らの手で生意気な下級生にお灸を据えてやる事しか、遠山の頭の中にはなかった。軽いノイズ音が鳴りあちらから通信が返って来る。


 「ビビりの先輩が一人でこっちまで来れるんですか? 少しだけなら待っててあげますけど」


 一角からの通信は、ここで一方的に切られた。怒りに耐えかねた遠山は一人薄暗い部屋の中、周囲の物に八つ当たりし、暴れまわる。暴れる度に周囲に響くガシャンという騒音と物を破壊した時の爽快感だけが遠山の怒りを和らげた。


 「絶対に逃がさんぞ、クソガキが」


 遠山はひとしきり暴れ冷静になると、自らの魔砲を操作して自分の手元に引き戻す。浮遊する魔砲が部屋の中、自らの目前まで移動して来たところで遠山は自分の魔砲を握りこむ。

 その直後、遠山の握りこんだ魔砲は微かに発光し、そして、仕掛けられたバンッと大きな破裂音と共に榴弾地雷が炸裂した。




 「暮人すごいよ。ボク、こんなチームに入れるなんて運が良いな」


 「い、いや……そんな事無いって。これは皆で掴んだ勝利だ」


 学園の敷地外にて、僕たちはお互いを賞賛し合い下校しながら勝利の余韻に浸っていた。今日の戦闘を終えて、僕たちの間には確かなチームとしての絆が生まれた。それは僕だけじゃなく皆が共通に認識しているはずだ。


 「時に暮人、なんでこの女が居るのですか」


 「えー、良いじゃーん。あたしが魔砲探知の子、始末してあげたんだよ? 一角君はあたしの事仲間外れにしないよね?」


 そう、僕らが跳弾を屋外に弾き飛ばし、僕の弾が振動検知をしていた生徒に着弾した後の事だ。魔砲探知の生徒を探しに移動しようとした時、僕らの目の前に現れたのは東雲静華だった。彼女は僕らとシーカーの戦っている戦闘音を聞きつけて、秘密裏に忍び込んでいたらしい。


 「あたし、あれから一角くんに興味が沸いちゃったんだー。だからやっぱりチームに入れてもらうことにしたよぉー」


 「一度裏切ったあなたを、私たちが信じると思いますか?」


 うさぎは学園の敷地外でも構わず東雲さんに敵意を向ける。東雲さんは全くそんなのは気にしていない様子であっけらかんとしていた。


 「一角くんも反対なのー?」


 東雲さんとうさぎが一斉に僕の方に視線を向ける。東雲さんは上目使いで、男子なら誰もが断れないであろう女の子の最大の武器を突き付けてくる。対してうさぎはというと僕にジト目で訴えかけてくる。言葉を介さなくてもわかる、断れと言っていることが。


 「ぼ、僕は別に良いけど?」


 僕は少しだけ目線を逸らしながら言った。女の子の泣き落としで承諾したと悟られてしまっては、うさぎの反応が怖い。


 「やったー。やっぱり甘いんだぁ、一角くんってば」


 「全く、また裏切られたらどうするつもりなんですか……」


 東雲さんは僕から許可を得ると、初対面の耕平にも自己紹介し親睦を深め始める。うさぎが呆れたように僕の隣でため息をついた。うさぎなりに僕を心配してくれているのはもちろんわかっている。だから僕はうさぎへの信頼を込めて、あえてこう言うんだ。


 「もし、僕がまた危なくなったら……そん時は、うさぎが僕を助けてくれるんだろ?」


 僕の言葉を聞くと彼女は僕と同じ歩幅で隣を歩きながら、頬をほのかに紅く染めた。

 うさぎは、右手を櫛のようにして、前髪のわきから髪を耳に掛けるように滑らせると、僕の方を向いて自信満々に微笑んだ。


 「あたりまえです」


 その時見せた彼女のドヤ顔は、愛おしさのあまり数日の間、僕の頭から離れる事は無かった。


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