第7話 突然の出会い、西門前の遭遇戦


 僕とうさぎ、耕平と東雲さんを加えた四人がチームを結成してから数週間が経った。今日も阿水先生は、あいも変わらず講義に熱が入る。魔砲基礎学の知識は、砲術士になるにあたって必要不可欠な知識だ。


 「以上の事から、魔砲の特性は使い手の深層心理によって形作られる事が分かっています」


 阿水先生は真っ黒の綺麗な長い髪をゆらゆらと揺らしながら、黒板の空白をチョークで埋めていく。気づけばこの教室も寂しくなった。入学当初は四十五人居たクラスメイトは、今や十六人と約六割が退学となり学園を去って行った。学園内がある程度落ち着いた今でも、日々少しずつではあるが退学者は出ている。月日が経つにつれて学園の中から生徒が減っていくこのシステム上、人数が減れば減るほど強い生徒だけが残り弱者は淘汰される。

 僕らは窮地に立たされていた。早く手を打たなければ、どんどん単位取得が難しくなっていく。単位の価値が上がる前の今のうちに、出来る限り多くの単位を取りに行く必要がある。

しかしながら、前回のシーカー戦を振り返ると僕らのチームには決定的に彼らに劣っている部分が幾つもあった。

 例えば、お互いの能力の補完性。うさぎの能力は汎用性に優れるとして、残りの僕を含めた三人。サイレンサー、榴弾地雷、空砲、全くとは言えないまでも、シーカーのように魔砲能力による連携で一つの戦術を確立するのは難しい。

かといってこれ以上仲間を増やすのはリスクが高く、僕を含め他のメンバ―にもその気はない。僕は現状の 手持ちの武器で、これから単位を稼いでいく方法を練っていた。


 昼休み、ここ最近の僕らは、耕平だけが違うクラスという事で、ラウンジで集まり昼食をとっている。耕平はいつも通りの焼きそばパン、東雲さんは持参したおにぎり、僕はもちろんうさぎの手作り弁当だ。


 「それで暮人、これからはどうするつもりなんだ?」


 「そうですね。そろそろ今後の方針を決めておいた方が良いでしょう」


 耕平とうさぎが僕に意見を求めてくる。僕らは決まってこの昼食時に作戦会議を行う。勿論周りには聞かれないように警戒はするが、クラスの違う耕平がチームに居る以上、このタイミングしか全員が集まるタイミングが無い。


 「前回の戦闘を踏まえて、今後僕たちは同数での総力戦を避け、孤立した生徒や人数の少ないチームを狙っていこうと思う」


 僕はずっと授業中に考えていた方針を皆に伝える。


 「前回僕たちは総力戦で勝ったけど、本来僕らの魔砲は正面戦闘に適した物じゃない。これからもこの調子じゃ、すぐに誰かが欠ける事になると思う」


 「それで孤立した生徒を狙うと……、正直良い気はしませんね」


 「はぁい! 一角くん質問がありまーす」


 東雲さんがビシッと手を挙げて疑問を投げかけてくる。


 「四人で一人を倒してもぉ、単位を取得出来るのは一人だよ?」


 「僕たちのチームは、うさぎがサポートに徹する事で、実質三人で単位を分配する事になる。三人ならある程度単位を均等に分配して取得出来るし、年度末まで低リスクで安定して稼ぐ事が出来る。長い目で見ればこっちの方が効率的だよ」


 「なるほどー! 了解でーす!」


 東雲さんは疑問が解消されると、再び手に持ったおにぎりに食らいつく。明るいというか能天気というか、しかし今となっては、彼女が立派なチームのムードメーカーである。


 「それで具体的なターゲットは決まっているのですか? とは言っても、私は暮人を守るだけですけど」


 「それなら、暮人に言われた通りボクが探っておいたよ」


 耕平には前々からこうなるであろうことを予期して、クラスの中で浮いている、孤立している生徒を探ってもらっていた。


 「誰か良さそうな奴が居たのか?」


 「そりゃあもう、とびっきり変わり者で浮いてる男子が一人いるよ」


 耕平の話によると、その生徒の名前は神代 祟(かみしろ たたり)。何でも、いつも教室でぶつぶつと何かを呟いて居たり、一人で謎の儀式を執り行っていたりと相当な変わり者で、クラスメイト達も誰一人として神代には近づかないらしい。


 「でも、気になる噂もあるんだ」


 耕平は話している途中で一転して、神妙な面持ちで話しを続ける。


 「これまでも、孤立している神代を倒そうと、何人かの生徒やチームが攻撃を仕掛けたみたいなんだけど、仲間が返り討ちにあって生き延びた残りの生徒はみんな変な事を言うんだ」


 「変な事?」


 「そいつらが言うには、引き金を引けなくなったーとか、金縛りにあったーとか。ひどい奴だと神の啓示にあったなんて言う奴も居たよ」


 耕平の話を聞く限り、神代の胡散臭さは異常だ。孤立している上で生き残っている生徒の魔砲は強力である可能性が高い。しかし、その噂がオカルトでは無いとするならば、神代の魔砲をある程度だが推測出来る。不安要素は拭いきれないが、予め能力を計算に入れて作戦を練れる事も含めれば、神代を標的にする価値は十分にある。

 僕らはその後も作戦会議を続け、あっという間に昼休みは終わりを迎えた。


 放課後、全ての生徒が束の間の解放感に満たされる。だが、まだ気を抜くには早い。他の一般の高校とは違い、西砲ではむしろここからが本番なのだ。

 うさぎが僕の席に駆け寄って来る。僕の右腕をグッと抱き込み、うさぎは頭をちょこんと僕の肩に立てかける。


 「さぁ、暮人帰りましょう」


 クイっとこちらに向き返り、にこやかに彼女は言う。


 「二人とも、相変わらず仲良しさんだねー。羨ましいなー」


 「ちょ、ちょっと、くっつき過ぎじゃないか? これじゃ魔砲も使い辛いし……」


 「良いんです。暮人は私が守るから大丈夫です」


 正直、魔砲が使い辛いなんてのは建前で、この状況が気恥ずかしかっただけだ。自慢じゃないが、僕にはほとんど女の子の友達は居ない。年の近い女の子なんて妹を除けばうさぎが初めてだった。その妹も、今現在では呪砲に憑りつかれて行方不明となっている。僕が特別うさぎに親近感を覚えるのは、彼女の雰囲気が妹に似ているからなのかもしれない。

 小柄で甘えん坊、それで居てピンチの時、上手く周りを頼れず強がってしまう。そんなうさぎだから僕も、初めて会った時、思わず助けてあげたいと感じたのだろう。


 「どうかしましたか?」


 実際、うさぎは僕よりも強い。うさぎは日頃、僕に守ってあげるとは言うが、守ってくれとは言わない。彼女だって普通の女の子だ。一年以上も多くの者から追われれば怖くて仕方なかったはず。しかし、彼女は誰にも頼れずに一人で生き残ってきた。そんな境遇だから、うさぎは僕にこんなにも甘えてくるのだろうか。一年間待って、やっと出来た戦友だから。

 当然、守られているままで居るつもりはない。僕もうさぎや仲間を守る。その為にも、今よりもっと強くならなければ。僕の能力じゃ、すぐに限界が来る事は想像に難くない。

僕は改めて心に誓いを立てた。


 「お待たせ。今日のところは普通に下校するんだよね?」


 廊下に出て、自分の教室から姿を見せる耕平と合流すると、僕らは校門を目指す。基本的に集団で行動していれば、標的にはなり辛いが、それでも警戒は怠らない。現状ではまだ、神代を倒す算段が整っていない為、襲撃はもっと情報が集まってからという事になった。


 僕らが周囲を警戒しながら正門に向かい歩いていると、突然、西門の方から銃声が響き渡って来る。西門に限らず、校門付近では戦闘が起きやすい。敵を撃破した後、即座に敷地外に退避出来るからである。


 「どうするー? 見に行くー?」


 「東雲さん、ボク達はこのまま安全に正門から出るべきだと思うよ」


 「えーでもさー、弾切れのカモが居るかもしれないよー? 漁夫の利だよー?」


 耕平と東雲さんの意見が割れ、うさぎは「任せます」と僕に答えを丸投げする。正直今日は、戦闘するつもりは無かった。しかし、今後の事も考えれば、他生徒の魔砲能力情報は多ければ多い程良い。極端に言えば、この学園で生き残る為に必要なのは信頼できる仲間、つまり弾数と自分の魔砲の能力を知られない事だ。

 勿論、個々の強さもあるが、発砲制限がある以上、数がそれを上回る事が多い。多勢に無勢であったり、手の内が割れていれば、優秀な生徒でも生き残るのはかなり困難になる。それだけに能力の情報には価値がある。


 「少しだけ……、少しだけ様子を見に行ってみるか」


 「そう来なくっちゃ! 流石一角くん」


 「ホントに戻るのかい?! 銃声が聞こえたって事はもう終わってるって」


 耕平のいう事も一理ある。今更僕らが見に行ったところで戦闘は終わっているだろう。魔砲情報の手がかりなんて何一つ見つからず、不要なリスクを負うだけかもしれない。


 「コウヘイの意見はもっともだ。なら、僕一人で様子を見てくるよ。皆はこのまま正門から出てくれ」


 「ちょ、何言ってるんだよ暮人」


 「大丈夫さ。おそらくコウヘイの言う通り、もう戦闘は終わっていると思う。少しでも使われた魔砲の手がかりが残って無いか、様子を見に行くだけさ」


 僕は戦闘はせずに、様子を見に行くだけでその後はそのまま西門から出るよと三人に言い残し、単身で西門へ向かう。

 内心僕は、自分の思っている以上に単位の争奪戦に焦りを感じているようだ。本来、仲間を置いてまで一人で情報を集めに行くのは得策ではないのかもしれない。それでも、戦力として低い僕は戦闘以外のところでチームの役に立たなければいけない。


 西門側まで回り込み、校舎の陰に身を隠す。

 魔砲を両手で握りこみ、壁から顔を覗かせ様子を見る。視界には地面に倒れている生徒が一人。どうやら勝った方はもう居ない様だ。仕方ない、無駄足になってしまったが僕もこのまま西門から脱出して皆と合流しよう。僕は遮蔽物を渡り歩き、西門に向かう。木陰から西門に走り抜けようとしたその時だった。


 「キサマ、誰だ」


 瞬間、背筋が凍る。全く敵の気配に気付かず、背後を取られてしまった。恐る恐るゆっくりと後ろを振り向くと、大きな厚手のコートに身を包んだ男子が一人。身長は僕と同じくらいだろうか、高校一年男子の平均的な身長だ。しかし、コートが明らかに大きすぎる。口元までが襟に埋まって、腕がすっぽりと袖に隠れている。


 「ただの野次馬か?」


 「ただの通りすがりの男子生徒ですよ……。あはは……」


 僕は両手を上げながらゆっくり振り向き、コート姿の男子に話しかける。


 「そんな事より、あそこに倒れている生徒は、あんたが?」


 「だとしたら?」


 本当だろうか。しかし、周りに他の人間は居ない。僕と同じ銃声を聞いてやってきた生徒かもしれないが、それならさっきの時点で発砲しないのは不自然だ。

 僕はゆっくりと、ほんの少しだけ腕を下げようとした。その瞬間、圧倒的な殺意を感じ、悪寒がする。直感が言っている、少しでも動けばやられると。


 「……おまえも期待外れだ」


 コート姿の男子生徒は僕と会話中、不意に視線を横に逸らし、右腕で長い袖をなびかせながら斜めに振り払うように腕を振る。すると、ほぼ同時にキンっと金属音が鳴り響き、続いて空薬きょうが地面に落ちて音を立てる。


 「ちょっと! 不意打ちのくせに外さないで下さい! なんの為のサイレンサーなんですか」


 「えー、今のあたし悪くないよー」


 「まぁまぁ二人とも……、今はそれどころじゃ……」


 一瞬何が起こったのか分からなかったが、校舎の方を見ると東雲さんが魔砲を構えてこちらに銃口を向けていた。皆が僕を助けに来てくれたのか。


 「……またか、まぁ良い。オレはもう行く」


 男子生徒は振り上げた腕を下ろし、僕に背を向け西門から去って行く。僕は恐れからか体が動かず、後ろ姿の彼を前に魔砲を手に取ることが出来なかった。


 「暮人、大丈夫ですか?!」


 「あ、ああ……」


 「もう! 単独行動なんて勝手過ぎます! 以後気を付けてください」


 「う、うん。東雲さんもありがとう。助かったよ」


 「別っにー? ただ単位が取れそうだったから撃っただけだよー」


 腰が抜けて木にもたれ掛かり、ズルズルと崩れ落ちる僕に、うさぎはすぐさま駆け寄り心配そうに僕を見つめる。随分と心配させてしまったようだ。


 「それにしても、さっきの金属音……」


 「はい、明らかに銃弾を弾いたように見えました」


 「あーあ、絶対打ち取ったと思ったのにぃー」


 「一体、彼は……」


 明らかな不意打ちだった。発砲音すらしないはずの東雲さんの魔砲を、彼は振り上げた右腕で弾いた。正確には、コートの袖にすっぽりと隠していた何かで弾いたんだろう。彼の魔砲だろうか。いや、問題はそこじゃない。魔砲を袖に隠していても、銃弾を弾き飛ばすなんて普通はそう出来る事じゃない。魔砲の能力以前に人並み外れた戦闘技能。

 ぶかぶかのコート姿の男子生徒。彼はその日、僕らに強烈な印象を与えた。

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