第2話 弾切れの撤退戦線Ⅱ


 うさぎに腕を引っ張られながら、廊下を走り抜ける。僕はチラチラ背後を確認しながら周囲を警戒していた。うさぎにも弾を使わせてしまった事でいよいよもって大ピンチだ。これ以上、誰とも接触するわけにもいかない。


 「反撃って、どうするんだよ」


 走りながらうさぎの方へ問いかける。


 「勝算はあります。でも、まずはあいつの能力が分からないと」


 とにかく、僕たちは作戦を立てるために近くの空き教室に身を隠し、息を整えた。ヘトヘトの僕に比べて、うさぎはほとんど息を切らしていなかった。随分とスタミナがあるようだ。いや、単に僕の体力不足なのかもしれない。


 「……なぁ、なんでさっき発砲しちゃったんだよ。逃げろって言ったのに」


 僕はずっと疑問に思っていた事を口に出す。彼女は僕の問いかけに対して、少し微笑みかけながら答える。


 「嬉しかったんです。私にも味方になってくれる人が居るんだって。ここに来てからそんな人初めて会ったから」


 その言葉がなんだかとても儚げで、彼女の笑みが切なく見えた。しかし、それが今日初めて彼女が見せた笑みだった。


 「でも、君には凄い能力があるんでしょ?」


 「そのせいで去年は一年中、散々追いかけまわされました。たまに近づいてくる人はただ、私を利用したいだけの人達でしたし」


 「力を持ちすぎるのも大変だね」


 僕には贅沢な悩みに聞こえた。得てして、本当に欲しいものはその人のところには巡って来ない。本人からすれば邪魔に思っているようなものも他人から見れば喉から手が出るほどに欲しいものであったりする。


 「ところでさっきはどうして銃を撃ったの? 天城自身を撃てば良かったのに」


 「……私、人が撃てないんです」


 衝撃の告白だった。いや、そもそも、抵抗無く撃ててしまう人間の方が狂っているのかもしれない。僕とて実際、正当防衛とはいえ丸腰の相手を撃った。しかし、ここでもう一つの疑問が浮かぶ。


 「じゃあどうやって単位を溜めるつもりなの?」


 「テストで単位を取ります。去年はちゃんと全て取りましたし、何年かかっても卒業するつもりです」


 確かにここ西砲学園では学費さえ払えば何度でも留年できる。しかし、テストだけでは一年間で二十四単位。卒業の三百単位までは最低でも十二年半かかる計算になる。単純に在学期間が長ければ退学のリスクも高くなる。言うなれば可能な限り早く単位を溜めるのが、リスクを抑える事にもつながる。

 そもそもそれ以前に、この入れ替わりの激しいルールの中で、十人も撃たずに一年間逃げ切る方が余程難しい。大抵の生徒は、留年よりも退学になるか、生き残っているだけで進級分の単位は溜まるもんじゃないのか。


 「どうして、そこまでして砲術士に?」


 「人を守るお仕事をしたくて。そういうあなたは?」


 「……僕は、妹の為に」


 「妹さんですか?」


 僕は初めて自分の事を他人話した。


 「昔、僕の妹が呪砲に取り憑かれたんだ。僕はその時何も出来なかった」


 呪砲は一般に持つことを禁止されていて、魔砲の一種でありながらその圧倒的な事象干渉力から、国の管理下に納めなければならない程危険な兵器だ。また、呪砲は使い手を乗っ取り人格すらも歪めてしまう。一説には魔砲が何らかの要因で呪砲に変異すると言われている。


 「そうですか。妹さんが呪砲の被害者に……」

 

 「だから、僕も砲術士にならなきゃいけない。とにかく今はここを切り抜ける方法を考えよう」


 二人で可能な限り策を出し合い、作戦を立てる。校門付近の新入生狩り達は夕方にもなれば、一通り落ち着くらしい。つまり、今僕たちにとって最大の脅威は丸腰である事を知られている天城だ。しかし、お互いに弾切れ、さらに言えば今日生き残っても明日、今後の事を考えると僕らはお互いに自分の手の内は晒せない。この高校生活で自分の能力が他人に知られる危険性は入学初日でもこれ以上ない程理解している。もしも僕の能力が露呈していたら、今頃ハチの巣になっているだろう。


 「とにかく一か所に留まるのもよくありません。見通しの良い場所に移動します」


 うさぎはそういうと空き教室を出て、再び廊下を駆け抜ける。僕も背後を警戒しながらそれについていく。しかし、変だ。あれ以来、天城を視界にとらえていない。諦めた可能性もゼロではないが、階段下から逃げ始めた時は足音が確実に追ってきていた。そして、違和感に気づく。


 「うさぎ! 見通しの良い場所じゃ分が悪い。こっちだ」


 「え?」

 

 先行するうさぎに追いつき、手を掴んで進路を変更する。


 「ちょっと、そっちは」


 「いいんだよ!」


 困惑するうさぎを半ば強引に連れて走り、たどり着いたのは廊下の突き当り。行き止まりだ。右も左も壁、完全に逃げ場のない袋小路。うさぎも言わんこっちゃないといった表情で僕を睨みつける。

 僕はくるっと後ろに振り向く。


 「出て来いよ。天城」


 そこに居るのは分かっていた。


 「ほう、俺の能力を見破ったってか? やるじゃねーか暮人」


 突然何もない空間から天城が現れ、うさぎは驚きの表情をあらわにした。


 「お前の能力は透明になるってところか?」


 「ご名答。俺の魔砲の能力は光学迷彩。セーフティを上げている間だけ周囲の景色に同化できる能力だ」


 「ずっと足音しか聞こえなかったからな。それにそれなら僕が発砲したのを見ていた説明も付く」


 天城がにやりと笑い魔砲を構える。


 「解ったところで、こんな袋小路じゃ逃げ場はないぜ。暮人」

 

 「もう逃げる気はないさ」


 負けじと僕も魔砲を構える。まっすぐに銃口を天城に向け、引き金に指を掛けた。


 「あ? 何やってんだ? お前が弾切れなのは知ってんだよ」


 「僕も能力には自信があるって朝言ったよな?」


 精一杯の虚勢を張る。


 「は? ハッタリだろうが」


 「今にわかるさ」


 一歩も引かない態度を示す。ほんの少しだけ天城の顔に疑念が宿る。


 「そもそも僕の能力が弱かったらうさぎは僕の為に弾を使ったりしないだろ?」


 「……。あー! もうめんどくせー! どっちにしてももう逃げ場はねーんだ! あばよ暮人!」


 天城が事を焦り引き金を引こうとする。その一瞬を僕は待っていた。その焦りは不安の表れ、不信からくる恐怖心。早く不安から解放されたいと考える深層心理。

 今しかない。この瞬間に勝負をかける覚悟を決める。今この瞬間に全てを騙す。1%の疑念があればそれは100%の真実に変えられる。


 「死ぬのはお前だ! 天城―!!!」


 ババァン!!


 轟く銃声。そしてそれを追うようにもう一発。その後一瞬、時がとまる。

 先に引き金を引いたのは僕の方だった。しかし天城は無傷。対して天城は僕の発砲音に反応し反射的に引き金を引いた。反射的に発砲してしまった為狙いが逸れて僕の背後の壁に命中する。お互いに無傷のまま立ち尽くす。


 「暮人……お前、今の……」


 僕は真実を告げる。仮にも高校に入って最初にできた友人だ。少しくらい情はある。


 「ああ。空砲さ」


 「空砲……だと」


 「殺傷能力ゼロ、事象干渉力最底辺の雑魚魔砲だ。これが僕の能力。でも、お前は僕のハッタリにほんの少しでも疑念を抱いた。もしかしたら、という不安がお前に引き金を引かせたんだ」


 天城は膝から崩れ落ち、地面に両手をつく。


 「そんなカス能力を警戒して、まんまと騙されたってのかよ」


 「これでお前も弾切れだ」


 僕は天城に諦めるよう諭す。


 「何勝った気で居るんだ? 暮人、お前の能力は分かった。明日になれば俺はお前なんていつでも……」


 「それは無理です。あなたに次はありません」


 天城の言葉にうさぎが割って入る。うさぎは僕の元に駆け寄り、僕の手から魔砲を取り上げる。


 「再装填(リロード)!」


 うさぎが僕の魔砲を握りこむと彼女の能力が発動し、僕のハンドガン型魔砲の上部のスライダがカシャっと音を立ててスライドし再び弾が装填される。


 「これが私の能力。学校中の生徒が手中に収めようとする力。私は自分を含め誰か一人の銃弾を一日に一度装填することが出来る。単純に銃弾が二つになるアドバンテージはこの高校生活においてどれだけ強大かお判りでしょう?」


 うさぎは再装填した魔砲を僕に手渡し、かすかに微笑んだ。


 「おい、暮人……まさか撃つのか? そうだこれからは三人でチームを組もう。他にもチームを組んでる奴らは沢山居る。俺らも……」


 「なぁ天城、わかるだろ?」


 「くれ……」


 静寂が支配した廊下に一発の銃声が響いた。


 翌日、登校し教室に着くと実にクラスメイトの半分の席が無くなっていた。もともと名前も覚えていないような奴もたくさんいる。それほど心は痛まなかった。


 「おはようございます」


 死角から不意に声をかけてきたのはうさぎだった。僕も向きかえり、「おはよう」と返すと彼女は席についている僕に目線を合わせてこう言った。


 「私とチームを組みませんか?」


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