渇望のフルファイア
逢沢 シュウト
第1話 弾切れの撤退戦線Ⅰ
向けられた銃口に、目線が釘付けになる。もはや銃口の向こう側、アイツの顔も見ることが出来ない。震えは止まらない癖に、足は全くと言って良い程動かない。
「あばよ暮人」
アイツが引き金を引こうとする指がまるでスローモーションのようにゆっくりと見えて、僕は思わず目を閉じて歯を食いしばる。すると、その直後一発の発砲音が周囲に響き渡った。
あーあ、入学初日から本当にツイてない。そもそも、なんでこんな事になってしまったんだ。
遡ること数時間前。
今日、僕はこの春から通う学園の入学式をひかえ、誇らしい気持ちで家を後にした。
国立西新宿魔砲学園。略して西砲学園は、日本に四つしか存在しない、砲術士を育成する為の魔砲の専門学校である。
桜が舞い春の風が地表の落ち葉をさらってはさらさらと音を立てる。春の木漏れ日が差し込む講堂の中では、淡々と入学式が執り行われた。
式を終えると、新入生たちはそれぞれ自分の教室に戻る。ある者たちは世間話、またある者たちは趣味の話。自分の魔砲の能力を自慢する者も少なからず居た。
基本的に銃を媒介にして行使する『魔砲』とは人それぞれ千差万別である。例えば、弾丸を透明化する能力、弾が壁をすり抜ける魔砲なんかもあるらしい。その中でも、僕の能力はとても他人に誇れるようなものじゃない。クラスメイトに自慢げに能力を語る奴らを、僕は少しだけ羨ましく思っていた。
僕も少しくらいは挨拶でもしに行こうか、と思い席を立とうとしたその時、目の前の席に座った生徒がくるっと、こちらに振り向く。
「おはよう! 俺は天城 幸次(あまぎ こうじ)ってんだ。よろしくな」
天城は振り向き、自己紹介をすると同時にこちらに手を差し出してくる。突然の自己紹介に少し戸惑いつつも彼の手を握り返して僕も自己紹介をする。
「ど、どうも。僕は一角 暮人(いすみ くれと)。よろしく」
「おう! そんで、暮人の魔砲はどんな能力なんだ?」
「えっ……あ、ああ。結構強い能力だと思うけど、あんまり力をひけらかすのは好きじゃないんだ」
嘘だ。僕の能力なんてお世辞にも良いものとは言えない。要するに見栄を張った。どうしてだろう、いつもいつも自分の弱さを痛い程わかっていて、それでもチンケなプライドを捨てられずついつい嘘が出る。
「お前も自信ありなタイプかー。実は俺もなんだが、そんな事よりアイツ見てみろよ」
天城の指差す方向に目をやると、そこには一人ポツンと席に着き佇む少女。小柄な彼女は暗めの茶色い短髪で襟足が軽く跳ねている。
「アイツ実は去年入学したけどダブってまた一年なんだと。なんでも能力が強すぎて虐められてたみたいな噂もあるぜ。どおりでボッチな訳だ」
バタンッと大きく音を立てて教室のドアが開く。瞬間、立ち歩いていた生徒たちも、そそくさと自分の席に着く。
現れたのは黒髪ロングの女性で、担任教師のようだ。「どうも」とだけ軽く挨拶をし、教壇に立つ。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。私は担任の阿水 京子(あすい きょうこ)です。これからオリエンテーションを行います」
静寂の教室の中、先生は慣れた様子で淡々と説明を始める。
ここ西砲学園は、単位制で年に一度の三月にある昇級審査の時点で、何単位あるかで学年が決まるらしい。新入生は0からスタートし、百単位で二年生、二百単位で三年生、三百単位で卒業という具合で、飛び級の制度もある。早い生徒では一年で卒業する生徒も居るという。
また、生徒は全員、学校から支給される魔砲と万が一の為に魔砲を貫通させない特殊な制服を装備している。魔砲は一般的にハンドガンを模しているが、稀に使い手によって形状が変化することもあるらしい。もちろん僕のような凡人はハンドガンタイプだ。
「先生、質問がありまーす」
一人の男子生徒が手を上げる。
「はい。なんですか?」
「どうすれば単位を取得できるんですか?」
阿水先生は生徒からの質問を受けると懇切丁寧に解説を始める。
「まず、単位を取得するためには二つの手段があります。一つは毎月、月末にある定期テストで一定の点数を取る事。これは二単位取得する事が出来ます」
真剣に聞き入る生徒の前に立つ阿水先生は淡々と説明を続ける。
「もう一つは、この高校の敷地内で他の生徒を撃つ事によって単位が取得できます。もちろん着弾させなければカウントはされませんが、命中すれば十単位の取得が出来ます。逆に被弾してしまった生徒は適正なしと判断され退学となります」
「そんなっ! 横暴だ!」
一人の生徒が、反抗心をむき出しにして先生に抗議する。せっかく入学したのに、そんなにあっさり退学にされては確かに納得はいかない。
しかし、阿水先生は顔色一つ変えずに言葉を続ける。
「変わりは幾らでもいます。弱い生徒を育てる程、西砲(うち)も暇ではありませんよ。仮に一年全員退学になろうが、見込みの無い生徒を世に放つよりはマシという物でしょう。殺さなければ何をしても構いません。高い志がある者は勝って生き残りなさい」
阿水先生の説明の直後、教室がざわめき出す。
当然だ、僕を含め全ての新入生が、生徒同士で撃ち合うことなど想定もしていない。そして、自分の身の危険に耐えかねた一人の生徒が半狂乱で隣の席の生徒に発砲する。
本当に一瞬、限りなく刹那の時間、その場に居た全ての新入生が凍り付いたように固まる。そして次の瞬間、全ての生徒が魔砲を手に取った。牽制し合うクラスメイト達を見て阿水先生は再び口を開く。
「あっ、まだ説明の途中ですよ? 一日に魔砲を行使できる発砲制限は一発です。大事に使って下さいね。翌日になれば装填されるとしても、発砲した所を見られでもしたら自分が丸腰である事を相手に知られてしまいますからね。では、今日はこれで解散とします。また明日」
阿水先生は慣れた様子で荷物をまとめ、僕ら新入生たちを置き去りにして教室を後にする。先生がパタンっと教室のドアを閉めると教室中の銃口が先ほど発砲した生徒に向けられた。
しかし、誰も引き金を引かない。いや、引けないで居る。それもそうだ、いま彼を撃てば次は自分が彼と同じ立場になる。撃つとすればそう、先生の言う通り誰にも見られない場所である必要がある。
さっきまで和気あいあいとしていた教室が一転、戦場に変わる。
とにかくここに居ても拉致が空かない。そう考えた生徒のうち何人かが周囲を警戒しながら教室を脱出する。かくいう僕も脱出した。当たり前だ、僕の魔砲じゃ分が悪すぎる。強いて有利な点を挙げるとすれば自分の能力を自慢してた奴ら、彼らは能力を周りに知られている分、明らかに不利だ。その点、僕の場合はまだタネが割れていない事がある程度の牽制になる。
教室を出た僕は真っ先に校門へ向かう。敷地内から出てしまえば身の危険はない。とはいえ西砲の敷地は東京ドーム四つ分ほどあり、かなり広大で他の学年の生徒からも狙われることも考えると依然気は抜けない。
僕は何としてもこの学校を卒業して、砲術士にならなければいけない。あの時救えなかった、妹の為にも……。
正門まで着くと数人の上級生らしき集団を目視し、木陰に身を隠す。
上級生らの足元には数人の新入生が転がっていた。制服が銃弾から命は守ってくれる為死んではいないだろう。しかし、明らかにあれは新入生を狙っている。いわば初心者狩りだ。
どうにかしてあの包囲網を突破しないと敷地から出ることは出来ない。他の出口まで行くという手もあるが、遠すぎる上にたどり着けるかもわからない。ここで何とかするしかない。
あれこれ策を巡らせていると視界の端に見覚えのある生徒をとらえる。
「あの子は確かダブったっていうクラスメイトの……」
名前が思い出せない。当然だ、今日会ったクラスメイトの名前を一人一人覚えていられるような状況じゃなかった。
彼女は上級生に腕を掴まれて抵抗しているが、強引に校舎裏に連れていかれる。
大丈夫、僕の出る幕じゃない。彼女はとても強力な能力を持っているらしいじゃないか。僕なんかが行っても足手まといになるだけだ。そもそも他人の心配をしている余裕があるのか。あるはずがない。わかっている、これ以上ない程に。しかし、彼女が必死に抵抗していた光景が過去の妹と重なる。
これは偽善だ、エゴだ、自己満足だ。それでも助けに行くべきだと僕の心が言っていた。これは昔救えなかった、自分のたった一人の妹への罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。
「お、おい! その子を離せ!」
校舎裏で女子を押さえつけていた上級生に後ろから忍び寄り銃口を向ける。他の生徒には気づかれずに回り込むことが出来た。この場には僕達三人しかいない。仮に発砲しても彼女を連れて逃げれば問題ない。そこで彼女に撃たれる、ということもあり得るがその時はその時に考えるしかない。
「あ? 新入生、ヒーロー気取りか? 手が震えてんぞ」
いざ引き金に指を掛けると手が震える。死なないはずだとわかっていても人を撃つことを脳が拒絶する。
「なぁ良い事教えてやるよ。そういう奴ほど直ぐに脱落するんだよ!」
上級生は自分の魔砲を取り出し構える。僕は震えたまま引き金を引けないで居た。
「撃たねーならこっちから撃つぞ」
銃口を向けられ、恐怖で足すらすくむ。もうだめだ、やられる。
「おい! どうした? 脱落する前に記念に一発撃たせてやるってんだよ」
いや、待てよ。これは不自然だ。瞬間、震えが止まる。
この上級生は何故僕を撃たないのか、それ以前に何故彼女を押さえつけておきながら自分の魔砲を構えてすら居なかったのか。いつでも撃てる絶対的優位な状況でありながら銃を手にすらしなかった。答えは簡単だ。もうコイツの弾は無い。大方、新入生狩りで使ったのだろう。
この状況が物語っている。僕の発砲を待つ道理が相手にはない。むしろ誘っている、僕が震えたまま発砲しそれを躱すのを狙っている。確かに外せば、この先輩には腕力では勝てそうにない。
「あんた、丸腰だろ? 今なら見逃してやるよ」
僕は精一杯の虚勢を張る。
「なんだと? いや、わかったぞ。さてはてめーも丸腰なんだろ? 墓穴を掘ったなガキが!」
僕を丸腰だと思いこみ殴りかかって来る上級生。僕はとっさに構えた魔砲の引き金に指を掛ける。
バァン!!
発砲音が響き、上級生は僕の足元に倒れこんだ。痛がっては居るが血は出ていない、やっぱり死なないんだ。わかっていてもそっと胸を撫でおろし安心する。
発砲音を聞きつけてこちらに向かってくる生徒の足音が聞こえ、僕は彼女の手を取ってその場を離れた。
「大分、正門から離れちゃったな」
逃げているうちに校門からは遠ざかり、学園の敷地内からの脱出は振り出しに戻ってしまった。今は校舎内の階段下で息を整えていた。
「どうして、私を助けたのですか?」
彼女は僕に問いかける。
「あなたも私の能力が目的ですか?」
「君の能力については知らない。相当強力らしいけど、どんな力か聞く気もない」
「ならどうして?」
彼女はいっそう不思議そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「他人を助けるのに、理由なんていらないさ」
また少し見栄を張ってしまった。僕はそんなヒーロー気質でもなければ、そうあるつもりもない。ただ過去のトラウマがフラッシュバックしただけだ。
彼女は少し納得のいっていない表情をしたが、それを抑えて飲み込んでくれた。
「そういえば名乗るのを忘れてた。僕は一角 暮人。よろしく」
「私は倉島(くらしま) うさぎです。とりあえず、ありがとうございます。でも、あなたは私の為に弾を使ってしまいました。せめて今日の帰りくらいは私も同行します。私の弾はまだ残っていますので」
そう言って彼女は自分の太ももから魔砲を引き抜く。まさか、女の子を助けるつもりが女の子に守ってもらうことになるとは、我ながら情けない。
そうこうしているうちに廊下の向こう側から足音が聞こえてきた。ゆっくりと迫る足音が一つ。彼女と俺は息を潜めて物影から足音の主を覗き込む。その人物は以外にも見覚えのある人物だった。
「天城! 天城じゃないか! 良かった。お前も無事だったんだな」
「おー! 暮人! 探してたんだよお前らを」
天城の言葉を聞いた瞬間、ほんの少しの違和感を感じる。お前“ら”……? 倉島はまだ物影に居て天城からは視認できていないはず。何だろうこの違和感は、いやな予感がする。
「な、なぁ天城、なんで僕が一人じゃないと思うんだ?」
「そりゃー、さっきお前が発砲するのを見てたからだよ」
天城は素早く腰から魔砲を引き抜き、銃口を突き付けてくる。急展開に頭が追いつかない。
「そんな……誰もいない事は確認したはずなのに」
あの時、確実に周囲には誰も居なかったはず。ならば、考えられるとすれば天城の能力だ。でもその能力が分からない。
「悪いなぁ暮人。俺も卒業しなきゃなんねーんだ。わかるだろ?」
「天城……、お前」
「そうだ。あの女子を差し出せばお前は見逃してやるよ。どうせ丸腰なんだしよ」
天城はにこやかに提案してきた。そんなことを笑顔で平然と言う天城に僕は少なからず失望していた。上級生を撃った僕も、他人の事をとやかく言う資格は無いのかもしれない。
僕も退学になるわけにはいかない。でも、自分の為に後ろに隠れている女の子を身代わりに引き渡すなんて出来ない。それじゃあ同じことの繰り返しだ。妹の時と全く同じだ。いつも僕は救われる側で、それを変えたかった。
でも仕方ない、覚悟を決めよう、最初から僕には向いてなかったんだ。僕は深く息を吸い込んだ。
「うさぎ! 僕を置いて逃げろ!」
今度こそ守って見せる。救って見せる。なけなしのチンケなプライドがそうさせた。
「そーかよ! じゃあ仕方ねーな! あばよ暮人」
僕が撃たれれば天城は丸腰になって無害になる。これでいいんだ。僕の犠牲は無駄じゃない。僕は目を瞑って歯を食いしばった。
バァン!!!と銃声が響く。
不思議な事に体のどこにも痛みは無い。恐る恐る目を開けると発砲したのは天城ではなく、うさぎの方だった。
「チッ、そんなところに隠れてやがったか。でも、これで二人とも弾切れだ」
うさぎの放った銃弾は天城の銃を弾き飛ばし逃げるのには十分な隙を作った。そしてすかさず彼女が僕の手を引く。
「ほら、行きますよ! 勝手に諦めないで下さい! こっから反撃開始なんですから!」
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