第38話 表裏一体、混然一体の最終戦Ⅱ
快晴の秋空の下、木々の生い茂る森の中を堂々と突き進む男が一人。片手には魔砲、そしてその先端には漆黒の銃剣。
その鋭さはまさに、触れるもの全てを傷つけんとするほどに鋭利。真っ直ぐ、堅く、一点の刃こぼれも無いのその銃剣は、まるで使い手の積んできた研鑽をそのまま象ったように、紫銅閃と言う人間をそのものを体現しているかの様である。
ザッと足元の砂が擦れる音と共に紫銅はグイグイと森の奥深くに進んでいく。ただひたすらに真っ直ぐ、敵に当たるまで一直線に歩き続ける。
パァン!
瞬間、不意の発砲音にもその圧倒的反応速度を持って、飛来する標的を的確に銃剣で弾き落とす。だが、打ち落とされた銃弾は液状化し、インクのように黒い液体となって紫銅の刃に付着する。
「よっし! 任務完了です! 楓先輩!」
背後から紫銅に魔砲を向けた女生徒は、銃弾を弾かれると同時に撤退していく。しかし、紫銅はそれに対して追撃はしない。
紫銅は自分から逃げる者を追うことは無い。向かってくる物ことごとくを捻じ伏せ、去る者は追わず。それが紫銅閃の根幹にある唯一の矜持だった。
「……期待外れだ」
森林の中で一人、紫銅は再び歩みを進める。次の敵を探して……
同刻、森林内の某所にて一触即発の四人。
「決めようやないか。どっちが最強のコンビなんか!」
木々に囲まれる戦場の中、両チーム二名ずつが一か所に集結し、うさぎが僕の元に駆け寄って来る。
「暮人、気を付けて下さい。あの女、悔しいですが言うだけの事はあります。手強いですね……」
「妹の方も厄介だ。影を撃たれると動けなくなるから、足元にも警戒しないとな。残弾はいくつある?」
「残りは一発とリロードが一回です。暮人の方は大丈夫ですか?」
「こっちは未だ三発健在だ」
二人で密集した僕らは小声で言葉を交わす。敵の方を見ると、先ほどまで木の上に立っていた妹がいつの間に地上に降りていて、こちらと同じくあちらも密集して何やら話している様子。
敵はおそらくかなり連携に自信があると見える。だが、かくいう僕らだってここまで二人で戦い抜いて来たんだ。連携で負けるつもりは毛頭ない。
両チームとも魔砲を握りしめ、牽制モードのまま攻撃を仕掛けるタイミングを図る。しかし、それも当然長くは持たない。先に動き出したのは天王寺、山吹姉妹の方だった。
「いくで菫!」
「うん! おねえちゃん」
同時に左右に展開し、僕とうさぎを両側から挟み込む。対して、僕とうさぎは背中合わせで敵を視界内に収め続ける。背中を相方に任せ、僕の正面には姉、うさぎの正面には妹と、さっきまでとは違うマッチアップで向かい立つ。
完全に先手を取られ挟撃の形になってしまった。こちらとしては何とかこの状況を抜け出したいところ。さらに、敵はクロスボウ。発砲音の小ささも考えれば、念の為出来る限り両方とも目の届く位置に置いておきたい。
魔砲を構えて、全員が銃口を敵に向ける。この状況じゃ、僕は反射誘発(クロスカウンタ―)を使えない。
そもそも反射誘発(クロスカウンタ―)は、ある程度の条件が整って居なくては使えない上、仮に今出来たとしても現状の位置取りでは、後ろに居るうさぎに流れ弾が当たってしまう可能性がある。
「とにかく何とかしないと」
先手必勝。最初に引き金を引いたのは僕だった。しかし、僕の向かいに立つ山吹楓もそれを察してか、ギリギリで銃口から外れるように横に飛び退く。
「暮人! 後ろです!」
瞬間、狙う側から狙われる側へ。今度が僕の方が敵の攻撃に晒される。背後で山吹菫が放った矢をうさぎが間一髪のところで躱し、そのまま流れ弾が僕の足元に突き刺さる。
「しまった!」
「ナイスや菫! まず一人、もらうで!」
射撃体勢に入る山吹楓。このままでは撃たれてしまう。とは思いながらも、やはり足はピクリとも動かない。
そう考えて居たその時、一発の銃声が鳴る。銃声の主は言うまでも無くうさぎだった。うさぎの放った銃弾は一直線に僕の足元へ。そして、僕の陰に突き刺さった矢を着弾し、矢をそのまま弾き飛ばす。
「な、なんやねんそれ! くっ、逃がさへんで! ズドーン!」
何故かセルフの効果音と共に楓は引き金を引く。突如動けるようになった僕は、楓の構えた魔砲の向きから射線を推測し、そこから外れるように回避した。脇のスレスレを矢が通過して間一髪のところで何とか生き延びる。そして転がりながらも再び魔砲を構え、透かさず距離をとった。
四人が十字の位置に立ち、左右に敵、正面に仲間の状態で向かい合う。常に全員が魔砲を構えたまま両脇の敵に意識を裂きつつも、向かいの相方にアイコンタクトを送る。
「菫! もう後がないで! アレを出すしかないやろ!」
「もう! おねえちゃん! そういうのは相手に聞こえない所でっていつも言ってるでしょ」
どうやら何か企んでいるらしい。とはいえ、予め教えてくれるのは何とも有難い。そう考えて居ると、山吹楓は徐に無線機を手に取り、仲間からの通信を受け取る。
「なんや……? お! やるやん! そのまま敵の位置を把握(マーク)しとき!」
楓が通信を切り、無線機を元の位置にしまう。
おそらく最後の一人との通信だろう。口ぶりからして紫銅に何かあったのかもしれない。いやしかし、紫銅がそう簡単にやられるとも思えない。ましてや一対一、そんな選手が天王寺にも居れば、伊沢やミシェルのように注目されているはずだ。
「おねえちゃん! 声大きすぎだよ! もはやスピーカ―だよ!」
「うっさいな菫! ええやないか! どうせバレたって減るもんじゃないやろ!」
敵を前に姉妹喧嘩を始める山吹姉妹。随分な余裕が見て取れる。舐められているという事なのか。どちらにせよ、紫銅の方も少し気になる。
仕方ない少し揺さぶってみるとしよう。それなら相手は……
「なぁあんた! 西砲(うち)の紫銅にそっちの仲間一人で事足りると思っているんですか? 紫銅は伊沢とほとんど相打ちになった奴ですよ」
「はぁ? 何ゆっとんねん。わざわざ相手するまでも無いわ」
ニヤッと笑みを浮かべた山吹楓は僕の問いに対してさらに続ける。
「ウチらはチームで天下を取る。一人マシな奴が居たところでなんも変わらんわ!」
「随分と言いますね。私と暮人だって、ずっと二人で戦ってきたんです。連携なら……」
「っは! わかっとらんな!」
その時、突如ガサガサと茂みが音を立て、山吹菫の背後の茂みから一人の女子生徒が飛び出してくる。
「助っ人参上っ!」
突然四人の中心に飛び出してきた女子は、僕らが状況を認識する間も与えず、間髪入れずに僕の方に銃口を向けて引き金を引く。
動きながら放った敵の銃弾は銃身がブレて僕の頬をかすめ後ろの木に命中。続いてうさぎの方にも一発放つが、こちらもうさぎの回避によって足元に着弾する。
「何やっとんのや! ちゃんと仕留めんかい!」
「す、すいません! でもこれで準備は完了です」
「ナイスや! そこだけは褒めたるわ」
「はいっ!」
楓から仲間への罵声が飛ぶ。山吹姉妹を意識するあまり、三人目の介入を警戒していなかった。何とか運よく、ギリギリのところで伏兵の不意打ちを回避する事は出来たが、まだ何も事態は改善されていない。
「これで終いや。見晒せウチの自慢の魔砲! 超弩弓(ちょうどきゅう)! 全開で行くで!」
「おねえちゃん……いつも思うけど、弩と弓意味が若干被ってるよ……」
「ええんやこれで!」
山吹楓が構えた魔砲が発光をし始め、周囲をギラギラと照らす。真っ白な光が突き刺すように辺りを照らし、僕は思わず腕を顔の前に構え眩しさを遠ざけた。
「意味が被っとる? アホか、弓が二つでウチらやろ! はよせんかい菫!」
楓の合図と共に菫が動き出し楓の元に駆け寄る。一体何をするつもりなんだ。
「暮人! 不味いです! あの女、またアレを放つつもりです」
アレって、さっきのレーザービームの事か。だとしたら確かに不味い。地面の抉れ方から見るにかなりの貫通力と破壊力の魔砲。遮蔽物事なぎ倒されてしまうため隠れる場所も無い。
とはいえ、眩しすぎてろくに敵の位置も見えない為に妨害も出来ない。目眩ましも兼ねて居るのか、結構厄介な能力だ。
「気付いてももう遅いわ! ウチの魔砲はな、太陽光を充填してエネルギーに変えんねん。ま、その代わり反動がデカいんやけどな」
「おねえちゃん! なんで弱点まで言っちゃうの?!」
もし敵の言う事が本当なら、次の一撃を躱せば勝ったも同然。なら、僕とうさぎが離れて居れば、どちらかは生き残って反撃できる。というか、あの姉がブラフを張るとも思えない。
と、そう考えて居たその時、うさぎが僕の元に駆け寄って来る。
「うさぎ、固まっていたら一緒に持ってかれる! もっと離れろ!」
「駄目です暮人! これ以上あなたがボロボロになるのは、もう見て居られません。私が盾なります! 相手が反動で怯んだ隙にあなたが決めて下さい」
「何言ってる! そんな事、出来るわけないだろ!」
「私だけ生き残ったって、敵を撃てません!」
うさぎはそういって僕の前に立つ。
「おい! うさぎ!」
「ちっこいの、そういうの連携とは言わないんやで……」
楓はドンと大きな音を立てながら、地面に大型の魔砲を置いて引き金に指を掛ける。
「菫! ちゃんと支えとき!」
「解ってるよ! おねえちゃん」
バシュっという風を切る音と共に、楓の陰にクロスボウの矢が突き刺さる。体育座りのような姿勢、両足で挟むように魔砲の弩を構える山吹楓。さらに、座り込んだ姉に背中を合わせ、全身で姉の体重を支える山吹菫。
「これで踏ん張りが効くで!」
「楓先輩、ストレートです! 敵が一直線上に並びました!」
先ほどの伏兵、敵の三人目が叫んで楓に合図を送る。
「よし来た! 見晒せウチらの必殺技! 超弩級開放破(ドレットノート・ディスチャージ)や!」
不味い、このままじゃ本当にうさぎが僕の身代わりに砲撃を食らってしまう。何とかしないと。しかし、無情にも引き金は僕の答えを待ってはくれない。
「ズドーン!!」
引き金を引いた本人のセルフで付け加えられた効果音と同時に、巨大な閃光が僕らを包み込むように広がり、まっすぐに放たれる必殺の一撃。立ちはだかる木を薙ぎ倒し、地表を抉り取って一本の太い軌跡を地平線の彼方まで描く。
それは、数十分前に僕の眼前を横切った光よりも何倍も大きく、そして比べ物にならない程の威力。森全体に振動が轟き、もはやそれは弩と言うにはおこがましい程の破壊力だった。
そして、戦場を真っ二つに両断した閃光が徐々に消え去り、辺りに舞った土煙が地表に舞い降りる頃。試合終了のアナウンスが会場に響き渡る。
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