第37話 表裏一体、混然一体の最終戦Ⅰ
今日はとうとう対抗戦最終日。最終日の組み合わせは東専と白河、そして西砲と天王寺の二組だ。
僕とうさぎの二人は試合までの待ち時間、観戦室にて午前の試合を観戦していた。
「今日で遂に対抗戦も終わりですね」
「うん。長いようで一瞬だったね」
モニターの前、雑談交じりに試合を待つ僕ら二人。東専も白河も既に戦った事のある相手である以上、今回の観戦は偵察ではない。言うなれば単純な暇つぶし、興味本位でしかないという事になる。
戦績から言えば、これまで二勝している東専に比べて白河は二敗。しかし、双方のチームには明確なエースが居る。一対一で紫銅を倒した留学生、ミシェル=クロニクルに対して紫銅を完封する事が出来なかった伊沢翔威。どちらも高いレベルのエースだけにこの試合の一番の見所と言えるだろう。
『それでは対抗戦三日目、第一試合を行います』
双方の準備が整ったころで試合開始のアナウンスが流れ、お互い一斉に初期位置から動き出す。
試合開始から間もなくして、東専はいつも通り観測手を空に打ち上げる。上空を掛ける一人の観測手と地上に砲兵が二人、東専の得意とする形だ。それに対し白河もうちとやった時と同じく、三人とも散って展開する。
「やはり東専はこの形ですね。問題は弾着観測射撃を白河がどうするか……ですか」
うさぎはモニター越しに戦況を冷静に把握する。
実際うさぎの言う通り、問題は弾着観測射撃。しかし、白河メンバーの魔砲を見る限りこれと言ってパッと対策は思いつかない。一体どうするつもりなんだ。
そう考えていた矢先、遂に東専の伊沢が動いた。魔砲を天に向け引き金に指を掛ける。
「来ますね……」
バンっと轟いた銃声と共に、ナパーム弾が宙を舞う。高射角で放たれた銃弾は放物線を描きゆっくりと降下する。
瞬間、もう一発の銃声と共に上空の銃弾が破裂する。
「嘘だろっ?!」
「めちゃくちゃですね……」
観戦室全体がざわつき出す。それは、白河のエース。ミシェルの放った銃弾の仕業だった。神速撃ちによって打ち出された銃弾は、圧倒的な命中精度を持って上空から飛来した弾丸を打ち落とす。続く二射目、三射目と伊沢の打ち上げた弾丸を三発ともすべて打ち落とすミシェル=クロニクル。
その圧倒的な射撃技術はうさぎを上回るほどに正確無比、あの伊沢翔威さえ脅かすほどの逸材と言わざるを得ない。
「弾に弾を当てるなんて正気の沙汰じゃない」
「もはや特訓や練習でどうにかなる次元を超えていますね」
しかし、四射目の曲射銃弾が宙を駆ける。竜胆の放った白燐弾だ。すでにミシェルは弾切れ、抗う術も無い白河の元に白燐弾が炸裂、一瞬で真っ白の煙を立ち上げる。
伊沢とミシェル、両者の銃弾が無くなったとしても東専には竜胆が居る。両チームの最も大きな差はそこにあると言えるだろう。白河の残りのメンバーも決してレベルが低いわけではないが、もしもミシェルが東専側に居たらと思うとゾッとする。
結局、試合はその後も一方的な形勢。竜胆の弾着観測射撃によって白河側は全壊、勝利を納めたのは東専となった。この勝利によって東専は三日間の総当たり戦、全ての試合において勝利し強豪の名に恥じぬ圧倒的な実力を見せつけた。
逆に白河は三戦三敗と、結果としては最悪の物となった。エースの実力だけで言えば他校にも決して退けを取らないものの、この結果は白河チームの総合力の低さに起因しているというのが妥当なところだろう。要はミシェルのワンマンチームだったという事だ。
そうは言ったものの、西砲(うち)とて他人の事は言えたもんじゃない。実際、紫銅に助けられている面が強すぎる。
「暮人、次は私たちの試合ですね」
試合が終わると、休憩時間を挟んで次は僕らの試合。午後の部に備え、西砲と天王寺の選抜選手たちは全員改めて気を引き締め直す。
相手は天王寺。言わずもがな東専に匹敵する西の強豪校だ。だが、僕らはある一つの重大な問題を抱えていた。それは敵の魔砲が不明な事だ。
と言うのも、初日の試合は一方的な蹂躙でまともに手の内を探る事が出来なかった。さらに、二日目の試合と言えば、僕らは東専との試合の後、全員が疲労困憊で観戦どころではなかった。
頼みの綱であった飛鳥先輩に聞いてみると、「オイラに頼り過ぎなんじゃねぇかぁ?」なんて言って、あんまり高額の情報料をふっかけてくるもんだから聞くことも出来なかった。
もうこれ以上、今の僕には飛鳥先輩が喜ぶような情報は提供できない。かといって、金だって対して持って居ない。これまでの学園生活では、随分とお世話になっていた情報屋も、金欠となっては頼る事も出来ない。まったく、世知辛い世の中だ。
昼休憩が明け、とうとう午後の試合直前。僕ら西砲メンバーと天王寺のメンバーは所定の配置に着く。
敵の魔砲の情報が無い以上、戦いの中で臨機応変に戦うしかない。やる事は初戦の時と同じだ。
「それでは、対抗戦三日目、第二試合を始めます」
試合開始のアナウンスと同時に、紫銅が単独で森の中に突っ込んでいく。だが、もうこれも三日目、なんら驚くことも無い。
僕とうさぎも散開して、各自索敵をする。と言うのも、こちらには索敵能力を持って居るメンバーが居ない為、手分けをして索敵範囲をカバーする他無い。しかし、相手に索敵に優れている者が居た場合、最悪三対一に持ち込まれる可能性もある為、最善の策とは言い難い。
そうならない事を祈りながらも、僕とうさぎは無線を駆使しながら連絡を密にし、木々が生い茂る森の中、敵を探して突き進む。
単独行動で索敵を始めてしばらく経った頃、腰元に括った無線機からジジジっとノイズが走りうさぎからの通信が飛んでくる。
「こちらうさぎです! 接敵しました。視認一人、双子の姉の方です」
うさぎからの通信で敵チームとの接敵を把握する。一試合目の天王寺の立ち回りから察するに、集団での規律を重視した基本に忠実の印象が強い。しかし、チームの連携に重きをおいて居る事を考慮するなら、うさぎの報告にあった視認一人と言うのはなんとも不自然だ。
単純に今回は別行動という事なのか、もしくは何か裏があるのだろうか。素直に考えるならば敵は視認できる一人に加え、近くに身を隠した伏兵が居ると推測できる。
「こちら暮人、敵は伏兵を潜ませているかもしれない。一番可能性が高いのは妹の方だ。気を付けろ、僕もすぐにそっちに行く」
うさぎに指示を送り、僕もすぐに応援に向かう。もしも本当にあっちに伏兵が居るなら急がないと二対一になってしまう。
「良い推測ですね。でも、それには及びませんよ」
僕が無線を切って進行方向を変えたその時、背後から突然声が聞こえてくる。さらに、シュッと風を切るような音と同時に何かが僕の足元に突き刺さった。
「私なら、ここに居ます。一角さん?」
声のする方向に視線を向けると、木の上に一人の人影、他でも無い山吹菫の姿。
妹がこっちに来ていた、ならあっちは本当に一人なのか。いや、もう一人が伏兵という可能性もある。というより、むしろこっちにも伏兵が……、考えうる選択肢の多さに、敵の戦術を読み切れない。
とにかく状況が変わった。こっちもうさぎの応援にはいけない。紫銅とは連絡が取れない以上、うさぎには何とか耐えてもらうしかない。
僕は木の上に立つ彼女、山吹菫を視界に収める。
「姉とは別行動なんだな?」
「いつもは一緒なんですけどね」
彼女は僕の問いかけに対し、軽く微笑みながら返す。ふと自分の足元に視線を落とせば、そこに刺さって居たのは金属製の矢のような物。そして再び彼女に視線を戻すと、彼女の手には小型の片手持ちクロスボウ。
「それがあんたの魔砲って訳ですか?」
「そうです。このクロスボウが私の魔砲。契猟弓(けいりょうきゅう)ですよ」
「随分気前よく教えてくれるんですね?」
思いのほか自然に回答を返す山吹妹に対して、僕はさらに言葉を続ける。
「強豪校は余裕ですね。そんな事ペラペラ話すなんて」
「いえ、そういうわけでないんですけどね。今更知ったところでどうにもならないので」
彼女の余裕な立ち振る舞いに不気味さを感じたのも束の間、敵の余裕の正体はすぐにわかる事となる。
「っ! あ、足が……」
足が全く動かない。というよりも、正確には地面から離れない。両足がピッタリと地表に着いたまま、どんなに力を入れても靴底が宙に浮くことは無い。
「無駄ですよ。影撃ち、陰に私の矢が刺さった人は、その場から動けなくなる。それが私の魔砲です。だから、今更説明したところでもう勝負は着いています」
「へぇ、それはどうかな?」
とは言ったものの、特に策があるわけではない。実際、ピクリとも動かない現状じゃ、次の射撃は回避できない。まさに万事休すか。
敵を拘束する能力に、クロスボウ故に発砲音も小さい。隠密性に関してはかなり優れた厄介な魔砲だ。
あれこれ打開策を考えて居ると、突然地鳴りのような揺れが起こり、閃光が僕の目の前を横断する。さながらレーザービームの様に僕の眼前をかすめて横切った光は、地を抉り木々を薙ぎ倒してまっすぐに通過した軌道に痕跡を残す。
しかし、おかげで僕の足元に刺さっていた矢も消し飛び、拘束が解除される。
「お? なんや、菫やないか!」
「なんや、じゃないよ! まったくもう……せっかく捕えたのに、おねえちゃんのせいで台無しだよ!」
「いんや! ウチの射線に入る方が悪いやろ」
光が飛んできた方向から声が聞こえ、視線を向けると僕らの前に現れたのは山吹の姉、楓とそれに相対するうさぎの姿。
「暮人! 良かった。無事だったんですね」
「うさぎ! なんでここに……」
「図らずとも、お互いに相方と合流してしもたみたいやな」
「おねえちゃんってば……、まあいいよ。予定とは少し違うけど」
両チーム二人が集結し、二対二の状況が形成される。敵の姉の方、楓の手元に目を向けるとそこには、圧倒的な存在感を放つクロスボウ。妹の小さなクロスボウに比べ、随分と大型の両手持ちのクロスボウだ。
「ま、むしろ好都合やろ? 決めようやないか。どっちが最強のコンビなんか!」
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