第39話 終結、魔砲学校対抗戦


 「見晒せウチらの必殺技! 超弩級開放破(ドレットノート・ディスチャージ)や!」

 

 山吹楓は座り込み、発光した弩を地面に置き引き金を引く。


 「ズドーン!!」


 戦場を真っ二つに両断した閃光は、一直線に通過した軌道を描く。木々を薙ぎ倒し地表を抉り取った光が消え去った頃、舞い上がった土煙は地面に降りて試合終了のアナウンスが響き渡る。


 「なんやねんそれ……。あーあ、つまらんな」


 山吹楓は倒れる敵たちを眺めて声を漏らす。

 こうして、三日間にも及んだ対抗戦は幕を閉じた。





 

 その夜、僕ら選抜選手が集められたホテルでは、表彰式を兼ねたパーティが催された。補欠も含め、全参加選手出席との事で多くの人で賑わう会場。勿論僕らもその中の一人として、その場に出席していた。

 

 「よぉ、暮の氏。なんだぁ、お疲れかぁ?」


 会場の隅、人気(ひとけ)の少ない場所にポツンと立つ僕に、飛鳥先輩が話しかけてくる。

 そういえば、数日前も似たようなことがあったな。と思いながらも僕も先輩に「お疲れ様です」と挨拶を返した。

 この対抗戦、振り返ってみれば一勝二敗と結果は振るわなかった。他校はと言えば、東専は全勝、天王寺は二勝一敗、白河は全敗。西砲(うち)は順位で言えば四校中、三位の位置となった。やはり、強豪校たる東専、天王寺は流石と言わざるを得ない。


 「なぁ暮の氏。最後の試合、グダグダだったなぁ?」


 「そう……ですね」


 そう、確かに僕らは最後の試合、何もできなかった。敗因は大きく分けて三つある。

 まず一つ目は単純に地力の差だ。連携重視のチームとばかり意識していたが、そもそも一人一人の力量で僕らは劣っていた。二つ目は、敵が紫銅と戦わなかった事だ。これまでの試合、敵の主力を抑えて居たのはいつも紫銅だった。しかし、敵がそう何度も紫銅との正面衝突を選んでくるとは限らない。そして三つ目は……


 「最後の一発なぁ。流石にアレは紫銅でも完全には受けきれなかった。ま、それでも片膝を着いた程度だったが」


 「そうですか。あっ、うさぎは……」

 

 「倉の氏ならさっきどっかで見たなぁ」


 飛鳥先輩は数回言葉を交わすと、気まぐれに何処かに去って行った。やっぱり僕としてはこういう場はあまり好かない。それに今は気になる事もある。

 試合の後からうさぎの姿を見て居ない。一体何処で何をしているのだろう。天王寺に負けたのがそこまでショックだったのだろうか。僕にだって勿論悔しさはある、でも、あれは完敗だ。敵は三人の強みを上手く組合わせて連携を成立させていた。

 それに比べて僕らと言えば、紫銅もうさぎも持て余していた。僕にもっとチームをまとめる力があれば、少なくとももう少しマシな試合になっただろう。

 僕とうさぎはこれまでもずっと一緒にやってきた。でも、今日の天王寺戦で思い知った。僕らのは連携じゃない。二つで一つと言えば聞こえは良いが、要は二人で一人前。対して山吹姉妹は二人とも強敵だった。僕らには課題がまだまだ多い。


 「ちょっとそこの、西砲のあなた。今よろしいかしら?」


 頭の中で一人、反省会をしていると急に声を掛けられて振り向く。目の前には綺麗な白銀の髪、色白の肌、まるで作り物の様だと錯覚するほどに綺麗な美少女が一人。身長は僕と同じくらいなのにその気品の漂う立ち振る舞いには、何故か向かい立つだけで緊張してしまうものがある。


 「ぼ、僕ですか?」


 「他に誰も居ませんわ。ワタクシ、ミシェル=クロニクルと申します」


 「ど、どうも。一角暮人です」


 彼女の自己紹介に僕が返すと、彼女は何やら品定めをするように、僕の事を足の先から頭までジロジロと観察する。


 「えーっと、ミシェルさん? な、何か?」


 「ミーシャで結構よ。そんな事より貴方。貴方の魔砲、とっても弱いのね?」


 「……い、いやぁ。お恥ずかしい」


 彼女は澄ました顔で言い放つ。

 思わぬ直球ストレートに、僕はほんの少し驚いたが、そんな事言われるまでも無く自覚している。その上、この娘みたいなエリートから言われたんじゃ、返す言葉も無い。


 「恥ずかしくなんてありませんわ? ワタクシも貴方と同じですのよ」


 「またまた、何言ってるんですか。試合見てましたよ?」


 全く、強い人はすぐこういう事を言う。謙遜も行き過ぎれば挑発にすら聞こえる。 


 「貴方にはそう見えまして?」


 「どういうことですか?」


 「確かにワタクシは強いですわ。誰かに言われるまでも無く、自分が如何に凄いかなんて自覚してますわ」


 前言撤回、謙虚さなんて微塵も無い。どや顔で言い放つ彼女に、なんだか少しだけムカついた。それでも不思議な事に、ここまでの美少女がドヤ顔で言うと何故か憎めない。もしこれが男だったら、思わず手が出てしまうところだ。


 「でも、ワタクシの魔砲自体は、全然特別な能力でもないんですの」


 「そうなんですか?」


 彼女の顔が急に真剣な顔つきに変わる。


 「装填速度強化。要はブローバックの速度を速めるだけのものですわ」


 「つまり、少し早く装填できるだけの拳銃みたいな物って事ですか?」


 確かにそれなら、能力としてはそれほど強力な物じゃない。あの変則的なフォームと神業的な早撃ちにばかり注目していたが、紫銅と戦っていた時もほぼ同時に三発の銃弾を発砲していた。一瞬に引き金を三回引く事も恐ろしいが、言われてみればそれ以前にブローバックが間に合わない。


 「分かっているかもしれませんが、能力だけが全てでは無くってよ?」


 「で、何が言いたいんですか」


 含みのある彼女の口ぶりに僕は痺れを切らした。確かに彼女も僕と同じく魔砲自体の能力はそう優秀じゃない。でも、僕よりも彼女が圧倒的に強い事だけは確かだ。

 要するに自慢か? なんて思いながらも僕は彼女に意図を問う。


 「努力家は嫌いじゃありませんわ。さっきから思い詰めて居た様子ですけど、何か困った事があればワタクシを頼ってもよろしくってよ。手ほどきして差し上げますわ」


 彼女はそう言って微笑むと、一枚の紙を渡してくる。貰った紙を見ると、そこには彼女のアドレスが書いてあった。


 「あれー? みくるちゃーん! 何処っすかー! あ、いたいた! みくるちゃーん!」


 僕とミーシャが話していると遠くから一人、こっちに迫って来る。あの制服、白河の制服か。と言うかよく見たら、この前の試合で戦ったパチンコ使いの人だ。


 「みくるちゃん! なんで無視するんすかー」


 「みくるちゃん、じゃありませんわ! 全く貴方は、ミーシャだと何度言えばわかりますの?!」


 「えーいいじゃないっすかー。愛称っすよ。ね? みくるちゃん!」 


 あっけらかんとしたチームメイトに手を焼いている様子のミーシャを見ていると、これまでの近づき難い雰囲気とは裏腹に彼女も普通の女子高生なんだな、と思えてくる。どうやら、勝手に壁を作っていたのはこっちの方らしい。


 「そ、それでは、また。ごきげんよう一角さん」


 「え、ああ。じゃまた、みくる……さん?」


 「あー! 貴方までっ! ミーシャですわ!」


 彼女は呼称を訂正すると、白銀に煌めく長い髪を揺らして去って行く。

それにしても「みくるちゃん」というのは、ミシェル=クロニクルを縮める所から来ているのだろうか。僕としては、なんとなくミーシャよりもそっちの方が親しみやすいと思わなくも無かった。


 「ちょっと良いかな?」


 ミーシャが去って間もなく、再び誰かが僕に声を掛ける。

 人目につかないように隅に居るというのに、一体なんだと言うんだ。そう思いながらも僕は声の主に視線を向ける。


 「どうも。自分は伊沢翔威と言います。西砲の一角さんですよね?」


 「あっ、はい。そうですけど、何ですか?」


 伊沢翔威。名乗られなくとも知って居る。彼が僕なんかに何の用だろうか。思ったよりも礼儀正しい。と言うのも失礼だが、温室育ちのエリートは、僕のイメージでは普段からもっと偉そうな奴なんじゃないかと勝手に思って居た。

 

 「あの一角さん」


 伊沢の顔つきが急に真剣になる。もしかして、何かしてしまったか。いや、当然心当たりはないが、この空気感はタダ事じゃない。

 そもそも、何もないのにあの伊沢翔威が僕に話しかけてくるはずが無い。


 「な、何でしょうか」


 恐る恐る僕は口を開く。すると彼は僕に一歩近づいて、徐に口を開いた。


 「本当にすみませんでした!」


 ビシッと姿勢を正し、頭を下げて謝罪する伊沢と予想外の言葉に、僕の思考が一旦停止する。


 「うちのコウ、いや、竜胆が失礼な事言ったみたいで……」


 「あ、ああ。そんな事、全く気にしてませんよ」


 最初は怒られるのかとも思ったが、どうやらそういう事でもないらしい。というより、そんな事をわざわざ言いに来るなんて思っても見なかった。

 突然の伊沢の謝罪で、周囲の人の視線がこっちに集まって来る。なんだかこれでは僕が謝らせているみたいじゃないか。急いで顔を上げてもらい。本当に気にしていない事を伝えると伊沢は仲間の元に戻っていく。

 本当に出来た人だ。才能にも恵まれている上に、あそこまで人として完成していると言葉が出ない。いっそ、性格だけでも捻じ曲がっている方が人間らしいとすら思えてくる。


 「いーすーみさんっ!」


 またしても。何だか今日は、やけに声を掛けられる。今度は一体誰だと言うんだ。三度僕は振り向いて、声の主に顔を合わせる。


 「えーっと、すみれさんでしたっけ?」


 「はい。山吹菫です。すみれで良いですよ?」


 「今日はホントによく話しかけられるな。それで、何か?」 


 彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


 「ふふっ。一角さん、チェスはお好きですか?」


 






 パ-ティー会場の外。賑わっている会場を抜け出して、ホテルの廊下、自販機近くのスペースで私はある人と話しをしていた。


 「話とは何ですか」


 「アホか、決まっとるやろ! なんで最後、あんな事したんや」


 思わず山吹楓から目を逸らす。


 「仲間を……助けようとしただけです」


 「そんな事聞いとらんわ。なんで最後諦めたんや! つまらん事されたせいで胸糞悪いわ」


 一体彼女は何をそんなに怒っているのだろう。試合にだって、あっちが勝ったというのに。こっちとて本気だった、私が怒られる云われはない。


 「あんた、アレが模擬戦やなかったら相方(アイツ)を残して死んどったで」


 「……それを言うなら、模擬戦じゃなかったら私は仲間を守れてたかもしれませんよ」


 私の言葉を聞くと彼女の顔つきは一気に変わり、私の胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。さらに彼女は私を睨みつけたまま、手首を返してグッと私を引き上げる。


 「そうやって、また全部背負わせるんか」


 「っ!」


 「気付いてないとでも思ってるんか? あんた、人が撃てないんやろ」


 彼女の放った言葉が、私の胸に突き刺さった。何も知らないくせに。私の事を何も知らないくせに好き勝手言ってくるこの人は、本当に気に食わない。

 人が撃てなくて何がいけないのですか。どうしてあなたたちの引き金はそんなにも軽いのですか。私にだって思うところは幾らでもある。


 「見てればわかるわ……。これまでもそうやって、ぜんぶ相方(アイツ)に背負わせてきたんやろ。あんた、恥ずかしくないんか?」


 「あなたに何が分かるんですか! それは私達の問題です。あなたに口出しされる云われはありません」


 私は山吹楓に言い返しながら、こちらの胸元を掴む彼女の手を無理やり解く。


 「まぁそうやな。でもな、見ててイラつくねん……昔のウチみたいでな」


 「ふん! 侵害ですね」


 私は崩れた制服を直し、パッパッと制服に着いたシワを伸ばす。


 「まぁええわ。別に、ただ最後にこれだけは言っておくで」


 「……何ですか」 


 急に彼女がグッと近づいて来て瞳を覗き込んでくる。


 「ちょっとは残された相方の気持ちも考えるんやな」


 自分から呼び出しておいて、山吹楓は言いたい放題言った後、その場を去ろうとする。


 「待ってください!」


 「なんや」


 「ならあなたは、どうすれば良かったって言うんですか」


 私が去ろうとする彼女に質問をすると、こちらに背を向けたまま彼女は足を止める。


 「もしも次にああいう事があったらな、引き金を引くしかないんや。そやないと、不幸になるで」


 「それは……、私がですか」


 山吹楓は真っ赤な短髪をふわっとなびかせながら再び足を前に出す。


 「……両方や」

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