第25話 戦いの後と残る傷跡、束の間の一時休戦


 「一角。奥の手は、取って置くものだ」


 僕の放った銃弾は、淡い希望と燃える戦意、その他丸ごとひっくるめて紫銅の刃に両断される。隠し持った第二の刃、逆手持ちのサバイバルナイフが光すら弾いて鋭さを主張する。

 僕の残弾が尽き、目の前が真っ白になると同時に試合終了のアナウンスが演習場にこだまする。


 「そ、そんな……」 


 思わず声が漏れた。手に持った魔砲がスルスルと滑り落ち、床に到達するとカタカタと音を立てる。対して紫銅は平然と息も切らさずに、ナイフを収め僕に背を向けた。


 「ま、待てよ! なんで……なんで最初から使わなかった。……手を抜いて居たのか?」


 「……手加減か。そもそもこれは守る為の刃。敵を切る為には不要な物だ」


 紫銅は背中越しに僕の問いかけに返してくる。

 結局のところ、勝負が始まってからずっと舐められていたって事なのか。しかしそれ以上に、そのこと自体に気付かなかった自分が情けなくて仕方ない。

 気付けば、立つ事すらままならずに膝を折っていた。両手を地に着き、頬から垂れ落ちる血が床に点を打つ。


 「それが手加減だって……言ってんだ。最初から、防御の必要すら無いと思ってたのかよ」


 「フンっ、手加減ではなく……単に侮っていただけだ」


 全く警戒していなかった。実際、他の武器を持ち込んではいけないルールは無い。だとしても、誰もが強力な魔砲、銃を持って居る中で近接武器はほとんど脅威にはなり得ない。だからこそ盲点だった。本来、全く役に立たないはずのソレが、銃弾を弾く為の盾として使われるなんて。他の生徒には到底真似できない、紫銅だからこその使い方。

 紫銅と幾つか言葉を交わしていると、演習場に審査役の教員たちが現れて僕らに移動を促す。紫銅は控室に、僕は医務室に誘導された。

 医務室に着くと、医務室の先生に説教ながらに止血され、刃物で抉られた片手を包帯でぐるぐる巻きにされる。体中に付けられた切り傷も、ガーゼやらなんやらで上から蓋をされ、すぐにベッドに寝かされた。

 戦っている最中は耐えられない程痛みではなかったが、落ち着いた今となっては信じられない程に痛い。先生からも、あんまり無茶な戦い方はしないようにとのお達しだ。一度ベッドに横になり、体中の力を抜くと、ドッと疲れが押し寄せてくる。この体中の痛みと徒労感が、敗北を改めて僕に実感させる。

 結局、大口を叩いておいて僕は何一つ成し得なかった。周りの反対を強引に押し切ったにも関わらず、自分の魔砲を晒した上に得たものは無し。完全なディスアドバンテージ。これでは今後の学園生活、僕らアンノウンが生き残る為の難易度が上がっただけだ。

 うさぎには無茶をするなと言われたのに、それを無視して僕は勝って来ると返した。しかし、現実はどうだ。無茶をした上に負けて帰ってきた。我ながら自分の無能さに腹が立つ。

 なぜ負けた。なぜ敵の片手が空いていることに疑問を持たなかった。もっと良い方法があったんじゃないのか。いろんな後悔が頭の中を巡る。今更あれこれ考えても仕方がない、そんな事ぐらいわかっている。それでもそうせずにはいられなかった。まるで、解き方のわからないスライドパズルのように、頭の中で何度も同じことを繰り返した。そして、次第に意識は遠くなり、僕はとうとう思考を止めた。





 『お兄ちゃん、大丈夫だよ。私が代わりに引いてあげるから……』


 『……おい、待てよ! だ、駄目だって、やめ……』


 『心配ないよ。私がお兄ちゃんの代わりにやってあげる。だから……任せて……』





 不意に喉の渇きを感じる。布がこすれる音、寝ぼけ眼に容赦なく差し込んだ真っ赤な西日。それらすべてが僕を睡眠という底なし沼から引っ張り上げる。

 久々に嫌な夢を見た。これ以上なく最悪の目覚めだ。

 窓から一直線に差し込む西日が、電気もついていないこの部屋を明るく照らしていた。自分の目をこすりながらあたりを見渡すと、此処は医務室。そして僕は、自分が医務室で休んでいたことを思い出す。どうやらいつの間に眠っていたらしい。

 もう夕方か。長らく眠っていたのだろう。そろそろ僕も下校しないといけない。そう考えていると、ふと、手に不思議な温かみを感じて視線を向ける。

 そこには僕の手を握ったまま、ベッドに伏して、眠ってしまった少女の姿。うさぎの無防備な寝顔があった。

 うさぎは、包帯で巻かれた僕の左手を、優しく両手で包むように手を添えている。きっと僕が寝ていた時、ずっと手を握って居てくれたのだろう。もしかしたら悪夢にうなされて居たのだろうか。うさぎの小さな両手から、優しさと温もりを感じる。

 でも、今の僕にはむしろそれが辛い。僕は一体、どんな顔をしてうさぎに声を掛ければ良いんだ。惨めさと、申し訳なさとがグチャグチャに混ざり、僕の頭の中を埋め尽くす。


 「ん、んぅ……」


 だが無情にも、時間は待ってはくれない。僕はまだ気持ちの整理が終わっていないのに、タイミングの悪い事にうさぎの意識が少しずつ覚醒していく。


 「……あぁ、おはようございます。暮人」


 「うん、おはよう」


 うさぎの言葉に、僕も精一杯いつも通りを演じて返す。何だろう、思ったよりもうまく笑えない。きっと酷い顔になっているだろう。

 暗くなってちゃだめだ。またうさぎを心配させてしまう。今回の事はもう終わりだ。謝って、割り切って、早く次に行こう。


 「……暮人?」


 うさぎが僕の顔を覗き込む。首を傾げていつものように見つめてくる。だから僕もいつものように。いつものように……


 「ごめんうさぎ。やっぱり僕なんかじゃ勝てなかったよ。魔砲を晒して、手傷まで負って、皆に迷惑かけてばっかりだ……」


 「暮人……」


 うさぎが心配そうに僕を見る。駄目だ。もっと上手く、明るく振舞わないと。笑顔を作らないと。


 「ま、まぁ! 選抜から外れたって、退学になった訳じゃないし! 別に大したことじゃ……」


 「もういいです!!」


 うさぎが急に僕の声を遮って大きな声を出す。さらにうさぎは、ベッドに座った僕の足を跨ぐように僕の正面に来る。


 「もういいんです。暮人は他人の事ばっかりです。チーム全員の為に効率よく単位を取らなきゃとか、チームの為に魔砲を晒す訳にはいかないとか、私の為に選抜に入るだとか……。もう、今日くらい素直になっても良いんです……」


 「うさぎ……」


 ベッドに膝を着き、正面で膝立ちになったうさぎが、ギュッと僕を抱きしめる。首の後ろに手を回され、耳のすぐ横にうさぎの息遣いが聞こえる。


 「チームへの不利益だとか、私への負い目だとかは要りません。今はアンノウンのリーダーとしてじゃない。一角暮人、個人として悔しがって良いんです」


 「僕は、僕は……」


 視界が滲んでいく。こんな感覚久しぶりだ。いつ以来だろう。もうほとんど記憶にない。多分だけど最後は、妹と別れたときだろうか。


 「本当に、本当に勝つ気だったんだ」


 「……はい」


 「みんなが無理だと言っても、周りが僕の価値を勝手に決めるなってさ」


 「……はい」


 「自分の弱さなんてわかってた。でも頑張って頭を使えば、策を講じればって……、死に物狂いになれば或いはってさ……」


 「…………はい」


 ただ、うさぎは僕の話を聞く。グッと抱きしめたまま静かに耳を澄ます。一方僕は、止めどなく涙が頬を伝っていた。息も乱して、時折情けなく声を裏返した。それでもうさぎは黙って僕の言葉を聞く。


 「でも、駄目だった。どうしてっ! なんで僕は、こんなにも弱いんだよぉ……。一人じゃ何も守れない。一人じゃ何も成し得ない。僕一人じゃ何もできない。自分の弱さが憎くて、憎くて仕方ないんだよぉ……」


 「いいじゃないですか。弱くたって」


 「良くないっ! この学園に来たのだって、強くなる為に、自分を変える為に来たんだ。なのに、なにも変わっちゃいない。西砲(ここ)でも他人に頼って、他人の力で勝って来た」


 「いいじゃないですか。頼ったって」


 「全然良くなんかないっ! そんなの僕の力じゃない……」


 首の後ろで組まれていた腕が解かれ、うさぎの顔が僕のすぐ目の前に。もはや鼻と鼻が当たりそうな程に近い。そして、不意にうさぎの腕が、僕の頭を抱え込むようにして胸元に抱き寄せる。


 「それだって、暮人の力です。暮人には人を惹き付ける力があります」


 「そんなものない」


 「少なくとも私は……、私はあなたの弾倉です。あなたがやれと言うのなら、私は何時でも能力を使います。再装填(リロード)は、あなたが使う私の能力なんです。私はこれをあなたに委ねても良いと思った。いえ、私にそう思わせるだけのものが、あなたにはあるんです」


 頭をうさぎの胸元に抱きかかえられて、心臓の音がすぐ近くで聞こえる。うさぎの鼓動が、うさぎの声が、うさぎの温もりが僕を丸ごと包む。


 「あなたが……、暮人が私を使って、私と暮人を守って下さい」


 「うさぎ……」


 「私、信じていますって言ったじゃないですか。信じていますは進行形ですよ。まだまだ私たちはこれからです。二人で強くなりましょう。暮人」


 「……うん。……ありがとう、うさぎ」


 こんなに本音を話すのは初めてだ。いつだって見栄ばかり張って、強がって、周りの目が気になって、他人に甘えたりなんて絶対に出来ない。

 でも今日だけ、今日だけなら……


 「うさぎ……」


 「なんですか?」


 「もうちょっとだけ……、もうちょっとだけこのままが良い……」


 「……はい」


 僕を抱きしめたまま、うさぎの手がゆっくりと僕の髪を撫でる。それが異様に心地よく、なんだかもう一度眠りについてしまいそうになる。仮に今もう一度寝てしまっても、今回は悪夢を見ることは無いだろう。

 この後も数分間、僕とうさぎはそのままゆったりと時間を過ごし、医務室の窓から西日が沈んで消えるまで、その場から動くことは無かった。


 そして、翌朝。今日からはまた、学園内での単位争奪戦に向け情報収集だ。これまで以上にいっそう気合が入る。確かに選抜予選で僕の手の内は晒したが、得るものが何もなかったわけじゃない。

 自分のクラスに着き、教室の扉を開く。教室に入りいつも通りまっすぐに席に着くと、僕は教室の異様な空気に気が付いた。

 明らかに、僕に視線が集まっている。さっそくマークされてるって事なのか。そう考えている矢先。突然、廊下に出ていたうさぎと静香が僕の元に駆け寄り、腕を掴んで連れ去ろうとする。


 「暮人、大変です!」


 「ちょっと来て! 一角くん」


 一体何のことかはさっぱりわからないが二人の慌てようを見るにただ事じゃない。僕は二人に引っ張られるまま廊下を駆け抜けていく。

 散々走った末、二人が止まったのはロビーの掲示板の前。僕は基本、学園内の掲示板なんてものは見ない。一体こんなところに何があるっていうんだ。


 「暮人、あれです!」


 うさぎが指さす方に視線を向けると、そこには一枚の張り紙。対抗戦選抜補欠選手、一角暮人の文字があった。


 「なんで……、あんなに完敗だったのに」


 「なに言ってんのさー、一角くんが教師陣に認められたからに決まってんじゃん!」


 そんな、確かに審査は勝敗とは無関係との事だったが、昨日の今日でまさかこうなるとは夢にも思っていなかった。

 うさぎがすぅっと僕の手を握る。それに反応して僕がうさぎの方を見ると、うさぎも僕の方に向いて微笑む。


 「うさぎ、もう一回だけ。僕の事を信じて待っていてくれ」


 「あたりまえです。一度と言わず何度でも!」


 終わったかに思えた僕の対抗戦は、思わぬ形で首の皮一枚繋がった。補欠といえど何とかメンバー入り。せっかく拾ったチャンスだ、今度こそものにして見せる。

 僕は思わず拳を固く握り込みガッツポーズを作る。


 「やる気になってるとこ悪ぃんだけどよぉ」


 不意に背後から声を掛けられる。突然の事に驚いて振り向くと、声の主は飛鳥先輩だった。


 「ついてこい暮の氏、ちょっと話がある。お前らにとって大事な話だ」

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