第24話 強さの証明、二対の刃と総力戦Ⅳ



 「ハァ、ハァ……。先に、教えといてやる。紫銅、お前の敗因は、強すぎた事だ」


 薄暗い演習場の中、睨み合い向かい立つ僕と紫銅の二人。僕の額からは大粒の雫が滴り落ち、魔砲を握る手のひらに汗が滲んでいるのがわかる。対する紫銅は息を切らしていないどころか汗一つかいていない。


 「敗因は強すぎた事……だと?」


 紫銅が不快そうに眉を潜める。


 「オレが負けるわけが無い。強くあらねば成らない。期待は裏切れない。キサマ如きに敗する事は、他の誰でもないオレが自身が許さない」


 紫銅の威圧感がいっそう膨らみ、奴の魔砲を握る右手に力が入っているのは僕からでも分かる。

 何か感に障ったか。いや、しかし関係無い。むしろ好都合だ。冷静さを失ってくれるならそれに越したことは無い。反撃誘発(クロスカウンター)だって、いつでもどこでも必ず自在に使えるって訳じゃない。厳密にはそういう風になりやすいというだけの事象。勿論、相手が慣れてしまえば成功率どんどん下がる。例えるなら、花火大会の一発目の花火は大きな音に少しくらいビクッと反応する事もあるが、時間が経つにつれて慣れていき、後半には何発花火が上がろうが爆ぜようが一ミリだって驚きやしない。いうなればそれと同じことだ。僕の小細工なんていつまでも通用するようなもんじゃない。

 ならばこそ言うまでも無く、長引けば僕が不利なのは明白。紫銅が挑発に乗って来るようならその分勝負は早く尽くし、焦りが出てくれば反射誘発(クロスカウンタ―)も使いやすくなる。


 「如きって……、随分言うじゃんか」


 「キサマは自分が強いとでも?」


 当然ながらそんな事、思ったことは一度だってない。むしろ、自分に力があればあの時妹を、そんな事ばかり毎晩のように考えているくらいだ。

 自分の弱さなんて人に言われるまでも無く一番自分が自覚している。それでも、それを諦めて開き直ったりはしない。勝手な話だが、自分では認めていても他人からそう見られることは好きじゃない。しかし、感情論で力の差は埋まらない。つまるところこんなモノ、煩わしいプライドに過ぎない。

 何が煩わしいって、いつまで経ってもコレを捨てられないところだ。だから今もこうして虚勢を張り続けて居る。うさぎが僕に降りろなんて言うから、僕も思わずムキになってしまったかもしれない。それでも、僕より先に周りが僕を諦めるのが少しばかり頭にきて、おこがましくもうさぎに任せろなんて、信じろなんて言ったんだ。

 今回ばかりは、この戦いだけはうさぎの為にじゃない。他でも無い僕の為に、うさぎの信じた僕を守るんだ。


 「それは、僕が強いか弱いかなんてのは、この戦いが終わった頃にははっきりしているさ」


 「……もしもキサマに負けるような事があれば、これまでオレに淘汰されてきた人間を冒涜する事になる。当然そんな事にはさせない」


 肘を曲げ、胸の前に銃剣を構える紫銅。彼の低姿勢の構えと、刺すような殺気が今一度の攻勢を予感させた。

 低空を滑空する猛禽類のように凄い速度で向かってくる紫銅。僕が敵の初動を認識した頃には既に目前、懐の中に飛び込まれていた。


 「は、速くなってる!」


 下からすくい上げるように振り上げられた刃は、照明の光を反射して白い軌跡を描く。太ももに掠り傷を負いながらも、間一髪のところで回避して空砲で応戦する。銃口を向け引き金を引くだけでも、ある程度の牽制力はある。まして反応出来てしまう紫銅には、空砲か実弾かを判断するよりも、どちらにせよ躱してしまう方が合理的である為に回避行動を取ってしまう。

 僕にとってはそれで再び距離を取れるのだから有難い。


 「よし、これでまた仕切り直し……」


 横向きに飛び退き銃口から外れた紫銅は勢いそのままに再び突進してくる。それに合わせて僕も応戦し、敵は再びそれに回避行動を取る。


 「くっ、ここが踏ん張りどころか!」


 突進、回避、迎撃、回避の順に繰り返し、お互いに休むことのない膠着状態。前後左右、四方八方から高速で接近しては、銃剣を一振りしてそのまま通過する。僕を取り巻く円周上でそれを無数に繰り返し、紫銅の足は止まることなく駆け続ける。

何度も突撃してくる敵に、僕の眼は追い付かずに少し遅れてそれを追う。繰り返す度に次第にそのズレが僕の体に切り傷を増やしていく。手足や体、顔の至る所に銃剣の刃が触れて、赤い線を刻み付ける。


「ハァ、ハァ……」


 体中が痛い。息も切れてきた。相手の動きが鈍くなる気配は無い。まさに無尽蔵のスタミナといった感じか。このままじゃそう長くは持たない。とはいえ最初から持久戦のつもりは無い。

 散々体中切り付けられて、やっと目が慣れてきた。少しずつだが敵の動きをなんとか捕え始め、思考する余裕が生まれ始めた。

 しかしながら、敵の動きに慣れ始めたのはこちらだけじゃない。紫銅も僕の迎撃に対して、回避が最小の動きに最適化され始めている。このままいけばもはや牽制にもならない。

 仕掛けるならこのタイミングしかない。まだ少しでも僕の迎撃が意味を持ち、敵の動きを捕え始めたこのタイミングで一世一代の大博打。勝負をかける。


 「紫銅、もう飽きてきた頃だろ? そろそろ決めないか?」


 僕は笑顔を作って紫銅に話しかける。傷だらけになりながらも無理やり笑顔を作り、相手に気づかれないように魔砲を左手から右手に持ち変える。

 失敗すればただじゃすまない。それでも、恐れを悟られてはならない。悟られる嘘に意味は無い。これまで以上に真に迫った殺気を、威圧感を放たなければならない。今度こそ実弾であると敵に思い込ませる。錯覚させる。タイミングは外さない。さっきから何度も見ていた動きだ。出来る事はもう全部した。


 「…………黙らせる!」


 ダンっ地面を蹴る音と同時に、僕の背後から紫銅がこちらに突進してくる。例のごとく低姿勢に一直線、紫銅の魔砲の銃剣が、そのあまりの低さに床と接触して微かに火花を散らす。

 敵の動きは目で追えている。僕は振り向き様に敵に銃口を向け、引き金に指をかけた。紫銅が僕の間合いに入り込み、刃を着剣した魔砲を振りぬこうとした瞬間、手首を返す僅かな動きを僕の視界が捕えた。

 相手が手首を返し刃が振り上げられる直前、僕は最大限の殺意を持って引き金を引く。放つのは空砲。しかし、わかっている僕自身すら本当に実弾が出るかもしれないと錯覚する程、真に迫った嘘。それはほんの一瞬だけ敵の判断を鈍らせる。

 さながらそれは猫だましのようなもの。大抵の動きに対して、見てから反応出来る紫銅にはその程度で大きな隙は作れない事は勿論理解している。でも、今の僕には、そのほんの一瞬だけあれば十分だった。


 「……なっ!」


 空砲の発砲と同時に最小限の動きで銃口から外れる紫銅。しかし、彼の意表を突いたのは僕の前進だった。

 高速で刃が届く距離まで詰めてきた紫銅に対して、僕も前に一歩踏み出して、二人の距離をさらに縮める。それは当初紫銅が想定していたのよりも僕の一歩分至近距離。今すぐにでも刃を振り抜かなければ間に合わない程の距離感。

 この戦いが始まってから、一度たりとも僕からは攻めず待ちに徹した戦い方。それが敵に対して、こちらからの一転攻勢は無いと思い込ませた。この瞬間の為に長い時間をかけて作った一回限りの不意打ち。虎は獲物を追うばかりで、逃げる獲物がUターンしてくるとは夢にも思わない。これまで以上に近くで突き付けられる銃口が紫銅に与えるのは、恐怖感。狩る者から一転、自分が狩られるものに変わる恐怖感だ。

 紫銅はとっさに目前の銃口から顔を逸らし、銃剣を振り上げようとする。


 「知ってんだよっ!!」


 「……っ!」


 しかしそれは僕も想定内、何も持っていない空いた左手を使い、紫銅の銃剣を逆手で掴む。

 刃が手のひらを裂いて、血が大量に滴り落ちる。激痛が手から伝わり、全身に電気が通ったように神経痛が走った。

 それでも、離す訳にはいかない。痛みに耐えつつも、グッといっそう強く握り込む。


 「くっ、やっと捕まえた。これでチェックメイトだ」


 紫銅がぐりぐりと魔砲を僕の手から引き抜こうとする度に、僕の手から激痛と大量の血が溢れ出す。それでも当然離す気は毛頭ない。

 僕は痛みをこらえ、今一度銃口を紫銅に向ける。今度こそ回避はさせない。銃剣での迎撃だってさせやしない。刃は逆手で取った。仮に発砲されたってこの向きじゃ被弾はしない。耐え抜いて、耐え抜いて、最後の最後に出し抜いた。引き金に指をかけ、抵抗する紫銅に狙いを定める。


 「紫銅。奥の手は、取っておくもんだ」


 引き金を引くと同時に発砲音が演習場に鳴り響く。この戦いの終わりを告げる発砲音が。


 「一角暮人……、期待以上だ」




 『兄ちゃんがコレを閃にあげよう。コレを使って皆や自分を守るんだ。使い方を間違えちゃ駄目だぞ?』




 発砲音に紛れて小さな金属音。認識の範囲外、紫銅のもう片方の手に鋭く輝く逆手持ちのサバイバルナイフ。


 「もう一本……隠し持って……」


 「一角。奥の手は、取って置くものだ」


 紫銅が隠し持っていたサバイバルナイフによって、僕の起死回生の一発、最後の銃弾が弾かれる。

 錯覚していたのは僕の方だった。出し抜かれたのは僕の方だった。もう僕に反撃の手立てはない。僕の銃弾が三発とも尽きたのを見て、無情にも試合終了のアナウンスが演習場に響き渡った。

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