第26話 下剋上、運命の奇襲作戦Ⅰ



 さーっと優しく風が吹く。今日も今日とて誰も居ないピロティ。

僕とうさぎの二人は、飛鳥先輩に呼び出されていつもの場所に来ていた。


 「で、話って何なんですか?」


 「まぁそうだなぁ。その前に一つ、謝らなきゃならねぇ事がある」


 「なんのことですか?」


 飛鳥先輩がいつになく歯切れが悪い。一体どうしたのだろうか。


 「オイラとした事が、勘違いしていたみたいだ。暮の氏、お前に嘘の情報を流しちまった」


 「どういうことですか?」


 イマイチ先輩が何を言っているのかわからない。僕と先輩の話を聞いているうさぎも、キョロキョロとして状況を把握しきれて居ないように見える。

 僕らが困惑しているのに見かねて、飛鳥先輩が話を続ける。


 「この前した話だが、対抗戦の事だ。オイラは獲得した単位を、他の生徒に渡せるって言ったよなぁ? だが、残念ながらそれは選抜選手間での話に限るらしい。オイラが勘違いして、ガセネタを流しちまった」


 「……え?」


 やっと僕らにも状況が掴めてきた。


 「つまりだ。暮の氏だけが選抜に残ったとしても、倉の氏に単位を委譲する事は出来ねぇって事だなぁ」


 飛鳥先輩は状況を整理して淡々と説明する。

 選抜決定戦が終わった今となっては、もうどうしようもない。そもそも最初からうさぎが参戦していたとしても、対人戦じゃあうさぎには厳しかっただろう。

 僕も選抜にはなったものの、これではあまり意味が無い。勿論、自分自身の為に対抗戦に臨めば良いのだが、何故だろう。不思議な事にやる気が出ない。戦う理由とは思いのほか重要で、それ自体が自分のポテンシャルに直結するほどだ。


 「暮人。しつこいようですが私は単位なんて無くとも大丈夫です。そんな事よりも、自分の為に戦って来てください」


 僕の気が落ちているのを察してか、うさぎが僕に微笑みながら声を掛ける。

 うさぎはこんな事、最初から一ミリだって気にしちゃいない。今も僕ばかりが一人で勝手に気にしている。

 もういい加減諦めるしかないのかもしれない。ここまでは何とか縋り付いて来た可能性。しかし、根本からそれを覆されてはどうしようもない。


 「なぁおい、勝手に話を進めんなよなぁ」


 僕らの様子に見かねて、飛鳥先輩が再び口を開く。


 「情報屋のオイラが嘘の情報を流しておいて、「すいません間違いでした」で済ますと思ってんのかぁ?」


 先輩はそういうとニヤリと笑みを浮かべ、制服の胸ポケットからピンク色の手帳を取り出す。


 「一体どういう事ですか?」


 「これでも、オイラも悪いと思ってんだぜぇ? だからなぁ、詫びと言っちゃなんだが一つ、打開策を考えてきてやった」


 「打開策……ですか?」


 「ああ、倉の氏を今からでも選抜に入れる方法をなぁ?」


 先輩がまっすぐに僕を見つめ、僕もそれに応えるように見つめ返す。


 「ちょっと待ってください! どんな方法かは知りませんが、もしも危険な方法ならば私は反対です」


 僕と先輩の話にうさぎが割り込み、激しく抗議する。だが、もはや僕の中に選択肢などない。

 どんな方法なのかは、聞いてみてからでないとわからない。しかし、今更そんなものをチラつかされて、素直に引き下がれるほど僕は諦めが良くは無い。

 またしても、うさぎの反対を押し切る事になるかもしれない。それでも、僕はほんの少しでも可能性があるならば、それに賭けるしかない。


 「先輩、教えてくれませんか? その方法」


 「いいねぇ。ただ、楽じゃないぜぇ?」


 「暮人っ!!」


 うさぎが僕の袖を掴み、抗議はさらに勢いを増す。


 「うさぎ、僕はやるよ。どんな方法でも」


 「どうして! どうしてそこまでするのですか!? 私はもういいと何度も」


 「良くないよ。このままじゃ、僕が前に進めない」


 痛む心を抑え、うさぎを制止する。うさぎがもう良いと言っているのに僕が続けようとするのは間違っている、そんな事は分かっている。でも、もはや理屈じゃない。これは僕の意地だ。負けたままでは終われない。このままじゃ何も変わらない。いつも形だけの反省をして、それで前に進んだ気に居なっているだけじゃだめなんだ。


 「手短にいこう。方法は一つ。暮の氏、お前が他の選抜メンバーを退学させろ」


 瞬間、周囲の雰囲気が変わる。ピロティに吹く風が、飛鳥先輩の黒いローブとうさぎの柔らかい茶髪を靡かせる。

 勿論、その方法が全く頭になかったわけじゃない。


 「でも、たとえ誰かを落とせても、また予選が行われるだけなんじゃ?」


 「ギリギリになってからやればいい。対抗戦の一週間前、もう一から後釜を探す時間が無いところで決行すりゃあ良いんだ」


 「でも、それでうさぎが選べれるかは別じゃないですか?」


 僕は疑問を呈す。例え枠が空いたからと言っても、当然そこに入る生徒がうさぎとは限らない。

 飛鳥先輩は僕の質問を受けると、さらに話を続ける。


 「もしも、欠員が出れば、当然誰かで埋める事になるだろう。だから、残りのメンバー全員でその枠に入れる生徒を推薦すればいい。メンバー全員で推せば、学園側も無視は出来ないだろうなぁ」


 つまり、僕が誰か一人を落とすことが出来れば、飛鳥先輩と僕、それにのこりのもう一人でうさぎを推薦すれば、確かに補欠枠にねじ込めるかもしれない。でも、その為には紫銅、もしくは皇先輩の内、どちらかを倒さなければならない。はっきり言ってかなりの難易度だ。

 

 「そもそも、最後の一人がうさぎを推薦してくれるんですか?」


 「そこはオイラが何とかしよう。それで今回のミスは帳消しって事だ」


 「……なるほど」


 僕は先輩の話を一通り聞いて、しばし考え込む。

 実行するか否かではなく、どちらを標的にするかだ。紫銅とは既に戦った事があるが、それはプラスにもマイナスにもなりうる。もう一度、僕が紫銅と向き合って、瞬殺されないとは限らない。

 そもそも、この作戦にアンノウンが付き合ってくれるか、というのも保証はない。うさぎは反対している上、耕平や静華にだって戦う理由はない。

 最悪の場合、僕一人で戦う事になるかもしれない。そうなれば紫銅との闘いは前回の二の舞。いや、それ以下に終わるかもしれない。


 「んで、どっちとやるんだ?」


 「暮人……、やはりやめましょう……。傷だって治って居ません。博打を打つなら今じゃなくても良いでしょう?」


 二人が同時に僕に言う。

 実際、僕は一人じゃどちらにも勝てないかもしれない。仲間だってついて来てはくれないかもしれない。分不相応な作戦。不可能を語る指揮官に、ついてくる仲間なんて居るはずも無い。

 でも、僕にも引けない意地がある。強がりでも僕はうさぎに「任せろ」と言った。だが負けた、あれは嘘になった。でもここで諦めたら、「任せろ」なんて言った事自体が嘘になってしまう。吐いた嘘すら無かった事にしてしまう。

 嘘ばっかり、見栄ばっかり張ってきた人生だったけど、一度ついた嘘に嘘を重ねる程、僕は自分の言葉を軽くしたくない。


 「先輩、僕はやりますよ」


 「そう来なくっちゃなぁ」


 飛鳥先輩は心なしか嬉しそうに声が弾む。


 「どうしてですか!? こんなに言っているのに……。私、協力しませんよ?」


 先輩に反して、うさぎはやはり反対する。正しい事を言っているのは、うさぎの方なのだろう。


 「それでも、僕はやるよ」


 「……。良いでしょう、わかりました。今回ばかりは好きにしてください。私は止めましたよ」


 うさぎは、そういうと怒りをあらわにしてこの場を去って行く。

 ここ最近、僕は心配してくれているうさぎの反対を押し切って無茶ばかりしている。自覚はあるが、こればかりは仕方ない。


 「良いのかぁ?」


 「ええ、僕が悪いので」


 飛鳥先輩が微かに笑う。


 「なら、謝る為にもちゃんと勝って来ねーとなぁ?」


 「そうですね。本当に」


 また一つ、負けられない理由が出来た。この学園に入ってから、いや、それ以前から、僕には勝つ力も無い癖に負けられない理由ばかり増えていく。身に余る荷物が僕にはある。

 先輩は手帳のページをペラペラと一枚ずつ捲る。


 「なぁ暮の氏」


 「何ですか?」


 パタン。先輩が音を立てて手帳を閉じる。


 「オイラが言う事じゃねぇが、一緒に居るうちは耳を貸した方が良い。うざがって無視するのなんざ、後から幾らでも出来るからなぁ……」

 

 「飛鳥先輩……」


 正直先輩が何を言っているのか、僕にはわからない。先輩がどうしてそんな事を言ったのかも。もしかすると先輩にも過去に何かあったのかもしれない。

 でも、これ以上は突っ込むべきじゃない。そう思った僕の唇が、続く言葉を遮った。


 教室に帰ると、うさぎの機嫌は露骨に悪かった。仕方ない、わかっていた事だが自業自得だ。

 帰りも、いつも通り、四人では帰るもののうさぎは僕とは口を利かない。今回は相当怒っているらしい。出来るだけ他の生徒と接触せず、何とか学園内の敷地を出る。

 西門から外に出て、ほっと一息つくと、僕らは足取り軽く新宿駅に向かって歩き出す。


 「二人ともかどうしたの? 今日はなんだか変じゃない?」


 僕らの様子に見かねて耕平が口を開く。


 「別に」


 うさぎは不機嫌そうに耕平に返すが、このままでは拉致が空かない。

そう判断した僕は、事の一部始終を耕平と静香の二人に話した。遅かれ早かれ二人には言って置かなければいけない事だ。


 「ボ、ボクの知らぬ間にそんな事が」


 「なるほどねー。で、どっちと戦うのー?」


 「ちょっと! 何やる気になっているんですか貴方は」


 「え? 戦うんじゃないのー?」


 耕平と靜華は突然の展開に驚きながらも、靜華に関しては以外にも乗り気でだった。耕平も驚きはしたものの、協力はしてくれるらしい。


 「どうして誰も反対しないんですか!? 暮人は未だ怪我が治っていないんですよ?」


 またしてもうさぎは必至に周りを説得する。僕の事を心配しての事だとわかっている故、心が痛い。

 僕が口を開こうとした時、それよりも早く二人が動く。


 「仲間を助けるのに、理由なんて要らないよ」


 「うさぎちゃんが来ないならー、あたしが一角くんを後ろから撃っちゃうかもね」


 二人の言葉を受けて、うさぎがゆっくりと僕の方を見つめてくる。ほんの少しだけ青みがかった澄んだ瞳が、突き刺すように僕を見つめる。


 「……今回だけです。これで暮人のわがままを聞くのは最後ですから!」


 「うさぎ……」


 「それと、暮人を後ろからなんて撃たせません」


 「それじゃーしっかり守らないとねー?」


 「当たり前です。言われなくとも一秒だって目を離したりしません」


 靜華がうさぎを煽り立て、何とかうさぎもやる気になってくれた。一時はどうなるかとも思ったが、これで一対四。選抜メンバー相手でも勝機が出てきた。


 「ていうか加賀見くん。別にあたしは、一角くんやうさぎちゃんの為にやる訳じゃないけどー」


 「じゃあ何の為なの?」


 「選抜組を一人倒すだけなら、一角くんが打ち取らなくても良いんでしょ? なら、別にあたしが倒してしまっても構わんのだろう? なーんちゃって」


 「なるほどね。じゃあそういう事にしておくよ」


 「あー! 何その言い方―!」


 珍しく静華が耕平にいじられているのを見て、なんだか空気が軽くなった気がした。思えば、いつからだろうか。何時からか、耕平と靜華の距離感がやけに近づいたように思える。


 「皆、ありがとう。決行のXデーまでは未だ時間がある。その間に準備を整えて絶対に勝とう!」


 「「「了解!」」」


 アンノウンがいつになく一つになった気がする。やはり僕には一人で戦う力は無い。でもこの四人でなら、僕はどんな相手にだって負ける気がしない。


 「時に暮人、標的をどっちにするかは決めたのですか」


 駅へ向かう道すがら、隣を歩くうさぎが僕に尋ねてくる。


 「うん。敵は……」


 本当は飛鳥先輩と話していた時から、答えは出ていた。


 「学内ランク暫定一位。三年、皇刻成(すめらぎときなり)先輩だ!」


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