第48話 嘘と信頼


 「やぁ、久しぶり。待ってたよ、うさぎ」


 その場の全員が見上げる先には、見間違えもしない一人の人影。片膝を立てるように足を組んで座り込む男子生徒の姿。


 「暮人っ!!」


 思わず鼓動が高鳴る。久々の再会、あの日以来、一度たりとも連絡すら取って居ませんでした。

 昨今、西砲生が行方不明になる事件も含め、私はずっと内心心配していました。でも、暮人は未だ無事、退学にもなって居なかった。本当に良かったと心の底から安心する。


 「暮人が私を呼んだのですか? それにこれは一体……」


 私が質問を投げかけると、彼は小さく鼻で笑う。そして懐かしくも優しい笑みを返してくる。

 でも何故でしょうか。何故かその笑みが、ほんの少しだけ出来過ぎた作り物のように感じてしまう。待ち望んだ再会で、多少自分の中で美化されてしまったのかもしれない。もしかするとそれ故に、そう感じてしまったのかもしれない。


 「聞きたいことは沢山あるだろう。あれから色々とあったからね。順を追って説明するよ」


 「色々?」


 彼は、私と話しながら徐に立ち上がる。すると、いつの間に周囲の生徒達が、彼の方に向き頭を垂れて跪いていた。その異様な光景に、私は呆気に取られてしまう。


 「まずは紹介しよう。これが僕の新たな軍、dummyだ。この場にはせいぜい数十人しか居ないけど、全体では百人近く居る。そうだな、簡単に言えば新入生を除く全ての在校生が、このdummyに所属していることになるね」


 「新入生以外の……全ての在校生……」


 今年、大量に新入生の受け入れを行い、再入学措置までした西砲学園ではあるが、全校生徒数は約四百人弱。つまりdummyには、既に居るだけでも学園の四分の一を占めていることになります。

 その上在校生という事は、ほとんど全員が二年生以上。それはまさしく、学園内最大勢力というに値する。

 

 「まぁ、そんな事は良いんだよ」


 暮人は真っ直ぐに私を見つめ、彼の視線が私の瞳を貫いてくる。彼に瞳を覗き込まれると、不思議と内に秘めた私の全てを見通されたような、そんな錯覚に陥った。


 「単刀直入に言おう。うさぎ、もう一度僕の元に来い。僕にはお前が必要だ」


 暮人は微笑みながら私に訴えかける。

 そんな申し出、私が断る筈もありません。当然、私はもう一度暮人と……。 


 「当たりま……」


 「お待ちくださいっ!!」


 そして、私がそれに応えようとした時。群衆の中の一人の男子生徒が声を上げる。私を含め、その場の全ての視線が、その男子生徒の元に集中しました。


 「覇将(はしょう)様。僭越ながら申し上げます! この者が覇将様のお気に入りなのは存じておりますが、我々は尊き理想の為の革命軍。果たしてこの者が、覇将様の理想の一端を担うに相応しいか、試させて頂きたく存じます!」

 

 男子生徒がそう言うと、周囲の生徒達はそれをキッカケにざわつき出す。

 周囲の異変に何か不気味な違和感を感じる。暮人と再会できたのは良かったものの、正直、私は未だ状況についていけて居ません。


 「君は……、二年生の森君だったかな?」


 「じ、自分の名前を覚えていて下さるなんて! 光栄です!」


 暮人は優しい笑顔でその男子生徒に話しかける。そして彼も、思わず笑みを浮かべる程に感激している様子。それほどまでに暮人を慕っているという事なのでしょうか。

 暮人は高台の上に立ち、大勢の生徒を上から眺めたまま、話を続ける。


 「つまり君は、僕の物を君の物差しで測りたいと?」


 「えっ……、いや、それは、その」


 突如、男子生徒の表情から、笑みが消えた。


 「もういい」


 「ち、違います! これは……」


 「黙れ。動くな。」


 「……ッ! ……ッ」


 暮人がそう口にすると、途端に男子生徒は黙り込み、ピクリとも動かなる。

 一体何が起こっているのか、私には全くわからない。ただ一つわかるのは、その男子生徒を見る限り、彼は口を閉じたのではなく塞がれた、動かなくなったのではなく動けなくなったのだという事。

 必死に抗おうとするも、ピクリとも動かず声も出せない彼に、暮人はゆっくりと腰元から取り出した魔砲を構え、魔砲を横に寝かせるようにして彼に銃口を向けた。


 「君はもう要らない」


 暮人が引き金を引き、一発の銃声が鳴り響くと、それと同時に先ほどまで微動だにしなかった男子は後方に倒れ、そして気絶した。

 あまりに突然の事で頭が着いて行かない。今、私の前で一体何が起こったのか。目を背けていた訳でもなく、私はただ単純に理解出来ずに居ました。


 「暮人……、何を……」


 「何って、僕らの邪魔をする奴を始末しただけさ」


 「邪魔って。仲間だったんじゃないんですか?!」


「何を言ってるんだよ、うさぎ。他人を撃つのに理由が要るのか?」


 瞬間、暮人は不敵な笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「裏切りや反抗心は伝播する。組織を統率するには、そういった不純物は間引いて行かなきゃならないんだ」


 「一体、どうしてしまったのですか。暮人」


 動揺を隠せない。私はまさしく絶句していた。自分の目を、耳を疑っていた。今目の前に居るのがあの暮人だという事を信じられなくなるほどに、私は困惑していた。

 人はたった四ヶ月でこうも変わってしまうのか。私の知らぬ間に暮人の身に何があったのか。そんな事が頭の中を巡っていました。


 「これでもう文句を言う奴は居ないだろう。さぁ、うさぎ。こっちへ来い」


 暮人が優しく呼びかけてくる。しかし、もう今の私には、その微笑みもまっすぐには見えない。


 「暮人……あなたは、そんなにも歪んでしまったのですね……」


 悲しみが込み上げてくる。こういった事は、何も暮人に限った事ではありません。

 西砲学園では日頃から、お互いを蹴落とし合い、騙し合い、そして傷つけ合う。裏切る事も裏切られることも日常茶飯事。生徒の中には、周囲の人を誰も信じられなくなったり、学園で過ごす内に入学前と大きく性格が変わってしまう生徒も珍しくない。

 それでも、他でも無い暮人が、ここまで歪んでしまったという事実は私にとって大きなショックでした。

 一人、この場で唯一違う目線に立つ暮人は、再び口を開く。


 「僕が歪んでいる?」


 彼は口元を片手で抑え、笑いながら言う。


 「歪んでいるのはこの世界の方だろ? 際限なく無作為に不幸を振りまいて、幸福は失うその瞬間まで気付かせ無い。こんな不幸に満ちた世界じゃ、誰一人本当の意味で幸せには成れない」

 

 「だったら、どうしようというのですか」 

 

 「簡単さ」


 暮人は天高らかに魔砲を掲げ、宙に銃口を向ける。そして引き金を引くと、一発の空砲が轟いた。


 「この世界を丸ごと騙して塗り替えるのさ。心理も摂理も書き換えて、人々が信仰する架空の神に代わって、僕がこの世界の調律者となろう。全ての戦いを滅し、全ての不幸を絶つ。人類を調整する世界の歯車として、僕はこの世の一部と化す」


 「そんな事、本当に出来ると思って居るのですか?」


 「出来るさ。でも、勿論僕一人では無理だ。その為にはまず手始めに武力が居る。その為の軍隊がこのdummyと言うわけさ」


 「争いを無くすために、戦争をするというのですか」


 私は、真っ直ぐに暮人の瞳を見つめ、彼に問いかける。


 「そうだ。一度、世界中の軍事力を全て掌握する事からこの計画は始まる。まずはこの学園を掌握し、そして他の魔砲学校も制圧する。その後に日本中の魔砲協会を手中に落とし、行く行くは地球上全ての魔砲を、軍事力を掌握する」


 「暮人っ、正気に戻って下さい! 無理に決まっています!」


 「僕は正気さ。まだ今は最強の軍を作る為の下準備。そして、その中には必ずお前の力が必要だ。うさぎ、殺気は邪魔が入ったけどもう一度聞こう。僕の元に来い」


 暮人はこちらに手を伸ばし、差し伸べてくる。しかし、その時にわかってしまった。


 「暮人、ペアリング、つけてくれて居ないんですね……」


 「ああ、魔砲を握るのに邪魔だからね」


 それは、彼の誕生日に去年、私がプレゼントしたお揃いのペアリング。私は暮人と連絡を取っていなかった四か月の間も、これを見て心の支えにしてきた。

 これは私が西砲に居たという証明であると共に、私と暮人の最後の繋がりだと信じて居たから。


 「最後に一つだけ……、聞いても良いですか?」


 「なんだい?」


 「あなたが必要なのは私ですか? それとも……わたしの能力(チカラ)ですか?」


 「そんなの決まってるじゃないか」


 暮人は最大級の笑顔を作って言いました。


 「うさぎ、お前自身の方だ」


 まるで胸を貫かれるようだった。こんなにも、こんなにも残酷な事があるなんて。


 「暮人……あなたは……」 


 涙が目に溜まり、零れ落ちないように私は必死に我慢する。ぐっと握り込んだ拳をゆっくりと開きました。


 「あなたは嘘吐きです!」


 即座に太ももから魔砲引き抜いて、構えるとほぼ同時に引き金を引く。銃弾は真っ直ぐに彼の元へ。空気を抉り、回転しながら突き進む。

 しかし、着弾する寸前ギリギリのところで、カンっという金属音と共に銃弾は彼方に消えた。


 「ら、羅将(らしょう)様……。羅将様だ!」


 私を取り囲む生徒達が騒ぎ立てる。

 それは、突然に姿を現したもう一人の生徒。唯一違う目線に立っていた暮人と肩を並べて立つ男子生徒。しかし、私はその姿にも、見覚えがあった。


 「一角(いすみ)、躱せる時は自分で躱せと言ったはずだ」


 「すまない閃(ヒカル)。でもあれは弾かなくても当たらなかったと思うよ。うさぎには僕は撃てない」


 「その慢心、失着に成ら無ければ良いがな」


 「……わかったって。気を付けるよ」


 他の生徒達とは違い、暮人と対等に話すその生徒。私はその人の予想外の登場に、ほんの少し、頭の中が真っ白になって居ました。


 「うさぎ、紹介しよう。我らがdummyの最高位である二将にして、僕と対になる片翼。羅将(らしょう)、紫銅閃(しどうひかる)だ」


 「紫銅さん、どうしてあなたと暮人が……」


 「閃はdummy最強の戦力にして、僕の最高の盾だ。もはやこの学園に僕らを止める者など居ない。人数で言うならばまだ学園の二五パーセントでも、勢力図で言えば僕らはこの学園を既に制圧しつつある。新入生を取り込むのも時間の問題だ」


 暮人は、私に銃口を向けられたにも関わらず、何事も無かったかのように語る。そして、隣に立つ紫銅閃は、それをただ黙って見ている。

 そして気付けば、暮人に対して銃を向けた私は、いつの間にか周囲の生徒達に銃口を突き付けられていました。


 「まぁ待て! 魔砲を下げろ」


 暮人の号令で、何とか周囲の銃口は私から離れ、ひとまずは事なきを得る。


 「うさぎ、抵抗は無駄だよ。わかるだろ? お前ひとりが対抗したって、この人数差は変わらないし、仮に新入生全てを仲間にしても僕らには及ばない」


 「それは……」


 「これは最後の警告だ。うさぎ、僕の元に戻って来い」


 私には、どうする事も出来ないのでしょうか。このまま彼の言う通り、彼の為に力を貸す。いや、利用されるしか道は無いのでしょうか。

 ふと、右手に輝くペアリングが視界に入る。無意識のうちに俯いていた。右手の薬指に光るペアリングを目に焼き付けて、そして顔を上げ今の暮人に視線を戻す。


 「たとえ……、たとえ私一人でも、それが無駄な足掻きでも、私があなたを止めます。昔の、私の信じた一角暮人を取り戻して見せます」


 暮人の誘いを断った事で、再び周囲が私に殺気を向け始める。

 啖呵(たんか)を切ったものの、この状況は紛れも無く最悪。周囲を完全に敵に囲まれ、敵には暮人と、あの紫銅閃。

 これからの学園生活の事どころか、今をどう乗り切るかを、私は頭の中で必死に考えて居た。

そんな時、それは突然に訪れる。私を取り囲む生徒達の足元に無数の銃弾が降り注ぎ、群衆は後ずさりをする。そして空いたスペースにシュタっと上から舞い降りた救世主。


 「舞うは神風吹き抜けて、攫(さら)うは花と噂言(うわさごと)。オイラが生くはけもの道……」


 その面影もまた、同じく見覚えがあった。黒いローブを身に纏い、神出鬼没の変わり者。何者の敵でも味方でもなく、ただ己の為に行動する男。


 「おいおい、随分と落ちたなぁ。暮(くれ)の氏(うじ)」


 「あなたは……情報屋、飛鳥虎太郎!」


 「……いんや、倉の氏。オイラもう情報屋じゃねぇ」


 「では、一体」


 飛鳥虎太郎はローブをはためかせて高らかに叫ぶ。


 「ただのしがない天才(てんさい)攻撃手(アサルター)。一年五組、飛鳥虎太郎。お礼参りに戻って来たぜぇ、紫銅」


 飛鳥虎太郎が名前を呼びかけるも、紫銅閃は反応しない。そして、代わりにその隣の暮人が口を開く。

 

 「飛鳥虎太郎、そういえばあんたも再入学していたのか。あんたもあの日、閃と戦って、そして敗れた」


 「へっ、前までのオイラと同じだと思うなよなぁ?」


 「それは僕らも同じことだ」


 暮人と飛鳥虎太郎が激しく睨み合い、二人の間に火花が散る。私はただ、それを見て居る事しか出来ない。どことなく、蚊帳の外に追いやられたような疎外感を感じていた。


 「暮の氏、別にお前が何をしようが構わねぇが。気に食わねぇんだよなぁ、寄ってたかって一人の女を囲んで脅すなんざ」


 「そんな正義感で、敵のど真ん中に殴り込んでくるとは」


 「正義感ねぇ……。まぁそんなこたぁ良い。オイラはコイツの側に着くぜぇ。そして紫銅、お前にもきっちり借りは返してやらぁ」

 

 飛鳥虎太郎は宣戦布告すると、私にアイコンタクトを送ってくる。さっきまで一人だったのが、嘘のように思える。

 たった一人。たった一人の加勢が、これ程までに勇気をくれるなんて。折れかけていた私の心が、ギリギリのところで踏みとどまり、そして私は足を一歩前に踏み出した。


 「暮人っ! 私は、今のあなたの仲間にはなりません! あなたがどんな事をしても目的を果たすというのならば、私があなたの野望を穿つ銀の弾丸となりましょう」


 「うさぎ……。良いだろう。お前にもいつか分かる時が来るさ、答えはその時まで保留にしておくよ」


 宣戦布告を終えた私に、飛鳥虎太郎が歩み寄って来る。彼は私の近くまで来ると、小さな声で「何があってもその場を動くな」と言い、再び私の前に出る。


 「暮の氏、最後に解って無ぇようだから教えといてやる。お前は西砲(ここ)で御山の大将を気取ってる見てぇだけどなぁ。こんなとこ、ただの通過点だってんだよなぁ!」


 「なら僕からも一つ。先輩を付けろよ。 新入生ぇ!」


 「へっ、言うようになったじゃねぇか……」


 話を終えると、不意に飛鳥虎太郎はローブの中から何かを取り出し、宙に投げた。さらに次の瞬間、宙に投げられたソレが破裂して周囲に大量の煙が拡散する。


 「うわわっ、これはっ、煙幕ですか?!」


 周囲が煙に覆われ、敵も味方も視認できない。とはいえ、そもそも味方など元々居ないようなもの。

 今唯一信じられるのは飛鳥虎太郎という男ただ一人。彼も手放しには信用するべきではない、と言うのはあるけれど今は彼を信じてみる他に道は無い。

 私一人では、力不足なのは最初から分かり切っている。


 「魔砲は撃つな! 同士撃ちになる!」


 暮人の指示が響き渡り、こんな混乱の中でも銃声は一発も鳴らない。かくいう私も、彼に言われた通り、その場から動かずに居た。

 すると突然、腰元に手を回されて、勢いのままにグッと引っ張れる。


 「ちょ、ちょっと!」


 「うるせぇ、黙ってなぁ!」 


 「あ、飛鳥さん?! 降ろしてください!」


 「黙ってろって! 敵に位置がバレんだろうが!」


 仕方なく、私は渋々そのまま飛鳥虎太郎の小脇に抱えられその場を後にしました。そしてここからまた、私と暮人との、新たなる学園生活が始まりを告げたのです。


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