第47話 弾倉の少女と大噓吐き


 もう随分と昔の事のように感じる。実際にはほんの四ヶ月前、肌寒さを感じ始めた十一月の事。私は他の生徒の放った銃弾に当たって、西砲学園を退学となりました。

 

 学園から追放されたばかりの頃は、一体何をして良いのかもわからずに居た。ずっと目指していた砲術士への未練と学園生活に残してきた後悔が、私が未来への一歩を踏み出す事への妨げになっていました。

 あれから学園内の事は何もわからない。暮人とも連絡を取れていない。送信ボタンを押そうとすると、つい指先がズレて打ち込んだ文章を全て消してしまいます。


 でも、そんな日々もある日を境に一変し、私は再び顔を上げて前を歩き出す。キッカケは、一通の手紙でした。灰色の日常の中、何の前触れも無く届いたその手紙が、地面ばかり見ていた私に陽の光を見せてくれた。

 それは西砲学園からの通知。宛名は「倉島うさぎ様」、間違いなく私に向けたもの。


 『特例、再入学案内』


 封筒を開いて、取り出した紙の上部に大きく書かれた文字でした。

 要約すると、例年に比べ大規模な生徒数減少に伴う特例として、新入生の大量受け入れ。それに加え、前年度の時点で単位数が二百単位を超えていた生徒を対象に再入学の権利を認めるとの内容でした。

 再び入学する権利を認める、とは書いてあるものの入試は新入生同様、通常通りに行われるとの事。しかし、そんな事、私にとっては大した問題では無かった。

 郵便受けから手紙を回収した私は、家に中に戻る。リビングでは、朝のニュースがやっていた。横目でチラッと見えたのは、またしても行方不明の人の報道。そしてそこに必ず決まって出てくる言葉は、西砲学園という単語。

 何やら最近、西砲学園の生徒が行方不明になるという事件が多い。それは偶然なのか、それとも何らかの意図を持った何者かの犯行なのか。真相は未だ誰にもわかりません。

 こんなニュースばかりだと、あの人は大丈夫だろうか。なんて思ったりもします。でも、もうあれ以来連絡も取れて居ない。彼は今でも、偶にでも私の事を思い出してくれる事があるのでしょうか。

 自分の部屋に戻ると、紙に書いてある日付を確認して、すぐにカレンダーに丸をつけます。心にぽっかりと空いたスペースが、ほんの少しだけ埋まったような気持ちになりました。

 そして、新しい風が吹き始めるのです。


 数ヶ月後。

 薄い桃色の春の花、桜が舞う季節。私は再び舞い戻ってきました。


 「なんだか、とても懐かしいですね……」


 思わず感傷的になってしまいます。これから何が待って居るのか、どんな過酷な環境かを知って居ても尚、期待が不安を上回って居ました。

 その理由の一つは、やはり彼の存在なのかもしれません。

 まだ、この学園に居るのでしょうか。もしそうならまた会いたい、顔を見たい、声を聞きたい。逸る気持ちが鼓動すらも加速させます。

 入学式を終え、教室に戻ると名前順に決められた席に着きます。新入生達はあちらこちらで交流を深め、盛り上がっている所もあればぎこちない会話もあり、教室中が話声で満たされます。

 でも、数分後に何が起こるのかを私は知って居ます。だから、誰とも関わらず黙って席に着いたまま窓の外を眺めます。


 数分としない内に、教師が教室に入ってきて教壇に着く。偶然にも、担任教師は去年の私のクラスと同じ阿水先生。

 そして、新入生用のオリエンテーションが始まると同時に、私はそっと荷物を用意して、いつでも席を立てるように準備を始める。

 先生が学園内でのルールについての説明を始めると、途中で新入生たちがざわつき出し抗議する者も出始めた。私が周囲を見渡すと、教室中が混乱しているようで、再入学者と思しき生徒は居ません。となると、再入学者はそれほど多くないように思います。

 それも考えてみれば当然の事で、二百単位以上という事はほとんどの場合三年生。この学園で三年生、もしくは二百もの単位を獲得するのは非常に難しく、卒業までたどり着くのは毎年全校生徒の数パーセント程しか居ません。

 阿水先生が説明を終え、教室を後にすると、教室が荒れ始める前に私も速やかに退散。廊下を全力で駆け抜けて校門を目指します。

 幸いなことに、新入生と比べて校内を完全に把握している私は、その圧倒的アドバンテージを持って他生徒の追随を許さずに独走状態。一旦安全を確保します。しかし、ここまでは経験を生かして全て上手くいっていたものの、ここで初めて不測の事態。それは突然やってきました。


 『皆さん、ご入学おめでとうございます』


 それは、唐突に始まった校内放送。校内中に響き渡る突然の放送に、新入生たちの注意が一気に集まります。かくいう私も、廊下の途中で走っていた足を止め耳を傾けて居ました。

 こんな放送、私がこの学園に居た二年間では一度も無かった。想定外の状況に身が引き締まる。


 『新入生におかれましては、あまりの急展開に困惑の事と思いますが、一度戦闘行為を中止してください。当方は学園内最大勢力、dummy(ダミー)。もしも皆さんに、平和にそして安全に学園生活を送りたいという思いがあるならば、我ら総勢百人を超える同士達が、あなた方新入生を歓迎します』


 一瞬にして、校内が静まり返る。

 随分と大それた勧誘活動だ。その上なんだか胡散臭いです。しかも、私情で校内放送を使うなんて、何らかの処分を受けても可笑しくありません。

 そもそも総勢百人以上、だなんてとてもじゃないけど信じられない。私の知る限り、共に行動する生徒達は多くても五か六人で一組。一般的なのは三から四人組です。

 私が甘い言葉で惑わそうとする校内放送を無視し、再び歩みを進めようとしたその時、さらに校内放送は続く。


 『続いて、一年一組、倉島うさぎ様。我らがリーダーで有らせられる、偉大なる二将(にしょう)様が一人。覇将(はしょう)様がお呼びです。至急、A棟屋上までお越しください』


 そこで校内放送は途絶える。

 何故か理由のわからない名指しの呼び出し。勿論身に覚えはありません。覇将とやらが誰かは知りませんが、私がこんな一方的な呼び出しに応じる義理はありません。

 しかし、瞬間、私の頭に予感のような何かが走る。どうして寄りにもよって私なのか、そもそも何故新入生である私の名前を知って居るのか。それらの疑問が、私の脳裏に一つ憶測を立てました。


 「もしかして……」


 これはあくまで可能性でしかない。しかし一度そう考えてしまうと頭から離れない。

 私は葛藤しながらも、階段の前で足を止める。もし学園を出るなら早い方が良い。出ないとこの時期は例年、新入生狩りが行われる。新入生狩りとは、在学生が未だ戦闘経験の薄い新入生を狙い、校門まで待ち伏せする事によって単位を荒稼ぎする手法だ。

 毎年のようにこの新入生狩りによって多くの新入生が、入学早々退学になります。逆に言えばここで、今後生き残れるのかどうかを試されることになります。新入生狩りで退学になる生徒達に反し、在学生を淘汰して生き残るのが入学後最初の壁。

 これによって、ふるいに掛けられた生徒だけが一ヶ月ほど経った五月から学園生活を送る事となります。それ以降は残っている生徒は一定のレベルに収束し、お互いの牽制力が生じて、大幅な生徒数減少には起きにくくなる。

 したがって、新年度開幕一ヶ月が最も危険な期間。いかに戦闘に巻き込まれずに過ごすかが重要な要素になってきます。


 「……ぐぬぬ」


 階段の前で考え込む。

 リスクを考えれば断然下に続く階段、だがしかし、心のどこかで上に行こうと言っている私が居る。それは、希望的観測。それは、単なる予感。

 何の確証も無く、賭けるには小さすぎる希望でも、私は合理性よりも自分の気持ちを優先した。

 上の階に続く階段を登っていく。放送で言っていたのは、各学年の教室がある校舎A棟の屋上。そんなところに呼び出して、誰が私に一体何の用だというのでしょうか。ほんの少しの期待と大きな不安が入り混じる。

 階段を登り切り屋上のドアの前に立つと、急に後悔してくる。やっぱり引き返しましょうか。と言っても、今となってはもう待ち伏せが校門前で待機してしまっている頃合いでしょうか。ここまで来たら、行くも帰るも不安はそれほど変わらないという事です。

 私は弱気になる心をグッとこらえながら、太もものホルスターに括りつけた魔砲を優しく撫でる。そして、数秒の深呼吸の後、私は扉を開いた。


 「こ、これは一体……!」


 扉の先の光景に思わず絶句する。未だ太陽は空高く、快晴の空の下、屋上に大量の生徒がズラーっと並んで立っている。

 そして私が扉を開けた途端、一瞬視線が一気にこちらに集中し思わず気おされてしまいました。犇めく大量の生徒達は、ドアから一直線上、左右の脇に並んで中央に一本の通り道を作る。

 まさか、本当に百人居るというのでしょうか。にわかには信じ難い。そしてその生徒達は、並んだままじっと動かない。

 もしかすると、ここを歩けという事でしょうか。こんな大勢の中央を進むなんて、いつ襲われても可笑しくありません。とはいえ、恐怖はありますがここまで来たらもう仕方ありません。私は覚悟を決めて足を前に踏み出す。


 周囲の視線に内心怯えながらも、私は出来るだけ表に出さないように振る舞います。少し歩いて、ちょうど屋上の真ん中あたりまで着いた頃、列の前後の生徒達が突然密集し、進路と退路を塞ぐ形で、私を円形に取り囲む。


 「な、なんですか! 何を……」


 思わず、周囲をキョロキョロと警戒しながら太ももの魔砲に手を掛ける。やはり、単独でこんな大勢の中に入っていくのは愚の骨頂だった。そう考えて居た時、ふと、隊列の中の一人の生徒が、上を見上げて声を上げる。


 「覇将様だ! 覇将様がいらっしゃった!」


 私を含め、その場に居た全員の視線が一点に集まる。屋上の高台に、膝を立てて足を組み座る一人の人影。その姿は紛れも無く……。

 

 「やぁ、久しぶり。待ってたよ、うさぎ」

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