第46話 世界を敵にまわしても……、学内包囲網突破戦Ⅶ
「僕はさ、戦いに来たんじゃない。あんたを潰しに来たんだよ」
西の空から夕日が差し込み、廊下が赤く燃え上がる。
八柳が率いていた兵隊たちも、今となっては弾切れ。もはや彼を守る者は無く、僕が一歩前に踏み出す度に彼は一歩後退する。
当然、逃がすつもりなどこれっぽっちも有りはしない。何があってもコイツだけは此処で倒しておく。
「覚悟は良いかよ、八柳」
「ま、待ってくれ! 自分の完敗だ、降参しよう」
「……何を言ってるんだ? 僕の親友を潰しておいて……僕が許すとでも」
「確かに、それじゃあ納得出来ないかもしれない。っなら、そのお詫びとして代わりに自分が君のチームに入ろう」
食い下がって来る八柳を前に僕は構えた魔砲の引き金を引く。一発の空砲が轟き、それに驚いた八柳は思わず言葉を飲み込む。
「自惚れるなよ。お前がアイツの代わりになると思うな!!」
「っ!」
僕は持ちうる最大限の敵意を込めて、目の前の敵を睨みつける。戦いが日常のこの学園生活でも、未だかつてこれ程までに敵を憎んだことは無い。
勿論、勝者が居れば敗者が出る。これまでは僕らが他人にやってきた事を、今度はこっちがされたというだけに過ぎない。しかし、頭でわかっていてもこの怒りは収まらない。仕方ないと割り切れる程、僕は大人でも出来た人間でもない。
「あんたにとっちゃ所詮他人は弾数、頭数の一つでしかないのかもしれないけどな。僕にとっちゃアイツは……、あんたがそうして引き連れてる、何発分にも代えられない奴だったんだよ」
「それは違う! 人の存在に優劣は無いじゃないか! 誰しも一人の人間だ。人間は誰しも等価であるべきだろ。一人減ったなら一人増やせばいい。情なんて時間が経てば沸くものだよ!」
「数でしか物を数えられないのか……。なら教えてやる。あんたにどんな数を掛けたとしても、アイツとあんたじゃ釣り合わない! 少なくとも僕の中ではな」
存在は全て等価、人は誰しも平等であるべきなんてものは、もしかしたら正しいのかもしれない。それでも、僕にとって大切な人と赤の他人とが等価とは、少なくとも僕は思えない。
その理屈が成り立つのは、主観が神であったとして、人を一と言う数としか思って居ないからだ。しかし僕は神じゃない。さらに言うなら神なんてものはこの世界には居ない。
結局のところ、全てを決めるのは「神」なんてものじゃなく「自分自身」だ。この世界は主観の相互干渉で形成されている。
ならば僕も、僕の裁量で他人の運命を決定しよう。さしあたってこの憎き宿敵は退学にする。意義は誰にも唱えさせないし、それを聞く道理は僕には無い。
「長引かせても無意味だし、もう消えてもらうよ」
「ちょ、ちょっと待てって!」
僕がアイアンサイト越しに八柳を睨みつけ、引き金を引こうとしたその時だった。
「八柳さんっ!」
「暮人っ!」
僕と八柳は同時に後ろを振り向いた。思わぬタイミングで、しかも双方同時に来たチームメイトの応援。だがそれ以上に、僕はうさぎがまだ学園内に居る事に驚いていた。
「うさぎ! なんでこんな所に居るんだ! 逃げろって言ったじゃないか!」
「暮人こそ! 私に嘘を吐いて、一人で戦わないで下さい!」
うさぎの言葉を聞いて、僕の胸がズキンと痛む。そしてまた、耕平の事を思い出した。僕もやはり他人の事は言えない。
「まぁ良い。そんな事より今は敵だ」
「あれは! シグナルの二人ですね……」
僕とうさぎは魔砲を握り、正面の二人の敵に臨戦態勢をとる。何やらあちらも話しているようだが、話の内容までは聞こえない。しかし、敵は二人でも銃弾は一発。八柳は信号弾を使用済みのため丸腰だ。
「八柳、それに神無月。あんた達は必ず今ここで潰す」
「それはこっちのセリフだ。この犯罪者が……」
再び僕は魔砲を構える。狙いは当然、未だ銃弾を持って居る可能性がある神無月だ。何故だろう。不思議と外す気がしなかった。
そして、神無月が魔砲をホルスターから引き抜こうとした瞬間。それを阻止するように僕は引き金を引いた。
一発の銃声が轟いて、僕の放った実弾は見事に敵に着弾した。
しかし、一つだけ誤算だったのは、着弾したのが神無月にではなく八柳にだったという事だ。
着弾する直前、神無月は仲間であり先輩であるはずの八柳の襟を力づくで引き寄せ、有ろうことか彼を盾として使ったのだ。
その結果、神無月によって前に押し出された八柳の体に僕の銃弾が着弾した。
そしてさらに、次の瞬間……。
パァン!!
唐突に一発の銃声が鳴り響いた。それは予想外の一撃。予期せぬ絶望の発砲音。引き金を引いたのは当然ながら神無月だった。
仲間である筈の八柳の後ろから、僕らに見えない様に八柳をブラインドにしての発砲だった。何よりも想定外だったのは、銃弾が八柳の体を、制服を貫通して飛んできたことだった。
銃弾はまっすぐに僕に向かってくる。当然、飛んでくる弾が見えていたわけじゃない。それでも、神無月が私怨を持って居る僕を狙うのは想像に難くなかった。
だが、それ以上に最悪なのは……。
「暮人っ!!」
発砲の雰囲気を直感的に感じ取っていたうさぎが咄嗟(とっさ)に僕の前に出る。そして、うさぎの腹部に銃弾が命中した。あまりに一瞬の事で、僕は見て居る事しか出来なかった。
何より、こんな形で死角からの発砲をされるなんて警戒もしていなかった。仲間をあんな風に使うなんて、思い付きもしなかった。
「「ぐっ!」」
肩から弾が貫通した八柳と、腹部に銃弾が着弾したうさぎがお互い苦痛の声を漏らす。そして、言うまでも無く双方とも地面に倒れ込んだ。
「うさぎっ! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
うさぎは気を失って居て返事は無い。
そして僕は、頭の中が真っ白になった。
「なんで……、なんで……」
両手を床について絶望する僕をよそに、同じく仲間を失ったはずの神無月が何喰わぬ様子で歩み寄ってくる。
「ちっ、流石に二人は無理だったか。でもまぁ良いさ。これでお前にも少しくらいは、大切な人を失う悲しみが分かっただろ? せいぜい自分の妹の冒してきた罪を噛み締めるんだなぁ!」
「なんで……」
「なんで? ああ、貫通弾さ! 制服を貫通できるのは、何も紫銅の銃剣だけじゃないって事だ。それにしてもこんなに上手くいくなんてな! 思っていたよりも制服の防弾性能が高すぎて、二人目は貫通しなかったけど上出来だよ」
神無月は笑いながら僕に語りかけてくる。正直、コイツの魔砲なんて聞いても居ないし、そんな事どうだってよかった。
コイツは一体何がそんなに面白いのだろう。僕が苦しんでいる様子がそんなに痛快なのだろうか。それならいっそ、僕を撃ってくれればどれ程良かったか。
「なぁ! 今どんな気持ちだよ? 憎くて仕方ないか? お前にはそんな事を思う資格も無いけどなぁ!」
コイツの話を聞いて居ると、妹の事を思い出す。
救えなかった妹。守れなかった親友。そして僕を守って犠牲になったうさぎ。いろんな記憶が僕の脳裏を駆け巡る。妹と過ごした思い出も、うさぎや耕平と戦ってきた此処での日々も、コイツが否定する僕の全ての時間が一瞬にしてフラッシュバックする。
「お前はぁぁぁ!!!」
思わず怒りが先立って、神無月の胸ぐらに掴み掛った。しかし、すぐに腕を振りほどかれる。
「それだよそれ! 俺が憎いか? でも俺もお前も既に弾が無い。裁けないんだよ! 今のお前には何も出来ない! 傑作だなぁおい!」
コイツの言う通り、僕もコイツももう銃弾が無い。こんなに憎くて仕方ない奴が、今まさに目の前に居ると云うのに報復する方法が無い。
殴りかかるくらいなら可能でも、コイツを数発殴ったくらいじゃとても怒りが収まらない。
僕はどうして、いつもこんなにも「無力」なんだ……。
これまで幾度となく、自分の無力さを嘆いて来た。今だってそうだ、僕にはいつも何もできない。
『相棒、そんなに力が欲しいのかい?』
一瞬、幻聴が聞こえたような気がした。ムカつくことにその声は耕平の声に似ていて、すぐに幻聴だとわかった。だってもうここにあいつは居ないんだから。僕の記憶が耕平の声を再現して、幻聴が聞こえているだけだ。
『君は誰の為に力が欲しいの?』
「そんなの、自分の為に決まっている」
それでも鳴りやまない幻聴に、我ながら呆れつつも心の中で返答する。別にどうって事じゃないけど、ただ少し、もう一度耕平と話している気分を味わいたかっただけなのかもしれない。
『何をする為に力が欲しいの?』
「そんなの、憎い奴を潰す為に決まっている」
『制裁(それ)は正しい事なの?』
「当たり前だ」
『じゃあ、間違っているのは君じゃなくて……』
「『この世界の方だ』」
瞬間、僕の魔砲が蒼くに発光し、廊下の壁や天井を照らす。蒼い光が夕日と混じった壁面は、心なしか不穏な紫色に染まっていた。
「な。なんだ?!」
ふと我に返ると、目の前のその状況に神無月が驚きの表情を浮かべていた。かくいう僕は不思議な感覚に落ちていた。
怒りは収まっていないのに、さっきまでとは打って変わって落ち着いている。静かに、それでいて激しく燃えている。そして気が付けば、徐に魔砲を握り込み、銃口を神無月に向けていた。
「な、なにしてんだよ。弾切れなのはわかってんだよバカが! 目の前で八柳さんに着弾したのを見たんだからな!」
コイツの言っている事は最もだ。僕は銃弾を使った。この魔砲にはもう一発の弾も入っているはずが無い。はずが無いのに、何故か弾が入っているんじゃないかと思ってしまう。いや、不思議な事に半ば確信があった。この魔砲、いや……。
パァン!!
僕は真っ直ぐに伸ばした腕で引き金を引くと、いつも通りの発砲音が廊下を突き抜けた。
「がっ! ぐ……ぐはっ! なん、で……」
その発砲の直後、神無月は僕が銃口を向けた腹部を抑えながら、口から血を吐いてうずくまった。
「どういうことだ! なんで! なんでお前の弾が制服を貫いて俺の体に! いやそもそも、なんで弾がある!」
状況を把握できずに取り乱す神無月。しかし、僕だけは何となく何が起こったのか分かっていた。そして、僕は目の前で無様に悶える神無月に言葉を吐き捨てる。
「なに言ってんだよ。空砲だろうが……」
僕の口から出た言葉を聞くと、神無月は、さも信じられないかのような様子で驚く。
「なに言って……って、はっ?! 傷が、ない?!」
不信そうに自分の腹部をさすっては、何度も自分の体を確かめる神無月を見て、僕は笑いを堪えられずに思わず笑みをこぼす。
そして、透かさずも一度、引き金を引いた。
「がっ! ぐあぁぁ!」
先ほどと同じく、神無月は声にならない呻き声を上げて、廊下の床をのたうち回る。またしても本当に銃弾が体内に食い込んだかのように、着弾部位を手で抑え必死に痛みに耐える。
「いい加減にしろよ。空砲だって」
そして僕が再びそう告げると、神無月は急に痛みが消えたかのように、ピタリと動きを止め、僕に畏怖の視線を送って来る。そして次第に彼の体震え始め、僕もそれに気づいていた。
「いい加減にするのはお前の方だ! な、なにをしやがった!」
何やら吠えているようだが、すでに僕の耳にはコイツの声など届いて居なかった。喚き立てる神無月をよそに、手に握りしめた魔砲を横に向け寝かせるようにして構える。そして、アイアンサイトを介さずに狙いを定め引き金を引いた。
「っ! ぐはっ! ……お前ぇ」
「あははっ、こりゃあいい」
つい笑ってしまった。もう、少し前からニヤケ顔が止まらない。
「こっちの方が、てめぇの苦しむ顔が良く見える」
それから僕は数えきれない程無数に空砲を鳴らし、敵が苦しむ様を鑑賞し続けた。と言っても、途中からコイツは激痛によるショックで気絶していて、それほど長くは楽しめなかったが。
「ふぅ……」
僕が魔砲を下ろしたころには、もうほとんど日が沈んでいて、廊下もかなり薄暗くなっていた。
「一角くん……」
不意に背後から声を掛けられて振り向くと、そこには静香の姿があった。結局のところ、誰一人脱出なんてしていなかったのか。でも、それは僕が言えた事じゃないし、それを咎める気も無い。
「一角くん、銃声凄い響いてたよ……。早く離れないと誰か来ちゃう」
「なぁ靜華。僕のやってきたことは間違ってたのかな……」
「一角くん……。そんなのあたしには分からないよ。でも、これまでのあたし達を他でも無いキミが否定するなら……、加賀見くんやうさぎちゃんに代わってあたしがキミを撃つよ」
「……うん、そうだな。結果としては妹の時と変わらず、耕平もうさぎも失った。また守れなかったけど。それでも僕のやってきた事は間違っていなかったはずだ。なら、……間違ってるのは世界の方だ」
靜華は否定もしなければ肯定もしない。頷きもせずただ黙って僕の言葉を聞いて居た。
僕は魔砲を腰のホルスターにしまい、一瞬だけ倒れているうさぎに目配せをした。
「じゃあ行こうか」
「……うん」
暗く、そして靜かになった廊下を僕ら二人はゆっくりと歩んでいく。
「僕はもう、本当に手段は択ばない。これからは、僕が目指すのはただの卒業じゃない」
「じゃあ、なんなの?」
静華にそう聞かれた僕は、真っ直ぐな視線で進むべき道を見据えて答える。
「…………革命だ、僕はこの世界を丸ごとひっくり返す。だから靜華、お前は僕について来い」
「へぇ……。別にいいよ、着いて行ってあげる。どこまでだって……」
靜華小さくそう言うと、それからは黙って僕の後ろをついて歩いてくる。
この日、巻き起こった大乱戦の被害は学園創立以来最大規模と言って良い程で、今日一日で生じた退学生徒数は計百人となった。
後に、この学園の歴史に刻まれる事となるこの戦いは、同時に、その四ヶ月後に行われる事となる、新入生大量受け入れへのキッカケともなったのである。
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