第45話 世界を敵にまわしても……、学園包囲網突破戦Ⅵ


 「全部計算通りってか……。くそっ!」


 やっとの思いで放送室に辿り着いたって言うのに、室内はもぬけの殻。それどころか、まんまとおびき寄せられた僕らは完全に包囲されていた。

 廊下には大量の生徒たち。今は扉にバリケードを敷いて何とか侵入を凌いでいるが、いずれは突破されてしまうだろう。それまでには何かしらの打開策を練らなくてはならない。

 現状、強引にバリケードを破って来る様子が無いところから考えると、外に犇めいているのは洗脳された生徒達。さっきからドアを引っ掻くような音は聞こえてくるが、何か特殊な行動を取る素振りは無い。


 「なんか……、ゾンビ映画みたいだね……」


 耕平が扉の窓から廊下を眺めて能天気に言う。

 洗脳されている生徒達は完全にこちらの退路を塞いでは居るものの、扉に体当たりを繰り返す程度で、自分の魔砲を使って状況を打開しようとはしない。おそらく、理性が完全に飛んでいる為に単純な命令しか実行できないのだろう。標的に直接発砲する事はあっても、物に発砲すると言った事は無いらしい。


 「この分じゃ、そう長くは持たないな。何とかしないと……」


 「どうしようか。ボクも暮人もまだ銃弾は残っているけど、やっぱり二発じゃ……」


 部屋から出れば袋叩きですぐにやられる。かといって、このまま籠城しても近いうちにバリケードを突破される。

 はっきり言って八方塞がりだ。そもそもが迂闊だった。校内放送を勝手に信じ切ってノコノコ放送室に来るなんて、全く持って冷静じゃなかった。

 時限式の警報器が仕掛けてあったことから推測するに、敵は僕らがここまで来ることも、それに伴う所要時間も読んでいたって事だ。だとすれば、このトラップを抜けた先には今度こそシグナルが待って居る可能性が高い。


 「ここで弾を使わせようって訳かよ」


 敵の狙いはわかっていても、その主張を突き返すことが出来ない。頭では理解していても、この場を切り抜けるには一発しかない銃弾を使うより他にない。


 「ねぇ、暮人」


 僕が唸りながら考え込んでいると、突然耕平が声を掛けてくる。


 「こんな状況じゃ、二人の弾を使うしかないよね。使っても突破出来る保証は無いけど」


 「そんな事は分かってるさ……。でもまさかコウヘイ、もう諦めようって言っているのか……?」


 僕がそう言うと、耕平はいつになく真剣な表情でこちらを見つめてくる。その顔を見るだけで、耕平がまだ諦めて居ない事だけは分かった。


 「暮人が作戦を考えれば、この放送室から二人で抜け出せるかもしれない。いや、きっと、暮人にならそれが出来るってボクは信じてる」


 「わかってるさ、指揮をとるのは僕の役目だ。でももう少しだけ待ってくれよ。まだ何もいい策が……」


 「違うんだ暮人!」


 「違うってなにが!」


 精神的に追い詰められ、思わず熱くなった僕の両肩を耕平がグッと掴む。姿勢を固定された僕は、さらに近く、真正面から耕平と顔を合わせた。


 「ボクに考えがあるんだ。これなら、勝ち筋を残したままこの部屋から出られる! それであとは八柳先輩を倒してゲームセットだよ!」


 「そんな……、一体どうやって?」


 僕の両肩から耕平の両手が離れ、体中に入っていた力が一気に抜けた。そして耕平はすくっと立ち上がり、言葉を続ける。


 「ボクに合わせて。ボクが合図をしたら三秒後にこの部屋から飛び出すんだ」


 「それは良いけど。結局どうやって?」


 「そうだね……。ちょっと暮人の魔砲を見せてくれる?」


 「え、魔砲? 別に良いけど」


 耕平に言われるがままに魔砲を取り出して手渡す。この期に及んで僕の魔砲なんて見て何をしようと言うのか。

 とはいえ、もし耕平の言う通り良い策があるなら、現状何も思いついて居ない僕よりも希望がある。一体どんな作戦なんだろうか。


 「ありが……、あっ!」


 少し勢いよく振り上げた耕平の手が僕の手に当たり、魔砲が僕の斜め後方に弾かれてしまった。床に落下した魔砲がカタカタと音を立てる。


 「ご、ごめん!」


 「いや、別に良いけど。大丈夫か?」


 僕は床に落ちた拾い上げる為、耕平に背を向けて足元の魔砲に手を伸ばした。


 「暮人……、本当にゴメン……」


 「だから、別に良いって」


 何をそんなに気にしているのだろうか。そう思いながら、床に落ちた魔砲を僕が掴み取った瞬間だった。


 「え?」


 バタンっと扉が勢いよく閉まる音が室内に轟き、僕は驚きながら振り向く。いつの間にか扉が開かないように挟んでいた心張り棒が外され、床に転がっていた。しかし、外の生徒たちは室内には侵入して来ていない。

 だが、そんな事よりももっと重大な事が起こっていた。部屋中どこを見ても、耕平の姿が無い。


 「まさか……」


 振り向いてから、状況を判断するのにほんの少しの時間を置いて、僕の体は再び動き出す。 

 扉に駆け寄って窓ガラスから廊下を覗き込むと、そこには群がる生徒達とそれに囲まれて居る耕平の姿。


 「おい! 耕平っ! 何してる、早く中に!」


 扉を開けようとするも、ガタガタと音を立てるだけで開かない。まさかあっち側から抑えて居るのか。


 「ゴメン暮人、嘘ついて……。勝ち筋を残して生き残るにはこうするしかないんだ」


 「コウヘイ?! 何言って……」


 「暮人には思いつかない作戦だよね。仲間を犠牲にする作戦なんて」


 「コウヘイ! まだ間に合う! 僕がもっといい方法を……」


 そうはいったものの、焦って思考がまともに働かない。とにかく耕平を助けなければと、そのことで頭がいっぱいだった。

 しかし……、この世界はやはり僕の答えを待ってはくれない。

 

 「これまでずっと楽しかった。…………あばよ、戦友」


 耕平は自分の胸に銃口を突き付けて、魔砲の引き金を引く。扉を背にした耕平の体が、その衝撃でドンっと扉にぶつかって音を立てた。そして、その発砲音を火種に周囲の生徒達は耕平に魔砲の引き金を引く。既に被弾し、気絶しているにもかかわらず無数の銃弾が耕平を襲った。

 直後、撃ち込まれた銃弾に反応し、耕平の制服に設置された榴弾地雷が起動する。最後に僕の戦友が残した置き土産は、撃ち込まれた無数の銃弾と共に、銃弾の破片を周囲に撒き散らし周りの敵を一掃した。


 「……なんで」


 扉を開いて放送室の外に出る。足元には榴弾で倒された幾人もの生徒達と、ずっと共に戦ってきた親友の姿。

 こんな事になるなんて思っても見なかった。そもそも、耕平が僕を騙すなんて、これっぽっちも警戒していなかった。


 嘘は嫌いだ。よりにもよって僕が言えた事じゃないが、それでも僕は嘘を吐かれるのが嫌いだ。もうこの嘘は、一生僕の頭から染み付いて離れないかもしれない。


 僕を騙した耕平にも、耕平の嘘に気付かなかった僕自身に対しても、怒りの感情が収まらない。


 「こんなの……、全然勝ちじゃないよ……コウヘイ。」


 彼は気絶していて微動だにしない。もはや床に転がっている、多数の生徒の一人でしかない。それでも僕は、その中から耕平の体だけを運んで放送室に寝かせ、そして扉を閉めた。


 「……許さねぇ。絶対に、絶対に仇は取る。コウヘイがここまでして残してくれた勝ち筋を絶対に無駄にはしない」


 僕は廊下を歩み始める。足元には無数の生徒、だがもはやそんな奴らなど、僕は視界の端にも止めて居なかった。

 ただまっすぐ前だけを見て、ただまっすぐ敵だけを狙って。曇り切った思考は著しく視野を狭めたが、それを律する事が出来る程、僕は大人じゃない。

 僕は壊れそうな程魔砲を強く握りしめて、その場を後にした。






 周囲に警戒しながら廊下を走っていると、遠くの方で破裂音のようなものが聞こえた。ついさっきの事だ。

 一体何が起こっているのか、状況が掴めない。しかしこの異常な警備の薄さが、異常が起こって居るという事だけは物語っていた。


 「暮人……無事で居て下さい」


 祈るように唱えながら、私は渡り廊下を走る。

 しかし、やはり不自然な程に人が少ない。これならばむしろ、三階や四階の方が警備が厳重だったと言えるほどだ。

 考えられるとすれば、やはりさっきの大きな音。何処かで大規模な戦闘があったのだろう。場所なんて考えるまでも無い、敵の居る放送室以外あり得ない。

 敵がいない事もあり、全力疾走ですぐに放送室までたどり着けた。見張りを追手を気にしなければ、校舎間の距離は大したものじゃない。


 「これは?!」


 倒れ込んだ大勢の生徒達と割れた窓ガラス。ガラスの破片と銃弾の薬莢が周囲に散乱し、ひどい有様だった。

 足の置き場を探しながら、少しづつ放送室に近づいていく。扉の前まで来ると、警戒しながら背伸びで扉の窓を覗き込み、中の様子を見る。だが、不思議な事に中には誰も居ない。


 「敵は何処へ?」


 不信に思いながらも、扉を開こうとしたその時、再び遠く発砲音が響き渡って来る。最初の一発に続くように、何発もの発砲音が廊下に鳴り響いてくる。


 「いまだ戦闘中……?」


 これは飛鳥虎太郎の居た方角じゃない。

 複数の発砲音は多分相手の軍勢のものと推測できる。なら相手は今この学園で一番狙われている人間。おそらくはアンノウン、私達だ。そして残りの二人はそろそろ脱出していても時間的には可笑しくない。


 「暮人……今行きます!」


 私は一瞬放送室の扉に掛けた手を引き戻し、再び銃声の方に走り出す。方向としては下の階。きっとそこに暮人がいる。


 「一緒に帰るんです。退学に勝手になんかさせません!」






  


 「随分と遅かったね。もう待ちくたびれたよ」


 「……」


 校舎A棟一階廊下。洗脳した生徒数人を率いている八柳とそれに向かい合う形で立つ僕。もう既に日は落ちかけていた。夕日が廊下の窓から差し込んでくる。


 「その様子じゃ、もしかして、ホントに放送室に行っちゃったのかな? だとしたら良く無事に抜け出せたね」


 「…………」


 「流石の一言に尽きるよ。やっぱり、あの皇さんを倒しただけの事はあります」


 「御託は良いんだよ……」


 僕はすっと腕を振り上げ、照準器越しに狙いを定める。


 「……ちゃんと狙えよ」


 それに対抗するように、敵の洗脳された兵隊たちがこちらに銃口を向けてくる。そして、敵が構えたのを確認すると、僕はすぐさま魔砲の引き金を引いた。パァンっと一発の銃声と共に空砲が静けさを打ち抜く。

 僕の銃声に反応するように、敵の兵隊たちも僕に引き金を引く。彼らの放った銃弾は、その全てが僕の額に目掛け一直線に飛んできた。が、僕の目前で相互に干渉し、全ての銃弾が壁や天井、床に散らばって着弾する。


 「なっ?!」


 何故だろうか。思わず笑いが込み上げてくる。戦っている最中にこんなに笑いが込み上げてきた事なんて、これまで一度だって無い。まったくもって初めての経験だ。


 「八柳先輩、いや八柳。僕はさ、戦いに来たんじゃない。あんたを潰しに来たんだよ」


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