第44話 世界を敵にまわしても……、学園包囲網突破戦Ⅴ


 出来るだけ人目につかないように周囲を警戒し、物影を渡り歩きながら前進する。


 「明らかに生徒が少ないですね……? 何処か別の場所に人員を割いているのでしょうか?」


 数分前、廊下の窓越しに暮人の姿を確認した私は、彼を追って四階を目指していた。一体彼が何故逃げて居ないのか、という疑問はあるが、今はとにかく急がなければならない。そうでないと、取り返しのつかない事になる。


 「絶対に暮人を退学になんてさせません!」


 妙に警戒の薄い階段を発見し、そこから四階に上がる。すると、階段の踊り場にあったのは倒れた無数の生徒達。おそらく、ここで戦闘があったのだという事をこの惨状が物語っている。

 一体誰がこんな事を……、いや、今気にするべきはそこではありません。この有様じゃ暮人の無事さえ怪しい。私が廊下を走る暮人を見た時から、既に十分以上経過しているでしょう。もしかすると、暮人はここで止むを得ず戦闘になって、戦っていたという事なのかもしれない。しかし仮にそうだったとして、果たして暮人がこんなに多くの生徒を一挙に倒せるだろうか。

 そう考えて居ると、不意に一発の銃声が響き渡って来る。今いる校舎A棟から見て、方角は西。別の校舎の方からその音が吹き抜けてくる。


 「……B棟の方ですね」


 発砲音がするという事は、間違いなく誰かが戦っている。今は暮人を一刻も早く見つける必要がある為、厄介事に巻き込まれている暇はありません。と、戦闘が起こっているであろう方向から遠ざかろうとした時、頭の中に一つの可能性が頭をよぎる。

 まさか、今も暮人が一人で戦っている……。確証は全く無い。あくまで可能性でしかない。それでも、あの発砲音は少なくとも連射音では無かった。なら汎用型のハンドガン型かもしれないし、暮人の可能性も無いとは言い切れない。


 「迷ってる時間もありませんね……。とにかく、行ってみればわかる事です」


 私は、藁にも縋る気持ちで戦闘音の方向へ駆け出す。もしあれが暮人の魔砲、もしくは空砲の発砲音なら、私が今援護に行けばまだ間に合うはず。

 B棟に向かっている最中も、幾度となく発砲音が聞こえてくる。敵の物か味方の物かも不明な発砲音。敵が複数人で発砲しているのか、それとも暮人が何度も空砲を使っているのか、どちらも十分にあり得る為に全く判断がつかない。


 全力疾走で渡り廊下を駆け抜けて、私はやっとの思いで発砲音の元にたどり着き、状況を把握する間もなく精一杯大きな声で叫んだ。


 「暮人っ!!」


 目の前には群がる生徒達を相手に、一人で立ち向かう男子生徒の後姿。しかし、残念ながらそれは私の追い求めていた背中では無かった。


 「あぁ、なんだぁ? 誰かと思えば倉の氏じゃねぇか」


 そこで戦っていたのは情報屋、飛鳥虎太郎だった。という事はおそらくさっきの倒れていた生徒達もこの人がやったのだろう。

 彼は一瞬こちらを向いたものの、すぐに目の前の敵に目線を戻して再び敵と対峙する。なんとも軽やかな身のこなしで銃弾を躱しながら距離を詰め、発砲する前の洗脳された生徒の手から魔砲を蹴り上げる。さらに、その生徒を回し蹴りでふっと飛ばし、群がる生徒達をドミノ倒しにした。最後に上から降ってきた魔砲をキャッチして、そのまま引き金を引き一発の銃声が周囲に轟く。


 「ちっ、キリがねぇなぁ」


 戦い方を見るに、飛鳥虎太郎は既に魔砲が弾切れになっているの模様。得意の足技で敵を気絶させて倒し、さらに余裕があれば発砲する前に魔砲を奪取して、敵の魔砲を使って戦っているようだ。しかし、当然効率は良くない上、状況はあまり思わしくは無い。


 「飛鳥さん、暮人を見ませんでしたか?! 探しているんです!」


 「あぁ? 暮の氏なら、ついさっき見たぜぇ」


 彼は戦いながらも、私の言葉を聞きとり、そして返してくる。


 「どっちに行きましたか?!」


 多分暮人は放送室を目指しているはず。でも、放送室は敵の本拠地。ならば放送室にたどり着く前に暮人を止めなければならない。

 この戦いはもはや撤退戦。敵を撃てる可能性が低い以上、私たちの最善は次に備えて無事に撤退する事。仮に放送室で戦闘が始まってしまってからでは、暮人を見つけても無事に撤退出来る保証はない。


 「ったく、こんな時によぉ。……いやぁ、待てよ? むしろ丁度いいなぁ?」


 絶え間なく押し寄せる敵に囲まれながらも戦い続ける飛鳥虎太郎は、何やらぶつぶつ言いながらこちらに何かを放り投げてくる。


 「知りたかったら情報料だ。そいつを再装填(リロード)したら教えてやる」


 飛鳥虎太郎が投げつけて来たものをキャッチすると、それは彼の魔砲の弾倉(マガジン)だった。


 「こんな時に何を!」


 「良いから早くしなぁ! こっちもそんなに暇じゃねんだぁ!」


 「っ! ああもう! 背に腹は代えられません!」


 今はとにかく一刻を争う。長い間足を止めてじっくり考えて居る時間的余裕はある筈も無い。私は仕方なく彼の弾倉を再装填(リロード)して投げ返す。


 「良くやった倉の氏ぃ!」


 敵を再び蹴り飛ばして敵の群れがドミノ倒しになっている隙に、飛んできた弾倉を掴み取る飛鳥虎太郎。


 「暮の氏ならすぐそこの階段から上に行ったぜぇ!」

 

 飛鳥虎太郎は近くにあるB棟の中央階段を指差して叫ぶ。


 「ありがとうございます!」


 「っへ。手数料分としてしばらくこの階段は死守してやらぁ! さっさと行きなぁ!」


 「感謝します!」


 私は彼にお礼を言いつつ、急いで上の階に向かう。校舎B棟五階。とうとう各校舎の最上階である五階まで来てしまった。

 学園内から脱出するはずだったのに、気づけば校門からは一番遠い場所。もう訳が分からない。


 「暮人……、どうゆうつもりなんですか!」


 微かに憤りを感じつつも、私は再び走り始めた。







 校舎C 棟五階。偶然遭遇した飛鳥先輩が敵陣をグチャグチャにしてくれたおかげで、僕は無事に放送室があるC棟の五階までたどり着くことが出来た。

 思っていたよりも敵の数が少ない。想像していたよりも校門に人数を割いているのか、それとも、飛鳥先輩がかなりの人数を引き付けてくれているのか。どちらにせよ僕としては癒合が良い。

 シグナルを倒せば騒ぎはひとまず収束する。ならば、校門側に配置された戦力などもはや僕には関係ない。


 「さて、一体あれはどういう事だ?」


 壁の陰から顔を少しだけ出して様子を伺う。放送室まではもう目と鼻の先と言うところまできて、僕は明らかに不自然な状況に困惑しつつも、警戒心を高めていた。

 と言うのも、いざ放送室にたどり着いてみると、部屋の前には見張りも警備も一人も居ないのだ。


 「ここが本拠地なのに警備が一人も居ない。……普通そんな事あるか? それとも守りを削らなきゃいけない程、索敵に人数を割いているのか?」


 胡散臭さが半端じゃない。とはいえ、長期戦ではこちらがジリ貧になっていくだけ。むしろ、これは絶好のチャンスなのか。いや、その考えは安直すぎる。やっぱりどう考えても不自然だ。頭の中で葛藤が続く。

 まるで、じゃんけんの手を読むかのように、不毛で答えの無い問いが時間だけを消費してゆく。考えれば考える程に意図が掴めない。


 「……。これ以上は時間の無駄か。停滞していても状況が好転する事は無いし、覚悟を決めて踏み込むしか……」

 

 しばしの思考の後、僕は恐る恐る放送室へと近づいた。ゆっくりと部屋の壁に聞き耳を立てるが、中から物音は聞こえない。

 息を殺して中で待ち伏せをしている可能性も十分にある。おまけに不安要素の神無月の魔砲。八柳先輩の魔砲は信号弾だとして、神無月の魔砲は未だ不明のまま。この中に何が待って居るかわかったもんじゃない。


 「すぅ…………、よし!」


 大きく息を吐いて、ゆっくりと大量の空気を肺に運ぶ。一気に吸い込んだ空気を体に留めて息を止め、次の瞬間僕はダンっと一気に扉を開き魔砲を構える。


 「これは……?」


 予想外の光景に、僕の思考が一瞬止まった。

 放送室の中には誰一人おらず、完全にもぬけの殻。とりあえず、恐る恐る部屋に足を踏み入れて周囲を見渡す。

 部屋の中には、マイクと放送用の器材、それと掃除用具用のロッカーくらいしかない。魔砲を構えたまま、ゆっくりとロッカーを開けてはみたが、何か変ったものは無い。


 「先に誰かがここに来た可能性? いや、それなら戦った痕跡がもう少しあっても……」


 放送室の中は荒れている様子は無く、とてもここで銃撃戦があったとは思えない。


 「なら、シグナルが逃げたのかな? いや、むしろ最初から居なかったと考えるのが自然か」


 僕は思考を巡らせて状況を整理する。おそらくシグナルは、ここで宣戦布告の校内放送をした後すぐに場所を移動した。そう考えるのが最も妥当だろう。

 僕らを五階に誘導するようにして、校門から遠ざけた。守る必要が無いなら、この五階の警備の薄さも頷ける。


 「コケにしやがって! 一体何処に居るんだ」


 敵まみれの中、隠れながら進んで来るだけでも苦労したって言うのに。これじゃ校門までは遠くなった上に、敵の位置もわからない。もはや振り出しよりも悪いじゃないか。

 僕が今こうしているのも、敵の誘導した状況の一部とするならここに長居するのはあまり得策じゃない。単なる時間稼ぎと言う可能性もあるが、わざわざ場所を指定して放送室に誘導した以上、この部屋自体が罠である可能性もある。

 そう考えて居た時だった。突然、閉めておいた背後の扉が勢いよく開く。


 「う、動くなっ!」


 しまった。完全に後ろを取られた。僕は背中を向けたままゆっくりと両手を上げる。遂に僕もここまでなのか。


 「ってあれ? く、暮人?!」


 「え?」


 ほんの少し脳裏に諦めがよぎった時、背後から名前を呼ばれて驚きながらも徐に振り向く。


 「コウヘイ? なんでこんな所に?!」


 「暮人こそ! 逃げてるはずじゃ……」


 耕平は僕に向けていた魔砲をすぐに下ろし、こっちに歩み寄って来る。


 「一体これはどういう状況なの?」


 「僕にも詳しくは……。とにかく、この場所からは離れよう」


 偶然にも合流した耕平と情報を共有すると、どうやら耕平も僕と同じく単独で敵を倒そうと奮闘していたらしい。まったく随分と無茶な事をするもんだ、なんて、間違っても僕が言えた事じゃないか。

 そんな時。耕平と数回言葉を交わしていると、突然周囲に警報が鳴り出す。


 「なになにっ?!」

 

 「落ち着いて、耕平!」


 警報音の主を辿ると、放送機材などが置いてある机の下。裏面に張り付けられた警報器を発見する。

 見た目からして時限式。何かのトリガーでなった訳ではない様だ。とりあえず警報を止め、僕は一旦落ち着く。


 「よし、耕平これでもう大丈夫だ」


 「っ! いや暮人! 全然大丈夫じゃないよ!」


 警報が鳴り止んだと思った途端、これまでは警報音に隠れて聞こえなかった複数の足音が聞こえてくる。

警報音で洗脳された生徒達が一挙に集まってきたのだ。既に部屋も取り囲まれ、敵の群れを強行突破する他に、この部屋からの退路は無い。


 「全部計算通りってか……。くそっ!」


 小さな放送室の中で、僕の耕平の二人はそれぞれ魔砲を強く握りしめる。






 群がって来る有象無象の相手をすること数十分。そろそろオイラにも疲れが出てきた。


 「飽きてきたなぁ。そろそろ引き上げるかぁ?」


 周囲には幾人もの床に転がっている生徒達。ついさっきの謎の警報音で、残りの奴らは上の階に向かったみたいだが、オイラにそれを追いかける義理は無い。


 「ま、しばらくは守ってやった。こんなところで清算は完了だろ」


 温存したまま戦っていた事もあり、結局倉の氏に再装填(リロード)させた弾倉もまだ使っていねぇ。


 「まぁ良いかぁ。ある分には困らねぇ」


 すっかり満足してオイラがその場を去ろうとした瞬間、下の階から上がって来る足音が迫って来る。

 警報音に釣られたのか、それとも戦闘音に釣られたのか、まぁ正直なの所そんな事はどうでも良い。足音の主が、遂にオイラの目の前まで上がってきて向かい合うように立つ。


 「こりゃ、意外な奴まで釣れてんじゃねぇか。そろそろオイラも、ハッキリさせようと思って居たんだよなぁ?」


 向かい立った敵の握った魔砲。その魔砲から伸びる綺麗な刃が陽の光を反射して、オイラの視界にチカッと光が走る。


 「お前もそうなんだろぉ? 紫銅」


 「……。二人称は、氏(うじ)、じゃなかったのか?」


 「へっ、これから消える奴には付けねぇ主義なんだ」


 予想外の返しに思わず笑いが出てしまった。もしかするとコイツは、ほんの少しこのオイラよりも強いかもしれない。そう思ってしまう気持ちがずっと何処かにあった。それをはっきり認めたことは無ねぇが、これまで何処かで無意識に避けていたのかもしれねぇ。

 こんな学園だ。その気になれば何時だってやり合えるのに、これまではそうしてこなかった。


 「もうオイラはチキったりしねぇ。今度こそオイラの優秀さを証明してやらぁ」


 対抗戦の夜。オイラはあん時からずっと後悔している。確かに伊沢相手じゃ多少分が悪かったかもしれねぇ。だが、それでもオイラが自分を信じ切れて居なかった。己で己を推し測った。

 オイラの根底にあるのが、強さへの執着だという事をいつの間にか忘れていた。オイラはもう二度と、退かねぇ負けねぇビビらねぇ。


 「紫銅(しどう)閃(ひかる)。かかって来なぁ。一分でハチの巣にしてやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る