第43話 世界を敵にまわしても……、学園包囲網突破戦Ⅳ


 こうして、コソコソ隠れながら校門に向かっているとあの頃を思い出す。去年の今頃はすっと一人で逃げ回っていた。

 あの頃、少しも周りは信用出来なくて、敵も敵じゃない人も味方ではありませんでした。私に近づいてくる人達は皆等しく思惑があって、自分の為に私の力を必要としていた。もしそうじゃない人が居たのだとしても、私から見ればそうだった。

 

 入学した日からずっとそう、いつでもどこでも誰かが自分の事を撃とうとしている。狙っている。怖くて可笑しくなりそうでした。

 この学園で生き残る為には、降りかかる火の粉は払うしかない。敵は撃つしかないんだと思う様になるには数日と掛かりませんでした。

 誰もが他人より自分の身が可愛い。他人を守る仕事がしたくて西砲(ここ)に来た私も、自分の身を守る為には他の生徒に銃口を向ける他無かった。でも、自分でもその時初めて気づきました。


 引き金が重すぎる。


 射撃演習で的を撃つ時に比べて、この引き金はあまりにも重すぎると思いました。弾が当たっても死ぬ事は無い。頭ではわかっていても、いざ照準器越しに人間を見ると怖くなる。人を守る力を手にする為に、人を撃たなければいけない意味が解らなかった。


 そして同時に疑問に思った。

 この人たちの引き金は、どうしてこんなにも軽いんだろう。


 入学後のオリエンテーションで他の生徒を撃てと言われた、だから他の生徒を撃つ。一見すると正しいようで、ホントの所正しくは無い。そう思わずにはいられなかった。

 一年間、誰にも銃口を向けず逃げ回って、筆記テストだけで卒業すると勝手に自分に誓いを立てました。その内、撃たれる前に敵の魔砲を弾いたり出来るようになりました。

 仲間なんて要らなかった、勝つ必要なんて無かった。ただ必要なのは、逃げ切る為の技能、それと敵の情報。あの頃は随分と情報屋さんにお世話になりました。中立と言う言葉が心地よくて、味方だとすり寄って来る輩よりもいくらか信用できた。


 「暮人……」


 私は西砲に来てからずっと独りぼっちでした。自分の方から孤立を選んでいた。留年して今年、またしても誰一人顔見知りの居ないクラスになりました。元のクラスメイトの大半は退学、残った数少ない人たちも進級。この学園で、一年間も生き延びて居ながら十人も撃っていない生徒など私しか居ませんでした。

 私こそが、西砲(ここ)で最も異端だった。

 そんな時、新学期最初の日に出会ったのが暮人でした。私は今年も変わらず誰一人撃たずにやり過ごすつもりだった。だからオリエンテーション直後、生徒達が抗争を起こす前にいち早く正門に向かった。


 「まだ、あれから半年しか経っていないんですね」


 物思いに更けって、小さく独り言を口走ってしまう。

 あの日、正門に着いた私は、倒れていた一人の男子生徒を見つけ思わず足を止めた。うつ伏せで倒れていたその男子を揺らし、「大丈夫ですか?!」と何度も声を掛けた。結局、その人は新入生狩りのための撒き餌で、私はまんまと近くに潜んでいた生徒に捕まった。

 本当にここでは何も信用できない、改めて思った。その後助けてくれた暮人に対しても、最初は信用していなかった。彼が身を挺して私を庇ってくれるまでは、この人も他の人と同じだと思って居た。


 でも、彼は少しだけ違った。


 確かに暮人も敵を撃つ。でも、彼からは私と同じ「他人を守りたい」と思う気持ちを感じた。多くが自分の保身の為に魔砲を握る中、他人の為に引き金を引く少年。それはまるで私の理想のよう。私の志を持ったまま、それでいて引き金を引ける完璧な姿。

 だから私は、暮人の弾倉になる事を選んだ。暮人なら、私の力を正しく使ってくれる。それは、今もあの日も変わっていない。


 「暮人……絶対、生き延びて下さい……」


 学園中の生徒が、バタバタと廊下を駆けまわり、私たちを血眼になって探している。でも、このフロアだけで言えば、探索の手はそう多くない。

 私は暮人たちと別れてから、依然三階で周囲の様子を伺っていた。逃げるのは得意、しかし、やはり暮人が無事に脱出するのを確認しなければ、私も外には出られない。


 「命令違反ですね。でも、私にとってはあなたの無事が最優先事項です」


 不意に、上の階から銃声が響き渡って来る。連なった銃声、連射音。バリバリとけたたましい発砲音が絶え間なく鳴り続ける。


 「これは……、飛鳥虎太郎の……」


 上の階ではおそらく情報屋のあの人が戦っている。もしかして下の階でも誰か戦っているのでしょうか。それならばこのフロアの人手が少ないのも納得出来る。

 そしてその時、私の隠れていた位置から、ガラス張りの渡り廊下を全力で走り抜ける生徒が目に留まる。


 「あれは……っ?!」


 見間違えるはずも無い。この半年ずっと見ていた姿だ。


 「暮人っ! どうして五階に?!」


 まさか放送室を目指しているのですか。それは、明らかに無謀だと自分でもあんなに言っていたのに。一体どうして。

 とにかく、今は考えてる暇はない。


 「暮人、絶対にあなたを撃たせたりさせません。そんな事、何があっても私が許しません」






 駆け回る足音、響く銃声、飛び交う怒鳴り声。校舎内はどこも騒然としていた。たった四人を仕留める為に学園中が戦場になっているんだから、当然と言えば当然だけど。

 あたしは周囲の音や声に耳を澄ましながら、サイレントデリンジャーを握りしめる。


 「それにしても、騒がしいなー」


 校舎A棟二階の廊下。あたしは散開した後、すぐに下の階に降りた。一階はやはり他の階よりも見張りが多いみたいで、中々進めない。

 しばらく物影に隠れて人の流れを見て居ると、多くの生徒がこの階のA棟に走っていく。どうやら、同じ階のA棟の方で誰かが戦っているらしい。


 「誰だか知らないけどー、もっと暴れてくれないかなー?」


 このままどんどんそっちに人が流れれば、下の見張りも多少はそっちに回されるかもしれない。一階の見張りさえ突破すれば、校門までは目と鼻の先。多少強引にでも校門から一歩でも出ればこっちのもの。


 「こっちも手薄になって来たしー、もうちょっとこの辺に隠れておきますかー」


 あたしは、同じ場所で敵が動くのをじーっと待つ。誰かが敵を引き付けてくれる分には越したことは無いしね。

 結局、まずは自分の心配をするのが人間だもん。あたしはなんら間違っていない。誰だって、いざって時ほど自分の為に動く。たとえ他人を犠牲にしても、自分が何か失うわけじゃないならノープロブレムってこと。


 あたしがそんな人間の真理に気付いた。いや、頭ではわかっていたけど実際にそう思い知ったのは、恥ずかしながらつい半年くらい前の事。西砲に入学した日の事だ。

 あたしは、中学時代から仲良しの女の子たちと一緒に西砲に来た。結構入試のテストが難しかったり、実技もあったりで心配だったけど何とか全員で合格する事が出来た。

 勿論この頃はまだ、入ってから生徒同士で蹴落とし合う事になるなんて思ってなかった。だって、魔砲学校のカリキュラムなんて、ほんの一部しか一般には公開されていないんだもん。オリエンテーションでその事を聞かされて、まず最初に考えたのは皆と協力する事だった。やっぱり一人じゃ怖いしね。

 初日から四人で、しかも顔見知り。魔砲の能力だってお互いに知ってる。こんなチームそうそう無いし、あたし達は恵まれてる。ラッキーだって、最初は本気でそう思ってた。でも、みんなで隠れながら校門に向かってる途中に気付いたの。



 先導している娘の背中がガラ空きだって事に。



 あたしはその時隊列の二番手だった。いくら背中が無防備だからって、勿論撃ったりしないよ。だって友達だし、それを置いても発砲した所を見られたら、次はあたしが狙われちゃうもん。

 ただ、その時ふと思ったの。あたしも後ろから見たらこうなのかな……って。興味本位で振り向いてみたの。そしたら、後ろの娘があたしの背中に銃口を向けてた。何か、ショックよりも先に、「自分の予想が当たってた。思った通りだった」って思った。

 その娘は、見られたらいけないモノを見られたと思ったのかな、すっごく顔が引きつってた。誤魔化すような苦笑いに、バツが悪そうに逸らした目線。

 その時、彼女の顔越しにちょっとだけだったけど見えたの。教えてあげれば良かったのかな。「あなたも後ろから狙われてるよ」って。

 四人の内、冷静を欠いた最後尾の娘が最初に発砲して、その発砲音で最前列の娘も後ろに振り向いた。

倒れている友人と、それを撃ってしまい立ちすくむ友人。それを見るあたし達二人。状況から見れば、裏切った娘をあたし達二人で粛清する流れでしょ。でもすぐに分かった。



 次に狙われるのは「あたし」だって。当然だよね、だって「弾」を持ってるんだもん。



 ここで重要なのは、誰が裏切っただの裏切っていないだのじゃない。自分が生き残る事だもん。裏切った娘は弾切れで丸腰。なら放置したって変わらないじゃん。

 そんな事を一瞬で考えて、自分の倒すべき敵がすぐにわかっちゃった。だから、まだ少し困惑気味のもう一人の娘の手から、咄嗟に力づくで魔砲を奪い取った。そしてあたしは左右の魔砲で二人に銃口を向けた。

 その後は言うまでもないよね。強いて言うなら引き金は思っていたよりも凄く軽かった。結局は人間の最優先事項は「自分の保身」って話。なーんて、誰でも知って居る事だし今に始まった事じゃないけどね。


 「そろそろ動いた方が良いかなー?」


 身を潜めている内に、だんだん廊下の人通りが少なくなってきた。動くなら今が好機かも、と思いとりあえず立ち上がる。

 今いるのは二階で、階段さえ突破出来ればサクッと校門までは行ける。


 「……ここから一番近いのは西門かな」


 そういえば、初めて一角くんやうさぎちゃんと戦った時も西門から脱出しようとしてたんだっけ。

 一角くんは初めて会った時から変わってた。うさぎちゃんみたいに警戒心全開なのが普通なのに、なんか危機感が無いというか、抜けてるというか。かと思えば、いきなり自分が囮になるなんて言い出したりね。ホントわけわかんない人だって思った。

 でもさ、そんな一角くんも、ホントに窮地に陥ったら他の人と何も変わらないんでしょって思ってたの。どうせ、偽善はすぐに剥がれるメッキなんでしょってね。

 だからあの時、後ろから銃口を突き付けて試してみたんだっけ。一角くんの本当の姿を。結局、一角くんは裏切ったあたしの事も許してくれて、見逃してくれた。優しいっていうよりも、ただ甘いんだよね一角くんは。ホントに甘い。

 その上、空砲なんて大したことない、いやむしろ最底辺の能力のくせに、なんでも背負おうとする。ホント、身の程知らずなんだよね一角くんは。


 「さてと……、行きますかー」


 階段の前に立つ。目の前には上下に伸びる階段。あと少しでここから脱出できる。隠密行動は得意分野だ。魔砲だって、それ特化した無音魔砲な訳だしね。

 この西砲であたし以上に隠密行動に適した人間は、そうは居ないんじゃないかなって、自分ではそう思ってる。そう、あたしはきっと誰にも気づかれずに敵を倒せるはず……。


 「…………はぁ、仕方ないなぁ。君じゃ役不足だろうから、あたしが代わりにやってきてあげる。もともと暗殺ってちょっと向いてるかもって思ってたんだよねー」


 別に誰も居ないし、誰も聞いて居ないのに、つい言い訳みたいな独り言が出てしまった。


 「別にただ単位が欲しいだけだしー、でもま、たまたま利害が一致してるんだからしょうがないよねー。うん……、これはしょうがないよ」


 続けて、なんだか自分を納得させるような独り言を小さく吐く。もう自分の中に答えは出ていたのに、動機が欲しかったのかな。自分が、そうする為の動機が……

 あたしは人知れず独り言を吐いた後、ゆっくりと上に続く階段に歩みを進めた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る