第42話 世界を敵にまわしても……、学園包囲網突破戦Ⅲ
「別行動ですか? どうして急に」
うさぎが僕に疑問を呈す。
校舎三階の廊下。僕らはずっと待ち続けて居た好機に際して、遂に表立った行動に出ようとしていた。
「今、おそらくだけど僕たち以外の誰かが他の場所で戦闘している。薄っすらと銃声も聞こえるから間違いない。これで敵が分散すれば室内が手薄になって、外の奴らも校舎内に駆り出されるはずだ。なら、隙を突いて校門を突破出来るかもしれない」
「それと、各自が別行動する事に何の関係があるのですか?」
「四人で動いて居たら見つかりやすくもなるし、薄くなった警備ならその隙間を抜けやすい。さらに言うなら四人で固まっていても、この人数差じゃ牽制にもならない。ここからは各自、単独で敵の目を盗むように校門を目指すんだ」
このピンチから抜け出すには、包囲が崩れた今行動に出るしかない。学園から脱出するための校門は四つある。その中のどこでもいい、何処か一つでも手薄になる箇所は必ずある筈だ。
「でも、暮人……。それじゃボク達の内、誰かが敵に捕まったら……」
耕平は不安げな表情を浮かべ、俯きながら言った。
当然、単独行動だってそれなりにリスクは大きい。見つからない事を重視するなら一人の方が動きやすいが、敵に囲まれれば一巻の終わり。
それでも、最悪の事を想定をするなら……。全員まとめてやられるくらいなら、一人でも生存者が出る方に賭けるしかない。
「コウヘイ、確かにそうならないとは言い切れない。いや、十分にあり得る事だ。でも、それでも、僕は皆を信じてる。このままじゃ一網打尽だ。各々が、仲間を信じて生き残る努力をしよう」
「暮人……」
「もし先に外に出れたら、一緒に帰るんだから待ってろよ?」
「……うん、待ってるよ。皆が出てくるまで必ず」
「あたしはー、先に帰っちゃうかも」
「あなたは一番最後なので大丈夫ですよ」
全員が僕の提案に賛同してくれたことで、いっそう気持ちが一つになる。
「離れていても、僕らはチームだ。今日もいつも通り、みんなで並んで帰ろう!」
「「「了解!」」」
僕らは全員が別の方向に散開する。まずは、下の階に降りる階段だ。一番敵の警戒が厚い場所ではあるが、校内が荒れ始めたこのタイミングなら、何処かの階段の警備が薄くなっていても可笑しくない。
下からも上からも応援が来ない事から察するに、僕らを挟んで上下どちらの階でも何かが起こっている。なら、いっそそれに紛れてしまうというのも手ではある。
皆と別れて移動すること数分。僕は校舎C棟の階段の前に着く。見たところ見張りは居ないが、下の階の踊り場から声がする。ここは比較的人員が少ないようだが、下へのルートはしっかりと塞がれているらしい。
しかし、僕にとっては然程関係の無い話だ。
「コウヘイにあんな事言っておいて……。僕は一体何をしてるんだか」
我ながら口から出まかせにも程がある。あれだけ仲間たちに各々で逃げると言っておきながら、正直なところ僕は逃げる気などない。当たり前だ、元はと言えばこの戦いは僕の撒いた種。僕一人逃げるわけには行かない。
僕は周囲を警戒して、上の階へ続く階段を上る。他の生徒達もこの状況で上がって来るとは思って居ないのか、意外にも上の階へは簡単に移動できた。
僕は一人でも放送室に行って八柳先輩を倒す。勿論、神無月にだって負ける気は無い。
シグナルを倒して自体が収まれば良いし、そうでなくても僕が注意を引くことで、皆の生存率は大きく上がる筈だ。
「皆、ちゃんと生き延びてくれよ」
「はぁ、はぁ……」
息が苦しい、喉が渇く。肺も軋むように痛い。太ももがどんどん重くなって、足が後ろに引っ張られるみたいだ。
それでもボクは、残りの力を振り絞って走る。
「暮人、倉島さん、靜華ちゃん……」
少し走っただけで、何時もこうなってしまう。圧倒的体力不足。そのせいで、毎度毎度みんなの足を引っ張ってばかりだ。
遠くから迫って来る足音に反応して、息を止め身を隠す。校舎B棟三階の隅、ボクは皆と別れた後、敵の追跡から逃れる為に身を潜めていた。
ボクの魔砲は榴弾地雷、言うまでも無く直接戦闘向きじゃない。とはいえ待ち伏せするにも、肝心のシグナルは待ちの構えであっちから掛かるとは思えない。
「みんな……、大丈夫だよね……」
別れた仲間たちが心配で堪らない。多少戦況が荒れ始めたからと言って、未だに学園の敷地内は敵まみれ。逃げ場なんてほとんどない。
気付けば、ボクはいつも誰かに支えられて生きている。この学園に入学して直ぐ、ボクは同じクラスの数回話した程度の人達とチームを組んでいた。会ったばかりとは言え、ボクはその人たちを当然のように信頼していた。今になって思えば、何時裏切られても可笑しくは無かったけど、ボクは周りに恵まれて居たのかもしれない。
結局そのチームも新入生狩りでボロボロになり、生き残ったのはボク一人。せめて仇討ちをしたいと思って仲間を募った時に出会ったのが暮人達だ。ボクは何時だって仲間に恵まれている。普段はなかなか気付けないけれど、こういう時にふとそう思うんだ。
暮人たちと一緒にシーカーと戦った時も、靜華ちゃんと二人で赤羽先輩と戦った時も、今のボクがここに居るのは支えてくれる仲間が居るから。信頼できる仲間が居るからだ。
「ホント、もうこれ以上はキツくて走れないって……」
なんだか靜華ちゃんの声が聞こえたような気がして独り言を漏らした。彼女はいつも、すぐに「あたしが撃つ」とか「トドメを刺してあげる」なんて仲間に向けて言うけれど、ボクが思うに彼女にも本当はそんなつもりは無いと思うんだ。
ただ、靜華ちゃんはそう言ってみんなに葉っぱをかける事で、どんな時も仲間たちが気を抜かないように鼓舞してくれているようにすら思う。「裏切り」を匂わせる事で、いつでも狙われているんだぞ、と再認識させてくれるんだ。これはボクの勝手な思い込みかもしれないけど、ボクはそう思って居る。
「少し……落ち着いてきたかな」
身を潜めてから少しして、体の疲労は流石に取れないが呼吸だけは少し落ち着いて来た。足はガチガチに固まり、汗も止まらない。再び走り出せば、そう経たないうちにまた息切れを起こすだろう。
「こんな事なら……もっとランニングしとくべきだったよ」
体力不足は自覚していたものの、これまでなんだかんだで生き延びてきた。その結果に甘えて、トレーニングを怠ったのがこの有様だ。如何せん、やらなきゃと解っていても実行に移すのは難しい。
今のボクにあるのは一発の魔砲。使うとすれば壁や地面に地雷を仕掛けるか、直接撃ち込んで普通の銃弾のように使うかだ。どっちにしても敵の人数を考えれば物足りない為に使い処は考える必要がある。
こんなガチガチの足とボクのスタミナで、校門まで走り抜けて学園から脱出するのはかなり絶望的。ここは三階、下に降りるなら二階と一階、それと校門で三回程度は接敵する可能性があるし、その場合に追手を振り切って逃げ切る余力は今のボクには無い。
「どうしたもんかな……」
なんて、答えはもう出ていた。ただ、後は自分を納得させる時間が欲しかっただけだ。でも、もうそれも済んだ。今のボクに出来る事はそう多くない。そんなボクの今成すべき事。
「……上にあがろう」
三階から下って校門に向かうよりは、三階から五階に向かう方が敵の裏を掛けるかもしれない。敵の守りが本丸の五階、退路を塞ぐ校門の二つに集中しているなら、下の階に進むより四階の方が安全だ。敵が守りを捨てられないなら、上からの増援もそんなには送れない。
そして何より、ボクが敵の注意を引き付ければ皆が逃げやすくなる。あわよくば八柳先輩だってボクが倒してやる。校門から脱出するのに比べて、こっちなら一発でも十分可能性がある。
なんせ、相打ちでも良いんだから。
結局上まで上がったら、言うまでも無く撤退する余力は無い。逃げられないボクは仮に生き残っても、他の生徒にやられてしまう。なら、八柳先輩と相打ちでも構わない。
「あーあ、砲術士……なりたかったな」
憧れだった。小さい頃からずっと憧れていた。警官や砲術士が人々を守るその背中に、大切な人を守れるその強さに。でも、今のボクにはもっと大切なものがある。自分の夢よりも、今ここに守るものがある。
学園に入る前は、小さい頃からずっと「お人良し」なんて馬鹿にされて居た。小学校でも、中学校でも他人を信じて疑ったことなんてない。それでたまには痛い目も見たけど、それでも後悔したことは無い。だって、こっちが信じて居なくちゃ、あっちもボクを信じてくれないと思ったから。
そして、今もボクはアンノウンのみんなを信じて居る。みんななら、必ず約束通り逃げ切ってくれる。ボクのつまらない心配なんて杞憂に終わるんだ。
「信じられる人が居てそれを守れるなら……、敵の群れも退学も、これっぽっちも怖くない!」
腰のホルスターから、一丁の魔砲を引き抜いて握りしめる。グリップがやけにしっくりくる。改めて考えたことも無かったけど今になってなんだかそう思った。
「キミも、ずっとボクを支えてくれてたんだよね……。よし、行こう。勝つためじゃなく、守る為に!」
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