第41話 世界を敵にまわしても……、学園包囲網突破戦Ⅱ
「さて、そろそろ良いかな?」
「はい。あと数分で授業も全て終わります」
校舎の屋上に佇む二人の男子生徒。冬の寒気が肌を突き刺すように二人を包む。
「午後の授業は仮病でサボっちゃったね。ま、正直そんなに関係無いけど。バレたら教員には怒られるだろうけど、逆に言えばそれだけの話だよ」
「そうですね。八柳先輩」
空は澄み渡り快晴。シグナルの二人、神無月と八柳は放課後を目前に控え、他の生徒達が着々と計画を進めていく。
「全ての校門は下校時間の放課後までは開かない。つまり今、この学園には全生徒がまだ残っているという事だね」
「はい。現在の残り全生徒、約二百人がまだ校舎内に居るはずです」
「ほぉ、二百人ね。今年は随分と生存者が少ないね? ま、でも相手は四人だし十分すぎるか」
八柳は魔砲を腰のホルスターから引き抜き、晴天を仰ぐ。不気味な程に青く澄んだ大空は平和そのものを体現し、これから起こる惨劇をこの学園に居る誰にも予感させなかった。
授業終了のチャイムが鳴る。そして、それから間もなくして八柳は魔砲の引き金を引き、中庭の上空には野望の陽が昇った。緑に輝く野望の光は、中庭に面した廊下から差し込み学園中の生徒達から視線を一挙に集める。
「さぁ、ゲームの始まりだ」
「今の所、仕掛けてくる様子はありませんね」
うさぎは背中をピッタリと壁につけると、廊下の角から少しだけ顔を出し周囲を警戒する。
僕らは授業が終わった直後耕平を拾い四人で合流すると、すぐに行動に出た。視界に入る全ての物に注意を払い、僕ら四人はジリジリと廊下を進んでいた。
アンノウンはシグナルに宣戦布告されたものの、何時何処から奴らが仕掛けてくるかはわからない。その上、午後の授業に神無月は出てこなかった。つまり何処かで待ち伏せをしている可能性が高い。
まぁ実際、授業をサボったところで、出席数さえ足りて居れば卒業には大した問題じゃない。単位は他の生徒を倒せば手に入るし、そう言った事もあり授業をサボっている生徒など然程珍しくない。
「待ち伏せしているとすれば、この先でしょうか」
うさぎが階段前の曲がり角で足を止める。
このままいけば、階段を下り西門から下校するのはそう難しい事じゃない。しかし、それは根本的な解決になっていない上、果たしてそうやすやすと脱出させてくれるものだろうか。特に神無月に関しては、僕に対してかなり私怨を持って居る為、何もしてこないというのは不自然だ。
そう考えて居た時、不意に学園内に放送が流れる。
『どうも、八柳です。アンノウンの皆さんこちらの準備が整いましたのでお知らせいたします』
準備、何やら不穏な香りがする。そもそも全校放送を私用で使うなんて、何でもありなのか、と思わずにはいられない。実際、そんなことしたら後になって相当こっぴどく教員に叱られる事になるんだろう。なんて、今は敵の心配をしている余裕はない。
『現在、全校門を自分の仲間たちで封鎖しました。さぁこれで一角くん、自分か貴方のどちらかが撃たれるまで誰一人外には出られません』
学園内全域に響き渡るアナウンスは淡々と続ける。しかし、奴の言葉には一つに気になる事がある。
『あっ、全校門を封鎖なんて出来るのか? なんて思って居ますかね。それが実は可能なんですよね。自分の魔砲、洗脳信号弾を使えばね』
まるで僕の疑問を先読みしたかのように一方的に告げられるアナウンスが流れた。洗脳信号弾、全校門を封鎖、そして占拠された放送室。此処まで聞けば、あらかた僕らがどれだけ危うい状況なのかをここに居るアンノウンメンバー全員が薄々勘付き始める。
そう、それはつまり……。
『いまや学園内は自分達シグナルの仲間、もとい自分の奴隷で一杯です。さぁ始めましょう一角くん。なーに、ただの鬼ごっこですよ。生徒たちの包囲網を抜けて放送室まで来てください。そこで決着をつけましょう』
僕らが今いるのは校舎A棟の二階。放送室はC棟の五階にある。此処からだと少し遠い上に、敵は籠城の構え。こちらが不利なのは言うまでもない。
しかし、退路も塞がれて包囲されてしまった以上敵の親玉を倒すしか道は無いのか。と僕がそう考え込んでいた時、さらにスピーカーから音声が流れ込んでくる。
『えー、洗脳に掛かっていない生徒諸君に告げます。誰であろうとこの学園からはもう出られません。ですが、一年三組の一角暮人くんを仕留めてくれた暁には、この包囲を解きましょう。皆さんのご協力、期待しておりますね。それでは一角くん、お待ちしております』
校内放送はそこで完全に途絶える。
完全にやられた。僕があれこれ思考を巡らせている内に、先手を取られてしまった。結局のところ、洗脳に掛かって居なくとも校門を抑えた時点で全校生徒があっちの駒って訳か。
これはかなりキツイ展開になってきた。全校生徒は約二百数人、だとするとこれは、四対二百の包囲戦。正直、勝ち目はほとんどゼロに近い。
持ち弾がたった一発しかないこの学園生活において、頭数や弾数と言うのは最もシンプルに強力な力だ。勢力図にして、四対二百とは些(いささ)か差がつき過ぎて居る。籠の中に閉じ込められて、外にも人数は割いているにしても五十倍の人数差。
これは明らかに入学以来最大のピンチだ。まったく、タチが悪い奴らに目を付けられたものだ。
「何が十六位だ。そんな魔砲じゃ、自分に単位が入んなくて当然じゃないか」
「暮人、どうしますか?」
うさぎが僕に指示を乞い、静華と耕平もまた僕の指示を待ってこちらを見つめてくる。しかし、思考する時間などほとんどない。
「見つけた! あそこに居たぞ!」
「うわっ! 一角くん! ぞろぞろ来たよっ!」
そうこうしている内に生徒たちの手がこちらまで回ってくる。静華が思わず魔砲を構えるが、耕平がそれを制止し魔砲を下げさせる。この人数差じゃ、一人や二人倒しても仕方がない。それ以上に、丸腰になったらもう詰みだ。
「とにかく、校門を抑えられてるなら下に降りても意味は無い。守りが硬くなる前に出来るだけ上に登ろう!」
「「「了解!」」」
僕らは目の前の階段から三階に上がる。どのみち放送室にたどり着くしか道が無いなら、退路を捨ててでも上に上がるしか選択肢が無い。
「A棟の三階に上がったぞ! みんな、はやく学園から脱出したければ今だけは協力しろ! 絶対に一角達を逃がすな!」
それからも三階の廊下をぐるぐると回り、押し寄せる生徒達からのひたすら逃げ回る僕ら。ただ呻き声をあげながら迫って来る洗脳された生徒達と、それに加えて洗脳されていない生徒までもが敵となり人数差は絶望的。
次第に階段を抑えられ、時間が経つにつれ僕らの逃げ場はどんどんと狭くなっていく。それでも囲まれたら終わりだ。出来るだけ追跡を撒きながら、僕らは休むことなく駆け続けた。
「はぁ、はぁ……、暮人、このままじゃ……」
僕らの中で最もスタミナに難がある耕平が徐々にバテ始めてくる。とはいえ、今のところ逃げる以外どうする事も出来ない。
「暮人、流石にそろそろ反撃に出ないと不味いです。このままじゃ足が止まるのは時間の問題ですよ」
「いや、まだだ駄目だ。現状のまま仕掛けても明らかに弾が足りない」
「まだって。じゃあ、いつ仕掛けるというんですか!」
うさぎは煮え切らない僕に対して、強めの口調で抗議する。だが実際問題、この状況で勝負に出ても勝ちの目はほとんどない。
せめて何か、少しでも現状に変化が起こらない事には、僕らの圧倒的不利はひっくり返らない。
「クイーンが……、クイーンが二本立てば或いは……」
これは希望的観測でしかない。しかし、今の僕らには祈る事しか出来ない。低い可能性でも、細い勝ち筋でも、それを残すように時間を稼ぐ事しか出来ない。
「ハァ、ハァ……。暮人、ボクもう……」
「加賀見くん、喋る暇があるなら走りなさーい。もし足を止めたらー、転がしてでも連れて行くからねー」
「靜華ちゃん……それは酷だよ……」
「ほら、まだ喋る余裕あるじゃん。トドメなんか何時でもあたしが刺してあげるんだからー、それまでしっかり頑張りなさーい!」
静華が何とかフラフラの耕平を支えてくれては居るが、それもそう長くは持たないだろう。早く、一刻も早く手を打たないと、うさぎの言う通り仕掛ける前に負けてしまう。でも、どうすれば……。
そう考えて居ると、少しずつではあるが、敵の方にも変化が表れ始める。
「おい、上からも下からも応援が来ないじゃないか! ほかの階の奴らは何をしている!」
「それが……」
「なにっ?!」
身を隠して陰から様子を見る。敵の中で理性を保っている奴らの会話に聞き耳を立てると、詳しくは聞き取れないがどうやら何か起こっているらしい。
「もしかして……、みんな、好機が来たかもしれない!」
僕の予想が正しければ、これはチャンスだ。まだ勝負の女神は僕らを見離しちゃ居なかったんだ。
そして、不意に遠くから響いて来た銃声が、その仮説を確信に変える。
「おそらく……クイーンが二本立った。僕らも動こう!」
校舎A棟四階廊下。一角率いるアンノウンを捕える為、洗脳された生徒を含め多くの生徒達がその場に集まっていた。下の階に居るアンノウンが四階に上がるのを阻止するとともに、定期的に数人が下に降りて三階に潜む敵の首を絞めていく。
「まだ一角達を捕まえられないのか! 仕方ない、次だ! さらに増援を三階に送る!」
洗脳されていない生徒達は閉じ込められた学園内から脱出する為、協力してアンノウンを追い立てる。そして、八柳によって洗脳された生徒たちもまた、ただひたすらに標的を倒す為に尽力する。それ以外に彼らが思考する事は何らない。ただ、命じられるがままに、与えられた役割を全うする八柳の手駒に過ぎない。
「おいおい、揃いも揃って集まりが良すぎるんじゃねぇかぁ? オイラはもう卒業分足りてるんだがなぁ」
そこに突如五階から降りてくる一人の男子生徒。漆黒のローブに身を包み、階段を下りる度にフワッとローブをなびかせる。深くかぶったフードからは目元が隠れて、不敵に笑う口元だけが露わになっていた。
そして、彼が視線を上げると、隠れていた鋭い眼光がフードの影から顔を出す。
「一対多なんて慣れちゃあ居るが、二百人たぁ流石のオイラも体験したことがねぇなぁ」
ローブの中から徐にUZI(相棒)を取り出して、マガジンをセットする。
「ちっとばかし、オイラも試したくなって来たなぁ!」
一方、校舎A棟二階廊下。
「くそっ! なんなんだコイツ! この人数差でも崩れないのか!」
鋭い目つきと漂う殺気が、周囲の生徒たちの足を竦ませる。群衆の中、大勢の生徒達に完全に包囲される男子生徒が一人。窓から差し込む陽の光が、彼の手元の刃に反射する。
片手には銃剣付きの魔砲、そしてもう片手には一本のナイフ。黒の銃剣はどこまでも鋭く硬く、銀のナイフには一点の汚れも無い。刃物でありながら純潔を貫くその銀の刃は、未だ血の味を知らず、鋭き黒刃は何色にも染まらない。
「……邪魔だ。キサマらになど、何の期待もしていない」
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