第49話 誘導と陽動
「仲間集めだぁ?」
「そうです」
入学式翌日の昼休み。私と飛鳥さんは今後方針について話し合っていた。屋上には私達二人、春風が横から強く吹き付ける。
「おいおい、勘違いすんなよなぁ。オイラはお前につくと言ったが、そんなことまでしてやるつもり無ぇ。ただ同じ敵を共有しているってだけだなぁ。少しくらい力は貸してやるが、オイラはオイラで勝手にやらせて貰うぜぇ?」
「つまり、仲間集めは一人でしろ。という事ですか?」
飛鳥さんは真っ黒なローブを風になびかせながら、こちらと目を合わせる。
「そうだなぁ。オイラはお前の手足になるつもりは無ぇ。だが、出来る限りお前の事を守ってやる。オイラの手に入れた情報も全部流してやる、勿論無償でなぁ」
「どうして、そこまでして下さるのですか」
私がそう言うと飛鳥さんは不敵に、しかし少し儚げに笑みを浮かべた。相変わらず何を考えているかわからない。つくづく掴み所の無い人のように思う。
「どことなく、お前がオイラの仲間に……いや」
「ん?」
「お前と一緒に居た方が、あの二人、二将と早く戦えそうだからだなぁ。他に理由は無ぇ」
そう口にした飛鳥さんの瞳の奥で、パチッと火花が散ったように見えた。
「二将……ですか」
「オイラも少しくらいは調べてみた。二将は学園内最大勢力、dummyのトップ二人を指す呼称だなぁ」
「……はい」
「一人は学内ランク一位。取得単位数二九八、覇将(はしょう)一角暮人。もう一人は学内ランク二位。取得単位数二九〇の羅将(らしょう)、紫銅閃。まぁdummy(ダミー)の組織図としちゃあ、実際に指揮をとるのは覇将で実行部隊、戦闘要員のトップが羅将と言った感じだなぁ?」
飛鳥さんはさっそく現状の確認をする。
二将率いるdummyは、入学式翌日の今日から既に、新入生も取り込みつつある状態。推定ではあるけれど、もう学園の約四割を抑えられたと言っても過言では無かった。
それ故に今、私達が最も急ぐのは仲間集め、このままでは残りの生徒達もdummyに取り込まれ、反逆の芽を摘まれてしまいます。
かといって、その仲間集めに関しても容易ではない状況でした。学園に新しく入ってきた新入生にとって、今最も欲しいものは「安心」。dummyのように大量の人員が居るチームとそれに反逆する私たち。新入生の立場に立ってみれば、どちら側に付くかなんて考えるまでもありません。
仮に、私達とdummy以外の第三勢力がいくら生まれても、暮人はそれら全てを潰す、もしくは吸収してしまうでしょう。なら、既にある圧倒的な戦力差をこれ以上広げない為にも手は早く撃つに越したことはありません。
「なぁ、倉の氏」
「なんですか?」
「そういえばさっき、仲間を集めるとか言ってたなぁ?」
「それが何か? 手伝ってくれる気になったのですか?」
私は、ダメ元で飛鳥さんに尋ねる。しかし、答えは聞くまでも無くわかっていた。
「いんや。ただよぉ、大丈夫なのかぁ?」
「一体何がですか」
彼は急に真剣な顔つきになり、こちらを突き刺すような視線を放ってくる。思わず、私はグッと唾を飲み込んだ。
「お前、他の奴を信用できるのかぁ?」
「…………はい」
昼休み終了のチャイムが鳴り、生徒達は続々と教室に戻る。そして、午後の授業が始まった。
飛鳥さんとは違うクラス、しかも一組の私と五組の飛鳥さんの教室はそれなりに距離がある。
先ほどは飛鳥さんにああ言ったものの、本当のところ確証は無い。これまで私の送ってきた学園生活を振り返れば、それは分かり切った事だった。そう、もはや他人を信じるという事はそう簡単な事じゃない。
裏切られ通して、逃げ回り続けた一年目。そして、やっと見つけたと思った私の唯一信頼に値する人、一角暮人。彼も今となっては私の信じて居た頃の彼じゃない。この学園が、この世界が彼を歪めてしまったというのでしょうか。
『もしも次にああいう事があったらな、引き金を引くしかないんや。そやないと、不幸になるで』
『それは……私がですか?』
『……両方や』
遠き日の声が不意に脳内に響く。
もし私が撃たれたあの日、私が駆けつけた時点で神無月を撃って仕留めておけば、こんな事にはならなかったのかもしれません。でもあの時の私には、例え敵である神無月を目の前にしても、人間を撃つという選択肢は頭の片隅にも無かった。
私は暮人を守ったつもりで、彼に全てを背負わせていた。もしも、あの瞬間に引き金を引けていたら……、あとほんの少しの覚悟があれば……。無数の後悔が脳裏をよぎる。
そう考えてみると、私はずっと自分勝手だったのかもしれません。勝手に暮人に全てを背負わせて、彼がどれだけ傷ついて居たかも考えて居なかった。その癖にあまつさえ、私は守ってあげたとすら思って居た。なにも、守れてなんていなかった。
『人を守る仕事がしたくて』
またしても、遠い日の記憶がよみがえる。あれは、暮人と初めて出会った日。暮人が「何のために砲術士になりたいのか」と聞いて来た時に私が答えた言葉。
私のこの言葉に嘘は無かった。他人を守れる人になりたかった。だから、その為に他人を撃つことを、その矛盾を許容しませんでした。それでも今なら少しだけわかる。
覚悟が無ければ……。
引き金を引かなければ……。
何かを守る為には、敵を撃つしかない事もあるのだと。
未だ、遅くは無い。暮人は私のすぐ近くに居る。絶対にあの人を元の暮人に戻す。
方法はまだわかりません。どれだけ時間が掛かるかもわかりません。それでも、彼を救うために私が変わらなければいけないと言うならば。私は引き金を引きましょう。人を撃つ覚悟をしましょう。それが例え罪でも。
むしろ、罪だからこそ暮人にはこれ以上、罪を重ねさせない。彼の罪を私の罪で相殺する。他でも無い私が暮人を止める。
授業も終わり、私はすぐに身支度をして教室を出ようとする。
「あの……」
しかし、そんな私に不意に一人の女子が声を掛けてくる。教室ではいつも孤立している私が言うのも可笑しな話かもしれないけれど、クラスメイトの地味であまり目立たない女の子。
「なんですか?」
本当に申し訳ない事に名前すら憶えていません。彼女はおろか、私は教室中の人の名前を未だ覚えて居ない。
「その……、私とチームを組んでください!」
彼女はビクビクとしながら精一杯の声で叫び、頭を下げる。
しかし、この子には悪いけれど明らかに怪しい。何故よりにもよって私なのでしょうか。こういうとアレですが、このような娘こそまさに、dummyのように人が集まるところに行きそうなもの。
人数は恐怖を和らげる。沢山人が集まるところには精神的安定が生まれる。
この娘は私の経験上、私にした下心を持って迫ってきた人たちと同じ。私を利用しようとする人達と同じ匂いがする。
『お前、他人を信用できるのか?』
昼間の飛鳥さんの言葉がふっと頭に響く。
もはや、今の私には何もかもが怪しく見えてしまう。それでも、今よりもっと多くの仲間が必要なのは事実。
他人を信じるという事には覚悟が要る。それを今私は本当に自覚しました。信頼にはリスクが伴う。
いつだったでしょうか。昔、加賀見さんが言っていた事を思い出した。信じてもらうためには、まずこっちが相手を信じなければならない。あの頃は何を言っているのか、本当の意味では理解していなかった。それでも今頃になって、暮人や加賀見さんが凄い事をしていたんだと思い知らされた。
「あの……、倉島さん……?」
目の前のクラスメイトの娘が、小さくなりながら考え込んでいた私に声を掛ける。
リスクはある。それでも私は、暮人を止める為に変わると決めました。今までの私を超えて、もっと先に、前に進まなくてはいけない。
「そうですね。少し、お話を聞かせて貰っても良いですか?」
「は、はい!」
「ラウンジに行きましょう」
頭ごなしに疑って警戒するのをやめ、とにかくまずは彼女の話を聞くことにしました。
ラウンジに着くと、私は空いている椅子に座って一息つく。
「お、お待たせしました!」
彼女は、自販機から紙コップのコーヒーを二杯分買ってきて、一つを私の前に置く。
「ありがとうございます」
「い、いえ! そんな……」
彼女は随分と小心な様子で、私の正面ではなく、斜めの前の席にスッと着く。
私は特に威圧的な態度を取っているつもりは無いのですが、もしかして何か怖がらせてしまうような事をしたでしょうか。
振る舞に今一度気を付けて、出来る限り刺激しないように徐に声を掛ける。
「それじゃあ、お話をしましょうか」
「は、はい!」
それから、二人で十数分の間、言葉を交わし合いました。時折お互いに乾いた口にコーヒーを流し、彼女の今の状況や、私に声を掛けてきた理由などを聞き時間が経っていく。
「つまり、昨日の屋上での騒ぎを見て居たのですか?」
「は、はい……。屋上の入り口付近だったので遠くからでしたけど……。最初はわたし、そのdummyっていうのに入れて貰おうと思って居たんです。でも、例の覇将さんって方がお仲間を撃ったのを見て、わたし怖くなって……」
「それで、私たちの方に加わりたいと? しかし、私達と一緒だと、あなたには危険かもしれませんよ。私達はdummyと全面的に戦うつもりで居ますから」
「そ、それでも……わたし、あれだけの人に囲まれても一歩も引かなかった倉島さんに、その……憧れちゃったんです!」
さっきまでとは打って変わって真剣な表情の彼女。何だか無性に恥ずかしくなるような言葉ではあるけれど、彼女の思いは伝わってきた。
「分かりました。これからは協力して、一緒にやっていきましょう」
「は、はい! ありがとうございます!」
彼女と軽く握手を交わし、紙コップに残ったコーヒーをグッと一気に飲み切る。そして身支度を済ませ、帰ろうとしたその時だった。
不意に視界が霞み始め、体がだるくなってくる。瞼が重みに耐えきれずに世界を閉じる。耐えがたい眠気におそわれ、私は椅子に座ったままラウンジのテーブルに倒れ込むように気を失った。
「くそがっ! あの女どこに行きやがったんだ」
オイラは廊下を走り抜ける。放課後になり、念のために倉の氏の教室に行ったが、既に教室はもぬけの殻だった。
一人で帰ったのか。それならそれでもいい。しかし、根拠は無いが嫌な予感がする。連絡をしても繋がりゃしねぇ。
「ったく、女ってのは手が掛かんなぁ」
ふとあの時の記憶がフラッシュバックする。過去に失った、唯一の仲間。あの時の景色も、声も、吹きつけた風の強さも、そして悔しさも……。
頭から離れた夜は一度も無ぇ。昨日、屋上で大勢に囲まれていた倉の氏を見た時にも似たようなもんを感じた。だが、今のオイラはあん時のオイラとは一味違ぇ。
マジで何もなけりゃあそれでいいが、もしもの時は今度こそ。そう考えながら、廊下を駆け抜けていると、突然目の前に立ち塞がる二人の男子生徒。
「退きなぁ。オイラ今、急いでんだよなぁ」
「探し物かな?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、こっちを見てくるいけ好かねぇ男二人。
「ひょっとすると、時間稼ぎかぁ?」
「「さぁ、どうかな?」」
オイラはため息交じりに息を吐き、身に纏った黒いローブの中からサッとマガジンを取り出す。続いて、腰の後ろにつけたUZI(相棒)を引き抜いて、そのままガシャっとマガジンを食わせる。
「へっ、上等だぁ。オイラは二回同じ失敗はし無ぇ」
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