第50話 真実と信実
「……ん……ぅ」
真っ暗な視界の中、少しずつ意識が覚醒していく。目の前は依然はっきりしないものの、先に聴覚が働き始める。
「おい、やべぇって……」
「俺も今回は流石に……」
「何ビビってんだよ、大丈夫だって。覇将様が来るまでには未だ三十分ぐらいある。それに、これまでだって何度もやって来た事だろうが」
直ぐ近くで話す三人の男子生徒達の声。
「そりゃそうだけど……。でも今回は覇将様のお気に入りなんだろ? やっぱり不味いって」
「どうせ貯蓄(ストレージ)になっちまうんだから。今の内に楽しんどかなきゃ勿体ねーだろ?」
「別に、その女じゃなくてもさー」
「じゃあ良い。お前らはそこで見てろよ」
徐々に視界も晴れてきて、部屋の照明が眩しく世界を照らす。
「おっ、目が覚めた見てぇだな」
まだ少し頭がぼんやりとする。一体何が、私は何をして……。頭の中に残る最後の記憶を必死に思い出す。
確かラウンジで……、そう、同じクラスの女の子と話していたはず。その後突然眠くなって、気づいたら今のこの状況。
周囲の風景から、見たところ視聴覚室でしょうか。そして、目の前には見知らぬ男子生徒が三人。
「まだ寝ぼけてんのか? まあ良いか。時間もねーし。さっさと脱がしちまうか」
三人の中の一人が、床に転がる私に手を伸ばす。
瞬間、私の脳が一気に危険を察知し、思考が回り出す。咄嗟に伸びてきた手を払おうとするも、そこで初めて気が付いた。後ろで手を縛られている。
そして、手だけではなく足首も。ピクリとも動かずに抵抗する事も出来ない。
「っ!」
声を出そうにも、口もガムテープで塞がれている。流石に目を覚ましたばかりの私でも、これから何が起こるのかは容易に想像できた。
「暴れんなって! めんどくせーな!」
不味い、これは不味い。必死に抵抗するも、地の力が負けている上に、手足も動かない。太ももの魔砲には手が届かない。仮に引き抜けたとしても、このままじゃまともに使う事も出来ない。
Yシャツを残して制服のブレザーを剥ぎ取られ、目の前に下衆な顔が近づいてくる。シャツのボタンに男の手が掛かった瞬間、私は咄嗟に、なんとか抵抗しようと勢いよく頭を振って頭突きをしました。
「ッ!!」
「痛ってぇ!! てめぇ!」
男に突き放されると同時に床に打ち付けられる私。おでこがジンジンと痛み、頭の中がズキズキと痛む。あまりの痛みに床をのたうち回る。どうやら血は出ていない様子。
それでも、まだ何も現状は解決していない。何とかしないと、こんな奴らの好きにはならない。
「てめぇ! 次に抵抗したら、銃弾をぶち込んでやる。それが嫌なら大人しくしろ!」
男が私に銃口を向ける。こんな男の言う通りにするくらいなら、まだ退学になった方が百倍はマシです。しかし、こんなところで私が折れたら誰が暮人を……。
そう考えて居ると、目の前の下衆男は銃口を向けたまま再び私に迫って来る。私は目前のこの男を睨みつける事しか出来ずに居た。するとその時、部屋の扉が音を立てて開く。
「随分と楽しそうだな? お前ら」
「なっ?! 覇将様っ、なんで! まだ予定時刻までは早いはずなのに!」
「僕がいつ、どこに居ても、僕の勝手だろう?」
突然部屋に入ってきたのは覇将、一角暮人だった。瞬間、部屋の空気が一変する。三人の三人の男子生徒たちは恐怖からか固まって足が震え始める。
「それで、僕のモノに手を出したって事で間違いは無いのかな?」
「い、いや、これは……その……」
暮人は、私に乱暴をした男子生徒を穏やかに睨みつける。でも視線には、確かな殺意が宿っているように見えた。
「覇将様っ! オレは止めたんです!」
「じ、自分もやめようって言ったんですけど、アイツが!」
「お、おいお前ら!」
後ろで見ていただけの二人が、主犯格の男子生徒を売って助かろうとすると、暮人の殺気はさらに増し、腰から左右一丁ずつの魔砲を引き抜く。しかし、不自然なのはその魔砲の姿。
例え最も平均的なハンドガン型でも、全く同じ魔砲など二つは存在しません。それは使い込む内に、魔砲は使い手に適したものに形状を変化するから。だからこそ魔砲の形状や能力は個人によって違う。
それでも、私が見間違えるはずも無い、彼の手にあるのは両方とも間違いなく暮人本人の魔砲だった。そう、あり得ないことに、誰かの魔砲を使っているのではなく暮人の魔砲が二つあった。
「ご苦労。もう眠れ」
二つの魔砲から同時に銃声が鳴り響き、仲間を売った二人の生徒がバタバタと床に倒れ込む。
一瞬にして場が凍りつき、私と最後の男子生徒が固まる中、暮人はさらに前に一歩近づいてくる。
「く、来るな!」
「君が僕に命令すのか?」
目の前の男子生徒の焦りが、私にも手に取るように分かった。この男も、昨日屋上で撃たれた生徒や今撃たれた二人のように、暮人にやられてしまう。そうなるであろう事は、この場に居る全員が理解していた。
それでも、何とか助かろうとした男子生徒は、私に銃口を向ける。
「う、動くな! コイツを撃つぞ!」
「僕のモノに手を出した上に、魔砲を向けるなんて。どこまで身の程知らずなんだ?」
「うるさい! 動くなって言ってんだろ! 本当に撃つぞ!」
さっきまで私に乱暴をしていた男とは思えない程、その生徒の手元は震えていた。しかし、暮人は何を言われても足を止めず、どんどん近づいてくる。
「本当に引けるのかな?」
「なっ! なんだとー!」
腹を立てた男子生徒は私の方を向き、手に持った魔砲の引き金を握り込む。
「で、引き金は引けたかよ?」
「な、なんで……。なんで!」
暮人は下を向いて小さく笑う。かたや男子生徒は引き金を何度も引こうと、力いっぱい指を握り込むが、銃弾は発射されない。
「特別にチャンスをやろうか? 僕に向けて撃つなら、発砲を許可しよう。ま、お前の弾丸が僕まで届くとは思えないけどね」
「な、舐めやがって……。くそっ!」
そう言うと、男子生徒は暮人に銃口を向けて引き金を引く。一発の発砲音と同時に銃弾が空気を貫く。銃弾は真っ直ぐに暮人の元へ飛んでいく。が、暮人の目の前、着弾までの数センチ前で突如軌道を変え、床に着弾する。
「な……なんなんだよ……。何をしてるんだ……」
「もういいか?」
「…………化けモンが」
無慈悲な一発の発砲音が暮人の魔砲から発せられる。そして、私の目の前で男子生徒は床に倒れ込み、沈黙した。
完全に呆気にとられる私。屋上の時もそうだったけれど、目の前で見た今でも何が起こったのか、私は全く分からずに居ました。
暮人は、二丁の魔砲をホルスターに戻すと、私の方に手を伸ばし口を塞いでいたガムテープを外す。
「ごめんよ、うさぎ。怖い思いをさせたね。ちょっと手違いがあってね」
「……そんな事より、今のは、なんですか」
「うん。それも後で説明しよう。とにかくまずはついて来てくれ」
暮人は私の拘束を解き、手を引いて場所を移動する。
廊下を二人で並んで歩き、言われるがままに暮人に付いていく。思えば、暮人と一緒に歩くこの景色も久しぶりです。
「少し手荒になったのは申し訳なかった。でも、お前がこのタイミングで仲間を集める事は分かっていたからね」
「やはり、あの娘もあなたの差し金だったのですか……」
結局、私はまた他人を信じて、案の定裏切られた。本当にバカみたいだ。何度も同じことを繰り返している。
「もはや僕たちは、新入生達すら手中に収めつつある。だから、お前がこの状況に焦って、仲間を募るタイミングで罠を張ったのさ。勿論、人選もお前の心を動かせそうな奴に選んでね」
「全部、想定内と言う事ですか」
「当たり前だろう?」
自信満々に言う暮人。やはり、私の知って居る彼とは少し違うと思いました。
しばらく歩き、暮人はとある扉の前で足を止める。そこは廊下の隅、何の変哲もない一つの教室の扉の前でした。
「ここは?」
「秘密の部屋さ。とにかく、入って居ればわかる」
暮人は扉を開き、迷わずに中に入っていく。その後ろを私も着いて行くと、彼は急に部屋の電気をつける。
「これは……?!」
その室内に広がっていたのは予想外の光景。それは、床に転がる十人以上の生徒達の姿だった。
部屋の中には他の物は特になく、ただ生徒が倒れている上に埃っぽいだけの部屋。
「だ、大丈夫ですか?!」
「無駄だよ」
暮人が冷めた顔で私に言う。床に寝ている彼らを見る暮人の眼は、恐ろしい程に冷たかった。
「どういうことですか。なんで私をこんな部屋に」
「そうだね。お前にだけは真実を教えよう」
暮人はそう言うと、部屋の壁にもたれ掛かり腕を組む。
「今日だけは、特別に何でも答えてあげるよ。いくらでも聞くと良い」
そう言うと、彼は私に優しく微笑む。でも、あの頃私に向けられていた微笑みとは、根本的に何かが違う事を私は感じていた。
「じゃあ、この人達は、なんなんですか?」
「こいつらは寝ているだけさ」
「寝て……いる?」
「そう。そして、もう目覚めることは無い。生きてはいても目覚めない、昏睡状態みたいなものさ。僕はこれを貯蓄(ストレージ)と呼んでいる」
暮人はただ、私の質問に淡々と答える。
「昏睡状態……。何故そんな状態に」
「僕がやったからに決まっているだろう? お前もさっき見たじゃないか。あの三人も後で此処に運ばれて僕の貯蓄(ストレージ)となる」
「どうして! どうしてそんな事を!」
「どうしてだって? ふんっ、面白い事を言うね」
暮人は瞳を閉じて、口角を上げて笑いながら、理由を尋ねた私に言う。
「お前の為さ」
「私の?」
「そう。お前の為だ。この貯蓄が三十人に達した時、お前はコイツらを撃って卒業分の単位を全て手に入れる」
「な、何を言っているんですか……。私がこの人達を撃つなんて……」
「大丈夫。こいつらは人じゃないよ」
彼が冷淡に放った言葉に私は思わず絶句する。暮人が何を言っているのか、全く理解できなかった。
困惑して、声も出せずに居た私を他所に、暮人は淡々と続ける。
「こいつらはもう動くことは無い。無機物みたいもんさ。撃つことに罪悪感を抱く事なんてないよ。僕がお前の三百単位を集める。だから一緒に卒業しよう」
「こんな事が……許されると思って居るのですか……」
「大丈夫さ。世間的にはこいつらは、行方不明になった事になっている」
行方不明。最近、ニュースで良く取り上げられる事件。西砲学園の生徒が続々と行方不明になるこの事件は未だ犯人不明で、原因も完全に不明だった。
一時は私も、暮人は無事なのか、事件に巻き込まれて居ないのかなどと心配していた時期もありました。しかし、まさか、その犯人が他でも無い暮人とは夢にも思いませんでした。
「バレることは無いさ。教師たちですらこの事は把握できていない」
「そんな! そんな事出来る訳ありません!」
「出来るさ」
彼は三度、自信満々にそう言い放つ。彼は私の眼をじっと覗き込み、視線を動かさない。対して、私も彼の瞳に吸い込まれるようにじっと一点を見つめ、目線を逸らせずに居た。彼の瞳の奥は、底抜けに暗く、そして、冷たかった。
「この事実は僕の能力(チカラ)で隠蔽している。教員にだってバレる事はないさ。この学園では、教員ですら僕の邪魔は出来ない」
「あなたの……能力(チカラ)?」
暮人の能力と言うのは、魔砲の事でしょうか。もしそうならばそれは言うまでも無く空砲のはず。それは疑いようも無い事実です。
去年、私はずっと暮人の隣で戦って来た。暮人の能力を使ったところで、そんな事を出来るはずが無い。彼はまた、嘘を吐いている。
「疑っているのか? 何度も見ているだろう?」
「確かに、昨日今日と、あなたは私の知らない何かをしています。でも、あなたの魔砲は空砲のはずです。それは絶対に間違いありません!」
「一理ある。でも、もう一つあるのさ」
「もう一つ……?」
壁にもたれ掛かっていた暮人は突然、私の元まで歩み寄って来る。
「僕のもう一つの能力(チカラ)、それはね」
「そ、それは……?」
「真実を信実にする能力さ」
「信実? 一体、どうゆう事ですか?」
ふっと鼻で笑い、彼はくるっと振り返って教壇に立つ。さらに教卓に両手をついて語り始めた。
「真実はあまりにも理不尽だ。だから僕の能力はこの世界の真実を、観測者が信じた現実に、信実に変える」
「真実を……信じた現実に……?」
「そう、僕の嘘は敵を騙し、世界を騙し、新たな信実を作りだす。空砲を聞いて、撃たれたと錯覚した敵の脳は痛みを自覚し、死を錯覚したものには永遠の眠りを与える。言葉のままに意のままに、現実を歪めるチカラ。時として真に迫った嘘は、人さえ殺す」
つまり、信じ込ませた嘘や事実を現実にする魔砲。でも、そんなものもはや普通の魔砲の、一般的な事象干渉力をはるかに凌駕している。
そんなもの、もう魔砲ではなく……。そこで一つ、私の頭の中に疑惑が浮かんだ。
「まさか……」
「気付いたかい? そう、これが僕の魔砲。いや……信実の呪砲の能力だ」
「呪砲……。あなたは……」
「この学園には既に、僕を恐れる空気が流れている。そう、覇将の命令は絶対であると、その認識こそが、僕の呪砲を最強たらしめる。さっきの奴は僕の自信満々な様子を見て、あのまま素直に引き金を引ける姿を信じ切れなかった。そして、僕に銃弾が当たるというイメージすらする事が出来なかった」
自慢げに能力を語る暮人。正直、まさか呪砲を使っているなんて、これっぽっちも想像していなかった。
暮人は、dummyや学園内に自分への恐怖を伝播させ、それ故に誰も暮人に逆らうことが出来ない。そんなむちゃくちゃな能力、いったいどうすれば止められるというのでしょう。
「呪砲は、禁忌ですよ。絶対に許されない。国を敵にしますよ」
「ふっ、僕の嘘は世界を騙す。これが呪砲だという事は誰にもバレやしないし、一部の人間しか知らない事実だ。もう諦めようよ、うさぎ」
暮人は私の方に手を伸ばす。
ハッキリ言って考えが甘かった。人数差や紫銅など強敵たちの存在以上に、この「呪砲」と言う差はあまりにもデカすぎる。
信じさせた事象を、言葉を、嘘を現実にする。本当に彼は歪んでしまった。魔砲が使い手によって変わるのとは逆に、呪砲使いはその呪砲の影響で、大きく性格が変わってしまうという。
性質の逆流現象。もはや、彼は私の知って居るあの頃の暮人じゃない。
「最後にもう一度聞こう。うさぎ、僕にはお前が必要だ。僕の元に来い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます