第51話 未来と過去



 「最後にもう一度聞こう。うさぎ、僕にはお前が必要だ。僕の元に来い」


 暮人は私から視線を逸らさずに言う。

 彼を止めなければ、元の彼に戻ってほしい。そう思って私は、暮人と戦おうと心に決めた。それでも、もう無理なのでしょうか。

 信じ込ませた言葉を、事象を、嘘を現実にする能力。それが信実の呪砲の能力。並大抵の魔砲とは段違いの事象干渉力を持ち、あらゆる事象を歪めてしまう。

 どう考えても、勝ち目なんてありません。結局のところ、最初から勝ち目のない戦いだったという事でしょう。


 「どれだけ無意味な事なのか、わかっただろう? お前の信じた一角暮人はもう居ない。これからは今目の前にいる一角暮人、僕を信じて付いてくるんだ。君さえ拒まなければ、もう飛鳥にも手は出さないよ」


 私の中で、心が軋む音がする。ギシギシと音を立て、今にもパキッと折れてしまいそうな私の心。

 こんな勝ち目のない戦いで、唯一私に協力してくれた飛鳥さんを酷い目にあわせるくらいなら、もう諦めてしまうのが正しいのかもしれない。



 『もう一度だけ、僕を信じて待っていてくれ』



 ふと、暮人との記憶が走馬灯のように蘇る。去年のたった一年間の思い出。それでも私にとってはこれ以上なく大切な一年間だった。

 対抗戦の少し前、信じてくれと言った暮人に私は何と言ったでしょうか。そう、あの時私は、一度と言わず何度でも信じると言いました。でも、今目の前にいる暮人は、「私の信じた暮人」はもう居ないと言う。

 もしかしたらそれは本当に正しいのかもしれない。そう考え始めた瞬間、内なる何かが私を思いとどまらせようと、暮人の声を、暮人の笑顔を、暮人の温もりを蘇らせる。

 遂に私は覚悟を決め、目の前に差し出された手に手を伸ばす。


 そして、パチンっと音を立てて弾いた。


 彼は驚きながらも、徐に手を引っ込めて口を開く。


 「どういうつもりだい? 何がお前にそこまでさせるんだ?」


 勝算がある訳でも、秘策がある訳でもありません。ただ私の中の何かが、その手を取る事を許さなかった。

 

 「あなたは……。あなたは一角暮人じゃない!」


 「何を言ってるんだ? 僕が一角暮人さ」


 「違います! あなたは一角暮人じゃない。少なくとも私の中では」


 一瞬折れ掛かった心が、ギリギリのところで持ちこたえる。

 確かに今目の前にいる彼は、もう私の知って居る一角暮人ではない。でも。彼を今の『一角暮人』だと認めてしまえば、私の中の『暮人』がもう何処にも居ないと認めてしまったならば、私が信じたそれは、『現実』になってしまう。


 「私があなたを暮人だと認めれば、元の暮人は本当に消えてしまう。それが信実になってしまう。暮人は私が殺させません。誰が何と言おうと、本当の彼は私の中に居る」


 「本気で言っているのか?」


 「あたりまえです。私が折れない限り、私が信じる限り、暮人の存在は否定させません。あなたの呪砲が、私の信じた現実を信実とするなら、彼は必ず私の元に帰ってきます。私、信じてますから」


 私がそう言うと、彼は「残念だ」と言いながら腰から魔砲を引き抜く。私もそれとほぼ同時に太もものホルスターから魔砲を引き抜いた。

 パァンっと一発の銃声が響き、暮人の構えようとした魔砲を、先手を取った私の銃弾が弾き飛ばす。そして、徐に二つ目の魔砲を構えようとする彼に対し、私は即座に再装填してもう一度敵の魔砲を弾き飛ばした。


 「させませんよ」


 「流石だね。でも、それは何の解決にもなって居ないよ」


 後方に弾かれた魔砲を拾いに行く覇将一角暮人。彼が振り向いた瞬間に、私は全速力で教室から走り、その場を逃げ出した。

 

 「例え今は勝てなくても。絶対に暮人を取り戻して見せます。私が自分の中の暮人を信じる限り、暮人は消えたりなんかしません!」

 

 廊下を駆け抜け、途中、追跡を確認する為に後ろを振り向く。覇将一角暮人は二丁の魔砲を拾った後、ゆっくりとこちらを追いかけてきていた。

 そして、遥か後方からこちらに銃口が向き、一発の銃声が廊下を突き抜けた。


 「っ!」


 銃声と同時に、私は差し掛かった廊下のT字路で突然腕を引っ張られ、脇の通路に引き込まれる。おかげで射線からは外れられたものの勢いそのままに、私の腕を引いた誰かの懐にぼふっと飛び込んだ。


 「一体誰だ? 僕の邪魔をするのは」

 

 ゆっくりと迫って来る覇将が、こちらに向けて問いかけてくる。

 私は助けられたその人の制服から、うずめた顔をぷはっと引いて体勢を立て直す。そしてその生徒の顔を見て、見覚えのある顔に私は激しく驚いた。

 その男子生徒は私の無事を確認した後、落ち着いた様子で覇将の前に姿を現す。


 「随分と目が曇ったらしい。今の君には何も見えて居ないようだね」


 「お前……」


 男子生徒は物怖じもせず、両手をズボンのポケットに突っこんだまま覇将と向かい合う。


 「久しぶりだね。一角君。いや、覇将様と呼んだ方が良いのかな?」 


 「皇時成(すめらぎときなり)。そういえば、お前も戻ってきてたのか。それで、私怨で僕の邪魔をしようと?」


 皇時成。去年私たちアンノウンが打ち取るまで、学内ランク一位だった実力者の生徒。くしくも現状の学内ランク一位、覇将一角暮人と同じく指揮官(コマンダー)。戦い方、指向性と二人の共通点はそれなりに多い。


 「それは少し違うな。でも、ボクは彼女の方に加勢しようかな。なんせ、今の君の作る未来は面白くない」 


 鋭く言い放つ皇さんに、覇将の表情が曇る。私はただ火花を散らす二人を後ろで静かに見守って居る事しかできなかった。

 それほどまでに張り詰めた空気。私が入り込む余地なんて少しも無いほどに、二人の頭の中では鍔迫り合いが何度も繰り広げられていた。


 「以前僕に負けたお前が、まだ上からモノを言うのか?」


 「あれは、ボクにとって人生初の負けだったよ。でも、おかげで未来は変えられるという教訓を得た。いい経験になったよ」


 覇将の強い口調にも、表情一つ変えずに冷静に返す皇時成。その風格は、昔も今も何一つ変わって無かった。


 「飛鳥虎太郎、それに皇時成。一年前までは学園内で最強格だったお前らが反逆者(そっち)に行くとは。でも、それでも問題は無い。何故ならdummyにはお前らじゃ覆せない程の戦力差がある」 


 しかし実際、覇将一角暮人の言う通り、私の側に皇さんがついてくれたとしても、それだけではひっくり返せない無い程の戦力差がついているのが現状。

 なんせ、あっちには二将の他にも、百人近くの構成員。加えて呪砲の存在。勝ち目が薄いなんてものじゃありません。

 それでも、皇さんは顔色一つ変えずに続ける。


 「本当に過去ばかり気にしているんだね」


 「何?」


 「次に追い落とされるのは、君たちって事さ」


 溢れ出す自信を見せる覇将に対して、それ以上に余裕を見せる皇さんの口ぶりに、覇将の眉が下がって来る。


 「昔話をしようか。確かに、君は今圧倒的な戦力を有しているかもしれない。でもね、勝ち筋が細くても、それを何とか工夫して勝つ男が居たんだ」


 「ふっ、僕はの知る限り、世の中そんなに上手くはいかない」


 「確かに、そいつは常に勝ち続ける男じゃなかった。しかしね、自分の力が相手より劣っていても。それでも、常に勝とうとする男だったよ」


 「何が言いたい?」


 皇さんの言葉を聞いて、私の中に一人の人物が脳裏に浮かぶ。

 敵よりも劣った能力でありながら、それでも諦めず、勝つ方法を何とか模索する。それはまさしく『彼』そのものだと思いました。

 そう、他でも無い、私の信じる『彼』以外にありません。


 「何が言いたいだって? ボクはね、今だから言うけれど、そいつに少しだけ憧れがあった。最初から与えられたボクには出来ない事だったからね。でも、一度負けたボクだからこそ、今度はできるかもしれない」


 「この戦力差を、奇策や小手先の戦術で覆せるとでも?」


 皇時成はため息交じりに笑う。


 「こっちが下なら、下剋上も悪くないね」


 「良く言う。もう一度負けてみないとわからないらしいな」


 そして、二人が魔砲を構えようとしたその瞬間。二人の会話を割くように、遠くから一つの足音が迫ってくる。次第に迫って来るその足音の主は数秒後、私達の前に姿を現した。

 ザザザっと靴底が廊下の床と競れる音を鳴らし、走る勢いで黒いローブがはためく。


 「ったく、余計な手間をかけさせんなよなぁ」


 覇将の背後の通路から現れたのは、飛鳥虎太郎だった。覇将から見て、前方には私と皇さん、後方には飛鳥さんと、廊下の中央に覇将を挟む形で四人が並び立つ。


 「うさぎに警戒させない為に、護衛は要らないと言ったのが裏目になったかな。まぁ今更言っても仕方ない。それに三人くらいじゃ問題にもならない」


 覇将は二丁の魔砲を左右に構え、飛鳥と皇、双方に銃口を向ける。それに呼応するように、皇さんと飛鳥さんも魔砲を構え、引き金に指を掛ける。


 「二人とも、気を付けて下さい! 覇将が持って居るのは魔砲ではなく呪砲です!」


 私は飛鳥さんと皇さんに注意を促そうと、精一杯大きな声で叫ぶ。


 「「何?! 呪砲だと?」」


 しかし、私の言葉に二人が反応したほんの一瞬、その刹那を彼は見逃さなかった。二つの発砲音が重なって、一発の銃声が鳴る。

 どこにも銃弾が当たる音はせず、空砲であるのは明白。にもかかわらず、現実はそれとは裏腹に、二人の魔砲をそれぞれの後方に弾き飛ばした。

 私の発言が裏目となって、二人は呪砲を警戒するあまり信実の呪砲の効力を発動させてしまった。それは少しでも疑念を抱いた時点で、少しでも信じた「可能性」すら形にしてしまう。


 「呪砲とバラしたのは失敗だったね、うさぎ。これで、僕の勝ちは盤石になった」

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