第52話 反逆と反撃

 

 左右に向けられた銃口が、飛鳥さんと皇さんの双方を睨みつける。


 「呪砲とバラしたのは失敗だったね、うさぎ。これで僕の勝ちは盤石になった」


 私の軽率な発言によって、信実の呪砲はその真価を発揮する。覇将一角暮人の放った二発の空砲が、挟撃の形を取っていた飛鳥さんと皇さんの両者の魔砲を同時に吹き飛ばす。

 その能力の圧倒的な事象干渉力と計り知れない万能性を前に、私を含めた三人はただ廊下に立ち尽くしていた。


 「うさぎ、お前がどうしても僕を拒むというなら仕方ない。これからお前の仲間を一人ずつ昏睡させる。取り返しがつかなくなる前に、気が変わるのを祈って居るよ」


 覇将の目つきが変わり、彼は淡々とそう言うと並々ならぬ殺気を放ちだした。私は思わずその気迫に生唾を飲み込む。

 このまま私がこの場で折れなければ、私に協力してくれた人達を不幸にするかもしれません。それでも、私に迷う余地は無い。もう既に覚悟は完全に決まっています。


 「おいおい、もう勝ったつもりで居んのかぁ?」


 「それはまた随分と時期尚早だね」


 「「まだまだ、勝負はこれからだろ?」」


 そして、私だけでなく二人も、依然心は折れて居なかった。ゆるぎない真っ直ぐな闘志が、言葉で敵と操ろうとする覇将に向けられる。


 「虚勢を張るなよ残党。この世界の支配者は僕だ」


 覇将一角暮人が構えた魔砲の引き金を引こうとしたその瞬間でした、突如、覇将の立つすぐ傍の廊下の天井に風穴が開き、瓦礫と砂埃を引き連れて一人の人間がこの場に舞い降りる。

 崩れ落ちた天井、上の階から見れば廊下の床だった瓦礫が落下の衝撃でさらに砂埃を巻き上げる。


 「……一角、あまり手間をかけさせるな」


 発された声とシルエットを遠目に見るだけで、その場にいた全員がその者の正体を即座に察知します。此処来て、状況はさらに悪くなってしまいました。


 「悪いなヒカル。でも、お前が居たらうさぎと話せないだろ?」


 「何故キサマはアイツに拘る」


 「お前がそんな事に、本当に興味があるのか?」


 「……」


 「なら、聞くなよ」


 羅将、紫銅閃。彼が上の階の廊下から床を突き破って乱入してきた事で、今ここに、現最強の二将が並び立つ。対を成す二丁と二刀が禍々しく存在感を放っていた。

 そして、未だ覇将の銃口は皇さん達を捕え続け、弾き飛ばされた魔砲を拾いに行く事すらままならない状態。しかし絶体絶命の状況の中、羅将の登場で一瞬全員の注意が引き付けられたその時、再び不測の事態が発生する。

 どこからともなく飛んできた一発の銃弾が、廊下の脇に設置してあった消火器に着弾し、目眩ましの真っ白な泡を巻き上げた。


 「一体なんですか?」


 「倉島さん、ここは一度退いた方がよさそうだ」


 「でも!」


 「大丈夫。彼を止める好機はまた必ず来るさ」


 拡散した泡が瞬く間に周囲を白く染め、そのまま二将を包み込む。そして、私は皇さんに促されるまま、二将の視界から外れたその一瞬の隙に姿を消しました。





 

 二将の元から撤退し、学園の外に抜け出した私と皇さん。そこに間もなくして飛鳥さんも合流し、何とか犠牲者を出さずに窮地を脱する事が出来た。

 校門を出てすぐのところで一息つき、私は皇さんが私たちの仲間になってくれた事を飛鳥さんに説明する。


 「まさか、飛鳥君と一緒に戦う日が来るとはね」


 「そりゃあこっちのセリフだ。んで? それはそうとさっきの発砲だが……」


 飛鳥さんは言葉を続けながら後ろを振り向く。


 「お前の仕業かぁ?」


 すると、飛鳥さんの視線の先、木陰からヌッと現れた人影がゆっくりとこちらに迫って来る。


 「へぇー、気付いてんたんだー? もしかして、うさぎちゃんも気付いていたのかなー?」


 私たちの前に姿を現した女子生徒は、相変わらず頭の悪そうな間延びした語尾でこちらに声を掛けてくる。


 「突然の泡には少し驚きました。でも、あなたの発砲だとはすぐに気づきました。発砲音がしなかったので。東雲(しののめ)靜華(しずか)」


 彼女は私の返事を聞くと、微かに笑いながら腰の後ろで腕を組む。


 「ねぇ。一角くんを倒したいんでしょー? あたしも協力してあげる」

 

 「どういうつもりですか」


 「あたしももう、一角くんにはついていけないの。だからあたしが知っている事、全部うさぎちゃん達に教えてあげる。一緒に倒そうよ、覇将一角暮人をさ」


 彼女は私の前にパっと開いた手の差し出してくる。そして、目線を上げて彼女の顔を見ると、ニコッと明るい笑みを向けて来ました。


 「分かりました。あなたを信じます」


 「うさぎちゃんも、変わったねー?」


 「うるさいです」


 こうしてこの日、私達の元に皇さんと東雲靜華を加えた四人の反逆者チームが結成され、後にどこから発信されたのかも定かではない、残党(レムナント)という勝手な呼称で、私たちの反dummy勢力が学園中に浸透した。


 数日後、私達四人は授業も受けず午前中から校舎の屋上に居た。と言うのも、そうせざるを得ない状況に立たされていました。


 「はぁ……。私が授業をサボってしまうなんて」


 「倉の氏、そこまで気にする事かぁ? オイラに取っちゃいつもの事なんだがなぁ」


 「うさぎちゃんは真面目だよねー」


 「とはいえ、出来るだけ早く手を打って置いた方が良いだろうね」


 私たちが行動を共にして数日。当然のようにdummyは勢力を広げ続け、新学期から一週間も待たずに学園内の実に九割以上を手中に収めた。もはや、この学園内でdummyでは無い生徒の方が圧倒的に少数派。

 もっと言うのであれば、dummy以外の生徒はもれなく粛清対象とみなされ、圧倒的な数的有利を取られた挙句、現状の西砲学園は完全に覇将の支配の元にありました。

 東雲靜華の話によると、二将は対等である反面、実権を握って居るのは主に覇将(はしょう)で、羅将(らしょう)である紫銅はなんら下の者に指示を出さないのだという。

 学内で他の追随を許さない程に圧倒的な規模を誇る勢力dummyは、最も上に二将と言う二人のリーダーを据え、その下には『三銃士』と呼ばれる幹部が三人。そしてその下に何百と言う生徒が要る構造となっているらしい。


 「まずはー、教室にゴロゴロ居るdummyに引き込まれた奴らをどうするかだよねー? そこを解決しない事には、うさぎちゃんはこれからも授業を受けられないし」


 「うぐぅ……。それは困ります」


 東雲靜華は現状、こちらの仲間ではあるものの、元はdummyの側に居た生徒。しかし、彼女が寝返ってこちら側に来たことは、未だ二将を含めdummy側には伝わっては居ません。

 あの日、彼女が秘密裏に私たちを援護し接触してきたのは、覇将に悟られぬようにdummyの内情をこちらに流し、打倒覇将を目指す私たちに協力する為でした。

 彼女の存在によって、手に入れられる情報量は飛躍的に増えました。


 「解決策としちゃあ、二つしかねぇなぁ」


 飛鳥さんは現状を鑑みて、現状取りうる選択肢を冷静に示唆しました。


 「一つは全員を仲間にする。逆にもう一つは、全員を潰すかだなぁ」


 「そんな! 極端です!」


 「極端でも何でもそうするしかねぇって話だ」


 「飛鳥君の意見は一理あるね。全員と言わずとも、半数以上は引き込まないと教室を奪還することは難しいし、授業は今後も放棄するしかない。出席日数が足りなくなるまでには何とかしないといけないけどね」


 飛鳥さんと皇さんは現状を分析し、現実的な方法を提案するが、私は依然それを飲み込めずに居ました。

 授業を放棄するのは困ります。しかし、同じクラスの人を全員仲間にもしくは退学にするのはそう容易な事じゃありません。まして、私には人が撃てない、撃ちたくない。とはいえ、全員を仲間にするなんて一体どうすれば。


 「じゃあやっぱり二択なんじゃないかなー? 」


 東雲靜華が不意に口を開く。


 「出席数が足りなくなる前に二将を落とすか。三人の各々の教室を取り返すかだねー」


 「二将を落とすって、そんな簡単に行くはずがありません」


 「まぁーそれはそうなんだけどさ。でも、全く付け入る隙が無いって訳じゃないんだよー?」


 「どういう意味ですか」


 東雲靜華はニヤッと口角を上げて、不敵に笑みを浮かべる。


 「dummyはね。一枚岩じゃないんだよねー。あれだけの人数が居れば当然だけど、理由はそれだけじゃない」


 東雲靜華はdummyの最大の弱点を私達三人に語る。それは、組織内における二つの勢力の事だった。

 覇将派と羅将派。圧倒的な規模のdummyというチームは、その大きさとトップが二人という事によって、二種類の派閥に割れているらしい。それが覇将を支持する覇将派と羅将を支持する羅将派。

 当人の二将たちは競っているつもりは無くても、下の者達が勝手にどちらがトップに相応しいかでいがみ合っているのだと言う。理想を掲げ組織全体を統率する覇将と、多くは語らないもののその圧倒的な実力、背中で部下を引っ張る羅将。

 その二人の性質上、覇将派には保身や平和主義の温厚派が集まり、羅将派には力に自信の有る者が集まりやすいという。

 

 「上手くかき乱せれば、チャンスが来るかもしれない。あたしに良い策があるの。こっから反撃だよ。うさぎちゃん」

 

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