第53話 変革と成長
「上手くかき乱せれば、チャンスが来るかもしれない。あたしに良い策があるの。こっから反撃だよ。うさぎちゃん」
東雲靜華は何か楽しそうに笑みを浮かべる。普段の頭の悪そうな彼女の話し方とは打って変わり、その言葉の端々から秘められた強(したた)かさが滲み出ていた。
彼女は私達の協力者でありながら、同時にdummyにも所属している。敵の内側からこちらをサポートしてくれる唯一の生徒であり、最大の情報源でもある。
「良い策……ですか。解りました、話を聞きましょう」
「うん。じゃあ、まずは現状の整理からするねー」
私が考えを聞き返すと、彼女はどこからともなく小石を取り出して、屋上の地面に線を引きながら言葉を繋げる。
そして、そこに私と皇さん、飛鳥さんの三人が集まって東雲靜華の声に耳を傾ける。
「まずは、dummyについてだけど……」
話は順を追って展開されました。まずはじめはdummyという組織の構成から。現在、学園の九割以上の人員を占めている、一強勢力であるdummyには二種類の派閥がある。
羅将派と覇将派。この二つの派閥は比率にして七対三。覇将派はdummy内の七割の生徒を有し、羅将派は残りの三割を有している。
さらに、二将の側近にしてトップの二人に次ぐ幹部格の三人の生徒、通称三銃士。この三人に関しても例にもれず、覇将派が二人に羅将派が一人と全体の比率と変わらない。この事から、事実上dummyの実権は覇将側が握って居ると言っても過言ではない。
しかしながら、戦闘力に換算すれば、二倍近くの人数差があるにもかかわらず羅将派は覇将派に対してほとんど退けを取って居ない。むしろ、羅将派には紫銅を含め戦闘に自信の有る生徒が多く居る為、こと戦闘に限っては覇将派以上の勢力と言え、主に戦闘の実行部隊を担っている。
「んでぇ? その覇将派を羅将派なんだってんだぁ?」
「実はねー? その覇将派と羅将派が肝なんだよねー」
「どういうことですか?」
東雲靜華は一通りdummyについて話した後、本題に入る。
「羅将派は紫銅くんの力に、強さに憧れて着いて行く生徒達が多いんだよね。じゃあ逆に、覇将派はなにで繋がっていると思う?」
彼女は私を真っ直ぐに見つめて疑問を呈す。
「なにって……覇将派も暮人を慕っている人達の集団なんじゃないんですか?」
「まーそういう人も居るだろうねー。少しくらいは」
「少し、ですか?」
何か含みのある言い方をする彼女。それに対して私が首を傾げていると、見かねたように彼女は口を開く。
「……恐怖だよ。覇将派は一角くんへの恐怖で成り立ってるの。多くの生徒は多人数派に流されるようにdummyに取り込まれた、それも当然と言えば当然だけど、そんな彼らが最も恐れているのは覇将による粛清なの」
「なるほど。確かに……言われてみればそうかもしれませんね」
実際、私も何度もその現場は目撃している。覇将一角暮人は、自分の邪魔になる者は躊躇なく粛清します。それが例え自分の集めたdummyの同志であっても。
そもそも、多くの生徒が集団心理でdummyに取り込まれるのは、言ってしまえば保身の為。最大勢力たるdummyを敵にまわすより、その一員なってしまう方がはるかに安全だからです。
だからこそ、覇将に歯向かう者は居ない。そんな事をしても自分の身を危険に晒すだけ。逆に言えば、覇将にさえ忠実で居ればいい。
「それで、それが何だというのですか?」
「へぇー、ボクにも見えて来たよ」
不意に皇さんが会話に入って来る。しかし、私には未だ、彼女が何を言いたいのか理解しきれて居なかった。この一を聞いて十を理解する辺りが、元(もと)指揮官(コマンダー)一位の所以(ゆえん)と言ったところでしょうか。
「つまりね。仲間内でも一角くんへの不満は溜まってるの。そしてそれに加えて、うさぎちゃんに異様に執着する様子が、羅将派にとっては気に食わないらしいね。それもあって、羅将派はうさぎちゃんの事も目障りに思って居るみたいだけど」
「じゃあ私はどうすれば?」
「「狙うなら覇将派か……」」
話を聞いて居た飛鳥さんと皇さんの呟いた言葉がちょうど重なる。
「どういうことですか?」
「刻(とき)の氏(うじ)。お前が説明しなぁ」
飛鳥さんは面倒臭がり、皇さんに開設を丸投げする。そして、私と皇さんの眼が合いました。
「そうだね。簡単に言うとね、覇将派は一角君が怖いから無理やり従っている。さらに、羅将派も一角君が落としたいとは思って居るけど、勢力図から言って過半数を占めている覇将派を攻めることは出来ない。何より当の羅将が一角君を敵視していないしね」
「はい。紫銅閃は暮人の盾を全うしていますね。いわば右腕と言ったところでしょうか」
羅将派は紫銅さんこそ、dummyのトップに相応しいと考えて居ても、当の本人にはその気は無い。そういった類の野心はそもそも持ち合わせて居ないのかもしれません。
「でも、例えば倉島さんが覇将派の何割かを説得できたとして、その生徒達をこっち側に寝返らせたら、この状況は劇的に変わる。第三勢力となったボクらが覇将派に攻撃に出た時、羅将派はどう動くのかな?」
「まさか……」
遅蒔きながら、少しづつ私にも全容が見え始めてきました。
「そう、覇将派が減れば、羅将派はここぞとばかりに謀反を起こす。紫銅君をトップに担ぎ上げる為にね。もはや紫銅君自身の意思なんてそこには関係ない。羅将派がこっちの味方になる訳じゃないけど、共通の敵を持って居るならそれは同じことだ」
つまり、覇将派から不満を持って居る生徒達を引き抜き、現状のdummyのパワーバランスを狂わせる。それによって、例えば今七割近く居る覇将派から二割、ないし三割を引き抜ければ、人数比は五分以上に出来る。さらに、羅将派の戦力も計算に入れれば、覇将派にはかなり辛い状況になるでしょう。
しかし問題は……。
「でも、覇将派の人達が私に協力してくれるでしょうか……」
私が不安を口にすると、透かさず皇さんが私の片をポンを叩く。
「そこは、東雲さんが何とかしてくれるんだろ?」
「流石は皇君だー。勿論、あたしが裏から手を回して手伝ってあげるよー。一角くんの信用を落としてね」
彼女は私達に計画の全容を伝えた後、説明の為に屋上の床に石で書いた跡を靴底でかき消す。今や、学園内全ての生徒が敵の仲間。証拠は塵一つでも残して置けない。
方針が定まり、一見して四人の気持ちが一つになった私達ではあるものの、当の私には一つだけ今の話で気になっていた事がありました。
「最後に一つ良いですか?」
「なーに? うさぎちゃん」
そう、私が気になっていたのは彼女、東雲靜華の発言でした。
「他の生徒たちを説得するのは、私に任せてくれませんか?」
私がそう言うと飛鳥さん、皇さんは特に何も言わなかった。しかし、唯一東雲靜華だけが私に尋ねてくる。
「別に良いけどー。どうしてかな? あたしの事、信じられないって?」
「そんなつもりはありませんよ」
「なら……」
「私決めたんです。これからは他人を信じていくと」
食い気味に反応したことで、彼女は少し動揺の表情を浮かべました。
無論、東雲靜華の言うように、彼女を疑ってなど微塵もありませんでした。私は言った通り、他人を信じる事にしたのですから、それは彼女に対しても例外ではありません。
「もしも私と考えを同じくして、私と共に戦ってくれる生徒が居るのなら。それは私がちゃんとお話ししないといけないと思うんです。情報操作や聞こえの良い言葉で騙して丸め込むような事はしたくないんです」
私は、思うがままを三人に伝える。私の素直な考えを。
「それで、本当に上手くいくのかな?」
「合理的じゃないね」
「おいおい、流石に馬鹿正直すぎるんじゃねぇかぁ?」
しかし、やはりそう簡単には受け入れてはもらえない。最初から覚悟していた事です。
合理性、確実性を考えるなら、東雲さんに任せて裏から生徒を引き抜くのが確実。その上、情報操作や甘い言葉で引き込んでしまうのが最も簡単な手段かもしれません。現実を見ればみんなの言う通り、誠意だけで人を味方に出来る程、私には人望は無いのかもしれません。
それでも私は、覇将のように言葉で人を操るようなことはしたくない。
「皆さんが反対する気持ちもわかります。だから、私に一度チャンスを下さい!」
私は三人に向かい、満を持して一つの提案をする。
「私のクラスメイト、三十八人をこれから説得してきます」
私には紫銅さんのような強さは無い。暮人のように、他人を上手く丸め込むことも、恐怖で支配するような事も出来ません。それでも、私は決めました。暮人を元に戻す為、私自身が今よりも前に進む為。その為に他人を信じる強さを得ると。
覇将派が恐怖で、羅将派が強さへの憧れで繋がっているというのなら、私達が軸にするのは『信頼』。信じる力で、他の生徒達と繋がって見せる。少なくとも、現状私は今ここに居る、三人の事を信頼している。
こんな考え、甘いのかもしれませんね。そう思って居るのはこっちだけかもしれない。でも、例えそうだったとしても構いません。まずこちらが相手を信じて居なければ、その逆も無い。
これまで、私は何度も騙されてきました。一時は、他人を誰も信じられなくもなりました。そんな私でも、いろんな事があって多少は考えが変わるようになりました。
「信じる力で、覇将を。今の一角暮人を超えて見せます!!」
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