第18話 四強の一角、嵐舞う乱打戦Ⅲ
昼下がりの放課後、屋上に吹き渡る風が、ただ一人そこにあり続ける男のローブを巻き上げる。
「仲間が居ないオイラには負けない……か……」
男はため息交じりに息を吐く。
「そういうのが、一番うぜぇんだよなぁ!!」
途端に飛鳥先輩の発する威圧感が膨れ上がり、周囲の雰囲気を一変させる。
僕らは屋内から出入り口を抑え、飛鳥先輩を屋上に釘付けにする。このドアを通ろうとすれば、耕平の魔砲で仕掛けた地雷が牙をむくという算段だ。だが、おそらく長くは持たない。たかが地雷の一つを仕掛けたくらいで、抑え込める相手じゃないのはこれ以上ない程わかっている。
「なぁ暮の氏、なかなか撃って来ねぇじゃねーかよぉ。随分と慎重なんだなぁ?」
「そうですかね? まぁそう遠くないうちに、しっかりと撃ちこんでやりますよ」
「へっ、ビックマウスが。しばらく泳がしていたがお前は撃って来なかった。それだけでお前の魔砲が大したモンじゃねぇ事は想像がつく」
「それは、どうですかね?」
ジリジリと先輩が間合いを詰めてくる。先輩が一歩踏み出す度に、こちらの四人にも緊張感が走る。
「さぁ、どうだろうなぁ。ホントの所はまだわからねぇ。だが、こっからは様子見はしねぇ。一分でハチの巣にしてやる」
「耕平、東雲さん、二人はもう丸腰だ。今度こそ待ち伏せで決める。二人は先に向かってくれ」
「「了解」」
二人が僕らを残し、先に階段を下りる。僕は背中を壁にぴったりと付け、顔だけを覗かせて飛鳥先輩を視界にとらえた。
彼は纏ったローブをバタバタと風になびかせながら、自分の魔砲にガシャっとマガジンをセットして不敵に笑う。
「行くぜぇ」
「ますい! ドアから離れろ!」
先輩が魔砲を構えたのを見て、僕は再び壁に身を潜める。
すると、それとほぼ同時一発の発砲音が鳴り、出入り口に仕掛けてあった地雷が誘爆する。
「うさぎ! 大丈夫か!」
「は、はい! 間一髪でしたが」
僕らはなんとか炸裂した榴弾地雷の破片を回避する。先輩が撃ったのは東雲さんから奪った方の魔砲だった。先輩は東雲さんから奪った魔砲を使い、耕平が仕掛けた地雷を撃った。
「うさぎ! 先輩を引き付けるぞ。最後まで付き合ってくれるか?」
「あたりまえです」
足止めの為に仕掛けておいた地雷を破壊された事で、僕とうさぎも移動する。
飛鳥先輩のさっきの発砲音。元々は東雲さんの魔砲とはいえ、使い手が変われば発砲音は通常通りに鳴る。基本的に一部の例外を除いて、魔砲とはソレ自体に能力があるわけではない。魔砲というフィルターを媒介にして使い手の魔力を放出する。その結果、魔砲は魔砲足りえる効力を発揮するのだ。
また、ここでいう例外というのは俗に言う呪砲だ。忌むべき魔砲、人間に握られるのではなく人間を掌握し、その人間を己の特性に無理やり歪めてしまう。それが呪砲だ。呪砲は歴代の使い手達から流し込まれ蓄積された魔力の残滓を大量に内包している。故に圧倒的な事象干渉力を持ち、さらに最大の特徴として、魔砲自体の能力と使い手の魔砲能力の二つを同時に合わせ持つ。
ついさっき全力で駆け上がって来た階段を、今度は急いで駆け下りる。
現状を整理すると、耕平と東雲さん、うさぎは発砲済みで残弾は無し。それに加えて、うさぎのリロードは耕平に使った為、もう使えない。今現在アンノウンに残されているのは、僕の持つ一発の銃弾となけなしの僕の能力だけだ。
校舎の五階まで駆け降りると、僕とうさぎは廊下に抜ける。この階の廊下、ここで僕らは先輩との決着を着ける。
「逃がさねぇ!」
遂に飛鳥先輩の自慢の魔砲。サブマシンガン型の魔砲が僕らに牙を剥く。廊下を走る僕らの背後から、銃弾が無数に飛び込んでくる。
廊下と渡り廊下の曲がり角を駆使して、射線を遮りながらチャンスを伺う。バリバリと絶え間なく射出され続ける銃弾が、僕らが曲がった角の壁面をガリガリとけたたましい音を立てながら削る。
「なんで先輩の魔砲はあんなに連射出来るんだ?! 発砲制限は一発のはずなのに」
「必ず、なにかのカラクリがある筈です」
「カラクリ……?」
一体どんなカラクリがあるって言うんだ。魔砲の形状は分かっていても他の事は何もわからない。
そもそもの話をすれば、サブマシンガンなんだから連射なんて出来て当然だ。問題は発砲制限の方だ。他の生徒は一発しか発砲出来ないのに対して、どうして飛鳥先輩はあれだけの銃弾を撃つことが出来るのか。
逃げ回りながらも、これまでの戦闘中の飛鳥先輩の仕草や言動を思い返す。が、なかなかに手がかりは見つからない。
『古くから、水晶やカードなどを触媒にして魔力を行使していた人間が居ました』
『何を持っていくかなんて、魔砲に決まっているじゃないですか。私の場合、魔力が尽きるまで再装填出来ますし』
違う。そうじゃない。こんな時に限って余計な事ばかり頭に浮かぶ。これじゃあまるで走馬燈だ。
絶対に飛鳥先輩の何気ない言動や仕草の中に、何か手がかりがある筈なんだ。思い出せ、彼の一挙手一党則を、その一言一句を、余すことなく記憶からかき集めろ。
未知の情報は仕方ない。今持っている全ての情報を総動員して答えを出せ。
『行くぜぇ』
『一分でハチの巣にしてやる』
記憶の端に、ほんの少しの違和感を覚える。いや、それは半ば確信にも近かった。必ずしも魔砲だけが媒介になり得るとは限らないのだ。
気付いてしまえば単純な話だ。他の生徒と戦った時と比べても明らかに不自然。あんな行動をした奴はこれまで一人も居なかった。あの時、何故飛鳥先輩はあんな事をしたんだ。決まっている、それが魔砲の特性だからだ。
自信はある。しかし、確証は無い。確証を取っている余裕も無い。なら、自分の読みを信じるしかない。
「うさぎ、次の廊下で仕掛ける」
「はい!」
僕らが廊下の角を曲がると、すぐ後ろに張り付いていた飛鳥先輩も曲がり角から顔を出す。
校舎B棟五階の廊下と渡り廊下が合流する場所。飛鳥先輩が渡り廊下を渡り切り、校舎B棟の廊下まで入ってきたところで、僕とうさぎはくるっと真後ろに振り返りそこで飛鳥先輩を迎え撃つ。
「やっと、覚悟を決めたかよぉ」
「今だ! 二人とも!」
再び僕の合図で東雲さんと耕平が奇襲をかける。飛鳥先輩の側面の空き教室に潜んでいた二人が先輩目掛けて飛び掛かる。狙いは先輩の手にある魔砲だ。あれさえ抑えてしまえば僕らの勝ちだ。
「うおぉぉぉ!!」
「何度やっても変わんねぇ」
勢いよく飛びつく耕平に、飛鳥先輩は再びローブで敵の視界を奪い、耕平の大きな腹に後蹴(ソバット)を叩き込む。耕平は後方に吹っ飛び、続いて透かさず東雲さんが先輩に組み付くが、鮮やかな足捌きで東雲さんの足を払い、片手ながら背負い投げのような形で東雲さんを耕平とは反対側の壁に投げ飛ばす。
投げ飛ばされた東雲さんは廊下の壁に激突し、その衝撃で廊下の窓ガラスが割れてガシャンと大きな音を立てた。
「オイラは女相手でも手加減はしねぇ」
一瞬ではあったものの、二人は十分すぎる程の隙を作ってくれた。僕はその隙に先輩の側面から距離を詰める。走りながら腰元の魔砲を引き抜き、敵に向けて構える。これだけ距離を詰めれば照準器を介さずとも流石に当てられる。
「一転攻勢ってかぁ? 良いぜぇ、かかってきなぁ!」
こちらとほぼ同時に敵も魔砲を構え、お互いに銃口を突き付け合う。束の間の静止、一瞬の見切りの後、引き金を先に引いたのは飛鳥先輩の方だった。
間一髪のところで、僕も首を横に逸らして避ける。廊下の床に数発の弾が着弾し、直後火花を散らす。
さらに先輩の攻撃は留まるところを知らない。間髪入れずに蹴り上げた片足で、僕の魔砲を薙ぎ払うように弾き飛ばす。
「しまった!」
僕の意識が手から離れた魔砲の方に逸れた限りなく刹那の瞬間、突然視界が真っ暗になる。直後、胸部に強い衝撃を受け後ろに吹っ飛ばされた。
「ぐはっ!」
足が床から離れ宙に投げ出された時、再び視界に光が差し込んだ。ふわっと揺れた布が視界の端に舞う。
地面に叩きつけられ、痛みで思わず瞬きをした。
「まぁ健闘した方か」
床に尻を着いた僕に、先輩は透かさず銃口を向けて引き金に指を掛ける。
もう十分だ。僕は精一杯やったさ、人事を尽くした。あとは天命を待つのみだ。いや、これは少し違うか。神頼みなんかじゃない、これは信頼だ。ガラスの割れた窓から風が吹き込み、頬を撫でるように通過する。
「これで終いだなぁ」
そして、風と共に廊下に舞い込んだ一匹のスズメが、僕と飛鳥先輩の間を両断する。パタパタと必死に翼を動かして宙を駆けるスズメに、僕と飛鳥先輩の視線が奪われた瞬間、ほんの一瞬だけ引き金に掛かった飛鳥先輩の指が緩んだような気がした。
パァン!!
銃声が響き、スズメは驚いたように何処かに飛び去って行く。
放たれた銃弾は長距離起動を一直線、うさぎが両手で握り込んだ魔砲から放たれた銃弾は狙い通り飛鳥先輩の魔砲に着弾する。
「弾はそっちだったか。だが、無駄だったなぁ。今度こそ終わりだ」
先輩はそういうと、銃口を僕に向けなおし引き金を引く。
とうとうこれで終わり。不思議と瞼を閉じて口角が上がる。
僕らの勝ちだ。
「はぁ?! まだリミットは……」
引き金を引いた飛鳥先輩が、銃弾が射出されなかった事を認識した直後、カランカランと薬莢(やっきょう)が床を打つ金属音が鳴り響く。
「なっ! 弾倉(マガジン)が!」
床を跳ねた薬莢は次々と光の粒子となって空中に飛散する。
「ま、間に合った……」
安心から思わず声が漏れる。僕は先輩に向かって突っ込んだ最初から、弾の入った魔砲は持って居なかった。僕とうさぎはお互いの魔砲を握って居たのだ。つまり丸腰で先輩と対峙していたという事になる。我ながら無茶な作戦だったと思う。
しかし、僕の中のうさぎへの信頼には一ミリの疑念すらなかった。うさぎの腕なら必ず打ち抜いてくれると信じて居た。
「おいおい……、まさかオイラが仕留め損なうとはなぁ。レートを読み違えていたのは、オイラの方だったか?」
「いえ、先輩は流石の強さですよ。僕らは四人でも引き分けにするのが関の山なんですから」
「自分のハイスペックなんざ、他人に言われるまでもねぇ」
先輩は軽く鼻で笑いながら、床に落ちている自分のローブを拾い上げて身に纏う。何とも見慣れた姿だ。
「いつから気付いてやがったんだぁ? 暮の氏」
先輩が背を向けたまま僕に投げかけてくる。
「先輩が屋上で本気になった時ですよ。飛鳥先輩はあの時、弾倉(マガジン)を魔砲に装着した。他の生徒はハンドガン型というのもありますけど、それでも魔砲と弾倉を別で持ち歩いたりしない。それで分かったんです。先輩の魔砲の触媒は魔砲自体じゃなくて弾倉の方だって」
僕は立ち上がりながら先輩の問いかけに応える。随分と強く壁に打ち付けられた東雲さんと耕平も、ゆっくりと立ち上がり僕の元に歩み寄って来る。
「暮人! やったね、流石だよ!」
「痛いんだけどー、全くもう! 一角くんは人使いが荒いなー」
「暮人! 大丈夫ですか?!」
僕よりも少し身長の低いうさぎが、下から救い上げるように僕の眼を覗き込んでくる。今にも泣きそうに潤んでいたうさぎの瞳は、不謹慎ながら綺麗で、そして可愛いと思ってしまった。
「なぁ暮の氏、それに倉の氏」
飛鳥先輩は終始、一度もこちらを振り向かない。
「お前らはオイラの魔砲を知り過ぎた。この事を公言しないなら手打ちにしようか。オイラもアンノウンには手を出さねぇ」
「飛鳥先輩……。もしよかったら、僕たちのチームに入りませんか?」
横から吹き付ける風が先輩のローブをなびかせる。
「へっ、オイラはお前らの仲間じゃねぇ。いや、お前らはオイラの仲間じゃねぇと言うべきか……。なぁ暮の氏、倉の氏、オイラも陰ながら祈ってるぜぇ。仲間なんて、居ない方が良かったと思う時が来ねぇと良いなぁ」
飛鳥先輩はそういうと、風のように去っていく。戦いの跡が残る校舎五階に満身創痍の僕らアンノウンの四人だけが取り残される。
「はぁ、す、すごい戦いだったね。でも、ボクらが誰も欠けずに済んだのは奇跡だよ!」
「それもそうだけどー。あたし的にはうさぎちゃんの言葉の方が印象的だなー」
「あ! そうだね。倉島さんがあんなこと言うなんて思わなかったよ。ボクたちの事、とうとう仲間と認めてくれたんだね」
東雲さんと耕平がうさぎに詰め寄る。東雲さんに関しては、単にからかいに来ているだけなのは明白だが。かくいう僕も、今になって思えば確かにうさぎの成長を感じる。少し前までは僕以外、ほとんど信用していなかったうさぎがあんな事を言うようになって居たなんて。
「別に、あなたたちを認めたわけじゃありません」
「またまたー、うさぎちゃんってばツンデレー」
「うるさいです、撃ちますよ。私はただ……」
「ただー?」
「ただ……暮人が信用したあなた達なら、一割五分くらいは信用しても良いと思っただけです」
うさぎはさらっと二人に向かって言う。
やっぱりまだまだ道のりは長そうだ。だが、確実に、少しずつうさぎが他人に心を開き始めているのは確かだ。良い傾向と言えるだろう。
「むぅー、まだまだデレないかー」
「あはは。東雲さん、お互い倉島さんに認められるように頑張らないとね」
「ぐぅー。ていうかー、いい加減に加賀見くんも一角くんもさー、東雲さんって他人行儀っぽくない? なんかあたしだけ距離感あると思うんですけどー」
「い、いやそんなつもりは……」
「じゃあ、あたしもうさぎちゃんみたいに下の名前で良いんだけどー」
こうして、夏休み直前のアンノウン最大の危機は静かに幕を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます