第17話 四強の一角、嵐舞う乱打戦Ⅱ


 廊下を全力で走り抜け、僕らアンノウンの四人は一直線に校門に向かう。


 「とにかく! 詳しく説明している余裕はないんだ。思いっきり走れ!」


 ホームルームの終わりと同時に教室を飛び出した僕らは、耕平を回収して一目散に正門

へ向かっていた。

 単純に考えれば教室が三階にある僕ら一年の方が、最上階の五階に教室がある三年生よりも早く一階まで降りることが出来る。

 やっとの思いでたどり着いた階段を滑り降りるように下りる。一階まではもうすぐだ。一階まで降りてしまえば、正門でも西門でも退路は幾らでもある為、袋小路になることは無い。


 「ねぇねぇ一角くん。なんで今回は戦わないの?」


 「今回のは、これまでの戦闘とは全然違うんだ」


 「どこがー?」


 階段を駆け下りながら東雲さんが問いかけてくる。


 「今回は僕らの弱点を全部知っている相手だ。しかも、相手の魔砲については何ら分かっていない」


 これまでの僕らが積み重ねてきた戦闘には、勝因が大きく分けて三つある。まず一つは、弾数による数的有利。これは最もシンプルにして、うさぎを有する僕らアンノウンが他のチームに対して明確に勝っているアドバンテージだ。次は魔砲の能力について。僕らは運の良い事に、大抵の場合敵の能力を知って居る状態で魔砲を向け合っていた。逆に敵は僕らの魔砲の能力を知らない状態だったことが多い。

 というのも、標的を定めて襲撃を繰り返してきた僕らは、反対に追われる立場となったことが無いからだ。待ち伏せに優れた耕平の魔砲も、すでに知られていれば威力は半減してしまう。

 そして、最後にして三つ目の勝因。それは、アンノウン最大の弱点がバレていなかったという事だ。

 しかし、今回の相手である飛鳥先輩にはそのほとんどが当てはまらない。僕以外の魔砲については把握されている上、先輩の魔砲能力については分からない。数的有利は揺るがないが、相手は実力者。もしも勝てたとしても、全員が無事とはいかないだろう。数で勝つというのは、結果としてチームとして勝つという事であり、犠牲が出ないという事にはならない。 

 そして、一番気がかりなのが僕らの弱点。おそらくだが飛鳥先輩はそれに気づいている。


 「随分と急いでんなぁ。あんまり走ると危ないぜぇ」


 階段を下った先、一階の廊下に立ちはだかる人影。わかっていた。そう思い通りにはならないという事も、結局のところ避けきれない事も。

 一階と二階のちょうど間、階段の踊り場に立ちすくむ僕らを、飛鳥虎太郎は下の階から見上げるように睨みつけてくる。フードを深々と被っていても、その鋭い眼光はさながらレーザーサイトのように突き刺さる。


 「逃がさねぇさ。覚悟を決めな」


 「ボ、ボク達は四人ですよ! 有利なのはどう考えてもボク達の方だ」


 立ち塞がる飛鳥に対して、耕平が威嚇する。


 「四人? 割に合わねぇなぁ」


 「い、今なら見逃し……」


 「そんだけじゃ、オイラと釣り合わねぇ。レートが低すぎるってんだよなぁ」


 飛鳥の身に纏った黒いローブが、微かにふわっと宙に舞う。風の無い屋内でローブが舞う理由は一つしかない。それを纏っている飛鳥自身が身動きを取ったという事だ。

 要するに、抜いたのだ。獲物を。


 「散開っ!!」


 僕の合図とともに、アンノウンは全員二階に駆け上がり、バラバラに散らばる。僕とうさぎは一緒に、東雲さんと耕平はそれぞれ別の方向に、三手に分かれる。

 こんな事もあろうかと、シーカー戦や赤羽先輩との戦いを踏まえてあれから用意しておいた無線機。まさか初お披露目があの人との戦闘とは夢にも思わなかった。

 とはいえ、もはやうだうだ言っている場合じゃない。もう仕方ない、やるしかないんだ。心の内に静かに覚悟を決める。


 「こちら一角。みんな、ひとまず三階で合流だ。立て直そう」


 「「了解」」


 「暮人! 後ろから追って来ています!」


 「くそっ! 走るよ、うさぎ!」


 とにかくまずは皆で合流しないと。さっきは全滅を避けるため咄嗟(とっさ)に散開したけど、個々で戦うのは愚策という他ない。僕らが先輩に確実に勝っている点、数の優位を生かさない手は無いだろう。

 しかし、正面から撃ち合うのにはリスクが大きい。やはりここは待ち伏せで打ち取るしかない。アンノウンの魔砲はどれも、正面戦闘よりもそっちの方が向いているからだ。

 あっちから攻めてくるとはいえ、あっちの土俵で戦うことは無い。僕らには僕らの戦い方がある。


 「視界にとらえたのに、撃ってきませんね」


 「距離があるからかな? 警戒しているんだろう。このまま僕らが引き付けるよ」


 「はい!」


 僕とうさぎは、後ろを確認しながらひたすら逃げる。飛鳥先輩もまっすぐこちらを追って来る。

 羽織ったローブのせいで実際には見えないが、おそらく魔砲を握っている。未だにどんな能力の魔砲かは全く見当もつかない。敵の情報が無い事がここまでのプレッシャーになりえるのか。改めて、情報アドの重要さが身に染みる。


 「こちら一角、二人とも所定のポイントで待機しておいて。もうすぐ僕らが先輩を連れてそっちに着く」


 「おっけー! いつでもいいよー!」


 「わかったよ。二人も気を付けて!」


 無線越しに耕平たちに指示を飛ばし、僕らは悟られないように先輩を誘導する。幸いなことに、先輩も僕の魔砲を警戒しているのかまだ発砲はしてこない。

 逃げ回ること数分、僕らはとうとう二人を待たせているポイントに向かう。先輩に追われるまま、校舎A棟の西階段を駆け上がる。三階から四階、四階から五階、そして五階から屋上。息を切らしながら僕らは全力で駆け上がる。

 階段の頂上に到達すると同時に、僕とうさぎの二人は勢いよくドアをバンっと開け屋上に逃げ込む。

 すぐ後ろを追ってきていた先輩の足音がどんどんと迫って来る。そして、先輩も遂に階段を登り切り、僕らが逃げ込んだ屋上に飛び込んでくる。


 「今だ!!」


 僕の合図とともに、屋上入り口の左右に陣取った耕平と東雲さんが引き金を絞る。屋内から屋外に出た瞬間、一瞬視界が自然光の眩しさで眩むその一瞬を狙い、それは完全に不意を突いたようにも思えた。左右から向けられる魔砲の銃口が飛鳥先輩を睨みつける。


 「いっただきー!」


 「すいません!」


 「良い択だ。でも、足んねぇなぁ!」


 耕平と東雲さんの二人が引き金を引こうと力んだその時、飛鳥先輩が動く。

 身に纏っていた黒いローブを耕平の顔面に投げつけ視界を奪う。さらに、勢いそのまま回転し、驚きでほんの一瞬だけ動きが緩んだ東雲さんの手から回し蹴りで魔砲を弾き飛ばす。その後、地面に着いた足で踏み切り空中で体を捻りながらもう一発、今度は耕平の魔砲を直撃。ローブを剥ぎ取り急いで応戦しようとする耕平だが、放たれた魔砲は空の彼方。無情にも発砲音だけが虚空に消える。

 くるっと一回転し正面で着地する飛鳥先輩を前に、僕はほんの一瞬時間が止まったかのような錯覚に陥った。あまりの鮮やかさで何が起こったのかを理解するのが遅れた僕も、状況を理解して直ぐに魔砲を構える。しかし、すでに遅い。


 「動くな! 暮の氏、こっちには人質が二人も居るぜぇ。そいつを降ろしな」


 「くっ!」


 「暮人! ボクらには構う事ない!」


 「ちょっとー! 加賀見くんってば、撃たれたいなら一人で撃たれなさいよ!」


 僕は先輩の言う通りゆっくりと魔砲を下ろす。先輩は魔砲を構えたまま、ローブとその近くに転がっていた東雲さんの魔砲を回収する。

 在学生の魔砲は、その生徒が退学になっていない限り他人であっても使用することが出来る。さらに、その時に発生する単位は魔砲の持ち主ではなく引き金を引いた生徒に入る。僕が以前うさぎの魔砲を借りた時と同じだ。

 しかし、まさか弾が残った状態の魔砲を敵に奪われるなんて。状況は悪くなる一方だ。精一杯警戒していたつもりでも、まだ足りなかった。


 「まったく、もう少しマシなメンバーをそろえるべきだったなぁ。倉の氏」


 「どういう意味ですか?」


 「おいおい、自分で気づいてないのかぁ? オイラから見ればお前らは欠陥だらけだって言ってんだ」


 やはり、学内ランク四位、飛鳥虎太郎にはバレている。僕ら、アンノウン最大の弱点が。むしろ、これまでずっとバレて居なかったのがラッキーなのかもしれない。


 「人数だけ居たって、魔砲が何丁あったって、結局撃ってくるのが二人なら意味がねぇって事さ。倉の氏は人を撃てない、加賀の氏は能力の特性からいって相手の前では基本発砲しない。今みたく発砲可能ではあるだろうが、それはさほどの脅威じゃない。なら結局、東の氏(しののうじ)と暮の氏だけマークしておけば良いだけの話だ」


 「なるほど、それがあなたの言うアンノウンの弱点ですか」


 「もっと言うなら、東の氏の魔砲を奪った時点で、オイラを倒せるのはもう暮の氏しか居ない」


 実際、うさぎが飛鳥先輩を撃てない以上、先輩の言っている事は間違っていない。

 今、先輩を倒せるのは僕しかいないんだ。しかし、先輩に銃口を向けられたこの状況ではそれも叶わない。

 先輩は終始、僕に魔砲を向けたままうさぎと話している。当たり前だ。うさぎからは弾が飛んでこないのだから、銃口は僕に向けられる。


 「あなたの言う事も一理あります。私は人は撃たない、加賀見さんの魔砲も直接狙うような物ではない。確かに、そう考えると幾ら四人も居ても、半数が脅威にならないという考え方もあるかもしれません。でも」


 「……でも?」 


 うさぎが何時になく真剣な面持ちで口を開く。


 「私たちのチームに無駄な人なんて居ませんから」


 うさぎの言葉で僕ら全員の諦めかけた心が鼓舞される。そうだ、僕しか先輩を撃てなくても、どんなに不利な状況でも、僕は一人じゃない。仲間が居るだけで、ただそれだけで諦めない理由には十分だ。


 「あなたはこれから思い知る事でしょう。頭数の差ではなく、仲間の差を」


 うさぎが先輩に言い放つ。


 「……うぜぇなぁ」


 飛鳥先輩の魔砲の引き金に掛かった指に殺意がこもる。


 「させません!」


 一発の銃声が鳴り、うさぎの放った銃弾が飛鳥先輩の魔砲に当たり射線がゆがむ。しかし、ハンドガン型の魔砲と違いサブマシンガン型ではサイズが違うため、先輩の手から弾き飛ばすまでには至らない。


 「無駄だってんだ」


 「無駄じゃないし!」


 銃口を向けなおそうとする飛鳥先輩に、背後から東雲さんが思い切りタックルし、先輩の体勢を僅かに崩す。

 二人が作ってくれた一瞬の隙、絶対に無駄には出来ない。今魔砲を引き抜いても確実に当てられるかはわからない。一旦立て直して確実に、そう、今度こそ確実に仕留めるチャンスを作る。


 「全員校舎内に戻れ!」


 銃口が僕から離れた瞬間、僕は大きく叫び、先輩が体勢を崩した僅かな隙に全員が校舎内に逃げ込む。さらに、耕平の魔砲を即座にリロードし、屋上と校舎を跨ぐ出入り口に地雷を仕掛け先輩を屋上に閉じ込める。


 「仕切りなおしってかぁ?」


 「飛鳥先輩、僕らは一人じゃない。だから負けません」


 「そうです。私達は、仲間を持たないあなたには負けません」


 僕とうさぎは壁越しに先輩に宣戦布告する。個々の力では勝てなくても、僕らには仲間が居る。先輩と僕らの決定的な違いがこの勝負を分けるはずだ。


 「仲間の居ないオイラには負けない……か……」




 『ねぇ、飛鳥くん』




 飛鳥先輩がため息交じりに息を吐く。


 「そういうのが、一番うぜぇんだよなぁ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る