第16話 四強の一角、嵐舞う乱打戦Ⅰ
季節は夏。夏休みがもうすぐそこまで来ていた。
「このように、現代日本で魔力と呼ばれるエネルギーは昔から誰の身にも宿っています。しかし、多くの人間はそれを引きだす事が出来ませんでした。そんな中、昔から己の魔力を引き出すことが出来た人間が、一握りではあるものの存在しました。それはどんな人達でしょう?」
先生が教室内の適当な生徒を指差して当てる。
「占い師や超能力者と呼ばれた人達ですかね?」
当てられた生徒は不安げに答える。
「その通り。古くから超能力者や占い師と称された人々は、水晶やカードを触媒にする事で己の魔力を引き出すことに成功しました」
先生が問いの答えを解説する。これはかなり有名な話だ。ほとんどの人間は何かを触媒にしなければ魔力を行使することが出来ない。古くから占い師や預言者、サイコメトラーやイタコなど何らかの触媒を用いて魔力を引き出す人間は一定数存在していた。しかし、魔力には個人差があり量や密度も人によってバラバラだ。多くの人間はその魔力量の少なさから触媒を用いても魔力を引き出すことが出来ない。
だが現代の日本では、そういった魔力を行使する人間は何ら珍しくない。それは魔砲の研究が進んでいるからだ。
近代では魔砲の存在のおかげで、魔力量の少ない者でも魔砲を所持する誰もが、ただ引き金を引くだけで魔力を行使することが出来る。魔力の多い者や密度が濃い者に限っては、引き金を引かずとも魔砲を所持しているだけで魔力を行使し、事象に変化を起こす事すら出来る。
それが魔砲という兵器の本質、基本原理だ。だからこそ魔砲は使い手によって能力が変わる。その辺の話は僕としてはコンプレックス以外の何物でもない。
先生の授業が終わると、うさぎが僕の席に飛んでくる。
「さあ暮人、行きましょう」
僕とうさぎは昼休みになると同時に、ピロティに向かう。アンノウンは人数が多い為、夏休みに入る前に出来る限り単位を稼いでおきたい。僕らには一日たりとも時間を無駄にしている余裕が無い。
皆が皆それぞれの思いがあって、学園を卒業するために必死だ。それでも生き残れるのは一握りの生徒だけ。
「暮人、次の標的は決まっているんですか?」
廊下を並んで歩きながら、うさぎが真剣な顔つきで問いかけてくる。
「それが、まだ決まっては居ないんだけど気になる奴が居るんだ」
「じゃあ、これからその人の情報を集めに行くという事ですね」
そう、僕にはずっと気になっていた奴がいた。前に西門で遭遇した男子生徒だ。大きめのコートに身を包み、魔砲の銃弾を弾く謎の技を持った男子生徒。あの時は気おされたが、おそらくあの生徒は単独(ソロ)だろう。しっかり情報を集め、対策を立てて挑めば明らかにこちらが優位な事は間違いない。
そして、まず何より欲しい情報、それは魔砲についてだ。
「最近、戦ってばかりですね。休みが待ち遠しいです」
ため息交じりにうさぎが言う。そして、僕自身もうさぎと同じことを思っていた。
だがしかし、今更ながら僕らとうさぎでは根本的に違うところがある。それは戦闘におけるモチベーションだ。
「大丈夫。とにかく今日のところは情報屋の飛鳥先輩から出来る限り情報を買うだけだし、すぐに戦闘する気はないよ」
そもそも、うさぎは人も撃てなければ戦闘も好まないタイプだ。うさぎは唯一、四人の中で単位を分配されていない為、普段は僕らに付き合って戦っているに過ぎない。
集団で居ること自体が抑止力になるという面もあるが、それを踏まえても、はっきり言ってうさぎ側のメリットが少なすぎる。
今のいままで考えたこともなかったが、卒業を目標として戦っている僕らと違い、うさぎは一体何のために僕らと一緒に戦っているのだろうか。そういった意味では、僕はうさぎと長らく一緒に居るようで本当のところうさぎの事を何も知らない。
「暮人? どうかしましたか?」
うさぎが再び僕の顔を覗き込む。
「いや、なんでもないよ」
自分でも気づかないうちに随分と険しい顔つきになっていたらしい。
そんな時だった。
パァン!!!
瞬間、一発の銃声が響く。廊下の向こう側から響くその銃声に緊張感が張り詰める。
「うさぎ、行くぞ!」
「はい!」
僕らは同時に銃声のもとに走り出す。廊下を駆け抜けた先にはいつも飛鳥先輩が居るピロティがある。
もしかすると撃たれたのは飛鳥先輩かもしれない。とにかく状況を把握するため、僕らは全速力でピロティの方に向かった。
ピロティに着くと、突然何かに視界を塞がれる。
「な、なんだ?!」
僕は、不意に視界を塞いだソレを掴む。
「ロ、ローブ?」
僕の視界を塞いだソレの正体は風に舞った真っ黒のローブだった。
「おぉ、暮の氏。悪いなぁ。そいつ返してくれるかぁ?」
突然、飛鳥先輩が声を掛けてくる。目の前の飛鳥先輩に目をやると、想像以上に違和感がある。
というのも、僕は飛鳥先輩の姿を初めて視認したからだろう。普段は黒いローブで全身を覆い隠している為、実際に飛鳥先輩を見るのはこれが初めてだ。
そして一番最初に僕の目についたのは、先輩の腰元にある魔砲だった。その異質な形状に驚きながらも、出来る限り表情には出さないように抑え込む。
「あの、今銃声が……」
ローブを先輩に手渡しながら話題を変えて誤魔化そうと試みる。
「たまに居るんだ。オイラがいつも此処に居るのを知って遠くから狙撃してくる奴が。今回は射角から見ても屋上からだろうなぁ」
「大変そうですね」
飛鳥先輩は僕からローブを受け取ると、バサッと羽織り再び全身を隠す。
「んで、今日は一体何の用だ? 暮の氏に倉の氏」
深々と被ったフードからギロッと鋭い眼光が差し向けられる。
「……いや、その、銃声が聞こえたから来ただけなので、今日はもう失礼します」
とにかく、一刻も早くこの場を離れなければ。そう考え話を切って退散しようとする。
「まぁ待てよ、そう急ぐなよなぁ。それとも……早くこの場を離れたい理由でもあるのかぁ?」
飛鳥先輩の言葉の端々から棘を感じる。ツイていない、まさかこんな事になるなんて。偶然ではあるものの、あろうことか、こんな人気の無い場所で僕らは先輩の魔砲を見てしまった。しかも、オーソドックスなハンドガン型ではなく、サブマシンガン型の魔砲だ。
確かに魔砲の情報はこれ以上なく価値が高い。普段なら喉から手が出る程欲しい情報だ。がしかし、この状況ではむしろ知らない方が良かった。何故ならこの状況、飛鳥先輩が取る行動は決まっている。
「残念だよなぁ、こんな事になっちまうとは、オイラとしても望まぬ結果なんだぜ? ただ情報ってのはどっから漏れるかわからねぇ、なぁ、見ちまったんだろぉ?」
「暮人っ! 下がってください!」
そう、口封じだ。突如うさぎと飛鳥先輩の二人が素早く魔砲を抜く。
銃口を向けあう二人。お互いに殺意の乗った指先を引き金に掛ける。
「魔砲、降ろしてください。飛鳥虎太郎」
「お前こそ降ろしたらどうだぁ? 暮の氏も動くんじゃねーぞ? 倉の氏にハチの巣になって欲しくなければなぁ」
この緊迫した状況、僕とうさぎは共に迂闊には動けない。しかし、飛鳥先輩だけは違った。
「人も撃てないのにそんなもん構えても脅しにもなんねーってんだよなぁ」
そう、一見拮抗したこの状況、実のところ僕らの方が明らかにピンチであった。うさぎは人が撃てない。対して先輩にそんな躊躇は無いだろう。
僕がもう少し早く魔砲を構えていれば五分五分の状況に持ち込めたかもしれない。後悔だけが僕の頭の中を支配していた。
どうすれば良い、なにかこの場を乗り切る方法は……、そう思考を巡らせていた時だった。
「なら、こうしよう。ひとまず見逃してやる」
飛鳥先輩から予想外の提案が提示され、少し動揺する僕とうさぎ。
この状況で僕らを見逃す事が先輩にとってどんなメリットがあるのだろうか。考えれば考える程、罠である可能性が高いように思える。
「そんな言葉、信じると思いますか?」
「オイラとしちゃーここで戦うのは本意じゃねぇ」
飛鳥先輩が先に魔砲を下ろす。しかし、殺気は漏らしたまま。魔砲を向けられて居なくても、全くといって良い程に隙がない。
まさか、本当に銃を収めてくれるのか。もしそうならばこれ以上無くありがたい。そもそもこちらとしては最初から、飛鳥先輩と事を構えるつもりは無かった。
想定外のハプニングで飛鳥先輩の魔砲を見てしまったりしなければこんな事にはならなかったはずなんだ。本当についていない。
「なんのつもりですか?」
「なぁに、そのままの意味だ。此処では戦いたくねぇ、ただそれだけさ」
飛鳥先輩が不気味に笑みを浮かべ、口角が上がる。
「それじゃあ暮の氏、また後でなぁ」
飛鳥先輩はそういうと羽織ったローブを風に舞わせて去っていく。ピロティには僕とうさぎだけが取り残され、横殴りの通り風が吹き抜けていく。
先輩が僕らを見逃した真意は僕にはイマイチわからない。それでも、僕らを野放しにしておくはずがない。それだけは分かっている。またあとで、という先輩の残した言葉。おそらく今日中、放課後にでも飛鳥先輩は仕掛けてくる。
こっちは僕を除き、全員の魔砲の能力が割れている。こちらも魔砲を見たとはいえ能力の詳細までは分からない。
「ひとまず、教室に戻りましょう。残りの二人にもこのことを伝えないといけません」
僕とうさぎはこの先の事を考え、一旦冷静になり教室へ戻る事にした。昼休みが空けると授業が始まり、僕はひたすらに飛鳥先輩の対策を考えていた。
先輩の魔砲、形状から見てサブマシンガン型の魔砲。しかし、連射力に優れたサブマシンガンが一発の発砲制限下で役に立つのだろうか。
当然学園を卒業すれば、発砲制限なんて無いのだから、学園のルール内で弱い能力が外の世界でも弱いという事にはならない。だが、飛鳥虎太郎は学内ランク四位の男。少なくとも学園の発砲制限下でも大きな戦果を残している。つまり、彼の魔砲は、この学園内においても見せかけだけじゃなくそれだけ強力だという事だ。それに加えて、形状から能力を予測しようにも、どうにも絞り込めない。
幸いな事は例のごとく数的有利は取れている。僕らが勝機を見出すとすればやはりそこだろう。先生の授業を右から左に受け流し、思いつく限りの奇策、妙策をひたすら練る。真っ向勝負で勝てない僕に出来るのはせいぜいこのぐらいだ。だからこそ、あらゆる可能性を考慮して、頭を使い、皆の役に立たなければならない。
キーンコーンカーンコーン
不意にチャイムが教室に鳴り響く。少し驚きながらも顔を上げ時計を見ると、時計の針は既に授業が終わる時間を指していた。
長い時間考え込んでいたからだろうか。いつも以上に授業が終わるのが早く感じる。
そしてとうとう、僕らアンノウンにとって大きな山場となるであろう、放課後がやってきた。
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