第19話 新たなる火種、選抜選手決定戦


 飛鳥先輩との死闘から早くもひと月が経った。夏休みも明け、今日は久々の登校日だ。

 教室に入ると、何人かの生徒が既に席についていた。もうこのクラスも、総勢十一人と最初に比べてかなり数を減らしている。いよいよもって、選ばれた者達だけが学園に残っているといった感じだ。僕が居るのが場違いなくらいに。

 今は九月も半ば、あと半年もすれば昇級の審査がある。そこまでに最低でも百単位は無ければ進級は出来ない。しかし、アンノウンの単位状況は、最も多い靜華ですら四十単位もそこそこ。正直なところ僕は焦っていた。

 それもそうだ。このペースでいけば、僕らアンノウンが進級するために必要な単位数に満ちる前に、三月の進級審査が来てしまう。


 しばらくして、続々とクラスメイト達が登校してくる。とはいえ、仲間以外の生徒達とは久々の再会でも気さくに挨拶、という訳にはいかない。クラスメイトでも、此処に居るのはうさぎと靜華を除いて、誰もがもれなくライバルだ。

 チャイムが鳴るのと、時間ぴったりに阿水先生が教室に現れてホームルームを開始する。


 「みなさん、おはようございます。夏休みは有意義に過ごせましたか?」


 阿水先生の艶やかな長い黒髪が揺れる。この光景も随分と久々のように感じる。夏休みは長いようで短く、そして短いように思えても終わってみれば長かったと感じる。


 「長期休暇で平和ボケした皆さんも、改めて気を引き締めないとすぐに退学になってしまうので気を付けて下さいね」


 阿水先生が澄ました顔で言う。言い方は悪いが阿水先生は正論を吐く。休み明けとはいえ、西砲ではゆっくり慣らしている暇はない。今日からはまた、銃弾の飛び交う戦場に身を置くことになるんだ。


 「つきましては、皆さんにお知らせがあります」


 先生はいつも通り淡々とホームルームを続ける。


 「今年は三年に一度だけ催される、対抗戦(ヴァリアント)が開催される年です。それに伴って、全校生徒を対象に西砲の代表選抜を行います。勿論、立候補制ですので参加するのは興味がある人だけで大丈夫ですよ」


  先生の話に、クラス中の生徒の顔つきが変わる。


 「選抜選手に選ばれると何かメリットがあるんですか?」


  一人の生徒が手を上げて先生に質問した。


 「ええ。勿論ありますよ。対抗戦では、我が国に四つしか存在しない魔砲学校同士での争いになります。そこで結果を残した生徒達には敬意を表し、学園側から報酬が与えられます。単位ですけどね」


 「どのくらいですかー?」


 「そうですね。単位数にして、一勝につき百単位。出場する他の三校すべてに勝利する事が出来れば三百単位という事になります」


 教室がざわつき出す。当たり前だ。三百単位って言ったら、西砲を卒業するのに必要な単位数と同じ。もしも選抜代表に選ばれて対抗戦で結果を残せれば、一発逆転、次の進級審査で一気に卒業なんてことも。

 単位数に不安のある僕らには選抜を狙わない手は無い。


 「来週末、選抜予選が行われますので希望の方は勝手に参加して下さい。予選の様子は学園中に生中継されます。我が校を背負う人間を決める訳ですから当然ですね。勿論被弾者は退学です」


 阿水先生がさらっと放った一言に、さらに教室がざわつく。


 「が、学園中に戦ってる姿が中継されちゃうんですか?! もし残れても、手の内が割れちゃうじゃないですか!」


 「そうですよ?」


 他の生徒の質問に先生が顔色一つ変えず答える。しかし、ここに来てこれは大きな問題だ。

 戦っている姿を中継されるという事は、魔砲の能力も何もかもが学園中に晒されることになる。たとえ選抜に選ばれて単位を取る事が出来ても、残りの進級審査までの学園生活は今まで以上に過酷になる。当然だろう。学園中のすべての生徒が、ずっとひた隠しにしてきた自分の魔砲の事を知って居るんだ。こんなに不利なことは他に無い。もっと言うなら選抜に選ばれればマシな方だ。選抜にすら選ばれず、手の内だけを晒すような事になれば、それはディスアドバンテージ以外の何物でもない。

 ホームルームが終わると、先生は一旦職員室に戻る為、教室から去って行く。次の授業までの休み時間、教室のあちこちで話題に上がるのは当然ながら選抜予選の事だった。


 「靜華は来週末の選抜予選、どうするの?」


 「あたしは出ないよー。だって魔砲がバレちゃうんだよー? まさか一角くんは出るつもりで居るのー?」


 「いや、僕も流石に。大衆の前で手の内を晒す訳には行かないし」


 靜華はどうやら選抜予選に出る気はないらしい。かくいう僕もそうだ。僕の魔砲なんて、敵に知られてしまえば何の役にも立たないだろう。


 「私も立候補するつもりは無いです。どうやら予選は個人戦の様ですから」


 うさぎにも参加の意思は無いらしい。こうなれば、耕平次第ではあるが、アンノウンは対抗戦には関与しない方針になりそうだ。


 約一か月ぶり、久々の授業をこなして、とうとう昼休み。


 「よぉ、久しぶりだなぁ。暮の氏」


 「どうも、飛鳥先輩」


 僕は一人であのピロティに、情報屋の飛鳥先輩を訪ねて来ていた。


 「んで、今日はなんの様だぁ?」


 「いえ、その……選抜の事なんですけど……」


 フードを深々と被った、飛鳥先輩の口元がにやりと不敵に笑う。


 「なんだ、お前も出るのかぁ? 選抜予選」


 「いえ、ちょっとだけ興味があっただけで……」


 なんだかんだ言っても、単位への渇望は捨てきれない。出ない方が正しい選択だとわかってはいても、その好奇心を駆逐し尽くすにはもう一歩要る。


 「飛鳥先輩は出るんですか?」


 「ああ、オイラにはちょっと目的があるからなぁ」


 飛鳥先輩も参加するのか。ならいっそう選手枠の争奪戦は過酷になるだろう。どう考えても僕には、飛鳥先輩を一人で倒すイメージはが出来ない。聞く話によると、選抜枠は三人と補欠一人の四人分しかないらしい。全校生徒からたった四人に残らなければならない上にその中に飛鳥先輩もいるとなれば、僕にどれだけの可能性が残されているだろうか。それはまさに無いというに等しい。


 「でもそうだなぁ。考えてみれば暮の氏、お前らにも出る理由があるんじゃねぇか?」


 「ど、どういう意味ですか?」


 僕は含みのある先輩の物言いに、質問の意図を問う。


 「良い事教えてやる。対抗戦(ヴァリアント)で結果を残せば、成果に応じて単位を貰える」


 「それなら、勿論知っていますよ」


 「じゃあ、その自分が貰う筈の単位を他の奴に与える事が出来るってのはどうだぁ?」


 「それって、どういう」


 「対抗戦の報酬で贈与される単位はなぁ、他の生徒を倒して手に入る単位とは違って、自分以外の生徒に単位を与える事も出来る特例があんだよなぁ」


 飛鳥先輩は話を続ける。


 「倉の氏、このままじゃあ卒業まで何年掛かるんだろうなぁ?」


 飛鳥先輩は僕の眼をじっと見つめ、再び不敵にニヤリと笑う。

 確かに、このままのペースでいけば、うさぎは卒業までに本当に十年以上もかかってしまう。何時も僕らが単位を得る為の戦闘には付き合ってもらっているのに、うさぎは人が撃てないために僕は何もしてやることが出来ない。毎月末の小テストの二単位だけでは、やはり単位は中々増えない。五ヶ月あっても十単位、それでやっと生徒一人分。しかし、うさぎはそれでも頑なに人は撃たないと言う。

 もしも、僕が選抜に選ばれて、さらに対抗戦で結果を残せたのなら。手に入る百以上の単位をうさぎに譲って、それで少しくらいは普段の恩を返せるだろうか。

 ほんの少し決意が揺らぐ。絶対に出ないと決めた心が淡い希望的観測によって揺れ動く。大体、対抗戦の結果以前にやはり選抜枠に残ること自体が難しいという話だ。

 目の前にちらつく希望と、どうしようもない現実が僕の中で葛藤する。


 「まぁじっくり考えるんだなぁ。オイラはもう行くぜぇ? またな、暮の氏」


 飛鳥先輩は僕をピロティに一人置き、去って行く。

 僕が教室に戻ると、それに気付いてうさぎがこちらに手を振って来る。うさぎの姿を見ると先ほどまでの飛鳥先輩との会話がフラッシュバックしてしまう。もし僕が、うさぎの為に選抜予選に参加すると言ったらうさぎは何ていうだろう。

 いや、この言い方では恩着せがましいか。これは所詮僕の自己満足、エゴに過ぎない。別にうさぎは僕に貸しを作っているつもりは無いのだろう。それでも、僕自身がそうしたいんだ。勝手な話だというのはわかっている。僕が予選に出る事で、僕の魔砲の情報が割れる事で、僕だけじゃなくアンノウンの皆が危険に晒される可能性もある。

 だからこそ踏み切れない。自分が本当はどうするべきなのか、自分でも分からない。

 

 「暮人、どうしたのですか? 思いつめたような顔をして」


 席に着くと、いつも通りうさぎが僕に話しかけて来る。


 「なぁうさぎ、もし僕が選抜予選に出るといったら反対するか?」


 「突然どうしたのですか。参加はしないつもりだったのでは?」


 うさぎは少し驚いた様に聞き返してくる。さっきまで靜華とうさぎの二人には不参加という方針で話を進めていた手前、うさぎが不振に思うのも当然だろう。


 「その、自分の力を試したい……なんて、な……。でもうさぎが反対なら辞めておくよ」 


 「いえ、私は暮人が決めた事なら構いませんよ」


 我ながらお粗末な嘘だ。ふとした時につい出てしまう悪い癖だと思う。しかし、うさぎは思いのほか反対しなかった。うさぎには嘘だという事がバレてしまっているのか。それとも本当に僕の考えを尊重するつもりなのか。どちらにせよ、うさぎの後押しがあっても僕の決心は完全には固まらなかった。やはりまだ、僕がどうするべきかなんてのはわからない。

 それからは今日一日、何もかもが手に着かなかった。気づけば授業も全て終わり下校時間になる。僕らは普段通り耕平を拾い、正門から下校する。もうこの時期にもなれば、入学当時に比べて生徒数が大きく減った事で、他生徒と遭遇せずに下校するのもそう難しくは無い。

 何事もなく、無事に学園の敷地から脱出することが出来た僕らは、新宿駅に着き改札をくぐる。耕平や靜華と別れた後、僕とうさぎの二人はホームのベンチに座り電車を待っていた。


 「暮人、聞きたいことがあります」


 うさぎが不意に声を掛けてくる。僕は、眺めていたスマホをポケットにしまいながら「どうしたの?」と返すが、何の話かは大体想像がついていた。


 「選抜予選の件ですが、参加する動機は本当に力試しなんですか?」


 やはりその事か。だが、僕としてもまだそれは考え中。さっき言った理由に関してはこれぽっちも本意じゃないが、参加する可能性はまだある。


 「な、なんだよ。急に」


 「いえ、暮人らしくないと思ったので」


 珍しく、うさぎが僕の着いた嘘に感づいている。流石に今回のは不自然だったという事か。


 「暮人がリスクを負ってまで、周りに迷惑を掛けてまで我を通すのはらしくないと言いますか……」


 うさぎは僕の眼をじっと、まっすぐに見つめながら言葉を紡ぐ。


 「なぁうさぎ」


 どうしてだろう。うさぎとは初めて出会った時から、不思議とつい本当の事を口走ってしまう時がある。


 「もしも、僕が対抗戦で結果を残せたら……、その単位、受け取ってくれるかな?」


 まただ。こんなこと言ったら、うさぎが責任を感じてしまうかもしれないというのに、つい口から出てしまう、


 「……私の、為ですか?」


 心配そうな表情で僕を見つめるうさぎを見て、やはり言うべきじゃなかったと後悔が募った。当たり前だ。うさぎが、自分の為に僕が対抗戦に出るなんて聞いたら喜ぶ筈が無い。


 「私、そんな事頼んでいませんよ」


 「僕が……僕がそうしたいんだ」


 「……暮人は勝手です」


 うさぎの心配そうな表情が一転して不満げな顔に変わる。そして、彼女はため息を吐きながらも続ける。


 「暮人が決めたことなら私は反対しません。それであなたが満足するのであれば、私は単位を受け取ります」


 「うさぎ……」


 「でも、私はそんなもの、無くても構いません。例え思ったような結果にならずとも自分を責めないで下さい。無茶だけは駄目ですからね」


 僕とうさぎの会話を切るように電車がホームに入ってきて、うさぎはすくっと立ち上がった。


 「さ、帰りましょうか。暮人」


 「そうだね」


 うさぎの言葉から、僕の事を本当に心配してくれているのが分かった。だからこそ、そんなうさぎの為にだからこそ、僕もリスクを負ってまで成し遂げる意義がある。

 僕はとうとう、心の内に覚悟を決めた。

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