第30話 開幕、魔砲学校対抗戦


 今僕とうさぎの二人は、対抗戦の会場の傍、各校の選抜選手が集まる高級ホテルに来ていた。というのも、今日は対抗戦前夜。ホテルでは他校との交流という名目で、社交パーティーが催されていた。

 結局、皇先輩との戦闘の後、何とかうさぎを選抜枠にねじ込むことが出来た。飛鳥先輩が紫銅を説得してくれたことが大きい。先輩から聞いた話だが、紫銅曰く「他が誰だろうが元から期待していない」との事らしい。

 パーティー会場では、堅苦しい服装の大人達と制服姿の僕ら各校選抜選手たちが犇(ひし)めき合っていた。大人の方は主催者側や学校の関係者たちだ。


 「暮人、どうかしましたか?」


 「あーいや、こういう空気には慣れて無くて」

 

 うさぎは普段通りの様相で僕に声を掛けてくる。対して僕は少し緊張していた。慣れない社交パーティーの場、と言うのもあるが、それ以上に明日に控えた対抗戦に対してだ。

 対抗戦(ヴァリアント)。勇気と言う意味を冠したこの大会は、文字通り日本に四つしかない魔砲学園の中で、最強を決める戦いの場。学生にとっては、他校の選抜生徒と戦える事で大きく成長出来る、高め合える場となっている。

 名目上は交流戦、というのようになっているが、本当のところ大人たちは自分の学校を勝たせたくて仕方ないらしい。だからこそ、選抜選手は選りすぐるし、報酬の単位も弾む。でも生徒側だって他人の事は言えたもんじゃない。大人達は名誉の為、生徒達は単位の為、どっちも大して変わらない。要するに自分の為にという点においては、全くと言って良い程に差は無い。


 「ちょっと、飲み物を取りに行ってきます」


 うさぎはそういって、トコトコと人の多いところへ消えていく。かくいう僕は会場の隅、壁際で一人ボーっとしていた。


 「よぉ暮の氏、随分とアホ面晒してるなぁ」


 不意に耳に飛び込んできた、聞き覚えのある声に僕は視線を向ける。見るまでも無くわかってはいたが、声の主は飛鳥先輩だった。

 

 「なんだぁ? チャラついたモンまで身に着けて、学園の外だからって気が抜けてんのかぁ?」


 「あーこれはちょっとうさぎから貰ったもので。じゃなくて、アホ面は流石に心外ですよ。ただボーっとしていただけです」


 飛鳥先輩は僕の横に着き、話を続ける。


 「まぁ、オイラもこういう場は好かねぇが、儲けさせてもらった」


 「なにかあったんですか?」


 僕は飛鳥先輩の言葉の真意を問う。この人はたまに、何を考えて居るのかわからない。


 「大人共の話を聞いてるとなぁ、聞こえてくんだよ、他校の生徒自慢がな」


 なるほど。こんな浮かれムードの中でも情報収集を怠らないのは、流石の情報屋と言わざるを得ない。

 

 「で、何が分かったんですか?」


 「まずはそうだなぁ、暮の氏、この対抗戦に参加してる他の三校の事は知ってるな?」


 当然、僕だって常識として知って居る。我が国に存在する四つの魔砲学校は、僕らの通っている西新宿魔砲学園、略して西砲学園。同じく都内にある東洋魔砲専門学校。通称、東専(トウセン)。そして東北の白河魔砲学院に、関西の強豪、天王寺魔砲学園の四校だ。


 「まず、一番の要注意は東専だなぁ。理由としちゃあ言うまでもねぇ。魔砲の名門、伊沢(いざわ)家の御曹司がいやがる。しかもそれだけじゃねぇ、伊沢程じゃねぇがチームメイトには名門竜胆(りんどう)の後継ぎも居るらしい」


 「それはまた、才能マンが多そうですね……」


 飛鳥先輩は密かに、相手の選抜選手たちを指差しながら僕に説明を続ける。


 「へっ、天才といやぁ伊沢の御曹司も有名だが、白河の方も侮れねぇ」


 「そっちにも凄い人がいるんですか?」


 話題は東専から白河のメンバーに移る。正直、東専や天王寺が強いのは僕なんかでもわかっていた。それほどに名の知れた名門校だ。西砲だって勿論弱くは無いが、都内の名門家系は大体が東専に行く。魔砲は生まれながらの才能に依存するところが大きいため、その差は学校間での勢力差にも影響する。

 西砲の話は良いとして、僕なんかは白河については特段詳しくは無い。優秀な生徒が集まりやすい東専、天王寺ならまだしも、白河にも何かあるというのか。


 「白河、随分とやばそうな留学生が居るなぁ」


 飛鳥先輩は相手に気付かれないように、僕にアイサインを送る。


 「あの女子ですか?」


 視線の先には、うさぎとは対照的に真っ白に近い銀髪ロングの美少女。可憐さが際立ってか、周囲まで明るく見える程輝いている。

実際のところはシャンデリアの明かりが反射しているだけかもしれない。しかし、その御光が差したかのような眩い美しさは、日本人にないものを感じさせる。


 「ああそうだ。名前は確か、ミシェル=クロニクルって言ったか。アイツもどうやら、フランスの名門のお嬢さんらしいなぁ」


 「今度は海外……、あっちもこっちも名門ですか」


 「ま、どこでも同じだろぉ? 魔砲学校の選抜なんざ、凡人が上がるような舞台じゃねぇ」


 確かに、魔砲学校なんて、入るだけでも大変。選抜選手ともなればなおさらだ。この場には、むしろ僕程の凡人の方が珍しいのかもしれない。


 「あとは最後の天王寺。こいつは、言うまでも無く強豪だが……、っておっと、オイラはそろそろ行く」


 「えっ、急にどうしたんですか?」


 突然、飛鳥先輩が焦ったように話を切る。


 「そんじゃ、また明日なぁ暮の氏。あとは任せた」


 「後……?」


 先輩は意味深な事を言い残し、そそくさと去って行く。一体何があったのだろうか。そう考えている時だった。

 

 「さっきからなに作戦会議しとんねん」


 不意に後ろから声を掛けられ、驚きながらも振り向くとそこには二人の女の子。制服を見るに天王寺の生徒達だろうか。


 「えーっと、何か用ですか……?」


 「だから、さっきからずっと作戦会議してたやろ。さっきどっか行った奴と二人で。あっちからずっと見てたで」


 「は、はぁ」


 なんだか急に突っかかられてしまった。さては飛鳥先輩、これを見越して一足早く撤退したって訳か。完全にしてやられた。


 「お姉ちゃん、相手の人困ってるよ。だからやめようって言ったのに」


 「菫(すみれ)は黙っとき。これだから東京モンは、こそこそと……。なぁあんた、もしかして、西砲の参謀さんなんか?」


 お姉ちゃん、という事は姉妹なのか。そう言われてみればかなり似ている。というか双子か。見た目から受ける印象は全く違うが、なりや顔つきを見ればそっくりな双子の姉妹だ。

 見た目の印象を大きく変えているのは、性格が滲み出る佇まい。それと、独特な髪の色。姉の方は目が痛くなるような赤髪の短髪。おまけに初対面の相手を睨みつけるような挑発的な態度。それに対して、妹の方は涼しさを思わせるような水色のセミロング。あっちは綺麗な姿勢、柔らかい表情、全てから謙虚さや誠実さが伝わって来る。

 ともあれ、大阪人が派手好きというのは、まんざら嘘でもないらしい。一体どうやったら双子でこうも違う子が育つのか。


 「なにシカトこいとんねん。ウチが話かけてるんやぞ! もっとシャキシャキ話さんかい!」


 「お姉ちゃん、自己評価が高過ぎるよ……。あの、姉がすいません」


 「あーえっと、いや大丈夫ですよ」


 「こら菫! 何謝ってんねん。舐められるやろが!」


 本当、どうやったらこの姉の元にこんな良い妹が出来るんだろう。


 「ちょっとあんた!」


 「僕ですか?」


 「他におらんやろが。ええか? そんなにコソコソ嗅ぎまわらんでも知りたきゃ教えたる。ウチがこの国で最強の魔砲使い。そして、この対抗戦を機にサクッと最強の砲術士にもなる、山吹(やまぶき)楓(かえで)や! 覚えとき!」


 「妹の山吹(やまぶき)菫(すみれ)です。お騒がせしてすみません」


 随分と押し売りのように自己紹介をしてくる。とはいえ、名乗られたからにはこっちもやはり名乗るべきか。妹さんの方は礼儀正しいし、僕も出来るだけ愛想よくしないと。


 「えっと僕は……」


 「あーいらんいらん。小物の名前なんて聞いてもしゃーないわ。ウチの名前だけ覚えときゃええねん」


 なんだろう、異様にムカつく。


 「今年の西砲は、入ったばっかの一年が二人もおるっちゅうから、レベルが知れてると思って見に来たんや。ま、あんたみたいのでも選抜入り出来るっちゅう事は、やっぱりそうなんやろな」


 「聞き捨てなりませんね」


 席を外していたうさぎが、この最悪のタイミングで帰って来て、話に割り込んでくる。もうこれは僕にはどうしようもない。僕と山吹の妹さんは無言で目を合わせた。


 「なんや、このちっこいの。こいつが噂の一年か?」


 「お姉ちゃん、私達も数センチしか変わらないよ……」


 「暮人の凄さが一目でわからないとは、あなたもたかが知れてますね」


 「ほお? こんな冴えない男のどこが凄いねん。言うてみ? 参考までに聞いたるわ」


 うさぎは僕の横まで駆け寄ってきて僕の手を握る。なんだか試合前夜から一触即発の展開になってしまった。


 「暮人と私は最強コンビですから! それをこの対抗戦で証明してあげます」


 「ほおー? 最強コンビ? ウチら山吹姉妹、人呼んで浪速のブラストシスターズを差し置いて最強とは、大きく出るやないか」


 「お姉ちゃん……、お姉ちゃんしか言ってないよ、それ」


 「菫は黙っとき! ええわ。身の程教えたる。明日の試合が楽しみになったわ」


 その後は僕とあっちの妹さんが間に入り、何とか二人を収めることが出来た。「ほななー」と言い残した山吹楓の後姿に、うさぎはこれでもかと言わんばかりにべーっと舌を出す。そんな中、菫さんだけは、ペコリと礼儀正しく一礼して去って行った。例えるならまさに、山火事に降った雨のような人だ。

 自分でもちょっと何言っているかわからない。今日はもう疲れているのかもしれない。そろそろ部屋に帰って休もうか。

 

 「暮人……」


 僕の片手をぎゅっと握り、うさぎが僕を見上げてくる。うさぎの透き通るような眼と僕の眼が一瞬にして合った。


 「そっちの手、大丈夫ですか?」


 うさぎが心配していたのは、繋いでいた方とは逆の手。紫銅との戦闘で傷つき、包帯を巻いている方の手だった。

 正直、まだ握ると痛みはあるが、明日の試合に支障が出る程のものじゃない。


 「うん。大丈夫だよ」


 余計な心配をかけないように僕はうさぎに言う。


 「そういえば、つけてくれてるんですね。ペアリング」


 「ああ、ちょっと魔砲が握りにくいから。左手が治ったらそっちにつけるよ」


 うさぎは嬉しそうに僕にそう言った。ついこの前、誕生日祝いでうさぎから貰ったペアリング。普段はアクセサリーなんか身に着けないけど、せっかくの好意で貰った物だ、つけない方が失礼だろう。


 「私と暮人が最強のタッグだって事、知らしめてやりましょう!」


 僕は静かに頷いて答える。

 対抗戦はの対戦方式は、各校総当たりのリーグ戦だ。対戦の順番は当日の朝発表される。

持ち弾は選抜戦の時と同じ三発、三点バースト方式だ。フィールドではスリーマンセルでの遭遇戦になる。

 各校とも、この戦いでは個々の強さに加えて連携が重要になって来る。ならば、僕に何かできるとすればそこしかない。

 とにかく、今日はもう休むとしよう。僕らは明日に控える大熱戦の対抗戦に備えて、普段より少しが早めに眠りについた。

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