第56話 理想と妥協



 「人質を取りました。さぁ、魔砲を下ろしてください」


 私の声だけが教室中に響き渡り、辺りには静寂が立ち込める。私はただただ、自分のこめかみに銃口を突き付けてクラスメイト達を見回す。

 

 「なにを言ってるんだい?」


 私の突然の暴挙に、日下部さんは苦笑しながらこちらに言葉を投げかけて来る。それに反応して、こちらも魔砲を自ら突きつけたまま視線を移しました。 

 

 「あなたもですよ、日下部さん」


 「本気で言っているのかい?」


 「当たり前です。私からすれば、他人を撃つよりも余程容易いですよ」


 私がそう言うと、眉を潜めながら舌打ちをする日下部さん。

 そして、教室中の生徒達は続々と魔砲を下ろしていく。自分で言うのも可笑しな話ではあるけれど、『私』がdummyにとってどれだけ重要なのかは自覚しています。覇将が直々に私を捕えようとしている手前、他の生徒達もこちらを撃つことは出来ない。


「な、何をしている! こんな虚勢構うな! 誰が魔砲を下ろしていいと……」


 「あなたの命令と覇将の指示、どっちが重要かなんて自分でも分かっていますよね? 私本当に撃ちますよ」


 「はっ! やれるもんなら……」


 「良いんですか? 想像できていますよね? あなたを含め、この教室中の生徒達がどうなるか」


 苦悶の表情を浮かべ、下唇を噛み締めるように悔しがる日下部さんは、周囲にあった適当な机を蹴り飛ばして八つ当たりをした。

 それで多少は収まったのか、彼は冷静さを取り戻して一呼吸をおいた。そしてクラスメイト達に「魔砲を下ろせ」と言い残して自分自身も魔砲を納めた。


 「覚えておけよ。倉島うさぎ、それに天草香。絶対に後悔させてやる」


 少々小物感を匂わせる捨て台詞と、微妙な空気をその場に残して彼は去って行った。バタンと勢いよく閉められた扉が、一瞬時間を止めたかのように教室内の何もかもを静止させた。

 周囲を見渡すとクラスメイト達は、床に崩れ落ちた天草さんから気まずそうに目を逸らす。ついさっきまで起こっていた事を考えればそれも当然かもしれない。

 半ば強制、仕方が無かった事とはいえ、彼らと天草さんの間には少なからず溝が出来たように思う。 


 「大丈夫ですか?」


 失意の中の天草さんを慰めるように彼女の肩に手を置き、声を張らずに語り掛ける。


 「……」


 返答は無い。しかし、今はあまり干渉しない方が良いのかもしれない。そう思いながらも、粛清対象になった彼女をこのまま此処に置いていくことも出来ない。

 結局、仕方なくその日はそのまま私も教室で授業を受けました。いつもなら敵だらけの教室も、その時だけは不思議な事に敵意を感じず、私も天草さんにも何も危険は訪れないまま放課後を迎えました。





 「んで? 結局あんな啖呵(たんか)を切って置いて、そいつしか引き込めなかったってかぁ? 倉の氏」


 放課後、再び私たちは屋上に集まって今一度作戦会議を始める。天草さんも昼休みから時間が経った事で落ち着きを取り戻し、今は平常心で居るように見える。

 彼女は明確にdummy裏切った訳ではないものの、あちらから一方的に敵と判断され孤立状態。そんな彼女をそのまま一人にしておく事も出来ず、私は天草さんと自分の仲間たちを引き合わせました。


 「ほらー、やっぱり説得なんて無理だったじゃん!」


 「そう簡単に行かないことくらい、最初から解っていたけどね」


 「なら最初に言えよなぁ。刻の氏」


 飛鳥さん、皇さん、東雲靜華の三人は、天草さんが居ても何ら変わりなくいつも通り普通に言葉を交わす。当の彼女は、ただ私の後ろで黙って話を聞いて居るだけだった。

 とはいえ、実際のところ私のワガママの所為で状況は悪化してしまった。変に表立って勧誘活動をしてしまった事で、当初に東雲靜華が言っていたような水面下で少しずつ敵戦力を引き込んでいく作戦はもう使えない。

 さらに、クラスメイト達の説得は失敗した上に何の罪もない天草さんを巻き込む形になってしまいました。


 「それで、これからの事なんだがなぁ」


 「飛鳥君。その前に良いかな?」


 唐突に話を切り出そうとした飛鳥さんを静止し、皇さんが話を始める。


 「まずは目的を明確にしよう。やるべきことはそこから一つ一つ埋めていけばいい」


 「目的……ですか?」


 皇さんは私に目線を合わせ、じっとこちらの瞳を覗き込んでくる。

 目的など、当然一つしかない。


 「目的は覇将、一角暮人を正気に戻す事です」


 「それは勿論解ってる。でも、それが出来なかった時の話さ」


 皇さんの眼が、一瞬にして真剣な眼差しに変わる。それに少し気圧されるように、私は一歩、足を引いた。


 「もしも、一角君がどう足掻いても正気に戻せなかったら。君はどうするつもりなのかな?」


 「そんな事、ありえま……」


 「あり得ない事じゃないさ。そもそも、呪砲で汚染された精神が元通りに回復するケーズの方が圧倒的に少ない」


 「少ないだけです。暮人がそうだと決まった訳では!」


 「もしもの話さ」


 異様に現実味を帯びた話に、少しずつ不安と恐怖が込み上げてくる。当然のように私は呪砲で歪んでしまった暮人を元に戻そうと、その為に戦う事を決めました。

 でも、現状では具体的にどうすれば暮人を正気に戻すことが出来るのかもわからない。そもそも、私を引き込むために護衛を外していたこの前のような好機はそうそうない。今となっては常に四六時中、トップである彼の周りには大勢の護衛が居る。元に戻すどころか再び覇将と向かい合う事すら容易ではありません。


 「その時は……」


 言葉に詰まる。全く考えて居なかったわけではありません。でも、考えない様にはしていた。一度そう考えてしまうと、もう諦めてしまったと認めるような気がして意識的に避けて居た。

 私にとって暮人は特別な存在。勿論、昔の彼に戻ってほしい。でも、もしもそれが不可能なら私は一体どうすれば。

 他でも無い私自身が『彼』を撃つ?


 一瞬にして脳裏をよぎった。順当に考えれば、まず一番最初に思いつく答え。でも、そんな事出来るのでしょうか。いや、仮に出来たとして、それで覇将の計画は崩壊して、上手くいけば理不尽に意識を奪われた人たちも解放されるのかもしれない。

 でも、それは何も根本的な解決になっていない。今のままの一角暮人が世に放たれたら、それはどうなる

か想像もできない。もしかすると、彼も彼の妹さんのように……。

 考えれば考える程答えは出ない。私は皇さんの問いに対し、ずっと考え込んだままそれに答えられずに居た。


 「なぁ倉の氏」


 そこに、見るに見かねたのか飛鳥さんが話に入って来る。私は俯き気味だった顔を上げ、飛鳥さんの方に視線を揺らした。

 彼は、胸元のポケットから薄いピンク色の手帳を取り出して、パラパラと捲りながら中に記された何かに目を通す。


 「これに模範解答は無ぇ。だが不正解はある」


 「飛鳥さん……」 


 「正解はなぁ、不正解じゃない事だ」


 飛鳥さんの言って居る事は時々わからない。彼は自分の事をあまり語らない為、中々に掴みどころがない。彼は他人の情報を集めるのと同じくらい、自分の情報を漏らさない事に神経を尖らせている。

 でも、今回は飛鳥さんの言葉から少しくらいは本意を感じ取れた気がしました。


 「私は……」


 考えに考え抜いて一つの、自分なりの答えを出す。自分でも、それが正しいのかなんてわからない。でも、それならば私は自分で納得できると思えた。

 

 「私は、いえ私が……」

 

 私がそれを口にしようとした瞬間だった。

 突如、バンっ屋上のドアが大きく音を立てて開く。そしてそれと同時に六人もの生徒が魔砲を構えたまま突入してくる。

 彼、彼女らは銃口を私たちに向け、取り囲むように包囲する。それに反応して飛鳥さんや皇さんたちも臨戦態勢に入る。


 「一体あなた達は?」


 私は銃口を突き付けて来た生徒の中の一人に声を掛ける。するとその瞬間、この屋上に新たにもう一人、男子生徒が姿を現した。

 

「あなたは、日下部さん……。まさか、その日の内に来るとは思って居ませんでした」


 「思い立ったらすぐに実行するタチなんだ。そんな事より随分余裕だね。今度はさっきみたいにはいかないよ」


 ニヤリと笑う目の前の日下部さん。確かに、さっきとは場の雰囲気が根本的に何かが違う。


 「彼らは羅将派。今度は君を撃つことになんか躊躇しない。覇将様には悪いけど、ここで君には消えてもらうよ」


 「そんな事して、覇将が怖くないのですか」


 「犯人がバレなきゃ良いだけの話さ」


 そう言うと、彼も自らの腰から魔砲を引き抜く。周囲から向けられた銃口に、こちらは魔砲を構えるどころか指一本動かせずに居た。

 私は目の前の銃口から、怯える天草さんを背中に隠したままじっと動かない。いや、動けずに居た。

 しかし……。


 「おいおい……、随分とイキってんなぁ。オイラが誰か解って喧嘩売ってんのかぁ?」


 「目が節穴な奴って本当に居るんだね。ちょっと感動したよ」


 殆ど同時に、後ろから二つの声が聞こえる。ピンチには変わりないけれど、私はそれほど心配はしていなかった。だって、こっちもさっきとは違う。今の私は、ついさっきと違って一人じゃないから。


 「「格の違いを教えてやる!」」

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渇望のフルファイア 逢沢 シュウト @aizawa_shoot

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